蒼き騎士と紅き騎士   作:alc

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第9話

――行政特区日本。

フジサン周辺に設立されることになっているこの行政特区では、イレブン、つまり旧日本人に次のようなことが認められることになっていた。

・特区内では、『イレブン』ではなく、ブリタニア占領前の『日本人』という名前で呼称される。

・イレブンへの規制、ブリタニア人の特権制度の廃止

この2点が改善されるだけで、旧日本人の精神的苦痛はほとんど取り除かれる。

それだけに、ユーフェミアによって行政特区日本構想が発表され、参加者募集が始まって1週間たらずで、すでにブリタニアの予想の10倍の人数が参加希望を提出してきている。そして、参加希望をしている多くはゲットーに住んでいる人々だ。名誉ブリタニア人としての生活をしている旧日本人は、待遇こそブリタニア人に劣るものの、この7年間で生活体系を作り上げていた。そのため、わざわざ新しく作られる未知の制度に身をゆだねるよりも、今までの生活を続けたほうがいいと考える人が多くいたのである。

そのほかにも、数は限りなく少ないが、ブリタニア人による参加表明も出ていた。しかし彼らは、世論から激しい非難を浴びることになった。なぜイレブンなどと対等の立場に自らなるのか、と。彼らにしても、全員が全員進んで旧日本人と同じ身分になることを選んでいるわけではない。特区に参加すれば、特権を失う以上に儲けを得られると判断した商人や、特区を成功させてユーフェミアをサポートするために…とプライドを捨てた人など、様々である。

残念ながら、ユーフェミアが行政特区日本を提案した時はここまで様々な考えの人間が集まることを想定していなかった。彼女の中では、『日本人とブリタニア人が争いなく過ごせる場所を作る』というのが第一目的で、ここまで深く考えられていなかったのである。

事前準備はできていなかったものの、主導していくのはやはりブリタニア、優秀なスタッフが配属されて、次々と問題に対処していっていた。

その中で、最も活躍していたと言ってもいいのが彼、ライである。

「はぁ…こんなことになるなら、スザクにももっと事務作業のことを叩きこんでおくべきだったか…」

ライのデスクの上には書類の山ができていた。高さ約1mの山が全部で5個。枚数にすると、実に約5万枚の書類である。

自分が担当している分だけでなく、他のブリタニア政庁の人間がした仕事にミスがないかのチェックもしているため、このような膨大な書類がデスクにそびえたっていたのだった。

本来はライ一人でやるべき仕事ではないのだが、行政特区日本を成功させるために隅々まで計画にほころびができていないかの確認をしておきたかったのだ。

ブリタニア政庁内には、まだ行政特区日本反対派の人間がたくさんいる。コーネリアが総督となってからは、クロヴィス総督時代のような汚職はほとんどなくなってはいるが、特区反対派の人間がずさんな仕事をして、内部から特区を失敗させようとしている可能性も捨てきることができない。無事に特区を成功させるには、どうしてもライが自分自身でチェックしておきたかったのだ。

本当はユーフェミアの騎士であるスザクにも手伝いをしてほしかったのだが、実際にやらせてみたところ、ものの数分で集中力が切れてしまった。学校の成績は決して悪くはないのだからやればできるはずなのだが、初めて見る行政文書の山に心が折れてしまったのだろう。

一方のライはどうだろうか。

書類仕事に関しても、かつてマニュアルを読まずにナイトメアの操縦法がわかったように、自然にどの書類が何を意味しているかわかってしまった。

「これのおかげで、より一層僕が何者だったかわからなくなってしまうんだよな…」

軽くインターネットを使って『ナイトメアの操縦ができる』かつ『書類仕事を普通にこなせる』という条件で調べてみたことがある。その結果出てきたものは、それこそ皇族の専任騎士程度しかいなかった。もし自分がそのような立場であったのなら、間違いなく捜索されているはずなので、さらに出自が分からなくなってしまったのだ。

「自分でやるとは言ったものの、さすがにこの量はくたびれるな。もう少しコーネリア殿下が派遣してくださった皆さんを信用したほうがいいのだろうか…」

もちろん、最初は信用していた。しかし、たまたまチェックした書類に不備を見つけてしまったのだ。ケアレスミスであるならばあまり気にしなかったはずなのだが、いくつか見つけたミスがどれも特区を作り上げていく上で重要な個所に含まれていたのだった。

