この物語も間もなく四十話近くになろうとしておりますが、いったい何話まで続くのか作者にもわかりませぬ。
プロットはあるのよ? 予定外に長引いているだけで……
そんなわけで、今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。
お風呂場での大騒乱が鎮静化してからも、戦いの傷痕は残った。
世界遺産に匹敵する絶景を目の当たりにした代償というか必然というか、俺は女の子達から置いてけぼりにされた。詳細を述べると、逃げ出したアリスとそれを追いかけた霊夢と魔理沙は未だ戻ってこず、さとりんを筆頭に地霊殿組は屋敷に帰ってしまい、ヤマちゃんはキスメのところに遊びに行った。パルスィにいたっては一足先に上がったらしく、何処に行ったかは不明。避けられているわけではないと願いたいが、こうも全員バラバラに散っていかれると泣きたくなってくる。
とりあえず、こいしの教育は姉に任せるとして、俺が解決すべきはアリスへの謝罪だ。彼女の無防備な姿を至近距離で見てしまったのだ。これはもう事故だとか不可抗力だとか言い訳できる状況じゃない。
もし近くに教会でもあれば神父さんに懺悔して、ついでに美少女シスターとお近づきになりたいがそれも叶わず。そんなわけで今の俺はといえば……
「嫌われた……間違いなく嫌われた。確実に嫌われた……あ゛りずぅううう」
「旦那……気ヲ落トサンデクダセェ」
赤い暖簾と提灯が目立つ昔ながらの屋台の一席、そのカウンターに突っ伏して絶望を嘆いていた。卓を越えた先から炭火焼鳥の香ばしい匂いが煙となって流れてくる。演歌が似合いそうな、和風というよりレトロな造りの店だ。慰めの言葉をかけるタヌ吉と並んで、男二人の寂しい背中……かと思いきや同席者がいたりする。
「あっはっはっは! やっちまったねぇ! ま、こういう時は飲むのが一番さ」
「笑い事じゃないっすよ姐さん……」
女性にしてはかなりの長身と額の一本角が特徴の鬼。我らの勇儀姐さんが酔いの入った豪快な笑いでお通夜ムードを吹き飛ばす。顔に紅葉マークつけたままフラフラと力なく彷徨っていたら、この方に偶然バッタリと会いました。ちなみに、ここに連れてきた張本人でもある。あと、そんなにバシバシと背中を叩かんでください。酔っ払って力加減をミスられたら速攻で折れます。
どうにか気を取り直そうと身を上げる。ついでに懐からタバコを取り出し一本咥えた。すると、正面から伸びた人差し指がタバコの先端に近づき、次の瞬間、指の先から小さな火が灯った。紫煙が上り始めたのを確認し、相手に礼を言う。
「どもっす。女将さん」
「女将さんなんて柄じゃないよ。妹紅でいいよ、藤原妹紅」
腰まで届く長さの白い髪をした女性が肩をすくめる。白いシャツと赤いもんぺのコーディネートが良く似合う。この女将さん、普段は迷いの竹林に店を構えており、副業?で永遠亭までの道案内もやっているという。どうして今日は地底で営業しているのかと問えば、「移動しなきゃ屋台じゃないだろう?」とあっけらかんと言われた。さいですか。
慣れた手つきで次々と串に火を通しながら、女将さんもとい妹紅さんが同情染みた表情を浮かべる。
「あんたも大変だね。変わっているともいえるけど。女の柔肌を見た喜びよりも罪悪感の方が上とはね」
「いやまぁ、そりゃ俺も男ですから確かに眼福でしたけど、彼女に嫌な思いをさせてしまったのも事実なわけで……くぅっ、すまねぇアリス! 俺は紳士失格だぁああ」
「はいはい。ほら、これでも食べて落ち着けって」
「うぃ……ついでに麦酒も頼んます、妹紅さん」
「はいよ。あと、さんも付けなくていいから」
差し出された盛り合わせからつくねをチョイスし、タヌ吉の前にある小皿に乗せる。嬉々として熱々を頬張る子分を眺めつつ、狸って猫舌じゃないんだなぁとか考えていると、姐さんとは反対側に座っていた客人からも話しかけられた。俺らが来たときにはすでに居た先客さんだ。誰かというと、
