どぞ
「…っ!!」
衝撃の反動によるものか、ダラリと右腕を力無くぶら下げている。
激しい土煙が次第に薄れていく。そこには剣先を こちらに向けた騎士王が立っていた。宝具の余波 によるものか、騎士王の前髪は乱れ、それに隠れ て表情を窺うことができない。
「…?」
騎士王は動かない。 心なしか、先程よりも騎士王の覇気が薄れている ようにも思える。
「…それが、貴方の辿り着いた地か」
「…!!」
無限の剣製、剣戟の極地。青年がひたすら己の道を駆け抜け、そして辿り着いた1つの答え。
「…本当に、貴方は愚かだ」
英霊、即ちそれは己の魂を世界に売ること。
「そんな
キャスターの身体は既に満身創痍。これ以上まともに騎士王と切り結べば、キャスターの身体は限界を越え、自ずと破滅するだろう。
「…理由か。フン、さてどうしてだったか」
キャスターはやれやれ、と首を傾げる。
「ただ今は、止まらないんだ。この
キャスターはそして困ったような笑みを浮かべる。
「だから俺が、君の過ちを正す」
「…!!」
「いつも迷惑をかけてきたんだ。俺が、そんな理由で無茶する馬鹿だってこと、君も覚えているだろう」
瞬間、騎士王の殺気が再びキャスターを包み込む。黒い魔力の濃霧が、騎士王を中心に瞬く間に広がっていく。
「来なさい、キャスターのサーヴァント。貴方は私の最後の敵に相応しい」
轟々と吹き荒れる風により、隠れていた騎士王の表情が露になる。
「その理想ごと、貴方を打ち砕く…!!」
そしてその瞳には、今までとは違った感情が宿っていた。
__そうか、これが聖杯がこの身に課した最後の試練
__私の最大の障壁を、私が打ち砕く
__ならばそう、彼こそが、私の最後の敵に相応しい
「
キャスターの手に握られたのはやはり、夫婦剣干将・莫耶。頑丈さにかけてはキャスターの知る剣の中においても最高の類だ。
「
騎士王の一撃を、キャスターはその剣で流すように受ける。
「…!?」
そしてキャスターは、その双振りの剣を弧を描くようにして左右に放つ。
無手になったキャスターの首を刈らんと、騎士王は聖剣を一閃する。
「…!!」
しかしそれも、先程キャスターは自ら手放したはずの剣と同じ
刹那、騎士王は己に近づく死を察知する。
キャスターにより先程放たれた夫婦剣が、美しい弧を描いて騎士王の喉元へ飛来してきた。背後から接近してくるそれを防ぐことは即ち、一度で同時に双振りの剣撃を凌ぐことに相応する。並みの腕ならば不可能に近い業である。
「__!!」
しかしそれを、騎士王は当然のように一閃せんと構える。
そしてその瞬間を、キャスターは見逃さない。
「__
それと同時にキャスターは己の手に握られた双振りの剣で騎士王へと斬りかかる。
ほぼ同時に4つの剣撃。キャスターが作り出した必殺の陣。
「__ッ!!」
だがそれすらも、騎士王は己の限界を越えんばかりの身体能力でそれらを凪ぎ払い、避ける。
恐ろしいまでの戦闘能力、それに加えての持ち前の勘の良さ。錬鉄の英雄の経験に、これほどまでに戦慄するような強敵は未だかつて記録されていない。
とはいえ、騎士王の動きが限界に近づけば近づくほど、隙というものも同時に発生する。
その隙を突かんと、キャスターは大きく双剣を降り下ろす。
「くっ…」
苦し紛れの一閃。それにより騎士王はキャスターの一撃を防ぐ。頭ではキャスターの攻撃に追い付いている。しかしそれに対して身体が追い付くことができない。
(かつての私なら、あるいは…)
頭に浮かんだ余念は、今の騎士王にとっては単なる戦闘の邪魔にしかならない。直ちにそれらを頭の中で振り払い、キャスターに反撃せんと身体を動かそうと意識する。
だが、騎士王は直感した。キャスターの必殺は、まだ終わっていないと。
「__
(二度目…!?)
