東方人形誌   作:サイドカー

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アリスはかわいい


第一話 「留学先は幻想郷? ~出会いはきっと運命(デスティニー)~」

「んぁ……?」

 眩しさに顔をしかめ、ゆっくりと目を開く。眩しさの原因は日光であることが分かった。

 どうやら穴に落ちた衝撃で気を失っていたようだ。気絶するとか、一体どんだけのショックがあったのかと思うとゾッとする話だ。上体を起こし、身体のチェックをするが、幸いなことに土で汚れたくらいで、怪我をした感じもない。

 冷静に考えてみれば、お日様が出ているということは、一晩中ここにいたってことだよな。ヤバくね?

「というか、何で穴に落ちたのに、こんなところに倒れてたんだ?」

 周囲をキョロキョロと見回していると、少し離れた場所に例の御神木もどきを見つけた。

 立ち上がり、近づいてみる。すると何ということでしょう。俺が落ちたはずの穴が、全然深くないではありませんか。底もはっきり見えるほどに浅く、どう考えても全身すっぽり収まるサイズではない。驚異的ビフォーアフター、これが匠の技か。

「んー、どうなってんだ?」

 余計わけがわからくなった。どこぞのバーローでも呼べないかしら? この謎を解明したいところだったのだが、不意に今日が留学出発日であることを思い出した。

「おっと、いかん。早く帰って空港に行く支度しなくては! 遅刻なんてしたらシャレにもならんぞ」

 さすがに今の状態で帰るわけにもいかない。慌てて身体や衣服についた汚れを払う。

「おぉう、自慢の茶髪が汚れてしまったではないか! あぁ、お気に入りのジャケットも土まみれやないかーい! 勘弁してくれよぅ、とっつぁーん……」

 一人でギャーギャーと文句を言いつつ、ガシガシと頭部をこすり、上着も一旦脱いだ後、ばっさばっさと振り回す。つい最近染めたばかりのベリーショートにカットされた髪は、ワックスを使わなくても自然と逆立ちツンツンヘアを再現できるのが、俺の密かな自慢だ。普段から愛用しているジャケットのカラーは、王道の黒ではなくグレーというのが俺なりのこだわりなのさ。

「ふぅ、こんなもんか。さて、急がねば! まだ間に合うはずだ!!」

 汚れが落ちたことを確認してから上着を羽織り、俺はアパートの自室に向けて走り出した。

 

「おいおいおいおい、いくらなんでも変じゃね?」

 何が変なのかと言えば、いくら歩いても見慣れた景色にならないのである。自然公園周辺の森林ではなく、ガチな森の中を歩いているような、そんな気すらしてくる。

 ダブルショォーックなことに、誰かに電話して迎えに来てもらおうと思ったら、ケータイを紛失していることに、ついさっき気付いた。嘘だと言ってよバーニィ!!

「パトラッシュ……僕もう疲れたよ……」

 これ以上歩き続けると心が折れるかもしれない。適当な倒木に腰を下ろして休憩するか。そう決めるや否や、俺はさっさとその辺に座り込んだ。

「あー、ちくしょうノド渇いたなぁ……お?」

 ぼけーっと空を見上げると、赤い実をいくつも付けた枝が視界の端に入った。よくよく観察してみると、どうやらリンゴのようだ。おお、ラッキー!

「水分補給ができるよ! やったねたえちゃん!」

 

「んーっ! 生き返るぅうう」

 少しばかり酸味が強い気がするが、かえって気付け効果に良いかもな。そんなことを考えていると、

 

ガサガサ……

 

「ん?」

 すぐそこの茂みから物音がした。この展開はあれか。ピカチュウでも出てくるのか。

動く気分にならなかった俺は、犯人が出てくるのを待った。そこからは、

 

ぴょこっ

 

「……えぇえ?」

 思わずマスオさんボイスが出てしまった。当たり前だが、出てきたのはポケモンではなかった。現実的に野生動物でも、人間でもなかった。それ以前に……生き物ですらなかった。

 ふよふよと空中を漂う「それ」の大きさは、サッカーボールとかバレーボールとか、そのくらいか。ただ、「それ」自体はボールではない。メイド服のような衣装を身にまとい、長い金髪の頭上につけた赤いリボンが特徴的な「それ」は、西洋のおとぎ話にでも出てきそうな女の子の姿をした――人形だった。……あ、目が合った。ふわふわとこちらに近付いてくる。

 

「…………」

「……………」

「……シャンハーイ」

「……あ、リンゴ食べます?」

「……バカジャネーノ」

「……バカジャネーヨ」

 ファーストコンタクトに失敗したようだ。誠に遺憾である。

 お互い動くに動けず、まるで世界の名を持つスタンドの干渉を受けたかのようだ。どうしたもんかと途方に暮れていると、

 

「上海ー? どこにいるのー?」

 

 どこからか女の子の声が聞こえた。

「シャンハーイ!!」

「!?」

 目の前の人形が唐突に元気な声を上げたせいで、ちょっとビビった。チビッてはない。前方の未確認浮遊物が叫んだおかげで、声の主はこの場所が分かったらしく、こちらに近付いてくる足音が聞こえてくる。やがて……

 

「上海、ここにいたのね。……え?」

 

 現れたのは声から判断した通り、女の子だった。人形を見つけて安堵した様子だったが、俺の存在に気付くと表情が変わった。向こうは俺がいたことが予想外だったらしく、驚いた顔でこちらを見つめている。同時に俺も彼女に目を奪われていた。なぜならば……

彼女が、それはそれは大層な美少女だったからだ!! そりゃもう間違いなく、超がつくほど飛びっきりの美少女!!

