Fate/last night《完結》   作:枝豆畑

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―最後の夜― 後編

「…臭い(悪臭)が移る」

 

ギルガメッシュはそういうと、泥のついた黄金の鎧を脱ぎ棄てた。

露になったその裸体の胸には、キャスターによって空けられた風穴が痛々しく残されていた。

逆立っていた髪は、泥に濡れたためか下ろされ、暴君然としていた先程までの相貌とは異なり、今の彼は本来の英雄としてのそれに近い。

 

貫かれた胸から流れる血をそのままに、ギルガメッシュはキャスターの立っていた場所に目をやる。自身が放った宝具のが幾つも突き刺さり、そこに広がる夥しい血の痕跡が、その惨劇を物語っていた。

 

 

「塵になったか、あるいは…フン、まぁいい。どちらにせよ死は免れん」

 

キャスターの姿はなく、魔力の気配も感じられない。あれほどの傷を負い、加えて英雄王の宝具を直に受けたのだ。ギルガメッシュの言う通り消滅したと考えるのが妥当だろう。

 

瞬間、剣戟が鳴り響く。

 

「…ほう?」

 

騎士王がギルガメッシュへ聖剣を振り下ろし、ギルガメッシュはそれを宝物庫から取り出した剣で防いだ。

 

「よもやあの男(キャスター)の敵討ちのつもりではあるまいな」

 

「…!!」

 

ギルガメッシュの背後より放たれた三つの宝剣を斬り払うと、騎士王は英雄王から距離をとった。

 

「見てきたぞ、貴様の邪念の正体を」

 

ギルガメッシュはそう言うと愉快げに口を歪め、そして自分の背後に聳え立つ大聖杯を眺めた。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)か。笑わせてくれる」

 

「…何故だ。何故貴様は…!!」

 

騎士王は声を荒げる。

 

「何故染まらぬか、とでも言うのではあるまいな…?」

 

ギルガメッシュは視線を騎士王へと移し、

 

「侮るなよ雑種」

 

そしてその紅き瞳で睨み付けた。

 

「この我を貴様ら凡百の英雄共(雑種)と一緒くたにするな。あの程度の邪悪、飲み干せなくて何が英雄か…!」

 

ギルガメッシュがそう言い放つと、その背後の空間が水面のように揺らめいた。

 

「っ!!」

 

刹那、幾多もの刀剣が弾丸となって放たれる。

 

「何が騎士の王だ。クズめ、王を称する者が、雑念にその身を委ねるとはな。は、笑わせるな」

 

宝剣の煌めきが、さながら流星の如く降り注ぐ。騎士王はそれを神速で対応するが、如何せん数が多いためか、反撃の瞬間を見出だせずにいる。

 

「泥に染まったから絶望した?邪悪に身を委ねたからこそ真実を知る?戯けが、都合が良いにもほどがある。貴様の言う絶望など、己の醜さを隠すための言い訳に過ぎん」

 

「…黙るがいい!!」

 

騎士王は聖剣に魔力を込め、そして振るう。魔力を纏って巨大化した聖剣の一閃は、ギルガメッシュの放った刀剣の雨と相殺される。

 

「ほう…?」

 

ギルガメッシュは消滅した己の宝具に見向きもせずに、息を荒くする騎士王を見つめる。

 

「動揺するか。絶望に身を委ねながら、己を恥じる心は喪っていないというわけだ。さては貴様、泥に呑まれた己に疑念を抱いているな??」

 

「!!」

 

騎士王はギルガメッシュを睨み付けた。

 

「図星か」

 

ギルガメッシュの背後の空間が、再び揺らぐ。幾多もの宝具の原典たちが、主君の合図を待ちわびている。

 

「…つまらん奴だ。悪に染まりながら、悪を拒むか。理に反したその魂、この我が手ずから引導を渡してやろう」

 

ギルガメッシュの手が振り下ろされ、後ろで控えていた刃が一斉に放たれた。

 

「容赦はせんぞ…さぁ、死に者狂いで足掻くがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉぉっ!」

 

無数の刃が、私に飛来する。

一振りで三つ、四つと、それぞれが必殺の威力を抱いた宝具たちと、私は剣戟を奏でる。

 

「ッ!!」

 

加速する剣戟の中で、斬り漏らした一つの剣が私の肩を掠める。

剣は容易く鎧を裂き、そしてその傷口に私は悪寒を抱いた。

 

