何とか連休初日に滑り込みました、サイドカーでございます。
言葉は、不要ですな。はい、前回の暴挙……その続きです。
では、どうぞ。
「あたいは火焔猫 燐、さとり様のペットでお空の同僚さ。お燐と呼んでおくれ。お兄さんが例の人間だね。まさかこいし様を連れてくるなんてねぇ。しかも、さとり様に意見したそうじゃないかい」
「まぁな。とりあえず、よろしゅう。受付しているのは招き猫だったか」
「あたいは火車だよ」
俺とアリスが来るなりペラペラと喋り出した猫耳少女に合わせ、こちらもフランクに挨拶を返す。明るくお喋り好きな性格の持ち主と見た。紅色の髪を左右の三つ編みにまとめていて、最大の特徴である猫耳との絶妙なバランスがグッド。っていうか猫耳、猫耳デスヨ奥さん。いつだったか、ブレザー&ミニスカートなあざといウサミミの女の子を見たことがあるからもしやと思ったが、やはり猫もいたか。やりおるわ幻想郷。
猫娘もといお燐の言い回しからして、おそらく俺が外で呆けている間にさとりん達から説明を受けたのかもしれない。あとは、コイツから聞いているとか。かつて俺と行動を共にしたこの狸と。
「今更だが、なしてタヌ吉がここに居るんだ?」
「ヘェ、勇儀姐サンニココヲ紹介シテモライヤシテ、今デハサトリ様ノペットノ一員ナンデサァ」
「ほう、そうだったのか。晴れてお前も地底の住民になったわけか」
「優斗はこの妖怪と知り合いなの?」
「ああ、前にちょっとな」
「旦那ハアッシノ命ノ恩人ナンデサァ」
俺とタヌ吉の会話を横で聞いていたアリスが素朴な疑問を口にする。実をいうと、あのときの出来事について全て話してはいないのである。もちろん大方のところは話してあるが、殴り合いの件とかには触れていない。なにせ、血が付いた俺のジャケットを見てアリスが取り乱したと、魔理沙から聞かされたからな。アリスに不安な気持ちを思い出させるようなマネはしたくないし、してはいけない。
俺達の返答でひとまず納得したのか、アリスはそれ以上の言及をしてこなかった。そういえば、同行していた他のメンバーの姿がない。どうやら彼女達はすでに浴室に向かったようだ。すっかり出遅れてしまった。
俺が周囲を見渡していたのを察し、お燐が気を利かせてくれた。
「さとり様達はもう行ってるよ。お兄さん達も行ってくるといいさ。お空のおかげでここの湯加減は格別だよ」
「ん、それじゃお言葉に甘えて。アリス、また後でな」
「ええ、またね。のぼせちゃダメよ?」
「ハッハッハッ、楽勝っすよ」
そんなこんなで、お燐に促された俺達はそれぞれ浴室に向かうことにしたのであった。
「女湯」と記された暖簾を潜り、アリスが脱衣所に入ると、そこに居たのは一人だけだった。その少女はいつもの巫女服を籠に入れて、胸にさらしを巻いた無防備な格好になっていた。
「遅かったわね。優斗はどうだった?」
「入口でぼんやりしていたわ。他の皆はもう中かしら?」
「そうよ、私達も早く行きましょう」
「ふふ、そうしましょうか」
霊夢はアリスが来るのを待っていてくれたらしい。親友の気遣いに嬉しさを覚えつつ、アリスも衣服と下着を脱ぎ、綺麗に畳んでから籠に入れる。愛用のカチューシャも外して、体にタオルを巻いたら準備完了。ちなみにタオルはレンタルしていたものを利用させてもらった。
アリスと同じくタオル姿の霊夢が硝子戸を開けると、温かい空気と冷たい空気が入り混じった風がアリスの素肌を撫でた。木桶を一つ手に取り、湯煙が漂う浴場の中心に進む。見れば道中一緒だった面々がすでに好きな位置で入浴していた。
持っていた木桶で温泉をすくって全身に浴びせる。その後、つま先を温泉に浸けて湯加減を確かめてから、胸元にかけてゆっくりと湯船に身を沈める。日頃の疲れが解されていくような安らぎが全身に広がった。
「ふぅ……いいお湯」
思わず息を吐いてしまうのは万人に共通することだろう。ちなみに、ここはタオルを纏ったままの入浴がOKである。場所によってはアウトなところもあるので、入る前には注意書きをよく読もう。
