東方人形誌   作:サイドカー

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実のところ、このままだと失踪するかもしれないと思っていましたが、久しぶりに執筆すると予想以上に集中していました。なんだかんだ言っても、自分は東方projectと二次創作が好きなんだなと実感した出来事でございました。

まだしばらくこの物語は続くこと思われます。今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


第二十八話 「男はつらいお」

 幻想郷。時代が進むにつれて人々から存在を忘れ去られていった者、あるいは人々が存在することを信じなくなった者が集う場所とされている。その地に住まうのは、妖怪やら神様やら幽霊から不老不死まで絵本に出てくるようなものばかりだ。とはいうものの、おとぎ話な連中しかいないというわけでもなく、平凡な人間もそれなりに暮らしている。良くも悪くも普通な彼らは集落を作り、日々の生活や己の仕事にいそしみ、ときには自分たちとは違う種族とも意気揚々と酒を交わし、思い思いに人生を謳歌している。人が作りし集落を皆は「人里」と呼んでいた。

 今回のお話はその人里で起こった、女性に弱いことが玉に瑕な一人の青年が発端のしょうもない騒動である。

 

 

「いくつもの~虹ぃ~♪ 越えて行けーるー ふたりでオーバー ザ レインボーゥ♪」

 恥ずかしい台詞禁止な名曲を口ずさみながら大通りを歩く。現代でやったら痛々しい視線が突き刺さるような行動も、ここでは平気でやれてしまうのだから素晴らしい。行き交う人々は老若男女問わず活気に溢れていた。店を営む者は客を引こうと威勢よく商品を宣伝し、主婦と思しき女性たちは井戸端会議に花を咲かせ、子供たちは歓声を上げながら走り回っている。天気も良好、本日も平和なり。

 さりげなくお気に入りの歌を楽しんでいると、見知った顔と偶然ばったりと出くわした。知的な印象とスタイルを含め全体が大人な彼女は、俺に気付くと長い髪をなびかせながらこちらにやってきた。これほどの美人が教師をしているというのだから、授業参観が行われた日には何人もの父親が訪れるに違いない。ついでに俺も混ざりたい。

「こんにちは、ご機嫌そうだな。今日はアリスと一緒じゃないのか?」

「こんちはっす。慧音さんのようなべっぴんさんと会えば機嫌も良くなりますぜ。アリスは博麗神社に行ってますよ。こちとら乙女の会話に乱入するなんて無粋なマネはしない主義なんで、人里に来てみた所存であります」

「ははは、なかなか紳士的な心がけをしているじゃないか。ただし、あまり女性をむやみに褒めるものじゃないぞ。痴情のもつれが起きてからでは色々と大変だからな」

「うい、気を付けるだけ気を付けます。ぶっちゃけ直しようのないレベルですが」

「ふむ、それもそうか」

 慧音さんにあっさりと納得されてしまったことが誠に遺憾である。だかしかし、自覚はあれども反省はしない。退かぬ、媚びぬ、省みぬ。なぜなら幻想郷の女性陣がレベル高すぎるんですもの。そしてアリスに至ってはもはや天使だと思う。

 ふと改めて慧音さんを見ると、本を三冊ほど重ねて両腕で抱えていた。寺子屋の授業で使う資料だろうか。俺の興味が本に向いているのを察し、彼女は「ああ、これか」と本に視線を落とした。今思ったけど、一歩間違えていたら胸を凝視する形になっていた。危うく劣情に支配された変質者の扱いを受けるところでござった。

 痴漢冤罪のピンチだったことなど気付いてもいないようで、彼女は持っている本について説明してくれた。

「今日の授業の参考資料になると思って、さきほど鈴奈庵から借りてきたんだ」

「鈴奈庵っていうと、確か貸本屋でしたっけ? 『外』の本も置いているって話らしいですな」

「おや、知っているのか?」

「名前だけならアリスに聞いたんすよ。今度二人で行こうって約束して、まだ達成されていないんすけどね」

 あの後に色々とあったのが未達成の原因なのは言うまでもない。一部じゃ異変扱いされていたことにはたまげたが、宴会までやって大団円だったのだから結果オーライ。

 あ、そうだ。今のうちに鈴奈庵とやらの場所を下見してはどうだろう。何ていうかこう、デートの下見をするみたいな感じで。幸いにさっきまでそこに居た人物が目の前にいらっしゃることだし、場所を聞いてみるか。

「慧音さん、これから俺もその鈴奈庵に行ってみようと思うんですが、どこにあるんすか?」

「それならここをまっすぐ行けばいい。店の名前を記した看板が吊るしてあるから、間違えることもないだろう。私が案内してやれれば良いのだが、これから寺子屋に行かなくてはならないのでな……すまないが自力で向かってくれるか?」

