だいたい妖々夢ごろの、マリパチュとその周辺の特にどうということのない日常の物語。
私のとりとめもない妄想が少しの退屈しのぎにでもなれば、それは望外の幸せ。

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魔法使いの弁明

場  所

 紅魔館、博麗神社

 

 

登場人物

 

 霧雨魔理沙       魔法使い

 パチュリー・ノーレッジ 魔法使い、大図書館主、紅魔館の食客

 小悪魔         悪魔、大図書館の司書、パチュリーの使い魔

 レミリア・スカーレット 吸血鬼、紅魔館主、パチュリーの友人

 アリス・マーガトロイド 魔法使い、魔理沙の友人

 

 

 

序詞

 

         小悪魔登場。

 

 小悪魔    ここは紅魔館、悪魔の館。時も運命(さだめ)も思うがままに、永久(とわ)(ゆうべ)に浮かぶ城。

        しかして自由にならぬは心。

        かのティプトリー(*1)の言うごとく、愛はさだめであればなり。

        されど案ずることなかれ、ここは揺蕩(たゆた)無何有(むかう)(さと)よ。

        すべての業は贖われ、もはやさだめは死にあらず。

        ジュリエット(*2)は死なず、オフィーリア(*3)は病まず、

        果てはシャイロック(*4)すら救われる。

        今宵目に掛けいたしまするは、

        ノルン(*5)、モイライ(*6)、あるいはリーバ(*7)、

        いずれの鎖よりも解き放たれた、物語なき物語、語られざる平穏の日々。

        どうぞしばしの御笑覧、伏して願い奉りまする。 [退場]

 

 

第一幕

 

 第一場――紅魔館大図書館

 

         魔理沙登場。

 

 魔理沙    風の夜に箒を駆り 駆けりゆく者あり

        腕に書物帯びゆるを しっかとばかり抱きけり(*8)

        などと気取ってみたところで、聞く者などありはしない。

        もっとも誰にも知られぬように入ってきたのだから、それも当然なのだけれど。

        さて、今夜は何をいただこうか。

        散文もよい、詩歌もよいが、やはり私は魔法使い。

        砂糖とスパイス、素敵な何か。(*9) そこに狂気と理性をひとつかみ、

        魔女の釜で煮詰めて出来上がり。

        となればやはり読む本は、呪文集(グリモワール)とも相なりましょうや。

 

         パチュリー登場、やや遅れて小悪魔登場。

 

