どぞ
「恒久的な世界平和…それがお前の望みだったな」
あぁ、と切嗣は答える。そう、それが衛宮切嗣が聖杯に託す望み。万能の願望機たる聖杯にまで頼らなければ叶わない望み。
「そうだな…誰もが望み、誰もが叶えられない願い。私もかつて似たような理想を
「何…?」
意外だ、と思った。この男が、世界の平和を理想としていたことがあったとは。
「たしかにその願いは、万能の願望機ならば叶えることも可能だろう」
あぁそうだとも、だからこそ聖杯を手に入れなければ__
「__だが、聖杯では叶えられないだろう」
「__!!」
切嗣はキャスターを睨みつけた。
「…どういうことだ、キャスター。聖杯は万能の願望機のはずだ」
キャスターはそれを聞くと嘲るようにニヤリと笑う。
「…そうだな。ここでひとつ、衛宮切嗣に呪いをかけてやろう。」
切嗣はその言葉に悪寒がした。冷たい汗が切嗣の頬を伝う。
「衛宮切嗣、お前ならば他のマスターを殺し尽くし、最後まで勝ち残るだろう。そしてお前は聖杯も手にし、こう願う。『恒久的な世界を』とな」
「…当然だ。僕は聖杯を必ず手にいれる」
切嗣はキャスターを睨みつける。だがキャスターは少しも怯むことはなく、言葉を続けた。
「ではここで問題が発生する。万能の願望機である聖杯が、恒久的な世界平和を叶えたならば__なぜ未来には俺が、英霊エミヤが存在する?」
「…なん、だって?」
切嗣の思考が停止する。そして無意識にその言葉の意味を、キャスターへと聞き返していた。
否、本当は理解していた。
「__平和な世界に、英雄なんて存在しない。衛宮切嗣、お前の望みが叶うことがないことを、俺という存在が証明している」
「……ぁ」
言葉が出ない。抱いていた理想を、エミヤという存在が否定する。あぁ、なんという皮肉だろう。己の望みを叶えるべく召喚した英霊が、己の望みと矛盾する存在だったのだ。
だが、それでも__
「__それでも、お前は聖杯を手にいれようとするだろう。そうでもしなければ、衛宮切嗣は衛宮切嗣でいられない。いいだろう、止めはせん。己の目で確かめるがいい。己の望みが、叶わないということを…!」
切嗣がそれを最後まで聞いていたかはわからない。…いや、聞いていたはず。だが、今はそれでいいのだ。キャスターはそう思うと、その場を後にしようとした。
「待て」
キャスターの話を聞き項垂れていた切嗣が、去ろうとするキャスターを呼び止める。
「僕は…まだ…お前の目的を…聞いていない」
額に汗を浮かべながら、切嗣は声に力を込める。理想を否定された今の切嗣
には、声を出すことをもままならない。
キャスターはそれを聞くとそうだったな、と切嗣へと振り返った。
「私には、聖杯に託す望みはない。ただ__」
「?」
キャスターは俯きがちに言った。
「___を___ければ_____」
「__!!」
令呪の縛りがなくなったキャスターは、どこかへと去っていった。
一人残された切嗣は、煙草の火をつけた。
「英霊エミヤ…お前は、いったい何者なんだ 」
「おい雑種、自慢の戦車は見ての通り我が破壊したが、万事休すか?」
アーチャーはどこまでも冷酷なその瞳で、ライダーを睨みつけた。
ライダーは立ち上がると、頬をボリボリとかいた。
「あっちゃぁ…しくじったかぁ」
「おまっ、そんな呑気なこと言ってる場合かよ!?」
ウェイバーは焦っていた。ライダーの
「どうすんだよぅ、ライダー…」
「そうさなぁ、まずはマスターをこそこそと陰から殺そうとしている輩から相手にしてやるか…!」
そういうと、ライダーはキュプリオトの剣で何かを弾いた。
「え…」
弾かれたそれは、短刀の刃。同時に、白い髑髏の仮面が闇夜を背景に姿を現す。
「な、なんでだよ!なんでアサシンが…!」
そして仮面は、ライダーとそのマスターを囲うように、幾つも姿を現した。
「こんなに、たくさん…!?」
動揺するウェイバーに対し、ライダーはマスターを守るべく、堂々とアサシンらに対峙する。
