東方人形誌   作:サイドカー

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 久しぶりに、漫画喫茶で長時間にわたってマンガを読みました。
 静まり返った空間の中、思わず「ぶっ!」と笑ってしまい、何とか誤魔化そうと「ん゛っんん」とわざとらしい咳払いをしました……恥ずかしかった!


第九話 「人類みな兄弟♂」

 とある夜。夕食も済ませ、俺とアリスは食後の紅茶を飲みつつ、まったりした時間を過ごしていた。

 ちなみに今日は家事に専念していたため、新天地の開拓は行っていない。たまには、こんな日もあるさ。そもそも居候の身なのだから、家主に貢献せねばなるまい。

「その『地底』ってのが、幻想郷じゃ温泉の名所なのか?」

「ええ。もともとは、ならず者の妖怪達が住む場所だったんだけど、最近じゃ地上に住んでいる連中も行き来しているみたいね。ただ、入口が巨大な穴だし、底もかなり深いから、飛べないと行けないんだけどね」

「つまり俺じゃ行けないということか」

「行ってみたい?」

「そりゃな」

 地下に住んでいるとか、ドリルが天元突破するロボットアニメみたいだ。発掘したら、頭に直接手足が付いている機体でも出てくるんじゃないか。男のロマンだな。そもそも何でこんな話になったんだっけ? ああ、そうだ。俺が温泉行きたいなーとか言い出したのが原因だった。

 

コンコン……

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、今何か聞こえなかったか?」

「そう? 私は気付かなかったけど」

 俺の気のせいか? でも感じ的にはドアをノックする音っぽかった。もしかしたら外に誰かいるのかもしれない。俺は立ち上がって玄関の方へ向かう。すると、

 

コンコン

 

 ドアの向こうから、扉を叩く音が先程よりもはっきりと聞こえた。来客で間違いないようだ。こんな夜遅くに一体誰だろうか? また魔理沙が飯でもたかりに来たのか?

 何にしても、誰かいるなら出迎えないといけない。俺は玄関のカギを外し、ドアノブを捻った。

「はいはーい、どちらさまですかっと……って、なぬ?」

 そこに立っていた人物を見て、俺は目を疑った。

 月明かりに輝く、宝石のような七色の羽。サイドテールの金髪。身長差から、見下ろす形になってしまう、十代にも満たなそうな幼い体型。どこかもの悲しそうに俯いている、その人物は、

 

「お願いがあるの……」

 

 レミリアの妹、フランドールだった。

 

 

「それで、一体どうしたのよ? フラン」

 フランを中に招いて、リビングのソファーに座らせた後、アリスがフランに事情を尋ねる。アリスも、彼女の突然の来訪が予想外だったようで、俺がフランを連れて戻ったら、口に手を当てて目を丸くしていた。

「あのね……」

 この前とは打って変わって、しょんぼりした様子のフランが「この子……」と、その小さな腕に抱えていたものをアリスに差し出した。彼女が大事そうに抱えていたもの。それは、愛くるしいテディー・ベアだった。

「クマのぬいぐるみ? この子がどうかしたの?」

「壊れちゃったの……」

「え? あら、ホントね」

 アリスにつられて、俺もクマを観察する。見れば確かに、首のところが破けて、中の綿がはみ出していた。破け具合から察するに、遊んでいたらどこかに引っ掛けてしまったといったところか。仮にフランの能力「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」でやったのなら、この熊ボーイは十七分割されていたであろう。真祖の姫君が、直死の魔眼に出会った時のように。

 フランの話を要約するとこうだった。そのぬいぐるみは姉のレミリアから貰った、フランのお気に入りだそうだ。んで、もしも壊してしまったことが姉にバレたら、レミリアが悲しむかもしれないと不安になった。だから、紅魔館の皆には内緒で直したいと思った彼女は、この前アリスに洋服を直してもらったことを思い出し、こっそり屋敷を抜け出してここまで来たとのこと。早い話が脱走である。妹様が脱走を図った様です。