 魔理沙    おおっと。

 パチュリー  おやおやこれは、魔理沙ではないの。でもわが友霧雨魔理沙であるならば、

        私に隠れてこそこそと、鼠かそれとも泥棒のように

        本棚の影を這い回るような真似などするはずも無し。

        してみると、これは魔理沙ではなくいわんやその他の客人でもないという

        ことになるのだから、この大図書館の主として追い払わなければいけないわ。

 魔理沙    まあ待て、パチュリー。お前は私を物取りの類と誤解しているようだ。

        私は救い手。この地で妖精の粉でも振りかけられたような眠りについている

        書物たちと、ついでに呪文書たちの元締めたる動かない大図書館を

        光あふれる外界へと引きずり出してやろうというのさ。

 パチュリー  そうね、まさしくあなたの言うとおり、あなたはいつも、

        私の図書館へ勝手に入り込んで貴重な蔵書を勝手に持ち出しているではないの。

        それだけでも泥棒というには十分なのに、

        その上持ち去った魔道書を返したことがないとくれば、

        これはもう他に表す言葉など。あなたが泥棒ではないというのであれば、

        アルセーヌ・ルパンこそは貴族の模範ということになるでしょう。

 小悪魔    いやいや、礼を申しますよ、魔理沙様。パチュリー様はああ言っているけれど、

        実のところあなたが話し相手になってくれるのが嬉しくてたまらないのです。

 パチュリー  これ、リトル(*10)、おまえはなんて事を言うの。

 小悪魔    なにしろこの方ときたら、

        いつもこの時間には紅茶を二人分私に淹れさせるぐらいでして。

 パチュリー  それはレミィや、そうでなければおまえと飲むためでしょう。

        馬鹿なことを言うのはお止し。

 小悪魔    では三日前、十六夜の月を眺めながら

        最近魔理沙が来なくて寂しいと言ったのには

        いかなる深遠な意味が含まれていたのでしょうか、

        馬鹿な私にはわかりませんわ。

 魔理沙    嬉しいことを言ってくれるんだな、

        月明かりに咲く宵待草(よいまちぐさ)のようなパチュリー・ノーレッジに

        そこまで思われようとは女冥利に尽きようというものだ。

 パチュリー  いい加減にしなさい、リトル。魔理沙も真に受けないで頂戴。

        それにいくら美辞麗句を並べ立てたところで、いま私を口説いたその口で

        今度はマーガトロイドの人形つかいに同じ言葉をかけるのでは

        その魔力もまったく効果を失おうというものよ。

 小悪魔    そのように、起こってもいない未来に腹を立てるのでは

        怒りを託された矢もどこへ飛んでゆけばいいのかわからなくなってしまいます。

        結局唯一知る行先、つまりは当人に突き刺さるしかなくなってしまいましょう。

 パチュリー  またそのような出鱈目を。このあたりで止めにしなければ、

        おまえがやってきた久遠の闇の彼方へ送り返してやるわ。

        それに言いたいことは理解できるけれど、

        おまえの言っていることはまったくのそう、まさしく的外れよ。

        なぜなら私が怒りを向ける先は、未来ではなく過去ですもの。ねえ、不実な人。

 魔理沙    はて、パチュリーよ。私にはお前が何を言っているのかまるで理解できないな。

        まるで阿弗利加(アフリカ)波斯(ペルシア)あたりの言葉ででも話しかけられているようだよ。

        それよりもリトルが紅茶を淹れてくれたのだ、

        何はともあれ生業(なりわい)の憂い全てから解き放たれて茶を楽しもうじゃないか。

 パチュリー  あなたはいつもそうやってはぐらかしてばかり。

        きっとあなたの本心は、あなた自身からも隠れおおせているに違いないわ。

        とはいえ、二人か、あるいはリトルと三人でお茶を飲むというのも

        それはとても魅力的な提案ね。

        何よりもあなたをずっと監視できるのですもの。

 小悪魔    監視とは単なる方便、テーブル一つ挟んだ先に霧雨魔理沙がいるとなれば、

        そこはまさしく無何有(むかう)(さと)と。

 パチュリー  ええい、退け、サタン。(*11)

        おまえは閉じた部屋の中を飛び回る羽虫のように私を悩まし、

        書物を食い荒らす紙魚(しみ)のように私の平安を食い荒らす。

        茶ぐらい私で淹れられるし、それが駄目でも魔理沙がいるわ。

 小悪魔    それでは逢瀬の邪魔をせぬよう、仰せのままに私は去るといたしましょう。

        くれぐれもパチュリー様、思い人が目の前にいるからといって、

        時よ止まれ、汝は美しい(*12)、などと口走ってはなりませんよ。 [退場]

 パチュリー  あれにもまったく困ったものだわ。

        私があなたを好いていると、それはもう一心に思い込んでいるよう。

        恋は犀の暴走のように押さえがきかないものだと言うけれど、

        あの子はさしずめ恋にでも懸想しているのではないかしら。

 魔理沙    いいじゃあないか。ひたすらに思い続けていれば、

        そのうち本当になることだってあるのがこの世界だ。

        そしてお前が私を好いてくれるなら、

        幻想郷はおろか外の世界まで探したところで、

        それに勝る幸せなどあるまいよ。

        それはそれとして、まあここは一つお茶にしようじゃあないか。 [退場]

 パチュリー  相も変わらず言いたいことばかり言って、見たいものばかり見ているのね。

        あれではそのうち、図書館はおろか寝所にまで

        疑いない信念と善意を携えて入ってきかねないわ。

        せいぜい今のうちに釘をさしておかないといけないわね。

        あれが糠だとしても、とにかく打ち込めるだけ言葉の針を打ち込んで

        妙な思い込みに走らないよう縫い付けなくては。

        そのためにはしっかりとした対話をする必要があるのだから、

        ともかくテーブル越しにゆっくり話しましょう。 [退場]