しばらくして、隣で入浴していた霊夢がアリスをまじまじと見て感想を漏らした。
「アリスの肌って白くてきめ細やかよね。髪もツヤツヤで綺麗だし」
「そうかしら? 霊夢だって肌も髪質も良いじゃない――」
その時、人形遣いの背後に忍び寄る人物がいた。もう一人の親友、霧雨魔理沙だ。彼女はスイーッと流れるような動きでアリスに接近すると、おもむろに彼女の脇腹をガシッと掴んだ。強烈なくすぐったさの不意打ちに、アリスはたまらず黄色い声を上げる。タオル装備では防御力など皆無に等しかった。
「きゃあっ!? ちょっと魔理沙どこ触ってるの!?」
「うーむ、羨ましいくらいのスタイルの良さだぜ。腰は細いのにこっちは大きくて、ついつい揉んでしまいたくなる。調べずにはいられないな」
お咎めの言葉もお構いなしに、魔理沙はアリスの腰に回していた手を上に持っていくと、今度は豊かな膨らみを持つ双丘を鷲掴みにする。真面目な目でその柔らかな感触を確かめているが、やっていることは過激なスキンシップでしかない。
一方で、アリスは抵抗しようにも力が入らない。くすぐったさとは違う感覚に翻弄され、時折ビクッと身体が跳ねる。頑張って堪えようとしても艶っぽい声が口から漏れてしまう。
「あっ、あ……あんッ! ん、や……やめ――ひゃうッ!?」
「くぅーっ、けしからん女子力の塊め! こうなったら、とことん揉みまくってアリスのお色気ボイスを優斗にも聞かせてやるんだぜ!」
「あ、んん……! ダッ、ダメ……ゆうと、聞かない、でぇ! あッ、あぁん!」
若干八つ当たりっぽいギラリとした眼光を放つ魔理沙。彼女自身もおかしな方向にヒートアップしている様子。両手の力加減が激しくなり、アリスの息遣いが次第に熱を帯びていく。はしたない声を彼に聞かれてしまうと思うと、恥ずかしさのあまり気を失いそうになる。
もはや魔理沙がアリスに襲いかかっているようにしか見えないシチュエーションを前に、霊夢は呆れの溜息でツッコミを入れるのだった。
「何やってるのよ魔理沙……」
「はぁ……はぁ……んっ」
あれから野獣化するギリギリ一歩手前の白黒魔法使いの拘束をどうにか解き、アリスは壁際まで避難していた。壁といっても男女を隔てる竹製の仕切りだが。満足げな笑みを浮かべる魔理沙の肌がツヤツヤなのは温泉の効能だけではないはず。
今しがたの痴態を思い出しかけてブンブンと首を振って追い払う。気を紛らわそうと視線を巡らすと、お空が「もう上がる!」と勢いよく温泉から出て脱衣所に向かっていた。カラスの行水というのだろうか。短い入浴時間だった。
「色っぽい声出して、妬ましいわね」
「え……? あ、パルスィ」
突如聞こえた声に振り向くと、少し離れた場所に橋姫の姿があった。彼女はこちらではなく別の方を見ている。多少の距離はあるが、近くに居るのはアリスだけなので、独り言でなければアリスに対しての発言とみるのが妥当だろう。
本当のところ、アリスはパルスィが少しばかり気になっていた。どうしても彼女に聞きたいことがあったから。よし、と小さく決意してアリスは口を開いた。
「ねぇ、パルスィは優斗のこと……その、どう思っているの?」
「その質問がすでに妬ましいわね。別にどうとも思ってないわよ……あなたの方こそどうなのよ? あいつとどうなりたいわけ?」
「ふぇええ!? わ、私は……ただ、もう少しこのまま一緒にいられたら……」
「釈然としないわね。もう少しって何よ?」
「だって、優斗は外来人でいつか帰っちゃうでしょ? でもね……今の生活がすごく楽しいのも事実なの。できれば今がもうちょっとだけ続いてほしいなって……そんな私のわがまま」
アリスは自らの気持ちを呟き、何となく両手で湯をすくって水面を見つめる。聡明な理性と隠れた本心のせめぎあい。せめて、いつか訪れるその時までは彼と過ごしていたい。これ以上を望んでしまうのは、求めすぎだと思うから。だけど、もし可能ならこれからもずっと……
人形遣いの思いを橋姫は黙って聞いていた。やがて彼女が話し終えると「……ふん」と短い反応とともに、湯船から身体を上げた。美しいプロポーションから湯が滴り落ち、幻惑染みた魅力を醸し出している。