先程斬り払った飛来する二つの
干将・莫耶、それは古代中国で、刀鍛冶であった夫婦の名を採った夫婦剣。それらは互いを引き寄せ合うという性質を持つ。
キャスターの手に握られた夫婦剣。それに引き寄せられ、もう1つの夫婦剣が再び戻ってくるのも必然。
「ッ!!」
限界を越えた限界。騎士王の身体は振り向き様に双剣を打ち砕いた。
しかし限界を越えたにからには、それに伴ったリスクが存在する。
___
剣を握り直そうと、騎士王は神経に脳から指令を送る。
…しかしそれも全て後手。この必殺の瞬間を作るためだけに、キャスターは何手も前から布石を作り、そして今に至るのだ。以下に騎士王の常人離れした反応速度を以ても、布石に布石を重ねたキャスターの策には及ばなかった。
騎士王の背後には、今までとは異なり、まるで鳥の翼のような形状に巨大化した夫婦剣を構えたキャスターの姿が。
(あぁ、貴方は本当に…)
__嘗て少年に、身を守るためにと剣術を指南したことがあった。全力の一割も出していない騎士王に、少年は倒す所か一撃も与えることなく返り討ちにされるばかりだった。
__今ではどうだ、あの弱かった少年が今まさにこの命を刈ろうと剣を構えている。いかに騎士王が無尽蔵の魔力を保有していようとも、必殺を受けては、文字通り、この身は滅びるのだろう。
__
__彼が駆け出す。
__私はまだ振り返ることすらできない。
__今なら、言ってもいいだろう。
__私はきっと後悔している。
__あの少年と、共に最後まで
__皮肉なものだ。守ると誓った者に、この身を打ち砕かれるとは。
__だが、まぁいい。
__後悔はあれど、不思議とそれを受け入れようとしている己がいる。
__奇なものだ。
__私は最後まで、
カラン、と金属が落下する音が耳に響く。
死人にも音が聞こえるのか、など我ながららしくないことを考えた。
違う 、この身はまだ生きている。呼吸をし、地に足をつけ立っている。どういうわけか、致命傷所か、傷を受けた感覚すらない。
私は音の鳴った方へ視線を向ける。すると、私の左右に、私の聖剣でも、キャスターの使っていた夫婦剣でもない無数の刀剣が、殺気を纏ったまま辺りに散らばっていた。
私は振り返る。そこには、やはりキャスターがいた。しかし、額からは玉のような汗が流れ、振り返った私と視線が重なると、力無げに笑った。
「ぁ__」
思わず私は、震える声を漏らす。彼の背中には、幾つもの刀剣が突き刺さっていた。誰によるものか、なぜ彼が私を庇っているのか、私はそんな混乱する思考の中でも、この状況を理解するのにそう時間を必要としなかった。
この光景に覚えがあったのだ。
かつて少年は人の身でありながら、鉛の巨人の一撃からサーヴァントであった私を庇った。それはとても愚かで、無謀なことだった。マスターであった少年が死ねば、私も死ぬというのに。
だがそれは、私たちがまだ味方同士だった過去の話。
今は私は彼にとっての敵で、彼は私にとっての敵だ。
__なのに
「どうして…貴方は__!!」
__彼女は、
__そして俺は、彼女に宿った
__彼女が、あの泥に呑まれるような失態を犯す筈がない。
__彼女のことだ。未熟者のかつての俺を庇って泥に染まったのだろう。
__つくづく、自分が嫌になる。
__そうと知っておきながら、どうして彼女を放っておけようか。
__あぁ、分かっているさ。彼女が俺の知っている
__それでも、それでも俺は
__彼女を救うと、決めたんだ
「あぁ、そうとも…俺は愚か者だ。…だから、君を救うのに理由なんて要らないんだよ」
振り向き様に、手に握っていた夫婦剣を投擲する。
弧を描いて何者かに接近していったそれは、あえなく無数の刀剣の雨の前に消滅した。
__そして
「__控えよ」
否定を許すことのない声が空洞に響き渡る。
「…!!」
キャスターは騎士王を突き飛ばした。
「__な」
刹那、キャスター目掛けて無数の宝具が降り注ぐ。
「__フン、最後まで我の邪魔立てをするか」
土煙が晴れると、そこにはキャスターの姿は無く、あるのは夥しいほどの血溜まりと、紅い外套の切れ端が漂うばかりであった。
何者かが、騎士王へと近づく。
「今ので全てを決するつもりであったが…フン、まぁ丁度いい。貴様らは一度では殺し足りん」
__姿を現したのは、人類最古の英雄王・ギルガメッシュ。その紅い双眸が、立ち竦む騎士王の姿を捉えた。
こんにちは、枝豆です。
いよいよクライマックス。本当はまとめたかったのですがこちらの都合により前編後編の二つに分けることに。
次話はおそらくエピローグ込みで投稿の予定です。
分ける可能性もあるのですが。
ぶっちゃけた話エピローグと後日談とかの違いがいまいちピンと来ないので分けようかまとめようかで悩んでまして。うーん、どうしよう。
とりあえず次の更新で物語そのものは完結です。
そう遠くないうちに更新したいのですがどうなるでしょうか。
それでは、どうか最後までお楽しみください