「竜殺し…!!」

 

辺りを見渡すと、空間から顔を覗かせるそれらは、どれもが古今東西、竜殺しの伝承を持つ宝具の原典たち。

 

「余興だ…上手くかわせよ?」

 

ギルガメッシュは不敵に冷酷な笑みを浮かべると、一斉に剣群を放った。

 

「…ふっ!」

 

傷を負った箇所に魔力を纏い、強引に身体を動かす。我が二つ名はブリテンの赤き竜。故に、竜殺しの一撃は一つ一つが致命傷となる。

 

ギルガメッシュが放つ剣群には、一瞬たりとも気を抜くことができない。無作為に放っているようでも、この男は着実に私を追い込んでいる。

旋回しながら剣群を払いつつ、男との距離を詰める。

 

「はぁぁっ!」

 

ギルガメッシュの連撃の隙を突き、反撃せんと剣をふるう。

 

しかし__

 

「戯け」

 

「!!」

 

剣を振り下ろす、その直前で足が止まる。

見ると、足元の空間から現れた鎖が足を縛り付けていた。

 

「消え失せろ、雑種…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、そうか。

あの黄金(ギルガメッシュ)の言っていたことはすべて正しかったのだ。

絶望に身を委ねる。そんなことは、都合の良い言い訳に過ぎない。

剣となろうと誓った。守ろうと約束した。

そんな、サーヴァントならば当たり前のことでさえ、私は守れなかった。

守れなかった誓い、果たせなかった約束。

全ての原因は、私の愚かさ故。そんなだから私は泥に呑まれたのだ。

きっとこれが、私に下された(呪い)

だから私は、絶望に染まることで無意識に己を罰したのだ。

絶望に身を委ねた罪を、絶望に身を委ねることで罰する。

あぁ、何て愚かな。矛盾していることなど考えれば分かることだ。

でも、これも間違いだ。

今ならわかる。誓いを守れなかった私が、本当に求めたモノ。

救って欲しい?助けて欲しい?否、そんなことでは私は満たされない。

 

 

__そうだ、私はただ

 

 

 

「…(シロウ)に、裁いて(許して)欲しかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…まだ生きるか、雑種」

 

声がする。

 

「…ッ!!」

 

体に魔力(チカラ)が上手く伝わらない。目を開くと、私は地面に横たわっていた。

身体中はズタズタに引き裂かれ、地面が傷口から流れ出た血液を吸って湿っている。

記憶を辿る。そうだ、私は鎖に足をとられ、そしてそのままギルガメッシュの放った宝具の原典(竜殺し)に身体中を貫かれたのだ。普段ならあの程度の罠なら気付けていた。それに気付けなかった私は、やはりあの黄金()の言うように動揺していたためか。

 

「ふっ…」

 

己の愚かさに思わず笑ってしまった。

どうやら私は何から何まで見透かされていたらしい。

 

「余裕だな、貴様」

 

ギルガメッシュが苛立ち気に言う。

私は手元に落ちていた聖剣を震える手で掴むと、それを杖にゆっくりと立ち上がる。

魔力を全身に送ろうとするが、竜殺しの呪いがそれを邪魔する。

 

「っぐ!!」

 

それでも自力で立てるほどにまでは身体を修復すると、私はギルガメッシュへと目をやる。

 

「そんな体で、まだ我に刃向かう余力があるか。ある意味感心したぞ」

 

ギルガメッシュはくつくつと笑う。

私は聖剣を握る手に力を込めた。

 

「よもや我に勝とうなどと思ってはおるまいな?」

 

その様子を見ていたギルガメッシュは、空間から一つ剣を取り出すと、投げ矢のようにしてそれを放った。

 

「ッ!!」

 

放たれた剣は皮肉にも、彼の選定の剣の原典である原罪(メロダック)

私はそれを息も切れ切れに一閃する。

 

「はぁっ、はぁっ!」

 

体のバランスが崩れ、倒れそうになるが必死でこらえる。

 

「馬鹿め、我は最古の英雄ぞ。はなから貴様が勝てる道理など無いのだ!」

 

「…黙れ」

 

私がそう言うと、英雄王の嘲るような笑い声がピタリと止む。

 

「何…?」

 

「…黙れと言ったのだ、この下郎…!」

 

