東方人形誌   作:サイドカー

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長い目で見れば一ヶ月単位での定期更新(白目)

どうも皆様、サイドカーでございます。
今年一年間も東方人形誌を読んでいただき、ありがとうございました。
来年もこの物語をよろしくお願いします……と言うにはまだ早いですかね?

さてさて、何はともあれ最新話でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


第四十一話 「流されて永遠亭」

「入院ね。少なくとも一週間は養生すること」

 

 現実は無常だった。誠に遺憾である。

 俺の正面に座っている永琳先生がカルテを眺めてキッパリと言い放った。この人と会うのは宴会のとき以来だが、メガネと白衣が似合いそうだと常々思っている。先ほど俺が美少女二人に運搬クエストされてきたときも、顔色一つ変えることなく普通に出迎えてくれた猛者でござった。

 何となく、自分が腰かけている事務用品っぽい丸椅子を回してみる。たまにやりたくなるよね、コーヒーカップごっこ。一周してわかったのは、ここは永遠亭の診察室ということ。棚にしまってある薬品と思しき瓶の数々や、視力測定で使う大小様々なC文字の張り紙が置いてある。病院より学校の保健室に雰囲気が近いかも。

 しばらくクルクルと回っていたが、永琳先生が無言で俺を見ているのがつらくなってきたので止めた。「ごほん」と咳払いを一つし、何事もなかったかのごとく真顔で問う。

「マジっすか」

「嘘ついても仕方ないでしょう。それとも手術してほしい? お望みなら瞬時に治る便利な薬も用意できるわよ。効き目が強すぎて副作用が表れる可能性もあるけど構わない?」

「しばらくの間お世話になります、ドクターヤゴコロ」

 もはや脅迫に近い選択肢に、俺は迷わず入院を選んだ。中身が極端すぎて絶対選択肢と同じくらい怖いわ。っていうか一瞬で怪我が治る薬って何ぞ? どんな材料が使われているのかワタシ気になるのですが。ホントに仙豆があったりするのだろうか。

 もっとも仙豆云々はともかくとして、このお方、なんとビックリなことに不老不死のお薬はホンマに作れるらしい。もう何でもありやね、この世界。

 やがて頃合いを見計らって、同席していたアリスが口を開いた。

「珍しいわね、あなたなら薬で即解決しちゃいそうなのに」

「偏見ね、私だって患者の要望くらいは聞きます。それに勿体ないじゃない。ただの人間しかも外来人なんて貴重なサンプルをすぐに手放すなんて」

「あたしゃモルモットですかい、先生?」

「冗談よ。大袈裟な怪我ではないものの、一応の様子見ってところです。念のため、痛み止めと回復を早める栄養剤を処方しておきましょう」

 いやはや、この女医さんが言うと冗談に聞こえないから心臓に悪い。まぁ、重症ではないとお墨付きをもらっただけありがたい。

 今更なのだが、この永遠亭。竹林の奥に居を構えているというのもあって、なかなか和の趣を感じる屋敷だったりする。白玉楼が優雅さを体現しているとすれば、こちらは風流さが表れている。平安貴族が住んでいそうな、ああいう感じの屋敷。歴史の教科書とかに載ってない?

 入院という形はアレだが、こういった場所で過ごしてみるのも面白そうだ。すると、今度は永琳先生がアリスに尋ねた。

「貴女がよければ、彼が治るまでアリスもうちに居ない?」

「私? 別に怪我も病気もしていないけど」

「保護者役としてよ。患者が脱走でもして竹林で迷子になったら困るから。なんとなくだけど、彼そういうことしそうだし……離れ離れよりは一緒に居た方がいいでしょう?」

「ふぇえ!? な、なっ、なんでそうなるのよ!」

「残念、交渉決裂かしら。ところで天駆君は彼女にいてほしい?」

「もちろんっすよ。むしろアリスに会いたくなって脱走すると、ここに宣言します!」

「宣言されても困るのだけど」

 永琳先生からの質問に、俺は高らかに逃亡を予告した。この天駆優斗、見くびってもらっては困る。アリス絡みとなれば病院から抜け出すくらいわけないぜ。まぁ、脱走したら八意印の鎮静剤(副作用あり)でも注射されて、冗談抜きでモルモットにされる危険性もありそうだが。