「心配無用っす。お気遣いありがとうございます。んじゃ、ちょっくら行ってきますぜ」

「ああ、私も失礼するよ」

 

 

 慧音先生のお導きのままに進んでいると、彼女の言うとおり『鈴奈庵』と書かれた板が入口上部にぶら下がっている一軒家が見えてきた。紅魔館の大図書館と比べると規模が小さい気もするが、比較対象がデカ過ぎるんだろう。そもそも、ヴァンパイアお嬢様の館と一般ピーポーの家を比べる方が間違っている。

「そういえばパチュリーから貸出許可をもらったのに何も借りてなかったな……っていうか俺でも魔導書が読めちゃったりするのだろうか?」

 迂闊なことに、ぼんやり考え事をしていたせいで周りへの注意がおろそかになっていた。ちょうど鈴奈庵から出てきた人物がこちら側に歩いているのに気が付いたがすでに遅し。

 

「うおっと!?」

「きゃっ!?」

 ドンッと俺とその人の肩がぶつかり、相手は反動に圧されて尻餅をついてしまった。同時に持っていた書物が周囲に散乱する。

「やべっ! すみません怪我してませんか!? 今すぐ本拾いますんで!」

「い、いえ。こちらこそ不注意でした」

 慌てて謝罪の言葉を口にしつつ、しゃがんで辺りに散った本を猛スピードで拾い集める。っていうか今聞こえたの女の子の声だったよな。お、俺ってば女の子を突き飛ばしちゃったの!?

 自分が犯した罪の重さに顔面蒼白になりながらも、「申し訳ございませんでした……」と回収した本をおそるおそる手渡し、顔を上げて相手を見た。

 

「お気になさらないでくださいな。私にも非がありますので、お相子ということにいたしませんか?」

 

 目の前に大和撫子がおった。

 その雰囲気はまさに和風良家のご令嬢。鮮やかな黄緑色に染められた上質そうな着物と山吹色の着物を重ね着している。肩に届かない短さに切りそろえられた紫色の髪には、牡丹のような花飾りを留めていた。体は細く小柄なのも加わって、どこか薄命そうな儚げな印象を受ける乙女だった。

 少女に手を差し伸べると、彼女は「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言い、こちらの手を取った。彼女を立ち上がらせたところで、

 

「あなたのような美しい御嬢さんに非はありません。全てワタクシの罪なのです。どうかせめてもの詫びに茶を奢らせてはいただけませんか?」

 

 いつも通りの展開になってしまった。さっき慧音さんに注意されたばかりなのに、早くもやっちまったよ。どんだけ物覚え悪い問題児なんだ。

 俺の突然すぎるお誘いに少女はパチクリと目を瞬かせていたが、おしとやかな物腰で上品な答えを返した。

「それでは私からもお詫びに、そこの甘味処でお団子を召し上がってくださいな? そちらでお茶もいただきますから」

「はい喜んでーーッ!」

 テンション上がりすぎて思わず居酒屋店員みたいなリアクションをしてしまった。もしや彼女は本当に名家の娘さんなのではなかろうか。とても少女とは思えぬ立ち振る舞いなのだが。

 なんにせよ美味しい展開だ。まさしく、登校初日に遅刻して食パンくわえて走っていたら曲がり角でドーンみたいな。しかも相手は美少女、これはフラグなのではという気もしてくる。是非ともこのお嬢さんと親睦を深めようと甘味処に行こうとしたまさにその時、遠巻きに俺たちを見ていた周囲の野次馬が、行く手を遮るようなフォーメーションで立ち塞がった。

 

「兄ちゃんちょっと待ちな。黙って聞いていれば稗田嬢と二人きりでお茶かよ。羨ましいじゃねぇか。その権利を譲ってくれないか?」

「まったくもってけしからん青年だ。こうも簡単に阿求様を口説こうとは……君には荷が重い。僕が代わってあげよう」

「おいらも稗田様とお茶したい。かわれ」

 次々と上がる代打要請に、隣の着物少女は「え……? え……?」と戸惑っている。そういえば自己紹介してなかったっけ、こりゃ失念していた。どうやら彼女は稗田阿求という名前らしい。様付けされているということは本当に名のある方だったみたい。しかもこの人気っぷり。人里の野郎どもにとって高嶺の花だったのだろう。それをあっさりナンパしてOKまでもらった俺に、羨望と嫉妬と己の欲望が重なった結果「自分がお茶したい」という答えに至ったと考えられる。まぁ、俺も男だし気持ちはよくわかる。だが断る。

