ジリジリジリジリジリジリジリジリ!!
クラブハウスの一室に鳴り響く目覚まし時計の音。
その音に反応して、部屋の主は目を覚ました。
「ん……」
ゆっくりと体を持ち上げて目覚ましに手をかける。
時刻は午前6時。
にもかかわらず、外からは既に学生たちの声が聞こえつつある。
(そうか……今日は学園祭か……)
アッシュフォード学園の学園祭。
彼が所属する生徒会も、この日のためにかなり前から準備を進めてきた。
もちろん学生たちも、お祭り好きな生徒会長以上の熱気でこの日を迎えていた。
(本当は僕もなんだけど……)
そう思い、ライは自分の机の上に数日前から放置されている膨大な紙束を見た。
それは、学園祭に出店する各団体の生徒会への申請用紙のコピーの山。
どこで、どのクラスが、どれくらいの規模で、何を目的に、何をするかが詳細に書かれている。
それらはすべて、この日のためにライが集めたもの。
普段は軍務で一緒に出掛けることも少ないカレンのために、必死になって学園祭デートを計画した痕跡だ。
「でも、もうそれも無駄になっちゃったな……」
キュウシュウから帰ってきてすぐ、ミレイに学園祭当日の仕事を回すように頼み込み、周りからカレンのことを聞かれる隙もないほどにスケジュールを過密にした。
朝の動き始めこそ出店する一般生徒に比べれば遅いが、夜は遅くまで仕事がある。
自分で頼んでおいて思うのもなんだったが、あまりのハードスケジュールに思わずため息が出てしまった。
1時間後、ライは身支度を整えて学園祭実行委員会の総本部にもなっている生徒会室を訪れた。
すでに会長であり学園祭実行委員長も兼ねるミレイは今日1日のスケジュールをチェックし終え、各担当への指示を始めている。
「あら?もう起きたの?あなたの出番はまだまだ先だからゆっくりしていてもよかったのに。まだこの間の疲れ、とれていないんでしょ?」
「大丈夫ですよ、ミレイさん。僕も一応軍人なんですから体力はあります。それに、スザクだってもうガニメデの準備を進めているじゃないですか」
「でも――」
「心配ないですよ。自分でも無理そうでしたら休憩を入れますから」
そう笑って言ったライは、自分に関係のある書類を手に取り生徒会室を後にした。
その後ろ姿を見て、ミレイはため息をつく。
「まったく……仮にも保護者である私にも相談してこないなんて……」
ブリタニア軍に入ろうとするときは、きちんと彼女に許可を求めてきた。
それ以外でも、彼を拾ったころは何かと相談に乗っていたのである。
「独り立ちしていく子供を見る親ってこんな気分なのかしら……成長を実感できるけど、なんだかさみしいわ……それを考えると、親になるってのも考え物よね……」
などと考えつつ、ミレイは赤毛の少女のことを思う。
ある時からめっきり学校に来ることがなくなってしまった彼女のことを。
(ライと何かあったのは確かね……でも、二人とも恋人同士なんだから私が首を突っ込む話でもないか……)
普段ならばここで何かしら行動を起こすミレイだったが、今回はほかならぬ自分が保護していてまるで弟のような人間に関すること。
余り深入りはすることなく、彼のことを見守っていくことに決め、彼女は仕事を再開した。
「さて。思わず生徒会室を出てきてしまったけど、これからどうしようか」
書類をいくつかもってきたものの、それに関係あることまで時間はまだある。
誰が見ても明らかな暇な時間だ。
「ルルーシュの手伝いでもしに行こうかな……」
向かう先は校庭を見下ろす土手の上に配置された専用のトレーラー。
そこでは学園各所に配置された監視カメラの映像をすべてチェックすることができ、防犯対策は完璧だ。
そこで学園全体の指揮をとるのは、生徒会副会長であるルルーシュ・ランペルージの役割だ。
ライがトレーラーの中に入った時も、彼はてきぱきと指示を繰り出していた。
「P4、それはそこではない。巨大ピザの会場だ。R1、何をしている?お前は5分前には指定の警備位置についているはずだ。さっさと移動しろ!」
「見事だね、ルルーシュ。さすがだよ」
「!……あぁ、ライ。来ていたのか」
一瞬ライがいたことに驚いた様子を見せたルルーシュだったが、それを悟られる前に平然とした態度で返事をした。
「どうだい?準備は順調かい?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っているんだ?」
「ははは…悪かったね、『生徒会の司令塔』さん」
生徒会の司令塔。
それはルルーシュがミレイの暴走を食い止めたり、様々な行事で先頭に立って指揮をしてきたりしてきたことから、生徒一同につけられた彼の呼び名だった。
「まったく……誰がそんな呼び名を考えたのかは知らないが、まったく困ったものだ」
「幻の美形、とか呼ばれているよりはましだと思うよ?僕なんかそんなに美形じゃないのに……」
いつも通りのライの天然発言に、思わずルルーシュは思わず頭を抱える。
「まったく、お前は自分の容姿を一度他の連中と比べてみる必要があるな……そして、きちんと自分を客観的に評価すべきだ」
そんな言葉を受けてもなお、ライは意味が分からない、といったような表情を浮かべていた。
それを見てさらに、ルルーシュは深いため息をつく。
「まったく……そんなことばっかり言っているといつかカレンにも愛想を尽かされ……」
途中まで言いかけたルルーシュは口を止めた。
今、ライとカレンはとてもいつも通りだとは言えないような間柄になってしまっているのだということを思い出したのだ。
「いや、すまなかったな、ライ。あの島から戻ってきてからお前たちの仲がうまくいっていないことを忘れていたよ」
「いいんだよ、ルルーシュ。僕とカレンが他人ごっこをしているのは双方の合意の上だ。君だってシャーリーと他人ごっこをしているだろ?それと同じ……」
ふと、ライはあることに気がついた。
(なんでルルーシュは僕が『島』に行っていたことを知っているんだ?)