ライはダールトン将軍にも相談したのだが、「私も部下たちを疑いたくないのだが、ただのケアレスミスがここまで狙ったように重要な場所に出てくるとは考えにくい。すまないが、特区のことをよく思わない意思が働いているのかもしれん」とのことだった。

しかし、わざわざ蒸し返して特区肯定派と否定派の溝を広げるわけにもいかず、ライとダールトンの間だけでの話となった。

 

「ライ、部屋に入るよ?」

ノックの音とともに、スザクが部屋に入ってきた。簡単な食事を携えているようだ。

「ごめんね、本当は僕も手伝えるといいのだけれども」

申し訳なさそうな表情を浮かべながら、スザクは持ってきたものを、書類を一時的に片付けたライの目の前に広げる。コーヒーの入ったポットとカップ。そして数個のおにぎりとサンドイッチだ。

「ありがとう、スザク。助かるよ」

「あ、でもオニギリには気を付けて……」

「まさか……」

特派に所属している者ならこのフレーズを聞くだけで、何を注意すればいいかはすぐにわかる。ライはおにぎりに手を伸ばし、軽く力を入れることで半分に割った。表面からは見えなかったが、半分に割ることで出てきたおにぎりの中身は……

「スザク……今回は何のジャムだい?」

「えっと……確かクランベリージャムとか言っていたような気が」

特派名物、セシルの作るおにぎり――いや、オニギリだ。見た目はきれいだし、かなり丁寧に作られているが、中身が問題なのである。

セシルは独特の味覚感というか、日本食に対して屈折した見方をしている。これまで作られてきたものを例として、なぜかフルーツの乗った寿司がある。酢飯の上に物を乗せているという点では本来の寿司と変わらないのだが、乗っているものが問題なのだ。

本人は味見をしないのだろうか?というのが特派の面々の疑問なわけだが、直接聞くわけにもいかない。彼らには、独特の味を我慢しつつ食べきるか、そもそもセシルが料理を出す気配を察して逃げ出すかの二択しか残されていないのだ。

そして今回、ライに対して差し入れを持っていこうとしていたスザクの姿をセシルが目撃、どうせならついでに――と、『特製オニギリ』をこしらえてスザクに持たせたのだった。渡されてしまっては無下に捨てることもできない。スザクはこのオニギリがわたる相手であるライのことを憐れみながら運んできたのだった。

「えっと……僕がもともと持ってくるつもりだったサンドイッチもあるから、作業を終えてからオニギリに手をつけたら?そうすれば、少なくとも仕事そのものに対する影響は小さいだろうし」

「わっかった……参考にさせてもらうよ」

憂鬱そうな表情を浮かべたまま、返事をするライだった。

「ところでスザク。ユフィは今どうしている?」

行政特区日本の責任者となるユーフェミアは、皇籍返還を行うことにより、ゼロの――黒の騎士団が今まで行ってきた罪をすべて肩代わりし、行政特区に参加させようとしている。

最初はコーネリアの逆鱗に触れたこの案だったが、それをライとダールトンでこの行為によるエリア11平定への効果を、時間をかけて説明した。

1つ目。黒の騎士団を行政特区日本に正式に取り込むことによって、エリア11最大のテロ組織の活動を実質的に止めることに成功するということ。エリア11内の財政事情で、もっとも赤字を生み出しているのが軍事費である。よりブリタニアへの利益を生み出すために様々な政策をとっていきたいところなのだが、治安維持活動の影響でなかなか行えない状態が続いていた。黒の騎士団を武装解除するということは、そのまま財政への余裕が生まれることにつながり、よりよい政策も行っていけるはずである。

2つ目。黒の騎士団には奇跡の藤堂がいる。先の戦争でエリア11の希望として映った彼が、行政特区に参加することは、まだ参加表明をしていないイレブンにとって、参加へのハードルを下げるものになるに違いない。

3つ目。これはライとダールトンも認めざるを得ないことだが、ゼロの手腕はこのエリア11内にいる人間ではトップクラスであるということだ。彼が台頭する前は、黒の騎士団の前身であった集団はどこにでもいるようなテロリスト集団だった。それを彼一人で組織化し、運用を行ってきた手腕を疑う余地はない。日本人からの求心力も高いため、今後行政特区を運営していく上では彼の力は必要不可欠になるであろう。