「あらあらぁ、ゆう君もすっかり泣き上戸ねぇ。店主さん、おかわりもらえるかしら~?」
「天駆さん……意外とトラブルに巻き込まれること多いですね」
ニコニコと微笑むゆゆ様と、苦笑いの妖夢のダブルスマイル。温泉まんじゅう巡りに出かけた彼女達だったが、甘味ばかりで塩気のあるものも食べたくなったそうな。主にゆゆ様が。亡霊姫の皿にはすでに食されて串のみになった残骸が何本も乗っていた。鬼と亡霊姫のおかげで今日の屋台は大盛況である。
追加注文の到着を待つ間、ゆゆ様は気品ある動作でゆっくりとお猪口を傾けていた。
「そこまで心配しなくても、アリスはゆう君のこと嫌いになってないわよぉ。ねぇ妖夢?」
「はい、幽々子様の仰る通りです。きっと恥ずかしかっただけではないかと。その……私も同じ立場だったら逃げ出してしまうと思います……」
「そうだそうだ。悪い方向にばかり考えるもんじゃないよ。前向きにいきな、まずは飲みな!」
「はい、麦酒お待ちどう。鬼に便乗するわけじゃないけど、こういうのは時間が解決するものさ。男がいつまでも辛気臭い顔してないで元気出しなさい」
「おお、貴女方は神か……!」
皆々様方の温かい言葉に涙ちょちょぎれそうです、僕。結果的に女湯を見てしまったクズに対して、なんと寛大なのでしょうか。惚れてまうやろ。
しかしながら、姐さんや妹紅の言っていたことも一理ある。本音を言えば、今すぐアリスにスライディング土下座したいところだが、少し間を置いてからにしたほうが賢明か。
熱い声援を受けて俺様復活とばかりに、今しがた出されたジョッキをガシッと掴む。
「あざっす! 男一匹天駆優斗、一気にいかせていただきますッ!」
そして本日何杯目かもわからぬビールを勢いよく喉に流し込む。瞬く間に中身が消えていき、すっかり空になったグラスをカウンターに置いた直後、急激に平衡感覚と景色が歪み始めた。真っ直ぐに姿勢が保てず、体がぐらぐらと左右に揺れている。あ、これダメなやつだ。そもそも風呂上りに一気飲みとか普通に考えて自爆コースですわ。
やがて、歪に捻じ曲がった世界が一転して真っ暗になる。お約束のゲームオーバーの瞬間だ。俺は糸の切れた操り人形の如く、テーブルにガンッと頭突きをかまして動けなくなった。
「かゆ……うま……」
「わわっ!? 天駆さん大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「あーあ。仕方ないね、そこに予備の長椅子があるから寝かせとくといいよ」
妖夢が驚いた声を上げて、わざわざ俺の後ろに回り込んで背中をさすってくれている。奥で妹紅が何やら指示していたが、もはや思考回路も正常とは程遠く、知らない国の言語に聞こえる。結局、俺はピクリとも反応も示せずに力尽きてしまった。
どこからともなく、そよ風が吹く。
それも一度や二度ではなく、短い間隔で何度も繰り返して起こった。包み込むような、撫でるような、優しい風。ずっと続いてほしいと思える夢見心地に癒される。まだ頭がぼんやりするものの、すぐ傍に誰かがいるのが何となく分かった。薄目を開けると、おぼろげながら短い金髪と顔の輪郭が見えた。いつだったか、前に似たことがあった気がする。
「ありす………?」
意識と目の焦点が定まらない中、かろうじて声が出た。だが、返ってきたのは予想していた人物のものではなかった。
「何ヤケ酒してるのよ、妬ましいわね」
「え? あぁ……パルスィ」
ようやく視界がハッキリする。エメラルドグリーンの瞳とエルフ耳が特徴の美少女の顔が間近にあった。定番の呆れを含んだジト目でこちらを見下ろしている。やっぱり可愛いな。
そよ風の発生源は、彼女が手にしている団扇だった。現在進行形でパタパタと俺を煽いでくれている。店で使っているやつを妹紅から借りたのだろう。
そして極めて重要なことが一つ。俺の後頭部に感じる、ほのかな温もりをもつ柔らかさ。クッションにしては上質すぎる心地良さに既視感を覚える。もしや今の俺はとんでもない状況になっているのではなかろうか。