「よく場所が分かったわね」

「パチュリーに聞いたの」

 あるぇ? それってバレてないか? と言いかけたが、アリスに小突かれ口を閉じる。まぁ、パチュリーなら知ってて黙ってるとか平気でやりそうだし、問題ないか。

 フランは心細そうに、すがるような目でアリスを見つめた。

「直せる……?」

「ええ、もちろん大丈夫よ。任せなさい」

 アリスはその問いに、自信たっぷりの頼もしい笑みで応えた。直後、フランの表情がパァァッと輝く。うむ、可愛い。アレだ、将来もし娘が出来たら、こんな気持ちになるんだろうな。

 笑顔が戻ったフランの頭を、いつの間にか傍にいた上海がそっと優しくなでていた。

 

 

「えへへ、おいしー」

 上海が持ってきたクッキーを食べつつ、フランはすっかり上機嫌のようだ。夜におやつはいけませんとか、無粋なことは言うもんじゃない。こまけーこたぁいいんだよ。

「ユウにも一個あげるー」

「おう、ありがとな」

 フランからクッキーを受け取り、サクッと齧る。うむ、美味い。甘過ぎないところが、食べやすくてグッドだ。

 おやつを食べ終え、ますます気分上々になったフランが、こちらに身を乗り出てきた。

「ねー、遊ぼ? そうだ、弾幕ごっこしよ!」

「すまんが、俺は弾幕とかいうのが出せないんだ。他のことしないか?」

「そうなんだ? んっとねー。じゃあお話ししよ?」

「おう、それなら良いぞ。にしても、フランは本当にレミリアのこと好きなんだな?」

「うん! フラン、お姉様のこと大好き! 咲夜も、美鈴も、パチュリーも、小悪魔も、紅魔館のみんな大好きだよ」

 指折りつつ、紅魔館のメンバーの名前をあげていく姿が微笑ましい。にっこにっこと大きく頷くフランちゃんマジ良い子。その言葉が偽りないということが十分伝わってくる。紅魔館は良い家族だな。……家族、か。

「ユウには兄弟いないの?」

「……いるよ。兄貴が」

「お兄ちゃんがいるの? どんな人?」

「一言で言えば、万能タイプだな。頭も切れるし運動神経も良い。完璧主義で、何でも自分でやらないと気が済まなくてな。他人をあてにしない人だ」

「へー。凄い人なんだね!」

「まぁな……」

 フランが無邪気な目で俺を見上げる。それを見て俺は思わず苦笑してしまった。

 まぁ、完璧主義が過ぎて、偏った思考回路の持ち主だったり、孤独を愛する一匹狼な性格のせいで、集団行動を嫌ったりする側面もあったのだが。それでも、高スペックな上に異常な程の向上心の持ち主だったから、両親は兄貴を溺愛していた。……少なくとも、俺が居心地悪くなるくらいには。

 

「……ユウは、お兄ちゃんのこと嫌いなの?」

 覗き込むような体勢で、フランが心配そうにそんなことを聞いてきた。また表情に出てしまっていたのだろうか。それとも、俺の雰囲気が暗くなっていたのか。どちらにしても、よろしくない状況だ。

 俺は頭を振り、フランの頭部にポンポンと数回軽く手を乗せた。

「いや、そんなことはないぞ。ただ、俺じゃ敵わない相手ってだけさ」

 実際、兄弟仲が悪かったわけではない。話しだってするし、喧嘩だってほとんどしない。それでも、俺が家に居辛かったことは事実だった。だからあちこちフラフラするようになったんだろうか。だとしたら、俺の放浪癖は「居場所探し」なのかもしれないな。そう思うと、ちょっと情けない話だ。このことは黙っておこう。男として格好悪い。

 ところが、子ども(といってもフランは495歳らしいが)というのは何かを見抜くのが得意なのか、フランは元気一杯な笑顔で、

「いつでも紅魔館に遊びにおいでよ! 待ってるから!」

「……ああ、サンキュな」

 そんな嬉しいことを言ってくれた。

 

 