ギルガメッシュがその紅い双眸でこちらを睨み付けるが、それでも言葉を続ける。

 

「貴様の言う通り、私は己の醜さを絶望の陰に隠し続けた。おかげで目が醒めたぞ。私はようやく、目をそらしていた現実と向き合う覚悟ができた」

 

聖剣を握り直し、その切っ先をギルガメッシュに向ける。

 

「…」

 

「私はたしかに罪人だ。だがそれを裁くのは、貴様などではない」

 

身体中に魔力を送り込んだ。傷は塞がらない。だが構わない。今はこの聖剣を全力で振るえるだけの力があればそれでいい。

 

「フフ、フハハハハハハハッ!!」

 

「…!!」

 

突然、ギルガメッシュが大声で笑い出した。

 

「実に愉快だ!貴様のような道化は久方ぶりに見たぞ!」

 

ギルガメッシュがそう言うと、彼の背後を覆っていた空間の揺らめきが途絶えた。

 

「良いだろう雑種、ここまで持ちこたえた褒美だ。貴様に、原初の地獄(真の絶望)を見せてやる」

 

ガコンと、まるで巨大な城門が閉ざされたかのような音が空洞に響き渡る。瞬間、ギルガメッシュの手元の空間が歪み、あの(イビツ)な剣が姿を現した。

ギルガメッシュがそれを手にとると、三層に分かれた刀身が凄まじい勢いで回転する。

溢れ出る紅い魔力の奔流が、以前とは比較にならないほどのその込められた魔力の壮絶さを物語っていた。

 

「ッ!!」

 

その余りの凄まじさに、私は目を張る。吹き荒れる魔力の風が、私の頬を切り裂いた。

私も己の聖剣に魔力をこめる。今出せる全ての魔力を、この一撃に捧げよう。

騎士王の魔力が、黒い霧となって騎士王を覆う。力んでいるためか、傷口からは血液が溢れだし

竜殺しの呪いが私の集中力と精神を犯す。

 

二人を覆う膨大な魔力の奔流がぶつかり合い、空間が軋む。

 

 

私は既にあの一撃を受け、一度敗北している。だが、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。分かっている。私の犯した罪はもう償えないと。私は、全ての元凶(大聖杯)に目を向ける。あれを破壊すれば、第五次聖杯戦争は起こらない。きっと、私の願い(断罪)は永遠に失われるだろう。

 

 

__それでも、それでもこの行為がいつか、ほんの僅かでも結果としてあの少年の救いになるならば

 

 

「それが、今の私にとっての願い(救い)だ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

「死して拝せよ…!!」

 

ギルガメッシュが迸る魔力を纏いながら乖離剣を構える。

その回転の速度は限界に達し、解き放たれるのを今かと待っている。

 

「…!!」

 

私もそれに応じて、聖剣を必殺に構える。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

全身に魔力を纏い、全身全霊をこの一撃に懸ける。

 

 

 

 

『__天地乖離す(エヌマ)

 

『__約束された(エクス)

 

 

 

 

 

『__開闢の星(エリシュ)!!』

 

『__勝利の剣(カリバー)!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅蓮の魔力の竜巻が、空間を切り裂きながら襲いかかる。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

負けるわけにはいかない。私はありったけの魔力を注ぎ込む。

膨大な黒い魔力の煌めきが、紅蓮の魔力と衝突する。

大地が割れ、空間は裂け、今まさにこの空洞は原初の地獄と化していた。

 

傷口からは血が吹き出し、無尽蔵にあるはずの魔力は今にも枯れ果てそうな勢いだ。

 

「ッ!!」

 

紅い風が体を切り裂く。魔力が体から漏れていくのがわかる。

倒れるな、と脳は言う。しかし身体は限界を訴え続けている。

拮抗していた漆黒と紅蓮の魔力の衝突は、次第に漆黒が押されはじめてきた。

四肢は震え、気を抜けば聖剣も手から落としてしまいそうだ。

聖剣から放たれる魔力の波動が弱まる。じりじりと紅い暴風(地獄)が迫ってくる。

 

貴方なら、どうしただろうか。いや、分かりきったことだ。貴方は、最後の最後まで諦めないことでしょう。

サーヴァントであった私を失い、その私が敵になった。そんな絶望的な状況から、貴方はサクラを救うという目的のために諦めずに、ついにはこの身を打ち倒した。貴方なら、きっと私が死んだあの後にサクラを救ったことでしょう。