パルスィはアリスに背を向け、数歩進んだところで足を止めた。
「謙虚なわがままね、妬ましい。その気持ちも嘘ではないようだけど、本当はもっとあるんじゃないの? それとも素直になれないだけ?」
「パルスィ……」
「別に追及するつもりはないわよ。そうね、これじゃ対等じゃないし前言撤回するわ。私はあの男が妬ましいから放っておけない、それだけよ。お先に失礼するわ」
結果的に、最後まで彼女達の視線が交わることはなかった。さっさと大浴場を後にしようとする橋姫の後ろ姿を、アリスは何も言わずにただ眺めていた。
パルスィが風呂からあがろうとする途中、一人静かにこちらを見守っていた少女の前を横切ると話を振られた。心を読む程度の能力と、幼げな容姿とは反対に大人びた雰囲気を持つ彼女は、橋姫にだけ聞こえるような声量で誘いをかける。
「アリスさんの本音を教えましょうか? それとも『彼』の気持ちの方が知りたいですか? パルスィさんがお望みなら内緒で答えますよ」
「台詞と裏腹に言うつもりが微塵もないのがバレバレよ、妬ましい。さとりはあの二人に何か思うところでもあるのかしら?」
「そうですね。こいしが懐いている方々ですし、それを差し引いても好感が持てますから。幸せになってほしいですね、特に天駆さんには」
「含みのある言い方するわね」
「さて、どうでしょうか」
やはり具体的に教える気がなかったのか、はぐらかす物言いをするさとりに主導権をもっていかれた気分で面白くない。とはいえ、読み取った内容を無暗に話そうとしないのが彼女の信頼できるところでもある。
結局、いつも通りパルスィは「妬ましい」と口癖を残し、脱衣所の戸を開けるのであった。
橋姫が去った後、アリスは物思いに耽っていた。これから先のこと、優斗が幻想郷に居られる期間、一緒にいることができる残された時間はどのくらいだろう。それともう一つ。パルスィの気持ちを聞いたときに意図せずに浮き上がった、「取られたくない」という意地悪な感情に対する自己嫌悪に近い悩み。
「私……どうしちゃったのかしらね」
複雑な気持ちを全部ひっくるめて溜息を吐く。この向こうに居る彼を想像して、柵にそっと触れようとした時、
「ストーップ! お姉さん、それには触らないでください!」
「きゃっ!?」
あまりにも突然に大きな声で注意され、アリスは驚いて手を止める。声の主は番台にいた火車、お燐だった。衣服を着ているところを見ると、入浴に来たわけではなさそうだ。
目をパチクリさせて戸惑うアリスに、お燐は「間に合ってよかった……」と安堵し事情を説明する。
「ちょうどお姉さんが居るそこの仕切りだけど、さっき勇儀の姐さんが壊しちゃった所なんだよ。覗きを試みた輩を成敗しようとして柵ごと粉砕しちゃってね。急いで直したから支えが不安定なのさ。だから力を加えたりしないでおくれ。いいですね、『絶対に押さないでください』よ」
お燐は最後の一言を特に強調する。あくまで彼女は念を押しただけなのだろう。だが、それがいけなかった。仕方がなかったともいえる。「そういうネタ」があることを、彼女は知る由もないのだ。
そう、お燐は知らない。その言葉に反応する少女が身近にいて、なおかつ前科があるということさえも。そして、実は本人が近くに居たことを。なぜなら、その子は無意識を操り、誰にも気付かれずに行動することが可能なのだから。
古明地こいしの無垢な瞳が興味一色に染まる。こいしは一切ためらうことなく、かつて優斗にやったように防壁の急所に向かって両手を突きだした。
「おお、寒い寒い。温泉に来て体冷やすとか意味わからんわ」
水風呂で念仏やら素数やら151匹の名前やらをメドレーしていたら、頭どころか全身が鳥肌立つくらいクールダウンしてしまった。ところで今は全部で何匹いるのだろう、ポケットなあれらは。
再び温泉に入った瞬間、生き返るような温かさが染み渡り「お゛ぉ~」と形容しがたい声が喉の奥から吐き出される。早く温まりたいので、少しでも湯加減が良さそうな所を求めて仕切りの近くまで移動する。何となくだが、温泉の中心部が当たりっぽい気がしたからだ。