「おのれ時臣…余計なことを…!」
アーチャーは一方で、この采配をしたであろう時臣に苛立った。
「王たる我の裁きに、暗殺者風情が手を出すとはな…!」。
ライダーはその様子を見て、これがアーチャーによる計らいではないと判断する。
「__ふん、ならば遠慮はあるまいて」
__刹那、灼熱の風が吹き荒れる。
ソラウは、その場でただただ泣いていた。
そう、彼女は知っていた。この思いが、ランサーの呪いによる他動的なものだということを。
仮にも魔術師である彼女なら、抵抗することだってできた。だが、それでよかった。かつて経験したことのないこの思い。こんな経験は、ソラウにとって初めてのこと。
故に、その呪いを甘んじて受け入れた。そして、ランサーを己のものとしようとした。
だがその願いも、他のだれでもなく、ランサーによって拒まれた。
『私は、貴方を愛さない』
( __あぁそうだ、所詮は私一人の勝手な夢に過ぎなかった)
「馬鹿…みたい」
呟くようなソラウの言葉を、ケイネスは聞いた。
「ソラウ…」
泣き崩れるソラウに声をかけるも、何と言えばいいのかケイネスには分からない。
それでも__
「ソラウ…すまなかった」
「え…?」
それでもケイネスは、ソラウに謝らなければいけない。
「ランサー…ディルムッドの、記憶を見たんだ。彼と、グラニアとの物語を…」
グラニアは王族の娘であるため、フィン・マックールとの婚約を余儀無くされる。そこにはもちろん、本人の意思はない。ただ、政略結婚という縛りがあっただけ。
ソラウは一流の魔術師の家系に生まれたが、後継者に選ばれたのは兄であった。残されたソラウにはもはや魔術師としての価値はなく、さらに優秀な子孫を残すための道具、言ってしまえば商品であった。結果としてケイネス・エルメロイ・アーチボルトの婚約者となったのだが__。
ケイネスは思う。__果たして、そこにソラウの意思はあったのか。
「私は、愚か者だ。愛した人のことを、何も知らない」
すまなかった、とケイネスは言う。
「やめてケイネス。謝るのは私の方。それに私は、貴方との結婚に不満なんてなかったわ。」
ソラウは涙を拭うと、ケイネスへと近付いた。
「…ねぇケイネス、貴方は私をどうするの?」
先程とは違う、裏の無い優しい声でソラウはケイネスの耳元で囁く。
「私は…」
ケイネスはソラウと目を合わせる。
「__私は、それでも君を愛しているんだ。だから、きっと君を振り向かせてみせる。どうか、それまで待ってて欲しい」
ソラウはそれを聞くとくすりと笑った。
「そう、ロード・エルメロイも馬鹿なのね」
そしてケイネスの手を握る。
「いいわ、待っててあげる。だからまずは聖杯を__!!」
「__!!」
__瞬間、二人は感じ取った。膨大な魔力の台風が、近付いてくる感覚を。
「お前は…!」
ランサーは内心、己の運の無さを呪った。
ソラウへの告白の後、ランサーはケイネスとソラウを二人きりにせんと外の見張りをしていた。
「ランサー、その腕はどうした?フィオナ騎士団が一番槍が、聞いてあきれる」
だがそこ現れたのは、邪悪なほどに黒く染まった鎧を纏った騎士の王。
「っ!!」
普段のランサーならば、強者との遭遇はこの上ない喜びであり誉れである。
だが__
(万全ではない今戦えば、俺は間違いなく殺される)
それはすなわち、主へと聖杯を捧げることができなくなることを指す。そして最悪な場合この邪悪な騎士王は、主もろとも殺すかもしれない。
(時間を稼ぐ…いや、それでもケイネス様達が逃げられるほど稼げないかもしれない…!)
ランサーは、己の非力さを憎んだ。自分にもう少し、力があればと。
「ランサーッ!」
「!?主よ!」
気配を察知したのか、ケイネスが車イスに乗って廃倉庫から出てくる。
「ッく、よりにもよってあの騎士王が…!」
ケイネスは歯噛みする。サーヴァントもマスターも万全ではない今、あの黒き騎士王と戦ってなおかつ勝つのは不可能である。
(令呪なら…!いや、無理か…!)