 

ならば、私も諦めるわけにはいかない。一時でも、私だって貴方のサーヴァントだったのです。そんな無様な真似だけは、貴方に誓ってする訳にはいかない。

 

「おぉぉ!!」

 

身体に再び力を込める。魔力など関係ない。最後まで倒れるわけにはいかない。

 

__その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてすまない。だが、もう少しだけ耐えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…?」

 

ギルガメッシュは目を疑った。

たしかに、殺し損ねた可能性はあった。だが、あの男に与えたのは紛れも無く致命傷。

己が手を下さずとも、時期に消えるはずだった。

だがありえないことだが、あの男はこうして実体として現界している。

 

「良いだろう…まとめて塵になるがいい…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の目を疑う。

 

「どうして…!!」

 

そんな余裕など無い筈なのに、思わず声を出す。

だが確かに、そこに彼は立っていた。

拮抗する魔力の渦の間に立ち、手からは花弁の如き盾が展開されている。

 

「…チャンスは一度だ」

 

「…!!」

 

私はこみ上げる感情を抑え、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「俺が時間を稼ぐ。その隙に、君が彼を倒すんだ」

 

本来なら七枚あるはずの花弁は、彼の魔力量に影響してかその数は四枚にまで減少している。

 

「何を…!!」

 

無茶だ。この英雄王の一撃を避けて、ましてや倒すなど。

無謀と諦めないとでは意味が異なる。

 

I am the bone of my sword(体は剣でできている) …!!」

 

彼が詠唱を唱える。そしてそこに現れたのは__

 

 

 

「なぜ…貴方がそれを…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、キャスター。貴方に渡したいものがあるの』

 

アイリスフィールはそう言うと、彼女の持ってきたアタッシュケースの一つからそれを取り出した。

 

『アイリスフィール、それは…!!』

 

彼女が取り出したそれに、思わず声を大きくしてしまった。

 

『ふふふ…』

 

アイリスフィールは笑みをこぼす。

 

『?』

 

『やっぱり貴方、これを知っているのね?』

 

『…!!』

 

不覚だった。この女性は妙なところで鋭い。

 

『これを、貴方に預けます』

 

『何を…』

 

アイリスフィールはそれを、俺に渡した。

 

__全て遠き理想郷(アヴァロン)、彼の騎士王の、失われた聖剣の鞘。

 

その鞘は如何なる傷をも癒し、五つの魔法でさえ寄せ付けない最強の守り。

 

『これほどの触媒で召喚されたサーヴァントが貴方ですもの。きっと、貴方はこの鞘と何か所縁がある』

 

アイリスフィールは言う。

 

『だからきっと、貴方が持っていたほうがその鞘にも意味があるわ』

 

『アイリスフィール…』

 

『だからどうか…あの人の、切嗣の願いを叶えてあげて』

 

俺は手にした聖剣の鞘を見る。磨耗し、失われていた記憶が蘇る。

 

『アイリスフィール、俺は…!!』

 

言葉が詰まった。

 

『いや、すまない。何でもないんだ』

 

荒くなった息を整える。

 

『ありがとう、アイリスフィール。この鞘は、きっと我々を勝利に導く』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、君のものだ。使ってくれ」

 

私の目の前に現れたその鞘を、彼は使えと言った。

 

「でも、私は…!!」

 

__それを、手にする資格があるのか。

 

__憎悪に身を委ね、理想を捨てた私が、今になってこの鞘(理想郷)を扱う資格が。

 

 

花弁が一枚、弾けて消える。

 

「!!」

 

紅き魔力が、再びその距離を縮める。

 

「俺はね、セイバー…!!」

 

彼が口を開いた。

 

「きっとそれを君に渡すために、ここまで来たんだ」

 

また一枚、花びらが散る。

 

「間違ったっていいじゃないか。セイバーが道を間違えたら、俺がその分セイバーの間違いを正す…!!」

 

そしてもう一枚、花びらが散る。

 

「だから、セイバー。もう一度、その鞘を手にとれ…!!」

 

 

 

 

 

 

__最後の花弁が、役目を終える。

 

__その瞬間、目映い光が辺りを包み込んだ。

 

__彼の騎士王が死後、辿り着くとされる幻の大地。

 

__その名は

 

 

 

 