「はい、できたわよ」

「わぁ!」

 やがて黙々と縫い針を動かしていたアリスが、無事にぬいぐるみのオペを終えたようだ。修理したものを持ち主であるフランに手渡すと、彼女はキラキラと目を輝かせた。

「すごいすごい! お姉様とおんなじだ」

 はしゃぐフランを横目に、俺は隣に来たアリスに問いかけた。

「いつの間に、あんなの作ったんだ?」

「折角だもの。ただ直すだけじゃ、つまんないでしょ?」

 俺の問いかけに、アリスは腰に手を当て、得意気にウインクを決めた。そんなお茶目な表情も、非常に魅力的だ。

 さて、何が変わったのかと言えば、ビフォーではすっぽんぽんだったクマが、アフターでは服を着ていたのである。

 しかも、そのデザインというのが、フランが言っていた通り、レミリアの衣服と同じものだった。コウモリみたいな羽のアップリケが背中に施されている。芸が細かいな。

 姉を慕う妹吸血鬼はすっかりご満悦のようで、バージョンアップした相棒を抱いて、クルクルと楽しそうに回っていた。

「アリス、ありがとー! 大好き!!」

「うふふ、どういたしまして。ほら、急いで帰らないと、抜け出したのがレミリアにバレちゃうわよ?」

「うん、わかった! バイバイ!」

 フランは大きく手を振ると、玄関の扉を開け、そのまま元気よく外へ飛んで行った。フライ的な意味も含めて。

 さすがは吸血鬼。夜の方がテンションが上がるのだろうか。

 

「本当にレミリアのことが大好きなんだなぁ」

「そうね、姉妹だもの」

「姉妹、か……」

 アリスの言葉を聞いて、俺は自分と兄貴の関係を思い返した。

 優秀な兄貴に対して、劣等感があったわけではない。それでも俺は、これといった強みが無い自分に辟易して、特別な何かを見つけようとしていたのだろうか。色々なことに首を突っ込むわりには、深入りせずに何時でも離脱できるようにするような行動スタイルも、気まぐれな性格の一言で済ませるには、ややひっかかるものがある。

 ……俺は、どこを目指しているんだろうな。

 

「ねぇ、優斗」

 ぼんやり考え事をしていたが、アリスに名前を呼ばれてハッとした。

「ん? どした?」

 俺は何事も無かったかのように、彼女に返事をした。見れば、アリスは何だか真剣な顔で、じっと俺を見据えていた。

「優斗は優斗だからね」

「ぷっ。本当にどうしたんだ? いきなり変なことを言うなぁ~」

「な、何よ……笑うことないでしょ?」

「いやいや、悪かったよ。すまんって」

 アリスが拗ねたように頬を膨らませてしまった。まだ少し笑いが残っていながらも、俺は謝った。軽い調子の謝罪姿勢に、アリスは「むー」とまだ若干不満そうだったが、どうやら許してくれたようだ。よかった、よかった。

 それにしても、考えていたことがバレたのかと思って、ちょっとばかし焦った。とはいえ、アリスの言うことも、もっともだな。何より、ああいう家庭環境だったからこそ、今の俺がいて、その結果として幻想郷に来ることが出来たんだ。ポジティブに行こうじゃないの。うむ、これもまた運命石の扉の選択か。いいだろう、エル・プサイ・コングルゥ。

 どこぞの白衣を愛する中二病大学生のモノマネを、モノローグしていたのと、それが小声だったこともあり、俺はこのあとのアリスの言葉をよく聞き取ることが出来なかった。

 

「それに、居場所ならちゃんと……」

「え? 何か言ったか?」

「ふぇっ!? ううん、何でもないわ! あ、私もう寝るわね。おやすみなさい」

 早口で捲し立てた後、アリスはそそくさと部屋に戻ってしまった。何だったんだ?

 まぁ、いいか。一人で勝手に納得すると、リビングに取り残された俺は、テーブルの上にあるティーセット類を片付け始めた。

 

 その晩、俺はお気に入りのジャケットに、でっかいクマさんの刺繍を縫い付けられる夢を見て、ちょっとだけ泣いた。

 

 

つづく

 




投稿を始めてから、小説を書くのって難しいんだなと、改めて理解しました。
しっかり更新している方々を、改めて尊敬します。自分もかくありたいものですなぁ……

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