この距離では恐らく、令呪を使おうとした瞬間にランサーを差し置いてケイネスが殺される。
今のランサーとケイネスでは、時間を稼ぐことも逃げることもできない。
その時だった。
「騎士王よ、頼みがある。俺の命はくれてやる。だから、我が主たちには手を出さないで頂きたい…!」
「ランサー…」
ケイネスは、そこに英雄の、騎士の姿をみた。己の命を、プライドを棄ててまで、主の命を守ろうとする騎士の姿を。
だが__
「それは約束できない。必要とあらば殺すだろう、そして必要でなければ殺さないだろう」
騎士王はそれでも冷酷に、残酷な言葉を返した。
「くッ、おのれッ、それでも騎士か!?」
「黙れディルムッド・オディナ。生前主を裏切った貴様に、騎士道を語る資格など無い」
「……ッ!!」
ランサーは騎士王を睨み付けると、ケイネスへと声をかけた。
「ケイネス様、どうかお逃げください。このディルムッド・オディナ、必ずやケイネス様達が逃げる時間を稼ぎます。ですが申し訳ありません。どうやら、私はここまでのようです。主に聖杯を捧げることができなく…」
「いいんだ、ランサー」
「え…」
その時、ケイネスの令呪が光を放つ。
「令呪をもって命ずる。ランサー、己の忠義を全うしろ…!」
「!!」
さらに令呪が輝きを増す。
「重ねて命ずる。ランサー、その忠義を主である私に見せろ…!」
二画の令呪は、ランサーの魔力を増幅させた。
「主よ…なぜ…」
ランサーはケイネスへと振り返った。確率はほぼ0に等しいが、あるいは逃げることもできたかもしれない。
だからこそ疑問なのだ、なぜ、逃げないのかと。
「愚問だな、ランサー。私は聖杯に選ばれたマスターだ。最後まで戦う義務がある。そうだろう?」
ケイネスはフン、と笑うと傍らにいたソラウに声をかけた。
「ソラウ、今のうちに逃げるんだ。君だけなら、逃げきることができる」
だがその言葉をソラウは拒否する。
「なにを言っているのケイネス、ランサーに魔力を供給しているのは私よ?なら私だってマスターだわ」
「ソラウ…」
それでも、ソラウの足は恐怖故に震えていた。
ケイネスはそんなソラウの手を、少ししか自由のきかない手で握りしめた。
「主よ…本当に申し訳ありません。ですが…」
ランサーはゲイ・ボウを出現させながら、ケイネスに言った。
「私の
黒き騎士王と対峙するランサーの頬には、涙が流れていた。
「待たせたな騎士王よ!もう迷いなど無い!貴様の首級は、このディルムッド・オディナが頂く!」
対する騎士王も地に突き立てたその黒き聖剣を抜き放ち構えた。
「良い闘志だ…舌が踊る」
ランサーはそれを聞くと腰を低く構えた。
「いざ…!」
ランサーは、とても片腕とは思えないような覇気で、さながら豹の如く駆け出した。
「ふん、他愛もない」
果たしてランサーは、何度騎士王と切り結ぶことができただろうか。それは恐らく、数えきれるほどの剣戟だっただろう。それでもランサーは十分に戦った。
心臓を貫いた聖剣をランサーから引き抜くと、騎士王はその血を振り払った。
地に倒れるランサー。だがその表情は、穏やかでとても満足そうなものだった。
魔力の粒子となり、ランサーは消滅した。
「ランサー…」
ケイネスは、ソラウを握る手を強くする。
騎士王が近付いてくる。
「所詮は片腕の槍兵。まったく、手応えのない」
ケイネスは殺られる、と思った。
しかし__
ふと、騎士王が足を止める。そして視線の先をケイネスとは別の方向へと向けて、不敵に微笑む。
「ほう…まさか貴様から私を呼ぶとはな…」
そう呟くと騎士王は、ケイネスなど興味が無くなったかのように、どこかへと去っていった。
「生き残った…のか…?」
ケイネスは呆けたように呟いた。
ソラウは膝の力が抜けたのか、そのまま地面へと座り込んだ。
「生き残ったのね…私たち」
ケイネスは一度深呼吸をすると、ソラウに言った。
「帰ろう…倫敦へ…」
どうも、久しぶりの一週間更新です
なんかソラウとケイネスが…ねぇ?
いや、これは私の二次創作ですから、お気になさらずに。
さて、久しぶりの主人公登場です。
ここからが後半?です。前半より短いと思いますけど汗
原作で言えば4巻あたりだったはずです。
ここから先は本作とは関係ないのですが
Apocrypha新刊…
大変面白かったのですが
えっと、ノロケ?