ミシミシ……
「あい?」
すぐ隣から奇妙な物音が聞こえて視線を向ける。音の発生源は竹製フェンスの一箇所、それも眼前からだった。何事かと思う暇もなく、次の瞬間にはその一部がバラバラと崩壊の音を立てて分解しながらこちらに倒れてきた。
「どゆことなの!? 新手のスタンド使いか!?」
ビックリして立ち上がったことが幸いし、反射的に頭上で腕をクロスして防御する。素材自体は軽いおかげで大したダメージを受けることはなかった。やがて襲撃が収まり、腕をおろして前方を確認する。と――
「ぶッ…………!?」
「ぇ…………?」
冷静に考えてみればわかることだった。壁が崩れたイコールこちら側と向こう側との境目が消滅したということ。ポッカリと見事に開通されたすぐ目の前、そこにいた女の子を見て、危うく意識が飛びそうになる。彼女も俺と同じく驚いて立ち上がったのか、脚だけを温泉に入れて驚愕の表情で固まっていた。
このままでは非常にマズイとわかっているはずなのだが、目に映る光景に釘付けになる。俺は完全なまでに目を奪われていた。至近距離にいる――アリスのあられもない姿に。
まるで彫刻の女神像のような美しさだった。キュッと引き締まった腰のくびれ。それとは対照的に胸は大きく膨らんでいて激しく自己主張している。局部はかろうじて隠されているものの、身に着けているのはタオル一枚。しかも水分を吸収しているため身体にピッタリと張り付き、むしろ身体のラインがはっきりと表れて言いようのない色気が漂う。金色の髪は濡れて普段以上の艶を放っていた。白く瑞々しい肌は湯を弾き、浮かんだ滴が肢体を伝って静かに落ちる。
『…………』
世界が止まったかと思うほどの沈黙。俺達はお互い薄布のみの格好で向かい合っていた。ちなみに俺も腰にタオル巻いているのであしからず。あ、アカン。鼻の奥からさっき以上の余波が迫ってきた。咄嗟に鼻を摘まんで堤防の決壊を食い止める。
そして、そのアクションを合図とするかのように、アリスの表情が驚愕から羞恥に変わり始める。タオルで覆われた身体を両手でさらに押さえる。かつてないほど顔が紅潮していき、青い瞳に涙が浮かんだ。全身がわなわなと震え、爆発寸前の兆候が微かな声となって俺の耳に危険信号を送る。
世界がマッハで動き出したのは、そのコンマ数秒後だった。
「やぁあああああ!! 優斗のえっちぃーーーー!!」
「おんぎゃぁあああ!?」
風よりも速い平手打ちが頬に炸裂し、風船が割れるような乾いた音が浴場全体に響き渡る。想像を絶する威力にギュルギュルと回転しながら吹っ飛ばされ、そのまま落下した衝撃でデカい水柱が上がった。顔の左側に大きな紅葉が描かれているのは確実である。
俺にビンタを決めたアリスは、悲鳴を上げながら脱兎のごとくその場から逃げだした。
同時にパニック祭りが盛大に幕を開けた。
「ふぇえええん! 優斗に見られちゃったぁああああ」
「待ちなさいアリス! 魔理沙、追うわよ!」
「合点だぜ!」
「こっ、こっ……こいしぃいいいいい!?」
「おー、珍しくお姉ちゃんが焦ってる」
「いやん、天っちのスケベ♪」
巻き起こる大混乱の嵐に、事態はもはや収拾がつかないレベルまで達した。さとりんの慌てっぷりからみて犯人はこいしで間違いないだろう。あと、ヤマちゃんが明らかに面白がっている件については見なかったことにします。とにかくアリスの誤解を解かなければならぬ。誤解というか事故だけど。ヒリヒリと痛む頬をそのままに、彼女を追いかけるべく走り出す。普段の俺なら到底考えられない、限りなくテンパっていた故の血迷った行動だった。
「待ってくれぇー、アリスー!」
「なに女湯に入ろうとしてんだい!!」
「ごべやぁっ!?」
もちろんそんなキチガイな所業が許されるはずもなく、お燐の猫パンチ(右ストレート)がビンタと同じ個所に突き刺さり、またまた俺は盛大に吹っ飛んでいった。
つづく
ゆーげっとばーにん♪