 

 

 

 第二場――紅魔館大図書館休憩所

 

         魔理沙とパチュリー、机を挟んで向かい合っている。

 

 魔理沙    それで私が言いたいことというのは、

        言葉にしてしまえば至極簡単なことなんだ。

        つまり、お前も今度の宴会に出席するべきなんだよ。

 パチュリー  どうして私が宴会などに出なくてはいけないの。

        あんなところにあるのは酒精(アルコール)狂気(インサニティ)、ついでにから騒ぎ程度のものよ。

 魔理沙    どうやったのだい、まるで見てきたように言うのだね。

        私の知る限り、お前を宴の場で見た記憶はないのだけれど。

 パチュリー  私自身が見るまでもなく、あなたがまるであのリトルめがするように、

        私の目となり、手となって、毎度毎度の騒ぎ振りを

        仔細漏らさず教えてくれるのだもの。

        あなたの語る宴の様は、妖怪どもが好き放題暴れまわるばかり、

        まるで地獄の釜の上に、金剛石(ダイアモンド)苦土(マグネシューム)でもひっくり返したような有様よ。

        そうでなくても魔理沙、あなたは私が病気がちなのをご存知でしょうに。

        塵芥と瘴気の満ちる場へ出向きなどして、

        無事でいられるなどという法はないわ。

 

         レミリア登場。

 

 レミリア   いやいや宴会とはそのようなものではないぞ、わが古き友よ。

        そこの魔法使い君は、風車を巨人と、兎を竜といっているようなものだ。(*13)

        とかく噂とは尾ひれが付くもの。

        そうでなくとも、耳目を引くためにもっとも強烈な事柄だけを、

        それも殊更に誇張して話すなどはよくあることさ。

        この霧雨魔理沙が幻想郷の平均的な人間というわけではなかったり、

        吸血鬼の全てがドラキュラやカーミラ、(*14)