ネット上でユーフェミアの行動予定が流出していたようだったので、彼女の専属騎士であるスザクが島に出向いていたであろうことならば、知られていても何の問題でもない。
しかし、公には休職状態であったライが式根島に行ったということは、実際にその姿を見たもの以外にはわからないはずなのだ。
(誰なら僕のことを知りえた?……式根島駐在のブリタニア軍。それに黒の騎士団……ルルーシュが軍属だなんて話は聞いたことがないし、黒の騎士団は日本人の組織だ。カレンのようなハーフならばまだしも、ルルーシュは純粋なブリタニア人だ。それに、もし黒の騎士団に所属しているなら、カレンがあそこまでルルーシュに好意を持たないでいる理由がわからない。となると……)
「……ゼロ、か」
ライの言葉に、ルルーシュの目つきが一瞬変わった。
眼光が鷹のように鋭くなり、視線だけで目の前のものを委縮させることができるようなきついものだ。
しかし、それに気づかれる前にルルーシュはいつもの笑顔に戻る。
「どうしたんだ、ライ?いきなりイレヴンの英雄の名前なんかつぶやいたりして」
「……いや、なんでもないよ。少し考え事をしていてね。でも、そんなことは考えるまでもないことだったんだ。ブリタニア人である君が、ゼロなんかをやる理由なんてどこにもないし」
「まったく……急に真剣な顔つきになったかと思えば、そんなことを考えていたのか」
あきれた表情を見せたルルーシュは、ため息をついて言葉を続ける。
「ほら、そろそろ学園祭も開始だ。その目で学園中を確認して回ったほうがいいんじゃないのか?」
「いや、ミレイさんからたくさん仕事を任せられているから、校内を回る時間なんてないと思う」
「……お前、仕事の内容を確認したか?」
「どういう意味だい?」
ルルーシュに言われ、ライは手に持っていた書類の束を見る。
それには、ミレイから指示された『仕事』が書かれていた。
「……あれ?」
ライは目を疑った。
確かに、その書類には今日ライがやるべきことが山ほど箇条書きにしてあり、それはA4の紙4枚にわたるほどの量になっている。
しかし、そのどれもが『~部の出展団体に参加すること』のようにただ単に遊びの指示をしているようなものばかりだった。
「これは……」
「会長にやられたな、ライ。そこにあるのは仕事と言っても、要するに各団体がうまくいっているかどうかを実際に体験して確かめろ、というスタンスのものばかりだ。実質仕事ではなく、遊んで来いと言っているようなものだな」
「でも、僕は……」
「カレンと会わないために仕事を増やしてもらったのかもしれないが、あまり固くなるな。今日はせっかくの学園祭なんだから、ゆっくり楽しめばいいさ」
「……あぁ、わかったよ」
ルルーシュはルルーシュなりに自分のことを励ましてくれているんだろう。そうライは思い、彼の進言を受け入れることにした。
「じゃぁすまないがルルーシュ。僕はこれからミレイさんに頼まれた、『出展団体への参加』をしてくるよ」
「あぁ。楽しんで来いよ」
軽くルルーシュに手を振り、ライはトレーラーから立ち去って行った。
「さて、まずはどこにいこうかな……」
手元にあるのは、学園祭のパンフレット。広大なアッシュフォード学園の敷地の地図に、書く模擬店や出し物の設置場所が記入されている。
激辛カレーやアイス、ブリタニアドッグなどの食料品のほか、人間もぐらたたきや球当てなどのレクリエーション、そして校舎内では展覧会や展示会が行われているようだ。
過去の記憶がないライにとってはどれも興味深く新鮮なものであり、それが理由でどこに行くのかをすぐに決められないでいた。
迷った挙句に、ライは行先を運に任せることに決めた。適当にパンフレットを開き、目をつむって指をさす。そこに書いてある場所へと行ってみようという考えだ。
その結果、行くことになったのが・・・
「クレー射撃、か・・・」
クレー射撃とは、散弾銃を用いて、空中などを動くクレーと呼ばれる素焼きの皿を撃ち壊していくスポーツ競技だ。この学園祭では、それの体験ができるらしい。
「体験用とうはいえ、銃を使うのか。危険性がないか確認をもう一度しなくてはな」
実際は、こうして学園祭で行うことが許可されているので、安全面についてはしっかりと確認されているはずだ。だからわざわざ安全確認という面はもうないのだが、ライの生真面目な性格が、なんの理由もなしにそこを訪れることを許さないのだった。
