鬼哭劾―朱天の剣と巫蠱の澱―   作:焼肉大将軍

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旅立ちの準備(前)

 

 †††

 

 冬木市の北西部、深山町の外れに二棟、純和風建築の屋敷が並んでいる。うち一つは現在空き家であるが手入れはしっかりと行き届いており、直ぐにでも人が住める様に維持されている。元々武家屋敷であるというだけあって、本邸の他に広い庭、土蔵に離れや道場まで備えた豪邸だ。

 

 価格も物件からすれば随分格安と言える値だが、もう長い間買い手が付いていない。

 尤も、元々いわく付きの物件である上に、隣にはヤクザ「藤村組」のお屋敷、この建物の維持管理もその藤村組がやっているとなれば真っ当な人間は近寄るまい。真っ当な人間は……。

 

「まさか雷画の爺さんとお隣さんになるとは思わなかった。人生分からんモンだな」

「へぇ、藤村組の組長と面識があったんですか?」

「ああ、以前、チャイニーズマフィアを相手に一稼ぎしてた時に色々と世話になった。修業中の身だったし、藤村組も仁義を解さない連中をシマから追い出そうとしていたからWin-Winの関係でな。持ちつ持たれつって奴だ」

 

 男はそう言ってニッと笑うと、煙管を銜える。

 大型の猟犬を思わせる笑みだった。

 

 男の名は金剛地武丸。間桐の家を出奔した雁夜に武術を教えた師にあたる人物である。

 

 今、深山町の外れにある元武家屋敷に雁夜はいた。

 その庭にある道場の中で、師と向かい合って座っている。他愛の無い言葉の遣り取りを交わす彼等の間には、ある種異様な空気が在った。

バーサーカーは我関せずといった様子で一人離れ、道場の端に座って酒を呑んでいる。

 

「で、俺を態々呼び付けた理由は何だ?」

 

 武丸が聞いた。口を動かす度に、彼が銜えた煙管が上下に動く。

 師の銜える煙管に雁夜は見覚えがあった。否、忘れられるはずも無い。

その煙管が所々鈍色に輝いているのは表面の金メッキが剥げ、地金のタングステン鋼が覗いているからだ。元々純金製と偽られて売られていた代物である。

 雁夜はかつての修業の日々において、その煙管で何度となく額を叩き割られている。

 本来の用途はその重さ故、観賞用の逸品だ。

 

「護りたい人がいる。力を貸して頂きたい」

 

 雁夜は言葉と同時に頭を下げた。

 武丸は呆れた顔で、暫し頭を下げ続ける雁夜を眺めていたが、一つ舌打ちすると大きく紫煙を吐き出す。

 

「大切な人間なら猶の事、テメェで護れ……と言いたいところなんだが、弟子の頼みだ。受けるに吝かじゃあねぇが、事情の説明はしてくれるんだろうな?」

 

 雁夜は頷き、事の経緯を説明する。

 聖杯戦争の間、葵達の身の安全を確保する為の手段として雁夜が選んだのは、師を彼女達の護衛として招聘する事だった。そして、それは結果的に成功だった。

 

 武丸が藤村組と縁があった事で、藤村組の屋敷の隣に居を構える事が出来た。この近辺は藤村組の若い衆が夜間も見回りを行っている。先の戦いで結界が破壊され、御三家の居所として割れている遠坂邸に留まるより、遥かに安全と言えた。

 元武家屋敷を買うにあたって、間桐の家にあった土地の権利書が数枚消える事になったが、皆の安全を思えば些末な事である。

 

「フン、七騎の英霊に七人の魔術師による決闘ねェ。ハハ、随分と面白そうな事に首を突っ込んでるじゃないか? お前等魔術師も存外決闘好きだよなァ」

 

 聖杯戦争について聞き、武丸は開口一番そう言って笑う。

 

「笑い事じゃないんですがね」

 