これらは『コーネリアを説得するため』に述べた利点であったが、ライはこの利点のためだけにでも皇籍返還を行うこととは釣り合わないのではないか、と考えていた。実際のところ、3番目の利点以外はゼロをとらえて刑罰を与えても問題は起きないはずだ。ゼロという人材が惜しいという考えは、行政特区を短期的に考えた場合に出てくる発想だ。長期的な視点で考えれば、いい人材はブリタニア本国から呼ぶのでもいいし、行政特区内の日本人を育成して優秀な人材にするのでもよい。ユーフェミアが考えているのはおそらく後者の長期的に持続させる行政特区なのであるから、テロリストのトップを、皇位継承権を返上してまで救う必要はないはずなのだ。

『ユフィのやりたい政策だから……』と仕事に精を出すライだったが、この疑問点だけはいつまでも心にとめていた。

今はまだ、皇籍返還を行うことは公表してはいない。しかし、特区設立にあたっての役職や法律の整備を行う際、皇族の身分を失うユーフェミアの扱いをどうするかの議論が、発起人であるユーフェミアも含めて行われている。最近はユーフェミアもその議論にかかりっきりで疲弊している姿がトウキョウ租界政庁内で何度も目撃されている。スザクもライも、そんな彼女の健康状態が心配だった。

「特区の準備も大詰めだってこともあって、最近は会議の回数も減ったんだ。だからゆっくり休める時間もとれるようになってきていてね。今はちょうど部屋で体を休めているところだよ」

「そうか。休めているなら安心だな。スザクは休まなくても平気なのか?」

「僕は体力あるほうだから大丈夫だよ。それに、ライみたいにずっとデスクワークをしているわけでもないしね」

ニヤっと笑いながら言うスザクの言葉は、ライに対する皮肉そのものだった。

その後、しばらく二人は談笑を続けた。

普段の忙しさを忘れ、貴重な友人同士の時間を過ごす。

15分ほどたったころだろうか。スザクが話題を変えた。

「ところで、特区が正式に発足して、黒の騎士団も特区に参加することになったら、ライはどうするんだい?」

「??今まで通り、軍人の一人として特区運営にかかわっていこうと思っているけれども。必要であれば軍を除隊して、特区の職員に正式になろうとも考えているが…」

「いや、そうじゃなくてさ。カレンとのことだよ」

「……」

結局その話になることは、ライも半ばわかっていた。そのうち決着をつけなければならないことではあるのだが、ギアスという超常の力を利用してしまった以上、もう後戻りができないのである。

「カレンとはもう一度話してみるよ。だけど、この行政特区日本はもともと彼女が望んでいた形の日本の姿ではない。あくまでも、ブリタニアが『与えた』形になってしまう。彼女も頭が悪くないのだから、そのくらいはわかるさ」

そのことを利用して、ライは「結局カレンとは仲直りできなかった」ということにしようとしていた。自分は自分の道を行き、そして彼女は彼女自身がもともと望んでいた道を行く。アッシュフォード学園に自分が現れなければもともとそうなっていたはずなのだ。なので、ライに未練はない。

「以上、休憩終わり。僕はまた仕事を再開するから、君もユフィの元へ戻るといいよ。彼女にも、親しい人と話すことで気を休めることも大事だと思うから」

「……お言葉に甘えさせてもらうよ」

まだライの返答に納得いかないこともあったようだったが、スザクは追及することなく、部屋を出て行った。

 

スザクの足音が遠ざかったことを確認したライは、机の引き出しを開けた。そこには、しばらく前から伏せてある写真たてが入っている。

入っている写真に写っているのはライとカレン。最後に租界でデートした時の幸せなときの写真だ。そのころには、今このようなことになっているなど2人とも思ってもいなかった。

(カレン。僕は、君が戦う必要のない世界を作るよ。そのために、今僕ができることはなんでもやる。)

そう写真に写る自分たちに誓うのがライの日課。今日もまた誓いを立て、エリア11から争いをなくすために、5万枚の書類との戦いを再開した。

 

 

 




お久しぶりです。
復帰するといってから3か月近くたっての投稿となりました。

書くのに時間がかかってしまい、かつあまり推敲できていないので、今後ちょくちょく修正するかもしれません。
修正したら、前書きとあとがき両方に更新記録として残したいと思います。

次話もいつになるかわかりませんがよろしくお願いします。

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