 同時に、人形遣いの顔がカァアアッと赤く染まっていった。俺の視線に気づき、彼女は表情を隠すように顔を背けてしまう。そんな俺達の様子に永琳先生が意味ありげに目を細めている。やがて、彼女はどこかヤケクソ気味に「あーもう!」と声を上げた。

「わ、わかったわよ! しばらく厄介になるわ! ……そんなこと言われたら断れないじゃないの、バカ」

「そうしてくれると助かるわ。心配しなくても部屋なら余っているから問題ないわよ。あぁ、それとも相部屋の方がよかったかしら?」

「~~~~~~っ!!」

「あら、熱があるようね。解熱剤も処方しておきましょう」

 耳まで真っ赤になった少女に睨まれてもドクターの余裕は変わらず。永琳先生はどこか芝居がかった口調で椅子から腰を上げ、棚の方に向かった。チラリと見えた横顔が含み笑いをしていたのは気のせいかしら。

 何はともあれ、こうして一週間にわたる俺の入院生活が始まったのだった。

 

 

 時は流れて、あれから早くも数日。

 永遠亭での過ごし方がどんなものになっているかといえば、よくあるイメージの病人ライフとは大きくかけ離れていた。アリスと一緒に永遠亭にホームステイかお泊り会している気分だ。

 というのも、俺自身が肋骨にヒビが入っているのを除けば切り傷が少々ある程度で、筋トレとかしない限り元気なんですもの。アリスの方は世話になるお礼にと、永遠亭での家事を手伝っている。「医療は専門家の仕事だけど、せめてこれくらいは良いでしょう?」というのがマーガトロイド談。実際、彼女のおかげで皆さん特に鈴仙が助かっているのが感じ取れた。アリスの女子力ハンパねぇっす。

 あと本当に俺が脱走しないためにか、永琳先生のご厚意で屋敷の敷地内を散歩する許可をもらった。というわけで現在、俺とアリスは中庭に足を運んでいる。そこには、

 

「ふふっ、みんな元気ね。私達のこと歓迎してくれているのかしら?」

「おお、えらくテンション高いなコイツら。しかしまぁ兎ってここまでアグレッシブなんねぇ」

 

 小さくて白いもふもふの動物が俺達の周りを飛び跳ねていた。丸々としていて、その姿は雪見だいふくを思わせる。その正体は迷いの竹林に住む白兎である。数も一匹や二匹ではなく、あちらこちらでスーパーボールさながらのジャンプをアピールしていた。

 そうそう、一つ補足すると「迷いの竹林」と呼ばれる由来は自生する竹そのものにある。成長が早いおかげで景色がすぐに変わってしまい、まるで不思議のダンジョンみたいな場所になっているのだ。そんでもって、永遠亭の住民以外でこの不確定な領域を迷わず進める稀有な人物が、前に地底で焼き鳥屋をしていた藤原妹紅である。彼女の副業はわりと重要なものだったのですねコレが。やりおるわ。

 

「あら?」

「ぬ?」

 ふと、アリスの不思議そうな声が聞こえて、チュートリアルに飛んでいた意識が現実に戻った。

 彼女の方を見ると、一匹の兎がアリスの足元に身を寄せて鼻をひくつかせていた。つま先の匂いを嗅いだ後、とぼけた感じのキョトンとした顔でアリスを見上げる。動物って見ていて飽きないよな。動物園やペットショップが好きな人の気持ちが少しわかった。

「抱っこしてほしいの? ほら、おいで」

 アリスは件の白兎を落とさないようにソフトタッチで持ち上げ、きゅっと優しく胸元に抱えた。抱えられた方は変わらない顔つきで鼻をひくひくさせているが、どことなく嬉しそう。喜びを共感しているのか、他の兎達も彼女のところに集まり始めた。