 対して雁夜は楽しそうな師の反応に閉口した。

 巨木が年輪の代わりに針金の束を重ねた様な分厚い身体。ザンバラ髪の隙間に覗く向かい傷と鋭い眼光。何より纏った空気が間違いなく堅気の人間のソレでは無い。

 

 雁夜と二人連れだって新都の駅から屋敷まで歩いた訳だが、道中行き交う人々がサッと道を開け、目を逸らしていたのも当然と言えよう。彼等は皆、二人が藤村組の屋敷の方へと向かった事に対し、一様に納得していた。

 

 バーサーカーは少し距離を置いていた。

 理由は一緒にいると二人が警察に呼び止められる為である。

 

 雁夜はそれを全て師の風貌のせいだと思っている。

 雁夜にとっては教授を受けた師ではあるし、武丸が義侠の徒である事も知っている。

 だが、魔術師の雁夜から見ても、目の前の男は正真正銘異常者の類だった。

 

 斬った斬られたしか頭に無い本物の戦闘狂。

 一瞬の命の遣り取りに、人生を賭けるに躊躇の無い破綻者。ブレーキの壊れた暴力装置。間違いなく凛や桜の教育に悪影響しか及ぼさないであろう手合いである。

 だが、強い。

 

「何か、凄く失礼な事を考えてないか?」

 

 武丸が目を細めて紫煙を吐き出す。雁夜は苦笑して首を振った。

無論、傍から見れば雁夜とて五十歩百歩の存在である。

 

「たまーにお前、師弟の関係だって事忘れてやがんな。ああ、そういや言うのを忘れてた。雷画の爺さんの好意で、幾人か腕の立つのを呼んでくれるそうだ。隣の藤村組の屋敷にいるから、何かあれば直ぐに駆け付けるとよ」

「そりゃありがたい。恩に着ます」

 

 心底嬉しそうに微笑む雁夜に釣られて、武丸も笑みを返す。

 

「無事帰って直接雷画の爺さんに礼を言え。俺から伝える気はねェからな」

「ええ、分かりました。そうします。ああ、それと、師匠。皆の前では煙管はやめて下さい。師匠はどうでも良いですが、皆の身体に悪い」

 

 武丸は仏頂面で腕を組み、暫し紫煙を燻らせると露骨に話題を変えた。

 

「それより、七人の魔術師が七騎の英霊を召喚して戦うと言ったな。お前の喚んだ英霊ってのはそこのお嬢ちゃんになンのか?」

 

 武丸は道場の端に座るバーサーカーを指差す。

 

「ええ、それが何か?」

「いや、羨ましいと思ってな。敵の魔術師が六人に、ンなバケモンが六騎もいるんだろう? そして、各々の悲願と名誉を賭けて戦える。これ以上の舞台があるか?」

 

 師の言葉は熱に浮かされた子供の様だ。

 少なくとも、雁夜にはそう思えた。

 どこまでも純粋に、これから命懸けの戦いに挑む自分を羨んでいる。

 一方で、チラリと道場の端に目をやると、バーサーカーが仏頂面をしているのが分かった。不謹慎な台詞か、バケモノ呼ばわりか、いずれにしても師の言動が気に喰わなかったらしく無言でこちらを睨んでいる。

 

「ああ、師匠。そんな事より、聞きたい事があります」

 

 雁夜は溜息を一つ吐くと、真剣な表情で言った。

 

「師匠に教えて頂いた鞍馬金剛流。先日、同じ技を使うヤツに出会いました。相手が生身の人間か召喚された英霊かは分かりませんが、どちらにせよ尋常な手合いではありません。そういった人物に心当たりはありませんか?」

「ふむ、そう言えば、お前に鞍馬流のルーツについて話した事は無かったか……。しかし、マジで何も知らんのか? 一応、その筋では有名な流派の筈だが」

「ええ、全く」

 

 雁夜はキッパリと言った。

 

「……お前、何でウチの門戸を叩いたんだよ……」

 

 武丸は呆れた顔で呟くと、額を押さえる。暫し、彼はそのまま沈黙し、大きく紫煙を虚空に吐き出す。

 

