ストックを少しずつためていますが、足りなくなったら更新速度が落ちると思います…
「私を……ブリタニア軍に入れてほしいの……」
「えっ……?」
カレンの言葉にライは耳を疑った。
日本人のことをイレヴンと呼んで差別をし、虐げていたブリタニア軍に入るというカレンの言葉。
公園で偶然見かけたその光景にとてつもない怒りを見せていた彼女が、そんなことを言うなんてライには信じられなかった。
「それは……どういう……?」
「そのままの意味よ。私は今まで、ブリタニアから日本を取り戻すために黒の騎士団として戦ってきたわ。それが、私にとって一番大事だったお兄ちゃんの夢だったから。でも、今の一番は――あなたなの」
昔からカレンに優しくしてくれた兄、紅月ナオトの存在。
ブリタニア人とのハーフだということで、あまり多くはなかったがいじめを受けたこともあったカレンにとって兄の存在は大きかった。
当時日本との関係がぎくしゃくしていたブリタニアとのハーフである自分を、なんの隔てもなく優しくしてくれたただ一人の兄。
そんなカレンとナオトの関係は、ルルーシュとナナリーの関係に似ている部分がある。
ルルーシュがナナリーを溺愛していることに類似することがないなど違うところもあるが、基本的には同じような関係だ。
カレンにとって心から安心して生活できたのは、兄と母、そしてたまに顔を出しに来ていた扇と過ごしていた時間だけだった。
ルルーシュとナナリーが、スザク以外の人間を信用せずに日本での留学生活をしていたのと同じような状況にあったのだ。
だから、ルルーシュがナナリーのためにゼロとなって戦っているのと同じように、カレンもまた兄の夢のために今まで戦ってきた。
その信念が今、転機を迎えていた。
「私はあなたの役に立ちたい……あなたのために戦いたい……そのためなら、何を失ってもかまわないわ……」
日本人としての自分も捨ててもかまわない。
あれだけ嫌っていたシュタットフェルトの名を名乗ることもいとわない。
尊敬し続けてきたゼロの敵として戦うことにもためらいはない。
愛する人――ライのためになら何だってできる。
「……カレン。本気で言っているのか?」
「えぇ」
『何を失ってもかまわない』
この言葉がライのどこかで引っかかっていた。
確証のもてる疑念ではない。
ただ先ほど脳裏にちらついた映像が頭から離れなかった。
槍や矢が飛びかう戦場のひとつになったその町に、戦いの後に残されたのは人々の死体しかない。
老若男女、民兵問わず、全ての人が息絶えていた。
そしてその中心で打ちひしがれている銀髪の青年。
何もかも――自分自身の肉親すらも失った彼。
『何を失ってもかまわない』という決意の元、愛する人たちのために戦った男の末路だった。
その映像が何を意味するのか、なぜその映像の背景が自分にわかったのか、ライにはわからない。
しかし、カレンの決意がいい方向に進まないと何かが全力で警告しているのだとライは感じとっていた。
「……カレン。残念だけどその頼みは受け入れられない」
「どうして?!ライは私と殺しあうことになってもいいの?!」
「違う!そんなことは……!」
「私はあなたと一緒にいられればそれでいいの!日本が解放されなくたってもいい。あれだけ憎んでいたブリタニアの一員になってもいい。あなたがいてくれれば、私はそれだけでいいのよ……」
「カレン……」
カレンの強い決意は十分にライに伝わっていた。
それでも、ライはカレンの気持ちにこたえることができなかった。
カレンが何か強い決意を持っているということは、付き合い始めた当初からわかっていた。
それがなんにせよ、全力で応援してあげようとも思っていた。
しかし今は――
(僕が彼女の足枷になっているみたいじゃないか……)
自分という存在が彼女の目標を霞ませてしまっているのだとライは感じ取っていた。
カレンの夢である日本解放。
ブリタニア軍人であるライには手助けなどできるものではなかったが、積極的に妨げようとも思わなかった。
(もちろん、恋人としてカレンには危ない目にはあってほしくない。ただのカレンとして、平和に暮らしてほしい)
そうは思っていても、ライの心はなかなかすっきりしなかった。
(カレンの『日本解放』という夢は、僕がアッシュフォード学園に来る前からのものだったはずだ。そうであるならば、僕という存在が現れたことによって、彼女に夢を断念させてしまったことになる……)
カレンの事を大切に思うがゆえに、自分自身の存在も否定したくなる。
もしも自分がいなければ、カレンは自分の夢を貫けただろうか。
もしも自分と恋仲にならなければ、カレンはこんなにも苦しい決断を迫られるようなことがあっただろうか。
歴史にifはない。
それと同じで、人生にもifはない。
(――いや、“あの力”なら『もしも――』は実現可能だ……)
絶対遵守の力。
一回のみだが、相手を自分が命じたままに行動させることができる王の力。
その力があれば、過去の記憶をなくさせることもできる。