        あるいはレミリア・スカーレットのようなものではないのと同じだよ。

        それに百聞は一見にしかず、一枚の絵は千の言葉に値するとも言うではないか。

 魔理沙    私はともかく、自分を引き合いに出すのは褒められたことではないぞ。

        そんなだからお前はまだまだ子供だといわれるのだ。

        しかし省みてみると、確かに私はパチュリーに対して

        宴会のもっとも派手なところだけを選び抜いて話していたかもしれないな。

        確かにそこは反省しなければならないようだ。であればなおさら、

        魂魄に植え付けてしまった誤解の種と恐怖の根を取り去るために

        この本の虫姫様を引っ張り出してやるのが私の役目ということになろう。

 レミリア   子供であることがそんなによろしくないことかね。

        私は永遠に幼い紅い月、誰にも憚ることなく、

        お気に召すまま気の向くままに夜を歩く吸血鬼の夜候だ。

        余計な分別など邪魔なだけ、暴君は気紛れだからこそ恐怖されるものだろう。

 魔理沙    残念だが齢五百の幼子よ、お前に刻まれた年輪のせいぜい一かけらほどでも

        その魂に彫刻されていたらと思わずにいられないね。

        私も、幻想郷も、そしてスカーレット家の当主すらも、

        この地に暴帝ネロ(*15)を求めてはいないとわかっていように。

        波間に揺蕩う孤島のような、あるいは老いた世界の見る夢のような、

        時に取り残された小さな箱庭を支配したとしてそれが何になろうか。

        ここにあるのは終幕の後に来る平穏、

        渚でさなぎに大当たり(*16)した後の静寂だけさ。

 レミリア   聡明であるがゆえに愚かな一個の人間、お前は私を見ていない。

        私の生まれと姿から、お前の想像する私に話しかけているだけだ。

        私は崇拝を求めてはいない。王国など、子供の遊び場にしては広すぎる。

        燃える太陽のような崇拝よりも、

        輝く月のような静かな畏怖を。

        妖怪の翼でひと時に飛んで行けぬほど広い領土よりも、

        人間の足で此方から彼方まで歩きつくせるくらいの館をこそ、私は求める。

        そしてそれは今や、二つながら私のもとにある。

        これ以上を望むほど、欲深い大人でもないつもりだ。

 魔理沙    少し安心したよ、レミリア・スカーレット。愚かだったのは私かな。

        だが心しておけ、夜を歩むものよ。

        この幻想郷と呼ばれる世界はほとんど死んでいるが、

        なかには生きているものもいる。

        それは例えば子供の無邪気さと残酷さで世界に挑戦したお前であり、

        退屈を抱えるだけの心を不幸にも抱え込んだ私であり、

        楽しいときに笑い、怒った時に吼え、悲しいときに泣く博麗霊夢だ。

        せいぜい、互いの道が不幸な交わり方をしないようにお前の神か、

        それがいなければお前自身にでも祈ることだ。

 パチュリー  この退屈で、そのくせ不必要に道化めいたお話はいつ終わるのか、

        魔理沙もレミイも教えてはくれないのね。

        このままもつれにもつれた物語の回路が元の魔法陣に戻るのを待っていたら、

        きっと私は老いて、ことによると死んでしまうかもしれないわ。

        そうなったなら、時に殺されたものの魂は誰に復讐すればいいのかしら。

        いえ、このような境遇に私を追いやった魔理沙で間違いないわね。

 魔理沙    いやいや、これは失礼をば。これも全ては貴女のため、

        陽光と朋友は哲学者(フィロソファー)たちがしたり顔で蔑むほど

        陳腐なものではないことを知ってほしいが故なのだ。

 レミリア   先の幻想郷論がそれに有用なものとは、とても思えなかったが。

        物語の良し悪しを印刷に使われたインクで語るよりはまだしもましかもしれない

        という程度の関係しか、この幼い頭には見いだせないね。

 魔理沙    あれはお前が議論を吹っかけてきたからではないか、ドラキュラの裔。

 レミリア   その切欠はなんだ、お前の愚かな勘違いではないか、イヴの娘(*17)。

 パチュリー  どちらだって構いはしないわ、

        とにかく、このどうしようもなく幻想郷的な言葉遊びを打ち切って、

        いいかげん話を先に進めてちょうだい。

        まだ続けたいのなら、どうぞあなたたち二人だけで存分におやりなさい、

        私は私の望むようにさせてもらうわ。

 魔理沙    お前がいつもやっている読書やら研究やらをするのは一向に構わないが、

        ただ次の宴会には出てもらいたいな。       

        そもそも私はお前にそれを誓わせるために来たのだ、

        本を借りていくのは序でというもの、

        人里へ届け物をした帰りに茶屋で休むのとあまり変わらないことだ。

        なに、お前がそんなに書物を大事にしているのならば、

        これはもう単純な結論がいい、

        つまり本を霊夢の携える御幣やアリスの従える人形のごとくに

        しっかと書き抱いて宴の場にいれば何も問題あるまいよ。

 レミリア   お前にはとても残念なことで、同時にとても喜ばしいことだろうが、

        今回私はこの白黒(モノクロ)君に味方させてもらうことにするよ。

        なに、どうあっても魔理沙から目を離さず、

        衛星が遊星について回るような按配でいれば、

        肉体の距離に引きずられて魂の距離も縮まろうというものだ。

 パチュリー  レミイ、あなたまでリトルと同じようなことを言うなんて、

        いったいこの館はどんなに恐ろしい魔物(ジン)に取りつかれてしまったというの。

        でも心を操る魔物に憑かれたのなら仕方のないこと、

        私もこの私のものとは思えないほど高揚した精神に、

        あまたの魔法使いが解明を試みてなしえなかった、

        本能のうちでも最も不可思議なものの秘儀を

        幾重もの天鵞絨(びろうど)の奥に閉じ込めた扉の前に立つ魂に従って

        歩むに任せるとしましょう。

        ではレミイ、また紅魔館のどこかで。

        そして魔理沙、今度は紅魔館ではないどこかで再びまみえることを祈って頂戴。

 魔理沙    ああ。ではパチュリー、願わくば次に弓張の月が太陽とともに昇る日に、

        人ならぬものたちで満ち満ちた博麗神社の境内で再び出会う日まで、

        お前の魔導書があるように。 [退場]

