ブリタニア第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアが保有する、ブリタニア軍初の“フロートユニット”を備え付けた空中戦艦、アヴァロン。
その艦内で二人の青年が、シミュレータを使って今回始めて実戦投入される装備のシミュレーションを行っていた。
“ナイトメア用フロートユニット”。
現在ブリタニア軍最強の陸戦兵器であるナイトメアフレームに装備可能なフロートユニットだ。
それを装備することによって、今まで陸上の戦いがメインだったナイトメアが、空中からの攻撃も可能になり、戦略も大幅に広がることになる。
その装備自体は既にドルイドシステムをつんだガウェインに装備されていたが、神根島でゼロに強奪されてしまったため、今回が初実戦ということになる。
「すごいよね、このフロートシステムは」
シミュレーションをしていた茶髪でくせっ毛の青年が、隣のシミュレータを使っていた銀髪の青年に声をかけた。
彼はスザクの言葉に答えることもなく、いぜんとして苦しそうな表情をしている。
その青年は、神根島に遭難したスザクが合流した時には既に様子が変だった。
恋人であるはずのカレン・シュタットフェルトの身柄を拘束し、それを盾にしてゼロに拘束されたユーフェミアの解放を求めていた。
鈍感なスザクから見ても幸せそうに見えていた二人が、互いに敵側の陣営に属していたからと言って、そこまで他人行儀になるとは思えない。
一度だけ彼がそのことについて言葉を発したのは、『喧嘩をしたんだ。ルルーシュとシャーリーみたいに、他人ごっこ中だよ』というものだけ。
それ以降は、カレンに関することは何一つ話していない。
彼が意図的にカレンの話題から逃げていることは、さすがのスザクにもわかる。
だから、直接そのことについて聞くようなことはせず、できるだけ普段と同じように接するように振舞ってきた。
(なんとかカレンを説得できれば、戦わずに二人を仲直りさせられるんだけど……)
敵を殺すためではなく、敵を含めた多くの命を守るために軍に入ったスザクにとって、その考えは妥当なものであった。
実際スザクは、カレンが自分の説得に素直に従うとは思っていなかったが、何もしないであきらめるということだけは絶対にしたくなかった。
親友とその彼女。
二人の関係を正常化できるなら、スザクはどんな努力も惜しまないつもりだった。
黒の騎士団のアジトの一室ではゼロが頭をかかえていた。
もちろんキュウシュウに侵攻してきた澤崎のことではなく、表の顔であるルルーシュ・ランペルージの親友であるライと、ゼロ親衛隊隊長の紅月カレンの神根島での行動に関しての事だった。
ゼロ――いや、ルルーシュが一番気になったのは、神根島で自分を含めた5人が一堂に会したときのライの表情だった。
(似ている……あのときの俺の表情に……)
それは、彼がナリタでシャーリーにギアスをかけたときの事。
ゼロとしての自分、そして秘密を知ってしまったシャーリーの身を守るためとはいえ、大切な人にギアスを使ってしまって苦しんでいたときに鏡に映った自分の表情にそっくりだったのだ。
そのことと、その後のカレンの様子から導き出される結論はただひとつ。
(ライもギアスが使えるのか……?)