 肩に届くか届かないかくらいの長さのショートヘアは、日に照らされキラキラと輝く色鮮やかな金色で、頭部に飾られた赤いカチューシャが、その綺麗な金髪と見事にマッチしており、女の子っぽさに拍車をかけている。

 人形のような精巧な顔立ちによく似合う、青く澄んだ瞳はサファイアを彷彿させた。

 服装は青のワンピース。肩周りはフリル状になっている白い布で包まれており、袖の部分も同様に白い生地が使われている。胸元とウエストをきゅっと結んでいるリボンは、カチューシャと同じく夕焼けのような赤色。

 

「あなたは……?」

 美少女が話しかけてきたが、俺の精神状態はそれどころではなかった。

「そうか。ここは天国か」

「……はい?」

 俺の発言の意図が分からず、キョトンとしてしまう女の子。その間にも俺の思考回路の歯車はどんどんオーバードライブしていく。

「さすが天国だな。天使か女神かわからんけど、こんな可愛い女の子が目の前にいたら、この世に未練なんか残らんっちゅーねん。いやぁ、にしても本当に可愛いな彼女、こんな娘が恋人だったら幸せなんだろうな。というかそれ以上の幸福なんてあるわけないよな。彼氏の男が羨ましい。むしろ妬ましい。パルパルパルパル……」

「ふぇええええ!?」

 可愛いと言われることに慣れていないのか、ぼっと一瞬にして顔を真っ赤に染めてしまった。「え、あ……その……」と上手く言葉が出せずモジモジしている。やべぇ、鼻血出るかも……

 

「シャンハーイ」

「はっ!?」

 例の人形が少女の服の袖をクイクイと引っ張る。おかげで彼女は正気に戻れたようだ。

多分だが、少女のさっきの呼びかけから推理するに、この人形の名前は「上海」というのだろう。鳴き声と名前が同じとか、マジでポケモンみたいだな。

 正常に戻った彼女は、まだ若干赤い頬を誤魔化すように「こほん」と咳払いをした。そんな仕草も可愛い。そして、仕切り直すかのように声をかけてきた。

「あなた、どうしてこんな所に居るの?」

「んー、道に迷った?」

「何で疑問形なのかしら?」

「気がついたら此処に居たって展開だから、俺もよく分かってないんよ」

「え? それって……」

 どうやら向こうは心当たりがあるようだ。真面目に何かを考え込んでいる。邪魔しちゃ悪いし、さっき収穫したリンゴでも完食しとくか。……うん、美味い。

「って!! あなた何しているの!?」

 俺が食っている物を見た途端、彼女の顔色が変わった。え、これ食っちゃダメなん?

「どうして、それ食べて平気なの? 毒性の果実のはずなのに」

 え、マジで? これってBad Appleなの? でももう食っちゃったしなぁ。

「アレだ。為せば為る的な、だから問題ないだろう」

「意味が分からないわ……」

 根が真面目な性格なのだろう。俺の返答に理解不能とばかりに額をおさえてしまった。

 やがて結論が出たのか(おそらく考えたら負け的な)、改めて俺に向き直る。

「先に教えてあげるわ。此処はあなたが居た世界とは違う世界よ。名前は『幻想郷』。あなたは此処では外来人って呼ばれる人間ね」

 つまり俺は、パラレルワールドでRPG的なことになってしまったということか?

 少なくとも他界はしていないらしい。ということは、ここは天国という俺の仮説は間違っていたのか。誠に遺憾である。

「なるほどな。OK、分かった」

「信じるの?」

 俺があまりにあっさりと信じたことが意外なのか、ちょっと驚いたように聞いてきた。

 まぁ、確かに普通は信じられないだろう。だが、俺には一つの重要な事実がある。その絶対的事実とは、コレだ!!

「君が可愛いから信じる!」

「!!」

 それを聞いた途端、再び少女の顔が朱に染まる。どうやらこの娘さんは、かなり純情な心の持ち主のようだ。ますますもって素晴らしい。嫁に欲しい。可愛いは正義だ。

 今度は自力で立ち直り、「えっと」と前置きすると、

「立ち話も何だし、私の家に来る? この世界のこと詳しく教えてあげる」

「いいのか?」

「ええ。その、わ、私もあなたを信じるから……ね?」

 なんだこの天使は。恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめる照れ顔に、思わず「キター!!」と叫んでしまいそうになる。何とか魂の咆哮を必死に堪え、「サンキュー」とだけ返すことに成功した。よく頑張った、俺の理性。さっきは手遅れだったけど。

「おっと、そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺は天駆優斗(あまかけ ゆうと)。旅と放浪を愛する大学生さ」

「アリス・マーガトロイドよ。この子は上海。よろしくね、優斗」

「やっぱり上海だったか……」

 

「ところで、上海はどうやって動いているんだ?」

「私が能力で操っているからだけど?」

「……能力?」

 

 

つづく

 




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