 パチュリー  命ではなく本なのね。そもそも魔理沙、あなたが盗み出していかなければ

        私が本たちの行く末についてハムレット(*18)さながらに憂えることも

        なかったでしょうに。

 レミリア   それもまた、変わりゆく運命がもたらしたものの一つと思えば、

        そう捨てたものでもないさ。それよりも、茶をもう一杯よこしてくれないか。

 

         [閉幕]

 

 

第二幕 ――博麗神社境内、あるいは宴会場、日没後

 

         パチュリーとアリス、宴会に参加している

 

 アリス    パチュリー、グラスを寄越してちょうだい。

        しかし、まさかあなたがこんなところまで馬鹿騒ぎのためにやってくるとは

        思いもしなかったわ。

        植物の綿毛は気流に乗って山をも越えていくこともあるというけれど、

        いったい何があなたをここまで運んできたのかしら。

 パチュリー  あれは気流などという生易しいものではなかったわね。

        死者も目覚めるほど(*19)吹くのではないかと錯覚するほどに吹きすさび、

        私たちを地平の果てまでも連れていく恐るべき突風よ。

 アリス    してみると、やはりあなたもあの驟雨にかどわかされて

        自らの城を明け渡すことになった口なのね。私と同じだわ。

        彼女は魔法使いというよりも盗賊というほうがふさわしい気がしてならないわ。

        それも心までも盗み出しかねない危険な魅力のある口ね。

        無遠慮に私たちの世界へずかずかと入り込んでくるのは困り者だけれど、

        時折それを好ましく思ってしまう私がいるというのがさらに難儀なこと。

 パチュリー  私もあれに知らぬ間に影響されてしまったかしら。

        蛮人が狩に出掛けるように図書館を自分から出て行く日が来るなどと、

        ほんの少し前までは思いもしなかったのに。

        でも、そう、もしかすると私は、

        月が太陽を羨むようにあなたを眩しく思っていたかもしれない。

        彼女の言葉に潜んで現れるあなたに、私はずいぶんと恐怖していたもの。

        ああ、このワインはひどく強いのね。

        魔力の込めようもない散漫な言葉ばかり、よくもまあぽんぽんと

        この私の口から飛び出すものだわ。

 アリス    そうね、ほんの少しだけ強いかもしれないわ。

        なにしろここは人間も妖怪もない、

        言ってみれば伝承にあるサバト(*20)のようなもの。

        この高台の神社は、さしずめブロッケン山(*21)とでも言うべきかしら。

        ワルプルギスの夜というには少しばかり魔法使いが少ないけれど、

        人ひとり酔わすには十分な空気ではないの。

        その数少ない魔法使いにそうまで熱心に誘われるなんて、

        パチュリー、あなたとはまったくあべこべに

        私もあなたが羨ましいのかもしれない。

        ああ、なるほどこのワインは少々強すぎるわね。

        一体私の体のどこに、こうまで思慮のないでたらめな言葉が詰まっているのか

        自分でも不思議に思うわ。

        いいわ、もう全部この陽気のせいにしてしまいましょう。

 パチュリー  そうね、私たちはみな魔物(ジン)に憑かれて正気を失っているのでしょう。

        そうとでも思わなければ、

        自分の心を直視するなど恐ろしくてとてもできないのだから。

 

         魔理沙登場。

 

 魔理沙    はてはてお二人さん、うむうむ重畳、

        どうやら楽しんでいただけているようじゃあないか、密室少女(ラクトガール)