 いつの間にやらギャラリーが集まり始め、ガヤガヤと騒がしくなってきた。最高にハイってやつかしら。

 やれやれだぜ。ここまでお膳立てさせられたら、やるっきゃないよな。俺は観衆も含めその場にいる全員に高らかに宣言した。

 

「じゃあこうしよう。この場で戦って最後まで生き残った奴が、彼女とお茶する資格があるものとする。稗田阿求さん、それでよろしいでしょうか?」

「え……? は、はい……?」

 突然話を振られて困惑しながらも、彼女はコクリと頷き許可を示した。どっちかといえば状況に気圧された感じで若干不憫だ。しかし、この場を収集つけるためにも我慢してもらおう。

「んじゃ、本人の許可が出たところで……名付けて『稗田阿求デート権争奪戦』! 権利が欲しいやつは全員かかってこいやぁああああッ!!」

『WRYYYYYYY!!』

 こうして、スマブラのような飛んで乱れるバトルロワイヤルが開幕したのだった。突如始まった喧嘩祭りに、当事者の一人である稗田阿求さんは完全に置いてきぼりをくらって放心していた。彼女に巻き添えがいかないことを祈ろう。

 

 

 博麗神社。

 幻想郷の住民でこの名を知らない者はいない。楽園の素敵な巫女が妖怪退治や大結界の管理を営む神社である。重要な神社なのだがいかんせん賽銭不足が続いているため、妖怪の山に引っ越してきたもう一つの神社と比べるとやや貧しいイメージがあるのはここだけの話。

 その神社の縁側にて、アリスがお土産に持ってきた彼女お手製のクッキーをおやつに、ティータイムと称して談笑している仲良し三人娘の姿があった。楽園の素敵な巫女こと霊夢が恍惚の表情でクッキーを堪能している傍らで、魔理沙も焼き菓子に手を伸ばしている。

「ん~っ! 相変わらずアリスの作るお菓子は美味しいわね。やっぱり嫁に欲しくなるわ」

「もう、霊夢ったら変なこと言わないでよ。クッキーならいつでも焼いてあげるわよ」

「むぐむぐ……私も霊夢と同意見だぜ。一家に一台は欲しいな」

「人を家具みたいに言わないの」

「冗談だぜ」

 軽くジョークを交えつつ憩いの一時を過ごす。お茶請けがクッキーなのに対し、茶が緑茶であることにツッコミを入れてはいけない。和洋折衷というやつである。

 しばらくして、この場にいなかった人物の声が三人の耳に届いた。

 

「平和そうですわね、貴女方は」

 

 やってきたのは銀髪とメイド服が特徴の、瀟洒な従者こと十六夜咲夜だった。時間を操ることができる彼女は、ある意味スキマ妖怪なみに神出鬼没な人物かもしれない。今日は普通に移動してきたので、驚いてお茶をぶちまける大惨事は起きなかった。

「あら、咲夜じゃない。よかったらあなたもクッキーどう?」

「ええ、いただきますわ」

 アリスに菓子を勧められ、咲夜もティータイムに加わる。吸血鬼の館で働く彼女だが、たまにはこうして外出することもあるのだ。もっとも、人里での買い出しや主からの命令によるものが大半なのだが、そこんところは割愛する。

 四人でまったり過ごしていると、思い出したように咲夜が口を開いた。

「そういえば、さっきまで人里に行っていたのだけれど随分騒ぎになっていましたわ」

「騒ぎ? もしかして異変か!? だったら私の出番だぜ!」

「たぶん違うと思うわ。それで、何があったのかしら?」

 今すぐにでも出撃しかねない魔法使いのかじ取りをこなしつつ、メイド長に詳細を聞く人形遣いはいつもながら優等生であった。博麗巫女も異変ではないと勘付いているようで、ズズッと緑茶をすすっていた。

 咲夜はセルフサービスで用意した茶を一口飲むと、少し前に見てきた光景を語った。

「幻想郷縁起の書き手、稗田阿求だったかしら? 彼女と甘味処で同席する権利をかけて、大勢の男性が争っていました」

「ふーん。どうでもいい話ね。異変でもなんでもないじゃない」

「はぁ~、男ってしょうもないことで大げさに争うんだな」

「ほんと、彼女も大変ね」

 霊夢は心底興味なさそうに一蹴し、魔理沙は低レベルな争いに呆れ果て、アリスは苦笑を浮かべ阿求に同情する。探究心の強い魔理沙ですらヤル気を削がれてしまう内容だった。

 三者三様の反応を示す中、そのうちの一人に対し咲夜が意外そうな声を上げる。

「あら、随分と落ち着いているのね。アリス?」

「え? どういうこと?」

 咲夜の発言の意図がわからず、アリスは怪訝そうに首をかしげる。霊夢と魔理沙も同様で、大量のハテナマークが頭上を飛び交っていた。

「ああ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわね。それで――」

 そして、続いて咲夜が放った一言が、疑問を払拭する代わりに新たな問題を生む爆弾と化すのに時間はかからなかった。

 