「あのー、パルスィ? もしかしなくてもコレは――」
「大人しくなさい。まったく、何しているかと思えば……」
「えっと、既に聞いてるのか?」
「さとりから聞いたわ。こいしが悪戯したんでしょ? 妬ましい」
まったくもう、と文句をぼやきつつも団扇を動かす手は止めないあたり、さすがと言わざるを得ない。質問の答えはなかったが、彼女の端正な顔がすぐ近くにあることや俺が横になっていることを合わせると、パルスィに膝枕されていることは間違いない。目が覚めたら天国でした。
「お、目が覚めたか!」
俺とパルスィの会話が聞こえたのか、姐さんがこちらに気付いた。つられて他のメンバーも一斉に俺達を見る。どうも、ご心配をおかけしました。
親切なことに妖夢が水の入ったコップを俺のところまで持ってきてくれた。健気でエエ娘さんや。
「どうぞ。少しずつ飲んでくださいね」
「ああ、サンキュな。俺どのくらい寝てた?」
「えぇっと、大体三十分から一時間くらいです」
至福の膝枕タイムに別れを告げ、上体を起こしてコップを受け取る。ぷはー、水うめぇっす。
さて、時間的にもイイ塩梅だ。そろそろアリスを探しに行きたいところだが、一体何処にいるのやら。むむむと頭を悩ましている最中に、その大声は聞こえた。
「あー! やっと見つけたんだぜ!」
発声の主は普通の魔法使い。犯人はお前だというセリフが似合いそうな感じで、ビシッとこちらを指差していた。
「魔理沙か。まぁ、その、何だ。さっきはすまなかった」
「気にすんなって。というか、私は見えない角度にいたから問題ないぜ。もし見てたらマスタースパークを撃ち込んでいたけどな!」
「そ、そうか。あー、ところでアリスは今どうしている? 会いたいんだが……」
「そのために探してたんだ。アリスなら地上に出る場所の近くにいるぜ。少なくとも怒ってはないから安心して行くといい」
どうやらアリスの方も落ち着いたようだ。ならば行くしかあるまい、彼女の元へ。
椅子から降り、妹紅に支払いを済ませる。多少寝たおかげか、足元がふらつくことはない。さすがに酔った状態では格好つかないし。
時は満ちた。屋台にいた面々に背を向け、さながら赤き弓兵を思わせる男らしさで別れを告げる。
「それでは皆の衆、行って参る」
俺の言葉に、「ああ、行ってこい」や「お気をつけて」など各々が応える。まるで引退試合に臨むスポーツ選手みたいだが、ある意味で似た緊張感がある。怒ってはいないと魔理沙は言っていたが、はたして大丈夫だろうか。
フラグっぽい雰囲気を残して、優斗が無駄に勇ましく踏み出す。
その後ろ姿を見送りつつ、パルスィは確かめるように脚の上に手を乗せた。つい先ほどまで、彼を膝枕していた箇所。久しぶりに地底に遊びに来たかと思えば、またしょうもないトラブルで自分を騒ぎに巻き込んで。本当に、世話の焼ける男だ。次に来たときには彼の好物だという野菜炒めでも作ってあげようか、なんて思ったあたりでハッとした。軽く頭を振って誤魔化す。
「ほんと、妬ましいわ」
「おぉーい、パルスィもこっち来なよ。そんな所じゃ酒も飲めないだろ?」
屋台の方から勇儀の大声が響いてきた。呑兵衛の友人はまだまだ飲み足りないらしい。気付けば白黒魔法使いもいつの間にか同席していて、冥界勢も含めてドンチャン騒ぎになっている。
パルスィは去りゆく優斗の背中をもう一度だけチラリと見て、わざとらしい溜息を吐きながら彼女達の方へ歩き出した。
「今行くわよ、妬ましい」
辺り一帯どこもかしこも岩だらけの道を進み、途中で管理者不在の橋を渡ったりもして幾しばらく。魔理沙が教えてくれた場所で探していた少女を見つけた。彼女の隣にいた紅白巫女が俺の姿を捉えると、人形遣いに耳打ちして飛び去る。あとは二人でごゆっくりとでも言ったのだろうか。