        どうかね幻想郷の宴会は、騒々しくも原初の活気に満ち満ちた、

        大地そのものの生命を回復しようとするかのような祭祀の場に

        見えはしないだろうか。

        君の考えていたよりもずっと素晴らしいものだろう。

        どんな夢に見る理想郷よりも、

        目の前にあるごく普通の現実のほうがより輝いて見えるものさ。

 パチュリー  いつもながらあなたの言葉は、あなたそのものよりなお大きい。

        もう葉桜の季節だというのに、風精(シルフ)でもいるんでしょうか、

        舞い散る桜吹雪に酔ってしまいそうだわ。

 アリス    全くあなたの魔法というのは、

        じつは言葉そのものではないのかと思わされるわね。

        この宴会の場においては、水中の魚が実に生き生きと泳ぐように、

        鳥が地上では想像もつかないほど優雅に飛ぶように、

        あなたの言葉が何かとても素晴らしいものであるように聞こえてしまうわ。

 魔理沙    何を言うのだ、子猫たち。

        私の言葉はいつも磨き上げられた硝子(ガラス)のように一点の曇りも無いじゃあないか。

        それよりも、見ろ、花火が上がる。空に光の花が咲くぞ。

 アリス    ああ、本当に美しいこと。

        あなたの心が、あの半分ほども清浄であったならと思わずにはいられないわ。

 パチュリー  やっぱりあなたは、この人形つかいにも不義を働いていたの。

        どれだけの言葉を重ねたとて、

        それらはすべてあの炎のようにたちまちのうちに消えていくだけ。

        そして虚言の後に残る静寂は、花火のそれと違って

        ひどく空しい心持に私たちを運んでゆくの。

 魔理沙    私は誰にも不義など働いてはいないとも、

        大いなる七曜の魔女、偉大な七色の人形つかい。

        私の心は風、ただ思うままに吹き抜けてゆくだけだ。

        草原を駆ける中で花々を吹き散らす事を、すまなくは思うが止められはしない。

 パチュリー  ああ、なんと気高く身勝手な魔女さまだろうか!

        せめてあなたが私の城を荒らすことさえなかったならば、

        私もあるいは純白の幼子のような心持でその妄言を聞けたかもしれないのに。

        だというのに、おそらくはこのような晴れの場だからでしょうか、

        精霊(ニンフ)たちがとても心地よく私の心を震るうのを止めることができない。

 アリス    ああ、パチュリー、どうかそんなことを言わないで。

        私もそう思ってしまうではないの。

 魔理沙    いいじゃないかアリスよ。そしてパチュリーよ。たまの祭りの日ぐらいは、

        日ごろの憂さをすべて忘れて楽しもう。なにしろ私たちがただ生きていくには、

        この世界は広すぎるしこの人生は長すぎる。

        ならばせめて今日この時だけでも、

        原初の活力を取り戻すために踊ろうじゃないか。

        さあ、宴はまだまだ続くのだ。

        私たちの命の尽きるまで、この心のおもむくままに歩き続けるとしよう。 

 

          [閉幕]

 

 

 

 

 

 

 注  釈

 

序詞

*1  ティプトリー――ジェイムズ・ティプトリー・Jr.。SF作家。代表作に『愛はさだめ、さだめは死』がある。

*2  ジュリエット――シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』の登場人物。短剣自殺を遂げる。

*3  オフィーリア――シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物。心を病んで入水する。

*4  シャイロック――シェイクスピアの戯曲『ベニスの商人』の登場人物。話のうちでは純然たる悪役であるが、その描写から悲劇性を見出されることも多い。

*5  ノルン――北欧神話に登場する運命の女神。複数形はノルニル。ウルド、ベルダンディ、スクルドの三名が特に名高い。

*6  モイライ――ギリシア神話における運命の女神。アトロポス、ラケシス、クロートーの三柱であるとされる。

*7  リーバ――リーバ信仰における運命神であり主神。古代アムテカ文明で信仰されていた黄金のコンドルと同一視される。

 