「その中で一番派手に暴れていたのが、優斗様でしたわ」

 

「私、用事ができちゃったから行くわね」

「ええ、いってらっしゃい」

「躾は大事だよな」

「これもいつも通りですわね」

 言葉にせずとも伝わる思い。少女たちが笑みを浮かべながら手を振る様子は、一見すれば他愛のない日常のワンシーンのようだが、実際の中身は愚者への制裁を宣言するものだった。友人に見送られ、アリスは博麗神社を後にする。彼女が向かう先はバカが大立ち回りをしているところなのは言うまでもなかった。

 

 

 その惨状を一言で表すならば「死屍累々」であろう。あるものはボディブロウを喰らい地面に倒れ伏し、あるものはジャイアントスイングで叩きつけられた民家の壁に頭から突き刺さり、またあるものは投げ込まれた水路の上で力なく浮いていた。他にも至る所に力尽きた数多の戦士たちの姿があり、先ほどまで繰り広げられていた闘いがいかに熾烈であったかを物語っていた。

 その戦場の中心地に佇む影が一つ。体はボロボロで片膝をつき息を荒げているが、唯一人だけ力尽きてはいない男だった。彼の手には長い棒状の得物が握られている。戦闘が激化する中で手に入れ、武器として振り回していたものだ。しかしながら、武器と言っても殺傷力皆無であることは物を見れば明らかである。

「ぜぇ……はぁ……は、ははっ」

 やがて、男はゆらりと立ち上がった。勝利の余韻に浸っているのか、笑い声が漏れる。そして、身にまとっているグレーのジャケットを翻しながら手にしている得物を高々と掲げ、勝どきの声を上げた。

「っしゃおらぁあああ! ドンパッチソードに斬れぬものなどあんまりなィイーッ!」

 まぁ、俺なんですけどね。武器として使っていたドンパッチソードもとい長ネギです。たまたま近くにあった八百屋さんで調達しました。俺にもハジケリストの素養があったみたいだ。

 いやはや、実に凄まじいバトルだった。途中からテンション上がった野次馬がどんどん乱入してきて本当に喧嘩祭りになったし。萃香や姐さんがいたら参戦してきたかもしれない。彼女らが入ってきたらスマブラから○○無双に早変わりだけど。もちろん俺らは蹴散らされる側で。

 大乱闘が終わったことで、放心状態から覚めた稗田阿求さんが心配そうに声をかけてきた。

「あの……大丈夫ですか?」

「まったくもって全然このくらい何でもありませんとも! お待たせしました御嬢さん、早速これからお茶に行きま――」

 

「ねぇ、何をしているのかしら?」

 

 めっさ聞き覚えのある声が背後から聞こえたのは気のせいだろうか。いや、俺が彼女の声を聴き間違えるはずがないし本物だろう。おかしいな、今日は博麗神社に行くって言っていたのにな。へへ、なんだか汗が止まらないぜ。

 ギチギチと古びたロボットみたいな動きで振り返ると、思った通りアリス・マーガトロイド嬢が立っていらした。ニコニコと笑みを浮かべているのに、その後ろに地獄の炎が燃え盛っている幻覚が見える。

「よっよよよよう、アリス。何をしているのかって? えーっとだな、ね……ネギ買っていたんよ」

「そうなの。ご苦労様、じゃあコレもらうわね」

「あ、はい。どうぞ」

 アリスに長ネギを献上する。意外にもうまく話題を逸らせたのか、俺ってばサイキョーね。そんな「やったか!?」なみの死亡フラグを思ったのがいけなかったんだろう。アリスは俺から「武器」を受け取ると、しっかりと握って大きく振りかぶり溜めの姿勢に入ると、

 

「咲夜から全部聞いているわよ! この節操なしぃーーーーッ!!」

「あいやこれまでぇええええええ!?」

 

 会心の一撃がクリーンヒットし、スパーン! と小気味良い音が周囲一帯に響き渡った。

 こうして「稗田阿求デート権争奪戦」は、七色の人形遣いのお仕置きをフィニッシュに勝利者ゼロで幕を閉じたのだった。

 

つづく

 




他の作者さんの小説の感想を書いたりもしてみようかなー、と最近になって思い始めました。 ←ものすごく遅い発想

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