 ぬいぐるみと見分けのつかない小動物に囲まれて、アリスが愛おしげな笑みを浮かべる。

「うふふ、この子たち可愛いわね。優斗もそう思わない?」

「ああ、可愛いな。可愛すぎて心が浄化されてしまいそうだぜ」

「? そんなにじっと見ちゃって、どうしたの?」

 なんというパラダイス。金髪碧眼の美少女と真っ白な兎が戯れて、笑顔の花が咲き乱れる。これぞまさしくアリス・イン・ワンダーランド。今すぐ連射モードで写真を撮りまくって永久保存したい。射命丸、射命丸はおらんのか。ここに特級の被写体があるというのに。ところでそこのラビット君、羨ましいので僕と代わってくれませんかね。ちくしょう、俺も兎になりたい。

 せめて脳内メモリに焼き付けるべく前方の楽園をガン見していると、正門の方から「ただいま戻りましたー」という鈴仙の声が聞こえてきた。どうやら薬売りの仕事は終わったみたいだな。

 ほどなくして、ウサミミ少女がこちらに姿を現した。相変わらずのあざとい容姿がたまらぬ。

「あ、いたいた。ごめんアリス、昼食の支度するから手伝ってくれない?」

「いいわよ。そういうわけだから、優斗はできるまで待っててね。食事前なんだから汚しちゃダメよ?」

「あいよ」

 アリスは両腕に収めていた小動物を地面におろすと、鈴仙と二人で厨房へ歩いて行く。あれだけ跳ね回っていたモフモフ達が一匹たりとも違わず彼女達の方を向いているのが何だか可笑しかった。

 少女達が屋敷の中に入って行ったところで、「さて……」と俺はラビット小隊に指示を出してみる。

「よし、自由行動だ。好きなように過ごしていいぞ」

 直後、彼らは迷いのかけらも見せずに一斉に散って行った。俺だけ一人その場にポツンと取り残されて、ちょっと泣いた。ホワイト・ラビットはクールに去るぜ……

 

 

 優斗が放置プレイされてしまった一方その頃、人形遣いと兎少女は調理場に移動しながら、今日の昼食について話し合っていた。

「ところで、献立は決まっているの?」

「ううん、まだ。どうしようかしら……アリスはリクエストある?」

「そうね……」

 鈴仙に質問を返されてアリスも一緒に考え込む。アレコレと思いを馳せていく中で、彼女はあることを思い出した。さりげなくチラチラと後ろを気にしつつ、アリスは鈴仙にその内容を提案する。

「作ってみたいものがあるんだけど……いい?」

「もちろん構わないわ。それで、どんなの?」

「えっとね…………ゃ、野菜炒め」

 

 

『いただきます』

 食卓に揃った面々の挨拶が重なる。大きめの四角テーブルを囲んで、早速それぞれの食事に箸を伸ばし始めた。本日のメニューはこちら。白米と味噌汁は鉄板として、とろみがクセになる里芋の煮っ転がしに、ふっくら香ばしい卵焼き、そしてなんと俺の好物である野菜炒めが並んでいる。人参が多く入っているのは、兎の住む屋敷ゆえか。

 各々が食事を進める中、永琳先生が箸を一旦置いてこちらに顔を向けた。

「天駆君、怪我の具合はどう?」

「そうっすね。痛みもほとんど残ってませんし、すこぶるOKです。先生の薬のおかげでビックリな回復速度っすよ」

 

「もー、食事中くらい仕事の話は止めにしましょうよ永琳」

 

 俺と永琳先生の会話に割って入ってきた声の主は、ストレートの黒髪ロングが特徴で、桃色の着物と紅色のスカートを装った永遠亭の姫君。まさに絵に描いたジャパニーズ・ガールなのだが、何を隠そうこの少女こそかの有名な竹取物語の主役、かぐや姫ご本人だというのだから驚きだ。日本昔話の存在と思いきや実在したのね。そのとき歴史が動いた。プロジェクトX。なお、現在ではスゴロク等のインドアゲームがお気に入りの模様。