そうであるならば、全て理解ができる。
幸い、カレンが依然悩んでいたことの内容を知っていたのがゼロのみだったので、神根島から帰ってきて以降、彼女が以前よりも元気になったことに騎士団員は素直に喜んでいる。
彼がどう命じたかまでは知らないが、これで黒の騎士団の戦力は元に戻った。
二人の親友と戦わなくてはならないという辛さに加えて、カレンに関することまで考えなくてはならなくなった。
全てはナナリーが平穏に過ごせる世界を作るため。
そう思って自分がしてきた行動が、次々に親しい人間を巻き込んでいってしまう。
一体どうすれば――
「ゼロ!キュウシュウに向かう準備が完了しました!」
ゼロの考察は、急に部屋に入ってきた赤髪の少女によってさえぎられた。
彼女の目は、かつてのようにゼロに対する尊敬の色に満ち溢れている。
『わかった。カレン。君にはキュウシュウで私と共に最前線に出てもらう。紅蓮の突破力と、ガウェインの飛行能力でしかなしえないことだ。それにそなえ、キュウシュウまでしっかりと休養をとり、紅蓮の整備もしておくように』
「はい!!」
黒の騎士団のエースとも呼ばれる少女は、尊敬するゼロと共に前線に出られると言うことを聞いて、目の輝きをさらに増してかけていった。
もしも彼女に犬のように尻尾があったとしたら、引きちぎれんばかりにその尻尾を振っていただろう。
それくらい嬉しそうに見えた。
そんな彼女を見て、ゼロは再び考え込んでしまう。
「ライ――お前は本当にこれでいいのか?そして俺は本当に、ああなってしまったカレンを使っていいのか……?」
味方を駒として扱っていたかつてのゼロなら持つことがなかったであろう心情。
彼の考え方が変わってきたのは、学園で見つけた記憶喪失の青年が原因かもしれないし、そうでもないかもしれない。
ただ、彼と知り合いになった頃から何かが変わり始めていたのは事実だった。
ライは、アヴァロンのナイトメア発艦カタパルト内に装填されたランスロット・クラブのコクピット内にいた。
機械の音しかしないその場所で、彼は先日の自分の行動について考えていた。
本当にああしてよかったのだろうか。
結局自分のしたことは、カレンを戦いに縛り付けることになってしまったのではないのだろうかと。
『ライ君?聞いている?』
「えっ?すいません、セシルさん。もう一度お願いします」
彼の思考は、特別派遣嚮導技術部所属のセシル・クルーミー中尉の言葉によって遮られた。
考えに夢中で忘れていたことであったが、今は作戦の真っ最中。
キュウシュウを奇襲でその手におさめた、元日本政府の官房長官を務めた澤崎敦が率いる日本軍を名乗る中華連邦軍を、フロートユニットを備えたナイトメアでの空中からの奇襲により制圧する。
それが、シュナイゼルから特派に命じられた任務だった。
いくらランスロットとランスロット・クラブが世界で2機しか存在しない第7世代ナイトメアフレームとはいっても、圧倒的な火力と量を誇る敵を前にしては、そのスペックも関係ない。
命を捨てろと言う命令に限りなく近いものであった。
『神根島から戻ってきてから様子が変だけど、何かあったの?』
「……黒の騎士団に、同級生がいたんです。それで、すこし複雑な気持ちで……」
もうカレンのことを“恋人”とライは言えなかった。
別に“同級生”でも間違ったことは言っていないのだから、セシルに嘘をついてしまった、というような罪悪感もない。
「でも、心配しないで下さい。任務中に私情ははさみませんから。与えられた任務を的確にこなすだけです」
その説明で完璧に納得したわけではなかったが、個人的なことにもあまり触れないほうがいいだろうとセシルは思い、それ以上は追求しなかった。
こういうところが、『特派のお袋さん』とも呼ばれるゆえんでもある。
『じゃぁ頑張ってね、ライ君』
「はい」
そうやって、いつも通りに出撃していく彼を見送る。
それが、今の彼女にできる精一杯のライへの応援だった。
『ライ!2時の方向に敵影!』
「わかってる!」
アヴァロンから発艦した2機の白い巨人は、フクオカ基地から迎撃に来た約10機の軍事ヘリを相手に戦っていた。
今までの戦争であるなら、2対10の空中戦はそのまま負けを意味する。
しかし、今回はその2機がフロートユニットにより空中での機動性まで手に入れた第7世代ナイトメアフレームであるということが、その常識を覆した。
かつての極東事変で始めて実戦投入された第4世代ナイトメアフレーム、グラスゴーによって日本軍がことごとくやられていったのと同じように、なすすべもなく、相手の機動性に翻弄されながら撃墜されていく。
迎撃機を全て撃墜した2機の巨人は、それぞれ手に持ったヴァリスを腰のホルスターに戻して、再びフクオカ基地に急行した。
しばらくの飛行後、2機の行き先に巨大な軍事施設が目に入ってきた。
広大な敷地と、何台もある砲台。
キュウシュウ最大の要塞と呼ばれるその基地は、海辺にあるという性質上、対空対地対海全てにおいて鉄壁の防御ともいえるものを持っていた。
『見えた!フクオカ基地だ』
