滝の下で、一人の少女が水浴びをしていた。
ゼロを助けるために飛び出し、もっとも戦場で会いたくなかった人と出会ってしまった黒の騎士団のエースパイロット。
普段騎士団の仲間からは『がさつ』、『女っ気がない』などと言われているが、現在恋愛真っ盛りの年相応の女でもある。
そんな彼女がナイトメアを操縦して汗だらけになった自分の体をそのままにしておくはずもなく、意識が戻ったときに近くにあった水場で水浴びを始めていたのであった。
もちろん、周囲への警戒は緩めていない。
隠しナイフであるポーチを忍ばせた騎士団の制服も手を伸ばせばすぐに届くところにある。
相手がナイトメアで攻撃してこない限りは対処できる自信あった。
「!?」
ふと、誰かの気配を感じた。
こちらの様子を伺っているのか、一瞬感じた気配はすぐになりを潜め、再びあたりを水音のみが支配する。
直後、かすかに揺れる草の音。
そのわずかな音にも反応したカレンは、服を着ることもなくそのまま騎士団の制服からポーチを取り出し、ナイフをきらめかせながら一目散に駆けつける。
視界に入ったのは、ブリタニア軍の制服。
何のためらいもなく、ナイフを相手の急所へと――
「きゃっ!」
突き出したナイフは相手の肉体を傷つけることなく、代わりに自分の手をつかまれて体が宙を舞う。
背中から地面にたたきつけられ、気がついた時には手にしていたナイフが自分の首筋へと当てられていた。
しかし、その軍人はそれ以上手を動かさない。
「……はやく……殺しなさいよ」
空高く輝く太陽が逆光となって軍人の顔が見えないカレンにはその行動の真意が見出せない。
しかし、その考えは彼の一言によって打ち砕かれた。
「やっぱり、カレンはお嬢様を演じていたんだね。僕は今のカレンも好きだけど」
「えっ?」
固定したナイフをはずし、カレンの手をとった銀髪の少年は笑みを見せながら言った。
「ライ……?」
「そうだよ、僕だ。正真正銘の君の彼氏で、ブリタニアの騎士でもあり、ランスロット・クラブのパイロットだ」
ライのその言葉に、カレンの顔は一瞬暗くなる。
「でも、今は僕たち二人しかいない。黒の騎士団もブリタニア軍も関係ない。ただのライとただのカレンだよ」
続いた彼の言葉に、暗くなった顔もすぐに明るくなる。
カレンは感極まって、そのままライに抱きついた。
いきなりのカレンの行動に、ライは顔を赤くしながら言う。
「……その、彼氏としてはこういうことは嬉しいんだけど、状況を考えてからにしてくれないか?」
ライの言葉にカレンは辺りを見回す。
しかし誰の姿も視界にはない。
「別に、誰もいないからいいんじゃない?」
「いや……その……そうじゃなくて…………そういう姿で抱きつかれるのは、理性を保つのが……」
そこまで言われて、カレンは今の自分を見る。
先ほどまで彼女は水浴びをしていた。
そして物音に警戒して、そのままの姿で飛び出していたのである。
だから今の彼女は何も身につけることなく、生まれたままの姿でライに抱きついていたのだった。
その事実に気がつき、カレンの顔が紅蓮と比べても負けないくらいに真っ赤になる。
「ライのバカ!エッチ!スケベ!ど変態!!」
そう叫びながら放ったカレンのパンチが、見事にライのみぞおちに決まった。
それを見て、カレンは自分がした事に気がついて慌てて謝り始めた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫?!」
「だ……大丈夫だ……それより早く服を……」
そこまで言ってライの意識は途絶えた。
「どどどどどどどうしよう!」
ライを気絶させてしまったことに焦り、彼の手を握って辺りを見回す。
もちろん、どこにも助けてくれる人などいない。
とりあえずライに言われたとおりに服を着て、再び彼のもとへと戻る。
「気絶してるとはいっても、綺麗な顔して寝てるわね……女の私でも惚れ惚れしちゃうわ」
そんなことを呟きつつ、カレンは今後の事を模索し始めた。
目が覚めたときに確認したように、カレンは通信機器を一切持っていない。
それにどうやら黒の騎士団もブリタニア軍もこの島にはいないようなので、式根島でないであろうということは予想できる。
自分一人ならそれなりにできることはあるのだが、今は一応敵方のライと一緒なのだ。
最初に出会う人間がどちら側の人間かによって、今後の対応が決まってしまう。
それもふくめて、二人でしっかりと話し合わなくてはいけなかった。
そのための第一段階は、カレンが気絶させてしまったライを起こすことだった。