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)__!!』

 

 

 

 

 

「行け、セイバー…!!」

 

 

 

 

「なに…!!」

 

突如として現れたその光に、英雄王の放つ魔力の渦が飲まれる。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

その光の中には漆黒の鎧ではなく、蒼銀の鎧を身に纏った、本来の騎士王の姿が。

 

「…!!」

 

 

 

『__約束された(エクス)

 

 

 

それは既に目前にまで迫っていて__

 

 

 

『__勝利の剣(カリバー)!!』

 

 

 

__聖剣の煌めきは、英雄王をその光に包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、貴様の真の姿か」

 

英雄王の口からは、血と共にそんな言葉が紡がれた。

 

「…」

 

私はそれに答えず、聖剣の一撃を受けてもなお立っているこの男へと顔を向けた。

 

「フッ、なるほどな…この我を騙したのだ。たしかに貴様は罪人よ…」

 

英雄王の体が、徐々に魔力の粒子となって消えていく。

 

「よい顔だ…どうやらこの世界()にも、まだ我の手に届かぬ物があったか」

 

そしてついに、その全てが黄金の光に消えた。

 

「さらばだ騎士王よ…いや、今宵は中々に楽しめたぞ」

 

最後には英雄王の声だけが、崩れゆく空洞に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__貴方が…私の鞘だったのですね」

 

私がそう言うと、彼が振り返った。

 

「__シロウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

振り返ると、そこには俺のよく知っている彼女がいた。

 

この姿を見れただけで、思わず笑みが溢れそうになる。

 

俺はそれをなんとか抑えると、彼女に言った。

 

「あぁ…だがその鞘は君が持っているべきだ」

 

「えぇ、ありがとうございます。シロウ」

 

彼女が微笑む。

 

あぁ、俺は間違っていなかった。彼女に追い付くために、ひたすら走り続けてきたんだ。彼女のその笑顔だけで、俺は報われる。

 

瞬間、彼女が光に包まれる。

 

 

「これは…!」

 

 

彼女が声をあげた。あぁ、そうか。君はきっと、本来君がいるべき世界に帰るのだろう。

 

消滅とは異なるその光が、徐々にその輝きを増す。

 

「シロウ!私はまだ、貴方に…!!」

 

彼女が何か言 おうとする。だけどきっと、それは今の俺に言うべきことじゃないんだ。

俺は彼女に近付いた。

 

 

「シロウ…」

 

彼女の頭を優しく撫でる。やめてくれよセイバー、俺だって本当は…

 

だから、だから一言だけだ。

 

 

 

「ありがとう、アルトリア…君のおかげで、俺もまだ頑張れる」

 

そう、まだ走り続けなきゃいけない。きっと彼女()が、俺を待っている。

 

「…シロウっ!!」

 

 

そしてついに、光が完全に彼女を包み込むと、彼女は消えてしまった。

彼女はまだ何か言おうとしていたけど、俺はただ、黙って笑顔で見送ることにしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、最後の大仕事だ」

 

既に空洞は崩れ始めている。あれほどの戦いのあとだ。無理もない。

 

振り返り、俺はそこにそびえ立つ大聖杯に目をやる。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

投影したのはもちろん、彼女の剣だ。

 

俺はそれを、つい先程まで間近にあった本物と比べる。

 

「俺もまだまだだな…」

 

やはり、本物には到底及ばない。

 

俺はその剣に、残しておいた最後の魔力を込める。

 

「…約束は果たすぞ、爺さん」

 

それに、アイリスフィールも…

 

 

 

 

約束された(エクス)__勝利の剣(カリバー)__!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue 1

 

 

 

 

 

『ここは…』

 

そこは遠坂邸の、時臣師の自室だった。

 

『何…?』

 

そこにいるのはこの部屋の主である時臣師と…

 

『あれは…私…?』

 

そして時臣師がワタシに背を向けたその瞬間、

 

『!!』

 

私は、時臣師の背後から、短剣を突き刺した。

 

『…なんだ、コレは…!!』

 

私が、そう言うと、ワタシが私に振り返って言う。

 

『これが、貴様の願いだ』

 

『…!!』

 

 

 

場面が移り変わる。

 

そこは私もよく知る言峰教会。

そしてそこに立つのは…

 

『父上…』

 

父上が、祭壇に向かって歩いている。

 