やがて俺とアリスの距離が縮まり、手を伸ばせば届きそうな幅で向かい合う。アリスは顔を俯かせて視線を合わせてくれないが。さあ、やることは決まっているだろう俺よ。こういう時は男からって慧音先生が言っていた。夢の中で。
「ごめんな、アリス。事故だったとはいえ、女の子に対して不快な思いさせてしまった」
俺が頭を下げると、反対にアリスがバッと顔を上げた。その顔はまだちょっぴり赤かった。
「違うの! 別に嫌だったわけじゃなくてッ、ただ……恥ずかしかったというか、心の準備が……」
「え?」
「な、何でもない。えっと、私の方こそごめんなさい。思いっきり引っ叩いちゃって……痛かったわよね?」
「いやいやいや、それこそ気にするなって。当然の報いなんだからさ」
「でも……」
アリスはさらに一歩こちらに近寄り、そっと重ねるように俺の頬に手を添えた。細く柔らかい綺麗な手から温かさが伝ってくる。涙が零れそうなほどに潤んだ青い瞳に見つめられ、思わずドキリとしてしまった。温泉効果によるものか、アリスからいい匂いが漂ってきて頭がクラクラする。アリスの可愛さがいつも以上でえらいこっちゃです。お、落ち着け。ここで台無しにしたらバッドエンドしか残らない。
不安そうな顔をするアリスを元気づけるため、あと俺の理性が吹っ飛んでいかないために、「まぁまぁ」と普段通りに彼女に笑いかける。
「俺はアリスに引っ叩かれるの嫌いじゃないぞ? あ、言っとくけど変な意味じゃないからな」
「……バカ。本当に、バカなんだから」
「おうとも。バカで結構、それでアリスが笑顔になるなら。よっしゃ、この話はこれでおしまいにするべ。あっちに妹紅の焼き鳥屋が来てるんよ。ゆゆ様とか魔理沙とか続々と集まっている。さとりん達も連れて一緒に行こうぜ」
温泉でのアレコレは酒に流して、派手に面白くいこうじゃないか。パーティタイムはこれからだ。俺の誘いにアリスも賛成する。俺と同じく明るい表情で、パチッとウインクを決めた。萌えた。
「いいわね。それなら、まずは地霊殿ね」
「うむ。さとりんの教育指導がこいしに効いているか見にいきますか」
「上手くいっているのかしら?」
「全然効いてなかったりしてな」
飄々として反省しない妹に手を焼く姉の姿が容易に想像できる。アリスも同じイメージをしたっぽい。俺達は顔を見合わせて同じタイミングで吹き出したのだった。
地霊殿までの道のり、どこか上機嫌のアリスが俺の数歩前を歩いている。
突然、彼女はタンッタンッとスキップしてさらに距離を広げるとその場に立ち止まった。よくわからんけど俺も足を止める。
どうしたのかと首を傾げていると、背を向けたままアリスの声が聞こえた。
「優斗」
「ん? どした?」
「えへへ、呼んでみただけ」
アリスはくるりと振り返って、楽しげな悪戯っぽい笑顔をみせた。その可憐な笑みと、スカートの裾がふわりと広がるのもあいまって、まるで青空のもとに咲き誇る彩り鮮やかな花畑のように綺麗だった。鼻血出して失神しそうです。
彼女につられて頬が緩むのもそのままに、俺もお返しとばかりに声をかける。
「アリス」
「何?」
「いーや、呼んでみただけでござる」
「もう、さっきの仕返しのつもりかしら?」
「はっはっはっ、アリスの名前を呼びたい気分だったのさ」
「ふふっ、何よそれ」
それから、お互いの名前を呼んだり呼ばれたりが交互に続いた。呼ばれた方が何かと聞けば、呼んだ方は何でもないと答えて、可笑しさが堪えきれずに揃って笑う。いつしか二人の前後の距離はなくなり肩を並べて歩いていた。まったくもって幸せな気分だ。もう幻想郷に引っ越そうかな、なんて思えてくる。アリスと一緒にいる時間、プライスレス。
さてさて、二人きりの散歩を満喫したその後は、皆で楽しく宴会といきまっしょい!
数時間後、酔っ払ったヤマちゃんに抱きつかれて、何故か俺が金髪美少女二人に半殺しにされたのは酒のせいだと信じている。
つづく
フロニャルドの平和な世界観が良い。
姫様可愛い。
個人的にユッキーが好みです。あとベッキーも。