クレー射撃体験を行っている、校庭のすみに設けられた会場で、ライはスザクと遭遇した。
「あれ?ライじゃないか。どうしてここに?」
「いや、ちょっとクレー射撃に興味をそそられてね」
そうスザクに告げながら、ライはクレー射撃担当の学生から散弾銃を受け取る。受け取った散弾銃は、もちろん本物ではないので、ブリタニア軍内で触るような銃ほどの重量感はない。どうやら、この散弾銃は空気の力を利用して、弾丸を打ち出す仕組みになっているようだ。
弾を装填してもらい、早速銃を構えて狙いをつける。
クレー射撃は15m以上遠くを飛ぶ直径15㎝ほどの円盤を打ち抜く競技だ。そもそも銃を使うことのない一般人にとっては、初めての体験では成功することはめったにないものであったが、ライはブリタニア軍人。だてに普段の訓練や戦闘でクレーよりも遠い位置で早く動く敵戦力を撃っていない。20枚以上飛び交うクレーを、1枚も逃すことなく撃ち抜いた。
「ふむ。こんなものかな。銃の手入れもしっかりとしてあるし、照準の制度も悪くないな。もしかしたら、ブリタニア軍のものよりもいい状態を保っているかもしれない」
「ちょっとそれは言いすぎじゃないかな」
射撃を終えた後のライのコメントにすかさず突っ込むスザク。
そしてその突っ込みをしながら、スザクはライのある違和感に気付いていた。
銃を構えたときの何気ないしぐさではあったが、普段から一緒に訓練しているスザクは気づいてしまった。
「ライ、何か悩み事でもあるのかい?散弾銃を構えるときに、何かの迷いのようなものを感じたけど……」
「……よくわかったね」
「コンビ組んでだいぶたつからね。そりゃ気づくさ」
「はは……スザクにはかなわないな」
クレー射撃を終えたライは、学園の中を回りながら、スザクに悩み事を包み隠さず、すべて話した。もちろん、ギアスのことは話しても信じてもらえるはずがないので伏せていたが。
「カレンとライとで、大事にしてほしいことが一致しなかったってことだね?」
あまり人が多いところで話すことでもないと思い、二人は学園の屋上に来ていた。学園全体が見渡せるので、何かあったらすぐに行動に移ることもできるだろう、ということも理由の一つである。
「ライもカレンも、おたがいのことがすごく好きなんだね」
「ま……まぁね」
スザクのストレートな言い方に、ライは顔を赤くして答えた。
「お互いの夢を尊重し合える関係って、僕はすごくいい関係だと思うよ。だけど、どちらかがもう少しわがままになってもいいんじゃないかなぁ…」
「わがまま……?」
「お互いを思いやっているのはいいことだと思うんだけど、そのままだと自分を押し殺しているだけにならないかな?今回の場合だったら、ライは、本当は『カレンと戦いたくない』んでしょ?なのに、カレンの『日本のために戦いたい』という意思を守るべく、君たちは疎遠状態になってしまった。もう過ぎてしまったことだし、今更後悔してもしょうがないけど、今度何かでカレンと会うことがあったら、自分の本音をぶつけてみるのがいいと思うな」
スザクの言っていることは間違ってはいない。ただ、それは普通の喧嘩をしている場合のみだ。
『王の力』が関係している今回ばかりは、通常の考え方は通じない。ライ自身で導いた運命に従うしかないのだ。
「ありがとう、スザク」
それでも、スザクがライのことを心配してアドバイスをしたことには変わりない。
感謝の言葉を述べることは忘れなかった。
スザクはライからの返答を受けて満足したかのような笑顔を浮かべ、屋上から出ていった。
この後、彼はミレイ主催の巨大ピザ制作イベントで、ナイトメアを操縦してピザを作る役目があるのだ。
(巨大ピザか……C.C. が知ったら絶対見に来るだろうな……)
そんなことを思いながら、ライはやや雲の占める面積が広くなってきた空を見上げた。
空は明るいが、風向きや雲の色からしてそろそろ雨が降りそうだ。
空模様を見ながら、カレンのことを少しでも頭の隅に追いやろうと、ライは学園祭中に雨が降ってきた場合の対処法を頭の中で再確認し始めた。
結局、学園祭中に雨が降り出すことはなかった。
しかし、それ以上のものがアッシュフォード学園を、いや、エリア11中を襲った。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジサン周辺に『行政特区日本』の設立を宣言します!」
この宣言が世界情勢に大嵐を生み、ライはその嵐の中心に巻き込まれるのである。