そこへワタシが近付いていく。

 

『…よせ、やめろ』

 

父上が振り返る。その瞬間、ワタシの拳が父上の心臓を破壊した。

 

『…なぜ、こんなものを見せるのだ!!』

 

父上は倒れ、ワタシが私に振り返った。

 

『ならば私よ、何故わらっている?』

 

『な…に…?』

 

口元に手をやり、それをなぞる。それは弧を描き、笑っている時のそれだと認識する。

 

『これが、私の願いか…?』

 

私はワタシに問いかける。

 

そうだ、とワタシは答えた。

 

『フフ、アハハハッ!!』

 

そうと分かると、私は思わず声を出して笑ってしまった。

 

『そうか、これが私の願いか!!』

 

本来なら誰もが拒むはずのその事実を、私はすんなりと受け入れる。

 

そうだとも、言峰綺礼は異端者だ。そんなこと、私はとうの昔に気付いていたのだ。

 

 

 

 

そして再び、画面が切り替わる。

 

『…!!』

 

そこは、白い部屋だった。

 

そこには一つのベッドがあり、一人の女性が眠っていた。

 

『クラウディア…』

 

そう、そこにいるのは私の妻。

 

彼女の死が、私が異端だということに気付くきっかけとなった、全ての始まりである。

 

あの時、私は涙を流した。

 

妻を失った悲哀によるものか、妻をこの手で殺せなかったことによるものか。

 

ワタシが、寝ている妻に近付く。

 

『…』

 

そしてその白い首に、手をかける。

 

妻は少し抵抗するが、すぐに力尽きた。

 

私は、自分の口元に再び手を伸ばす。

 

『笑って…いる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、そこは本来いたはずの空洞だった。

私は泥の泉に浮かんでいる。どういうわけか空洞は既に崩壊を始めていた。

私は、ワタシが妻に手をかけたときのあの映像を思い出した。

「ハハハハハハッ!!」

 

やはり私の魂は歪んでいる。妻を手にかけたことに、こうして愉悦を感じているのだから。

 

『__あなたは、私を愛しています』

 

ふと、かつて妻が私に言った言葉を思い出した。

 

「__だってあなた、泣いていますもの」

 

違う。私はこの手で妻を殺せなかったことに涙を流したのだ。

 

「…!!」

 

だがその時、頬に熱いものが流れるのを感じた。

 

私は恐る恐るそれに手を伸ばす。

 

「…私は、泣いているのか…?」

 

紛れもなく、それは涙であった。

 

「馬鹿な…」

 

私は目を擦る。しかし涙は止まること無く流れ続ける。

 

「そうか…つまり私は」

 

私は、一つの結論にたどり着いた。

 

「…私は、お前()を愛していた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue 2

 

 

 

 

 

私は聖杯戦争が終了した後のしばらくの間、魔術協会への事後処理に追われていた。

 

幸いにも璃正氏の助力によって聖堂教会が調査を行い、魔術教会に聖杯の真実への理解を得るのにそう時間は必要としなかった。

 

だがそれでも、一ヶ月もかかったわけではあるが。

 

事実上、聖杯戦争は終了した。アインツベルンは大聖杯が破壊されたことにより撤退、間桐は当主である蔵硯と、今回のマスターであった雁夜の死亡により、魔術そのものから手を引くことになった。

 

「間桐…か」

 

協会の調査により分かったことだが、間桐の魔術はもはや異端の域に達していたらしい。

当主がいなくなった今、一体何が行われていたのか詳しくはわからない。

 

…いや、一人いるのだ。

 

桜。愚かだった私が、間桐に養子にと出してしまった娘。

 

協会の調査のためにと、しばらくその身を保護という形で協会へと引き渡していた。無論、葵が監督役である璃正氏共に付き添いで行ったが。

 

今日私は、聖杯戦争が終わって始めて桜と面会する。

 

 

 

 

 

「…」

 

部屋の戸をノックした。

 

「どうぞ」

 

すると葵の返事が聞こえた。

璃正氏の話によると、葵はこの一ヶ月ずっと桜に付きっきりであったらしい。

 

私は息を整え、扉を開いた。

 

そこにはベッドで体を起こしている桜と、その横のイスに座っている葵の姿があった。

 

「ぁ…」

 

桜が私の姿を確認すると、声を漏らした。

 

「桜…」

 

言葉が詰まる。

 

「桜…すまなかった」

 

私は持っていたステッキを置き、頭を下げる。

我が子の行く末を見据えて、間桐の家に桜を養子にと出した。

だがそれは結果として、彼女の幸せになどなるはずがなく、あまつさえ彼女の心を傷付けてしまった。私は、一人の魔術師としても、父親としても失格だ。

謝って許されることではない。だが、それでも__

 

「お父、様…」

 

「…!!」

 

今、何と言った__?