「一つ、大事な事を聞き忘れていた。ソイツにお前は、負けたのか?」

「ええ……、俺は敗北しました。結果、皆を危険に晒してしまった。無論、この聖杯戦争を利用して奴とは決着を付けるつもりです。命を賭して」

 

 雁夜はそう言うと押し黙る。

 その脳裏に浮かんだのは敗北の記憶だ。

 彼は自らの不甲斐無さに打ち震えていた。

 武丸はそんな雁夜の様子を見ると一度大きく舌打ちし、スッと立ち上がった。

 

「フン、命を賭して、ねェ……。おい、修業の日々を覚えているな。先ず、初めにお前には必要最低限を除いて魔術の使用を禁じた。理由を覚えているか?」

「魔術に頼る姿勢を断つ為、でしたか」

「そうだ。魔術師にも接近戦が出来る奴はいるし、武術を修めている奴もいる。武威を得る為だったり、鍛錬の果てにある境地に触れる為だったり、理由は様々だがな。だが、奴等の過半は、技術を修めていても戦士では無い」

 

 武丸の口元が歪んだ。その眼は全く笑っていない。

 

「技術ばかりで、その差、その意味を教えていなかった。実戦修行に移行してからは魔術使用の禁を解き、お前の創意工夫に任せた。結果、お前は飛躍的に強くなったが、それについて学ぶ機会を失った。良い機会だ。ソイツを身体に叩き込んでやるよ。二度と何者にも負ける事が無い様に」

 

 雁夜は異を唱えなかった。

 黙って立ち上がり、師を、武丸を真っ直ぐに見据える。

 

「流派のルーツなんかについてはその後ですか?」

「ああ、安心しろ。死んでなけりゃあ教えてやる」

 

 武丸が嗤い、雁夜も笑みを浮かべる。

 

「ちょ、ちょっと!! あのさァ、マスター。何で戦う事になってるのか知らないケド、アンタ病み上がりでしょう? 無茶しないでよ」

 

 黙って事の成り行きを見守っていたバーサーカーが流石に抗議の声を上げた。雁夜は振り返り、慌てるバーサーカーに微笑を返す。

 

「安心しろ。もう完治はしてる。ここ数日でなまった身体を動かしたかった所だし、今より強くしてくれるってンなら願っても無い話だ」

「あ、ちょっと――」

 

 猶も止めようとしたバーサーカーの言葉がその途中で宙に泳ぐ。

 振り返った雁夜は真剣な目を見ると、彼女はそれ以上何も言えなくなっていた。

 

 道場の中央へと歩を進めながら、雁夜は壁際に置いた自らの刀に視線を送り、

 

「ああ、師匠、悪いが刃を潰した刀が無い。無手でお願いしたいンだが、開始の合図は――」

 

 その言葉は途中で途切れた。

 唐突に、弾かれた様に雁夜が跳び退き、それを追って突き出された腕が空を掻く。

 

「気ィ抜いてンじゃねェよ。本気で来い」

 

 腕を突き出した体勢のまま、武丸は淡々と告げる。

 雁夜は答えなかった。その頬を伝った冷汗が赤く染まって床へと落ちる。

 滴り落ちた血の滴が、彼等互いの間に点々と続いていた。

 武丸が突き出していた右腕を自らの眼前に掲げる。

 

 その手には、耳が握られていた。

 先の一瞬で、千切り取った雁夜の右耳である。

 血を流しながら、雁夜は苦々しい笑みを浮かべる。

 

「修業の日々を覚えているか? 先ず山籠もりで羆を相手に最低限の膂力と体力を。チャイニーズマフィア相手に対人、対武器、対多数を学んだな? 今日はその次だ」

 

 武丸の口元が実に愉しそうに歪む。

 

「対魔術師、対異能者、対超人を想定した人間の殺(こわ)し方を教えてやるよ」

 





延々会話するだけの話が続いたのでカッとなって戦闘を書いた。
今では反省している。


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