「寝ている人を起こすっていうと、昔から定番なのは――いや、だめよカレン!いくら恋人同士だからといって、寝ている人にそんなことをしちゃ!」
そんなことをいいながらも、カレンの顔は徐々に隣に寝ているライの顔に近づいていく。
(少しくらいならいいわよね?私たちは付き合ってるんだし、初めてのキスというわけでもないし……)
あとわずかでカレンの口がライの口に触れようというちょうどそのとき、お約束かのごとくライは意識を取り戻した。
「くっ……」
「ほわぁ!!」
すっとんきょうな声を上げて、カレンはライから飛びのいた。
そんなカレンを見つけて、ライは不思議そうに尋ねる。
「ん……どうしたの、カレン?」
「ななななんでもない!!」
明らかに挙動不審なカレンに首を傾げつつも、彼女がなんでもないというならいいか、と思ってライはそれ以上追求しなかった。
ライとカレンの二人が食料として魚を大量に捕まえ、それを焼きはじめたころには空は暗くなっていた。
そしてこのとき初めて、二人が落ち着いて話せる時間が生まれた。
しかし、二人とも立場が立場なのでなかなか口を開くこともなく、ただ黙々と焼き魚を食べ続けるだけだ。
ライにとって、ブリタニア軍とは自分の記憶を取り戻すための手がかりであり、アッシュフォード学園のみんなを守るためのものに過ぎなかった。
一部の軍人のように軍を純粋なブリタニア人で組織しようという考えなどももたないし、普通のブリタニア人のようにイレヴンを差別しようとも思わない。
黒の騎士団と戦いはするが、彼らの戦う理由を一方的に否定することもない。
もともとここは日本と呼ばれた彼らの国なのであり、それを取り戻そうと戦うのは当たり前の事だともいえる。
それに他のテロ組織と違って一般人を巻き込んで戦うようなことはほとんどなく、まさに正義の味方といったようなものだった。
それでも、ブリタニアに戦いを仕掛けるということはライの戦友たちを殺そうとしてくるということでもある。
そのほとんどがナンバーズに差別的な意識を持っているとはいえ、共に戦った仲間であることには違いがない。
彼らが死ぬのを黙って見過ごすわけにはいかない。
それよりも、なす術もなく知り合いが死んでいくということに対するライ本人もよく知らない感情が彼を戦場へと立たせていた。
カレンにとって、黒の騎士団は自分の兄の夢を達成するための手段であり、日本人として自分がいられる大切な場所だった。
シンジュクで初めてゼロの指揮下で戦い、彼がいれば兄の夢がかなえられると思って所属をし続けてきた組織。
ナリタでシャーリーの父親を犠牲にしてしまったことは精神的につらいことではあったが、この犠牲のためにも一刻も早く日本を取り戻したいと考えていた。
彼女にとっての最大のイレギュラーは、ブリタニア軍に所属するライと恋におちてしまったことだった。
技術部所属と聞いていたからこそそのまま戦い続けることができていたし、早い段階で日本独立を達成できたのなら、ハーフであると聞いていた彼とともに新しい日本で生きていけるとも思っていた。
結局はそのはかない夢もついえて、こうして敵同士として二人は対峙する事になってしまった。
「ごちそうさまでした」
最初に沈黙を破ったのはライだった。
このまま沈黙が続いてもなにも始まらないと思い、1番自然に口を開けると思った食後の挨拶をしたのだった。
それをうけ、黙りっぱなしだったカレンも口を開く。
「はぁ~おいしかったぁ~」
「そうだね。普段こんなものを食べないから新鮮だったし。新鮮といえばカレンの素の姿も新鮮だったけど」
「もしかして、素の姿を見て私のこと嫌いになった?」
今のカレンにとって、一番の不安はそれだった。
ライも学園での『お嬢様との自分』の事が好きだったのではないかと。
「そんなことないよ。最初に言ったけど、僕はその素のままのカレンも魅力的だと思う。それに、君がどんな性格をしていようともカレンはカレンだ。僕が君の事を好きだっていう気持ちは変わらないよ」
「…………ありがとう」
ライのこの言葉が、カレンに決心をさせた。
チョウフのとき以来、心にはあったもののけっして考えないようにしてきたことを。
「ひとつお願いしたいことがあるの」
カレンの表情はいつになく真剣だ。
その真剣な表情に、ライも思わず姿勢を正してしまうほどである。
「なんだい、カレン?」
「私を……私を、ブリタニア軍に入れてほしいの……」
それは、カレンの決死の覚悟で紡ぎだした一言だった。