 

「お父様」

 

「桜…?」

 

顔を上げると、桜は涙を流していた。

 

「…お父様っ!!」

 

桜はそう言うと、ベッドから体を乗り出して私の体に抱きついた。

私は葵に目をやる。葵は微笑むと、ゆっくりと頷いた。

 

私はそして、泣いている桜に再び視線を移す。

桜はこんな私をまだ、父として扱ってくれるというのか…?

 

「桜」

 

私は桜の頭を撫でる。葵に似て黒かった桜の髪は、間桐の魔術によって紫色になってしまった。

 

「桜、すまなかった…」

 

私は間違っていた。魔術師がどうだとか、そんなことよりも一人の人間としてもっと大切なことがあったのだ。そんな簡単なことに私は、今になって気付かされることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue 3

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ」

 

胃がキリキリと痛む。

なぜかというと、僕は今から殺されるかもしれないからだ。

…聖杯戦争が終わった後、僕は魔術協会に帰った。

グレンさんはどういうわけか、僕のことをすごく理解してくれて、英国に行くと言ったらすぐに了承してくれた。マーサさんは少し悲しそうだったけど、僕は暫くしたらまた帰ると約束したんだ。そしたらグレンさんはありがとうって言ったんだけど…どういう意味だったんだろう。

 

話は元に戻るけど、僕は魔術を一から勉強し直そうと思ったんだ。

なぜかっていうと、うん。それは、あいつが、ライダーが僕の使った魔術を褒めてくれたからで。でも、僕にとっては、あんな初歩的な魔術で褒められても嬉しくなんか…いや、どうせだったら、もっとすごい魔術を使って、そしていつか、あいつを驚かせてやろうと思ったんだ。

 

…と思って協会に戻ったのも束の間、僕は何とあのケイネス先生に呼びだされてしまった。

なんでも、先生は聖杯戦争で負った傷のせいで、先生の家は今何かとヤバいらしい。

つまりそれって、大元の原因である(聖遺物を盗んだ)僕のせいでもあるわけなんだ。

 

 

 

「失礼します。ウェイバー・ベルベットです」

 

先生の自室の扉をノックする。

するとどうぞ、という女の人の声が聞こえてきた。

 

「失礼します…」

 

「来たかね」

 

その声を聞いて僕は息を飲んだ。

 

「ウェイバー・ベルベット君?」

 

「ひっ」

 

思わず声が漏れる。

心臓が音を立てているのが分かる。頭が熱い。

 

先生は車椅子に乗っていて、その横には紅毛の女の人が立っていた。

名前はたしか、ソラウ・ソフィアリだったはず。

 

「今日私が君を呼んだのは、なぜだと思う?」

 

「そ、それは…」

 

先生が凄い視線で僕を見てくる。僕は恐怖で足が震えていて、額からは汗が流れ続けている。

 

「ぼ、僕が、先生の聖遺物を盗んだから…っ!!」

 

やっとの思いで言葉を紡ぐ。

 

先生はそれを聞くと眉間に皺を寄せた。

 

「ひぃっ!!」

 

あまりの恐怖に、呼吸と悲鳴が混ざって変な声が出た。

 

「たしかに、君は私の聖遺物を盗んだ」

 

先生は苛立った声で言う。

 

「これは愚かで、許されざることだ。私がその気になれば、君とその一族をこの協会からは破門することだって難しいことではない」

 

鋭い目で先生は僕を睨み付けた。

 

「…ケイネス?」

 

するとソラウさんが、先生を諭すようにその名を呼んだ。

 

先生はそれを聞くとばつが悪そうな顔をし、そして咳払いをした。

 

「だが私はそんなことで君を呼んだのではない」

 

「えっ…?」

 

すると先生は、机の引き出しから何やら紙を取り出した。

よく見ると、それは__

 

「僕の…論文?」

 

それは、かつて先生が下らないと一蹴した僕の論文だった。

 