スザクの言葉と共に、ライは可変ヴァリスをスナイパーモードに切り替えて、基地に備え付けられた対空砲に狙いを定める。
砲塔もこちらを射程範囲内に捕らえているはずだが、今までの戦闘機にはない機動力で宙を舞うランスロットによって上手く照準が合わせられないでいた。
キュウシュウ基地側が対応できないでいる間に、ライは的確に1つずつ対空砲を破壊していく。
スナイパーモードでの連射はできないため、徐々に基地に接近しながらの射撃となり、最後の対空砲を破壊し終えたときには、基地まであと200メートルの場所にまで近づいていた。
地上に降り立った2機は、もはや荷物以外のなんでもないフロートユニットをパージして、基地内へと向う。
『ライ。さっきの射撃でクラブのエナジーは相当減っているはずだ。僕が先鋒をするよ』
「すまない、スザク」
『そんなことはないよ。ここまでの道を切り開いてくれたんだから』
そう言って、スザクが乗るランスロットはキュウシュウ基地の壁を乗り越えていった。
それにライのランスロット・クラブも続く。
キュウシュウ基地の敷地内は中華連邦製のナイトメア、ガン・ルゥであふれていた。
その数、約300。
とても2機のナイトメアで戦える量の相手ではない。
さまざまな面で現行のナイトメアフレームに劣るガン・ルゥだったが、その生産性と火力は目を見張るものがある。
生産性が高いからこそ、こうして300機集めることができたのだし、火力があるからこそ、数での勝負を仕掛けることが可能になっている。
『必ず・・・・・・生きて帰ろう』
「あぁ!」
二人の騎士はそれぞれの武器を携え、偽りの日本軍との戦いを開始した。
『壱番隊は右翼から回り込め!弐番隊はそのまま前身!参番隊は敵をひきつけろ!』
ゼロは、部下である黒の騎士団員に命令を下した。
彼らは、ゼロの指示をなんの迷うことなく遂行する。
今までのゼロの作戦が完全な成功まではたどり着けなかったものの、今までのレジスタンス活動に比べればはるかに大掛かりなことを実現してきたからだ。
今回のキュウシュウでの作戦も、黒の騎士団が真の日本解放を手に入れようとしていることを示すことや、その後に倒すべきブリタニアにすら恩を売ることによって、『正義の味方』としての知名度をさらに向上させようとするもの。
今までの最大の反ブリタニア勢力、日本解放戦線などではなしえない作戦だった。
『カレン!今からフクオカ基地司令部に向かう!送れずについて来い!』
『わかりました!』
ゼロの一声に、ゼロの親衛隊隊長である紅月カレンは従順に従う。
その声には、尊敬の念をさらに越えた別の情も感じられた。
そのことに気づいたルルーシュは、顔を曇らせる。
「どうした?親友の女の気持ちを奪ってしまったことが心苦しいのか?」
『……黙れ』
複座式になっているガウェインのコクピット内で、C.C.がゼロことルルーシュに問いかけた。
その声にはなにやら面白がっているような雰囲気も含まれている。
対するルルーシュは、険しい顔つきで、戦況をモニターする画面を見ながら両手を組んでいた。
ナイトメアの操縦という面では役に立たない――そのあたりは、生身のルルーシュが運動を得意としないことと同じである――ため、操縦はC.C.に一任して、自分自身はドルイドシステムを使って高度な電子戦を仕掛けようとしている。
今に置き換えてみれば、それはフクオカ基地のシステムへのハッキング。
基地の防衛システムである砲塔や、戦闘ヘリなどを収納している格納庫のシステムに侵入し、格納庫の扉を閉ざしたり、砲塔の制御を奪ったりして敵の攻撃力を下げようとしている。
しかし――
(あいつらのおかげで、俺の役目は少ないな……)
ハッキング先の砲塔が、別ルートからフクオカ基地に入ってきたスザクとライの手によってことごとく破壊されていたからだ。
彼らのおかげで、実際黒の騎士団がしているのはほぼ基地内のガン・ルゥの殲滅のみ。
当初の予定より、かなり楽になったともいえる。
「……まったく、あいつらの有能ぶりにも困ったものだ」
ガウェインのコクピット内で仮面をはずしたルルーシュは呟いた。
このフクオカ基地を攻めるに当たって、多勢に無勢であった黒の騎士団にしては彼らの活躍は嬉しいものではあったが、ブリタニア軍人である二人は本来敵勢力。
優秀な敵が少ないにこしたことはない。
「ルルーシュ。そろそろあいつらのもとに着くぞ」
「あぁ」
ルルーシュの指示のもと漆黒の闇に包まれた空を黒いナイトメアが宙を舞い、その後ろに紅い機体が続いていった。
「くっ!」
ライは今受けた攻撃のダメージを急いで確認する。
左腕部駆動系へのダメージ。
使用すること自体には問題ないが、長時間の使用は難しい。
エナジーの残量も少なくなっている。
左腕が動かなくなるのが先か、エナジーがなくなるのが先か。
どちらにせよ、そろそろ活動の限界が迫ってきている。
そのとき、少し離れた場所でガン・ルゥと戦闘を続けていたランスロットの動きが変わった。
電池が切れた懐中電灯のように徐々に動きが遅くなっていき、そしてまもなく活動を停止した。
(まさか……!)