 庶民派プリンセスに便乗するように、別のところからも声が上がる。

 

「そうウサ。せっかくのご飯が味気なくなるのは勘弁してほしいウサ」

 

 胡散臭い語尾で同意したのは、垂れ系ウサミミの小柄な少女。彼女の名前は因幡てゐ。永遠亭が建てられる前から迷いの竹林に住んでいる年長者であり、兎達のリーダー格。性格は非常に悪戯好きで、十八番はトラップ落とし穴。

 いやー、思い出すねぇ。「寝室まで案内するよん」とてゐに連れられて、俺とアリスが通された部屋にあった地雷を。布団が一組だけ敷かれてあって、これ見よがしに枕が二つ置かれていた状況。すっかり固まってしまった俺達のもとに鈴仙が素っ飛んでこなければどうなっていたことやら。

 かぐや姫(フルネームは蓬莱山 輝夜)と悪戯兎に諭され、永琳先生は「そうですね」と頷いて再び箸を取った。

「失礼しました。天駆君、食事が済んだら診察室に来てもらえる? アリスも一緒に」

「了解っす」

「わかったわ。そうそう、おかわりもあるから遠慮なく言ってね」

「じゃー、私は味噌汁をちょーだい!」

「私はご飯を所望するウサ!」

 輝夜とてゐがイイ笑顔でそれぞれ茶碗とお椀を彼女に差し出す。実に清々しい食べっぷりだ。作った側としても嬉しいのだろう、アリスもニコニコしている。可愛い。

 アリスが空になった器を受け取ろうとすると、鈴仙がそれを遮った。人形遣いに代わって彼女が二つの食器を手にして立ち上がる。

「ここは私がやるからアリスは食べてていいわよ。客人ばかり働かせるわけにもいかないし、そもそも私がやるべき仕事なんだから」

「ありがとう。だったらお願いしちゃうわね」

「ええ、任されたわ。……それに、感想が聞きたい相手がいるんじゃないの? そっちの方が気になって仕方がないんでしょうに」

「う、うん……」

 

 

「ねぇ、優斗……」

「んむ?」

 鈴仙が席を外した後、アリスがおずおずと話しかけてきた。彼女は食事の手を止めて、俺とは目を合わせずテーブルに視線を落としている。何やら落ち着かない様子で、両手の指を絡めて言いよどんでいた。

「どしたね? 何か悩みがあるなら言ってみ? 俺にできることなら全力で力になるぞ」

「その、ね? 大したことじゃないんだけど、この野菜炒め……どう、かな?」

「ああ、ひょっとしてコレ作ったのアリスなのか?」

 俺が問いかけると彼女は小さく頷いた。やっぱりそうだったか。普段あまり作らないメニューだから、ちゃんと上手くできたのか不安だったのかもしれない。まったく何を心配しているのかしらね、この娘は。アリスの手料理なんだから美味いに決まっているのに。しかも自分の好きなものを作ってくれたのだから、その喜びは計り知れない。

 彼女があまりにも健気すぎて、俺はこの思いをストレートに伝えずにはいられなかった。

「今まで食べた野菜炒めの中で一番美味いな。アリスが良ければ、また作ってほしい」

「そ、そう? よかったぁ……たくさん作ったから、いっぱい食べてね?」

「じゃあ遠慮なく。うむ! 美味し美味し、こりゃ箸が止まらんなぁ」

「もう……優斗ったら」

 先ほどまでの不安は見る影もなく、アリスははにかみながらも俺の食べる様子を見つめていた。ほんのり頬が赤くなっている彼女の照れ笑いに、俺もなんだか胸の内がくすぐったくなる。さっきよりも美味しく感じるのはきっと……

 

 

 そんな俺達のやり取りが、同席していた者達の好奇心とか悪戯心とか探究心とか諸々を刺激していたことに気付くのは、このあとの出来事が起きてからだった。

 

 

つづく

 




次回は薬に関係する騒動が起きそうな予感がするかもしれない可能性が無きにしも非ず

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