第一幕

 第一場

*8  風の夜に――ゲーテの詩『魔王』冒頭部分の改変。シューベルトによる歌曲でも有名。

*9  砂糖とスパイス、素敵な何か――マザー・グースの一節より。少女を表す言葉として広く使われる。

*10 リトル――小悪魔の呼称としてこぁ以前に使われていた名前。比較的早い段階で失伝したとされる。

*11 退け、サタン。――新約聖書、マタイによる福音書4章10節にある言葉。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」

*12 時よ止まれ、汝は美しい――ゲーテの戯曲『ファウスト』の作中に登場する言葉。劇中ではこの言葉を発することでファウスト博士の魂は悪魔メフィストフェレスに奪われる。

 

 第二場

*13 風車を――風車を巨人と見做すのはセルバンテスの『ドン・キホーテ』からであると思われるが、兎を竜と見做すのは不明。

*14 ドラキュラやカーミラ――それぞれブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』に登場する吸血鬼。それまでゾンビやグールのようであった吸血鬼のイメージを大きく変えたといわれ、特に耽美的で退廃的な貴族階級という典型はこの二作に負うところが大きいとされる。

*15 ネロ――ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス(37~68)。暴君として知られ、特にキリスト教徒に対する迫害が有名。

*16 渚でさなぎに大当たり――それぞれネビル・シュートの『渚にて』、ジョン・ウィンダムの『さなぎ』、ロバート・A・ハインラインの『大当たりの年』であろう。いずれも世界の破滅を扱ったSF小説。またこの文言自体は吾妻ひでおの『不条理日記』にまったく同じ記述がある。

*17 イヴ――旧約聖書に登場するアダムの妻で、人類最初の女性。エバ、エヴァとも。

*18 ハムレット――シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の主人公。「ながらうべきか死ぬべきか、それが問題だ」という台詞が特に有名。

 

第二幕

*19 死者も目覚めるほど――シェイクスピアの戯曲『オセロ』作中の台詞「嵐の後に静けさが必ず来るものなら、風よ吹き荒れろ、死人を叩き起こすまで」からの引用であると思われる。

*20 サバト――本来は安息日の意であるが、中世の暗黒時代にはこの日に魔女たちが集会を行うと信じられていた。

*21 ブロッケン山――ドイツ中部、ハルツ地方の最高峰。その名を冠するブロッケン現象の起こりやすいほか、年に一度魔女たちの集会が行われるといわれる(ワルプルギスの夜)。

 

 

 解  題

 

 この作品は近年の調査によって発見された数多の断片の一つであり、正確な作成年代は不明であるが少なくとも2003年以降であることは確実である。

登場人物のうち、アリス・マーガトロイドだけが東方妖々夢を初出としており、翌年の東方永夜抄に関する記述が見受けられないことから、永夜抄以前、妖々夢時代の初期とするのが一般的である。

なお、東方紅魔境以前にも東方プロジェクトが存在しており、霧雨魔理沙およびアリス・マーガトロイドの初出はそちらであると主張する学説も存在するが、信憑性は低い。

 

 内容的には他愛無い会話に終始しているが、付随する要素としてはカップリング的傾向が強い。

パチュリーと魔理沙の対話を周囲が混ぜ返す形式は古典的なものであり、おそらく作者は当代の平均か、それより少し下の物書きであったと推察されうる。

特筆すべき点としてはいわゆる台本の形式をとっていることが挙げられるだろう。それもいわゆる書斎劇(レーゼドラマ)(上演を目的とせず、読むことを前提とした戯曲)ではなく、舞台の(ビューネン)ドラマであるとされる。

なおこの説を補強するものとして、実際に上演を試みた場合演者が常に三人しか壇上に現れないことから、これは小規模な集団のために書かれたものであり、小悪魔・レミリア・アリスは一人三役で演ずることを想定されていたとする見解もある。

それ以外に見るべき点は少ないが、往時はこのような作品が巷間に溢れていたということを鑑みると、今は失われた膨大な作品群の一つとして何らかの意味を有していたのかもしれない。

同時に発見された大量の紙片の解読が進めば当時の文化風俗について物語る貴重な資料となる可能性があるが、損傷が激しく解析には時間を要するだろう。



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