――自分のことをカレンの記憶から抹消すれば、彼女は昔のように兄の夢を達成するために戦えるようになるはず。
そんな考えがライの頭をよぎった。
「カレン。君が何で黒の騎士団に入ったのかを聞いてもいいかい?」
ライの言葉に一瞬戸惑うような表情をみせたが、カレンはゆっくりとその質問に答え始めた。
「さっきも言ったけど、私のお兄ちゃんは日本を解放するために戦っていた。 私だけがブリタニア人の父から認知されブリタニア人として生活し、お母さんは使用人扱いで雇われ、お兄ちゃんにいたっては存在も認識されなかった……」
10年以上にわたって共に過ごしてきた家族がばらばらにされた。
“ブリタニア”という支配者によって。
――こんな家族の在り方は間違っている。
ブリタニアが、それを自分達に強要してくるというのなら、そのブリタニアを壊すしかない。
そう思い、カレンは兄と共に反ブリタニアのレジスタンス活動に参加するようになり、兄の死後もこうして黒の騎士団のエースとしてブリタニアと戦ってきたのだった。
そう、カレンの戦う真の理由は、日本のためというよりも家族のためなのだ。
もし家族が離れ離れにならないのですむならば、カレンはなんでもやっていただろう。
日本がどうなろうがかまわない。
家族と――兄と母と、昔のように一緒に楽しく幸せに暮らせるのなら、ほかの事はどうでも良かったのだ。
しかし今やその兄は死に、母はリフレインの使用で実刑判決を受けて服役中。
『待ってて。お母さんが出てくるまでには――きっと変えてみせるから。私とお母さんが普通に暮らせる世界に。だから、だからっ……』
かつてカレンが、リフレイン中毒でまともに会話ができない母に向かって誓った言葉。
カレンの母に下された判決は禁錮20年。
その間にカレンにできることは、黒の騎士団の一員としてブリタニアを壊すことだけだった。
「これが、私が黒の騎士団で戦う理由。でも、どうしてこんなことを知りたいの?」
話し終えたカレンの、当然とも言える質問。
黒の騎士団に所属していたことは、カレンにとってはもう既に過去の事。
いまさらなんでそんなことを……という気持ちがカレンからは離れなかった。
「僕は君の真意を知りたかった。カレンが話してくれたおかげで、僕も決心がついたよ」
ライはカレンの話を聞いて決めた。
“あの力”を使おう、と。
「じゃぁ――」
――私をブリタニア軍に入れてくれるのね。
そう言おうとしたカレンの体をライが抱きしめた。
割れ物を扱うように、大事に、優しく包み込む。
「どうしたの、急に?」
いきなりなことに驚きつつも、愛する人からの抱擁に顔をほころばせるカレンに、ライは別れの言葉をつむぎだす。
「カレン……僕は君の事が好きだ。いや、愛している。世界中の誰よりも、君の事が大切だ」
これがきっとカレンへの最後の言葉になる。
そう思いながら、ゆっくりと彼女への気持ちを語った。
「最初は『人形みたいだ』と言われた僕が今みたいになれたのも、お世話係主任としてカレンが一緒にいてくれたからだと思う。僕にとってカレンは世界そのものだ。だから――」
――これ以上、僕のせいで君を縛り付けることはできない。
「――だから、僕たちの関係は終わりにしよう」
「…………え?」
突然の別れの言葉。
先ほどまで幸せだったカレンには嘘のような言葉だった。
呆然としているカレンが反応するまもなく、ライはカレンに口づけをした。
今まで何度もやってきた深いものではなく、ただ唇を重ね合わせるだけの簡単なもの。
今しがた自分が言われたことの意味を理解しきれないカレンに対してそのようなことをするのは気が進まなかったが、ライは最後に彼女とキスをしておきたかった。
そしてそれを、カレンとの決別を意味するものとして、自分自身に深く刻み付けたかった。
ゆっくりと顔をカレンから離し、心の奥で“力”のスイッチを入れる。
「カレン。君は――」
ライは、苦しげに“絶対遵守の命令”をカレンに下した。
記憶を失う前にもこんなに辛い決断はなかったに違いない。
そう思いながら。
“力”を使われたあとは、目の周りが赤く縁取られてその命令に従う。
そのはずだった。
「……嫌よ」
「!」
カレンは、ライの“命令”に明らかな拒否反応を示していた。
力に抵抗するかのように、目の周りが赤くなったり正常に戻ったりを繰り返す。
「嫌よ!私はあなたと共にいたい!あなたと……別れるなんて…………別れる……?誰と……?」
彼女が涙を流しながら辛そうに“力”に抵抗する姿を見ていられなかった。
自分自身でそうすることを選んだとはいえ、あまりにも辛いことだった。
「すまない……カレン……」
ライはそう呟き、愛する人の首筋に手刀を打ち込み気絶させた。
次に彼女と対峙するのは敵同士として、戦場でのこととなるだろう。
(そうなる前にこのエリア11――いや、日本が平和になれるように全力を尽くそう……)
それは、満天の星空のもとでの出来事。
愛する人と別れを告げた銀髪の青年の目からは、一筋の涙が流れていた。