『ライ。ランスロットのエナジーが切れた』
ランスロットが動きを止めた理由は単純明快だった。
エナジー切れ。
ナイトメア戦においては、致命的なことである。
エナジーが切れたナイトメアは、とどのつまり巨大な棺桶。
動くこともできず、ただ破壊されるのを待つだけ。
イグニッションシートで脱出することも可能だが、味方がいないこの戦場ではその選択肢も危うい。
脱出先で攻撃を受けてしまえば、それこそどうしようもない。
『ライ。僕のことは置いて、君だけでもここから脱出してくれ』
「何を言っているんだスザク!君を見殺しにはできない!」
『ダメだ。君は生きなくちゃいけない。黒の騎士団に参加している、カレンと和解するためにも……』
スザクの言葉にライは唇をかみしめる。
彼女にギアスをかけてしまった以上、簡単には以前のような関係に戻ることはできない。
「スザク。ダメなんだ。僕とカレンは――」
ライが言葉を言いかけたちょうどそのとき、近くで爆発音がとどろいた。
ランスロットが破壊された音ではない。
破壊されたのはランスロットを取り囲んでいたガン・ルゥ。
そしてそれらを破壊したのは、漆黒のナイトメアフレーム、ガウェインだった。
『枢木。それともう一体の白兜よ。聞こえるか?』
その機体の外部スピーカーから、黒の騎士団のリーダーであるゼロの声が響く。
『私はこれから澤崎を叩きにいく。まだ動けるか?私とともに戦ってもらいたいのだが』
『ゼロ……なぜ君と僕たちが協力しなければならない?』
『簡単なことだ。我々の目的は同じ――この基地を占拠した、澤崎率いる中華連邦軍を討滅すること。違うか?』
ゼロの言葉は、確かに的を射ていた。
両陣営とも、ここでやるべきことは同じ。
違うのは、その行動の目的だけだった。
『それにだ。確率論的には、戦力はあればあるほどいい。今の私の戦力は、このガウェインと後に来る紅蓮のみだ。機体性能の面からでは十分な戦力だが、このままでは損傷なし、というわけにもいくまい?』
その通りだった。
2体の第七世代ナイトメアフレームでも、時間さえかけられれば十分にこの要塞を攻略することができる。
ただしそれは、エナジー切れの可能性を除き、なおかつ機体の損傷率を無視して考えた場合。
それは、この場に赴いている黒の騎士団所属の2機のナイトメアにおいても同じことだった。
「わかった。ゼロ、僕は君に協力しよう」
『ライ!?』
ライの心は既に決まっていた。
紅蓮がこの場に来るということを聞いた時点で。
「僕のナイトメアのエナジーも残り少ない。もってあと5分程度だ。その間に勝負を決めてほしい」
『了解した……君の補佐に紅蓮を残そう。君も知ってのとおり、紅蓮の機動力は君たちのナイトメア同等だ。存分に敵を撹乱してくれ』
「……っ!……わかった」
その後、スザクもゼロの言葉によって共に戦うことを決意した。
4機のナイトメアが同時に行動を開始する。
漆黒のものと白と金の塗装のものは基地司令部に向かい、紅いものと白と蒼の塗装のものは先行する2機を狙うガン・ルゥを破壊していく。
今現在、エリア11内で最高ともいえる機体性能を誇る4機の共同作戦が始まった。