「改めて読まさせてもらったが…内容はともかく、一つの研究資料としては中々よくできている」

 

「…え」

 

先生はページを再び一通り読むと、僕に言った。

 

「そこでだ。君を私の研究室の助手として採用しようというわけだ」

 

「!!」

 

「君も知っているかもしれないが、アーチボルト家は今人手を必要としている」

 

僕は驚きのあまり口をパクパクしていた。

 

「君にとってもそう悪い話ではないと思うが」

 

先生は言った。

 

「さて、どうするかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue 4

 

 

 

一仕事を終えて、私は息をついた。

 

監督役としての事後処理を終え、今日は聖杯戦争の参加者であった間桐雁夜の埋葬を、言峰教会で行った。

参列者は遠坂家のみであったが、それでも神父としての仕事は手を抜くことはない。

 

『ありがとう、雁夜君…』

 

葵さんと間桐雁夜との間にあった話は少し聞いていた。

恐らく、これで間桐雁夜の魂も迷うことなく神に導かれることだろう。

 

「はぁ…」

 

未だに消息の不明な息子、綺礼。

時臣君の話によると、彼は空洞で姿を消したらしいが。

 

「せめて、生死だけでも…」

 

聖杯戦争に参加する以上、ある程度は覚悟はしていた。無論、事がすべて上手く運んでいれば、このような事態は起こらなかったのだが。

 

「…?」

 

教会の扉が開く音がする。

 

「こんな遅くに、一体誰が…」

 

自室から出て、聖堂へと向かう。

 

「誰もいない…?」

 

ふと、不自然に開かれた扉に目をやる。

 

風で開いたのかと、閉じるために扉へと近付く。

 

そしてそこにあるものに、私は気がついた。

 

「…これは!!」

 

そこに置かれていたのは、かつて綺礼が愛用していた聖書であった。

 

急いで扉の外へと飛び出し、辺りを見渡す。しかし既に、その聖書の持ち主の姿は無く、ただ月明かりが置かれたそれを照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue 5

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、キリツグ」

 

月明かりに照らされた縁側で、僕とイリヤは月を眺めていた。

あぁ、なんて綺麗な月なんだろう。そんなことを、僕は思っていた。

 

「キリツグってば、聞いてるの?」

 

「ん?あぁ、ごめんごめん。聞いているよ、イリヤ」

 

「もう、キリツグってばのんびり屋さんなんだから」

 

イリヤはそう言うと、頬を膨らませて僕を上目遣いで見てきた。

僕がイリヤの髪を撫でると、イリヤは少し機嫌を直してくれたのか、鼻歌を歌っていた。

 

「で、話ってなんだい?」

 

「…キリツグは、何で聖杯戦争に参加したの?」

 

イリヤはそんなことを聞いてきた。

 

「うん。そうだね…僕はね、イリヤ。正義の味方になりたかったんだ」

 

「セイギノミカタ…?」

 

僕は言葉を続けた。

 

「誰もが争わない、平和な世界が僕の夢だった。正義の味方になれば、それが叶うと思っていたんだ」

 

「…」

 

イリヤは黙って話を聞いている。

 

「でも、正義の味方に僕はなれなくて、仕方ないから聖杯で願いを叶えてもらおうとしたんだ。だけどね、僕はそこで出会った本当の正義の味方に、僕の願いが間違っているということに気付かされたんだよ」

 

風が吹き、庭の草木が揺らぐ。

 

「願いは、自分で叶えるものなんだ。彼の人生を知って、そう気付かされた。だから僕は、聖杯戦争を終わらせることにした」

 

「ふうん…」

 

「イリヤには…悪いことをしちゃったかもしれないな」

 

僕はつい、そんなことを呟いた。

 

「どうして?」

 

「僕がもう少し早くにそのことに気が付いていれば、アイリを助けることができたかもしれない」

 

再び、風が吹いた。イリヤの髪が風に靡く。

 

「大丈夫だよキリツグ。イリヤ、寂しくないもの」

 

「イリヤ…」

 

「だって今はキリツグがそばにいるし…それにお母様だって、イリヤの中にいつもいてくれるもの。お母様、いつも言ってるよ?キリツグ、ありがとうって」

 

「…!!」

 

__今夜は、本当に月が綺麗だ。

 

「あぁ、そうか…安心した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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