鬼哭劾―朱天の剣と巫蠱の澱―   作:焼肉大将軍

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幾つかの疑問点

 †††

 

 およそ数時間後、言峰綺礼は時臣の工房に保管してあった目的の物を回収すると戦地へと戻って行った。冬木国際空港からトルコを経由してブルガリアのソフィアに、そこから陸路で時臣の待つブカレストに戻るという。

 最寄りであるブカレストやブダペストの空港を使えば敵の哨戒網に引っかかるとの理由である。聖堂教会の御膝元であるソフィアであればその心配も無用という訳だ。

 

 綺礼は最後に紐を通した水晶片とルーマニアに点在する情報屋、拠点、霊脈の位置が書かれた地図を雁夜へと渡していた。水晶片は宝石魔術によって情報の遣り取りをする為の核石である。連絡を取る際はそれを使えとの事だった。

 

 応接室の窓から丘を下って行く綺礼の後姿を見送ると、雁夜はバーサーカーへと向き直る。綺礼から得た情報と今後の行動について整理する必要があった。

 遠坂時臣並びに言峰綺礼と一応の協力体制は取り付けたが、雁夜は綺礼とは別行動を取る事を選択した。葵達の保護を自分が請け負う事で、綺礼を一刻も早く時臣の元に戻す事にしたのである。彼女達の身の安全については既に考えがあった。

 

 これは一人戦地で行動する時臣の安全と今後の為だ。勿論、雁夜は時臣がその程度でくたばる様な奴だとは微塵も思っていないが、目当ての英霊を召喚する為のクラスが埋まってしまわないとも限らない。召喚の触媒を届けるならば早いに越した事は無い。

 

 そんな現実的な思考の裏側に、危険に晒してしまった葵達への埋め合わせを自分がしたいという感傷があった。彼女達を護るのは自分だという独占欲に近い感情も。

 

「これからどうするの?」

 

 バーサーカーはそう言うと、先程冷蔵庫から勝手に取り出してきたアイスの蓋を開け、その裏に付着したアイスをペロリと舐めた。

 

「……意地汚いぞ」

「む……、良いじゃない。こんなに美味しいんだもの。残しちゃ勿体無いわ」

 

 反省する気は更々無いようである。尤も、鬼に行儀がどうこう言う方が無粋なのかも知れないが……。そう雁夜は思い直して、話を続ける事にする。

 

「取り急ぎ、葵さん達の身の安全の確保だな。これにはアテがある。色々と聞きたい事も出来たし丁度良い。それが一段落したら、日本を発つ」

「……遂に、敵の根城に向かうってワケね」

 

 バーサーカーの瞳に炯々とした光が宿る。

 相変わらずアイスをつついてはいるが、彼女の空気が変わった事に雁夜は気付いていた。戦いだの魔術だのについて話す時、彼女には見た目相応の少女から伝承通りの悪鬼へと変貌を遂げる瞬間がある。酒気が一層増した気がして、すんと雁夜は鼻を鳴らした。

 

「その前に時臣達と合流だな。先ずは空路でソフィアへ。そこからは鉄道と車で移動だ。で、時臣の弟子が去った所で幾つか確認したい事がある」

 

 雁夜はバーサーカーの方へと向き直る。

 

「先ず、あの鬼面の男の事だ。アレは何者だ?」

「……何者って言われても、知らないわよ?」

 

 何故、知っていると思うのか? とでも言いたげな表情である。

 

「……いや、知らないって事は無いだろう。あの鬼面の男の武装、星兜と薄緑に、弓もあったンだったか……。宝具からいって、アレは剣か弓の英霊として喚ばれたサーヴァント、源頼光以外に有り得ない。当然、お前は正体を知っていた筈だ。いや、少なくとも戦いの途中で気付いた筈だな」

「ええ、そうね。どの武器もあの男の物で間違いないわよ」

「で、何でその源頼光がお前と同じ鬼の面を着けてンだ?」

「さぁ……、そう言えば、何でなのかしらね?」

 

 キョトンとした顔で答えるバーサーカーに雁夜は額を押さえる。

 酔っ払いに何かを期待したのが間違いだったのかも知れない。

 半ば本気で雁夜がそう考えた所で――

 

「そもそもアレ、ライコウじゃないわよ」

 

 バーサーカーがシレッと答えた。

 

「背丈や声が全然違うもの」

「いや、お前明らかに知ってる風だったじゃねーか!!」

「……それが不思議なのよね。見覚えのある武器持ってるし、顔も見えないから一瞬、確かにライコウの奴だと思ったのよ。ただ、冷静に考えると全然違うのよね。あの腐れ外道を別人と間違える筈は無いんだけど……」

 

 バーサーカーが神妙な顔付で考え込み始めたのを見て、雁夜は別の可能性を考え始める。どうにもバーサーカーが嘘を言っている様には見えない。そもそも仮にアレがライコウであったとしても幾つか疑問が残る。

 

「英霊が召喚される時、基本は全盛期の姿で来る筈なんだが、稀にその英霊の持つ逸話によって生前と異なる姿になる事があるらしい」

 

 そこまで言って、目の前の逸話とは似ても似つかぬ少女の姿に雁夜は首を振った。

 

「というかアンタの方こそ、心当たりは無いの?」

「どういう事だ?」

 

 怪訝な顔をする雁夜にバーサーカーが言った。

 

「あの男、アンタの家に異常な恨みを抱いていたみたいじゃない。そもそも令呪まで持ってたわよ。ホントにサーヴァントなの? 有り得ないと思うんだけど、透視の能力で分かんなかったワケ?」

 

 スプーンを突き付けるバーサーカーに対し、雁夜は一瞬怪訝な顔付きになり、次いで机を叩いて声を荒げる。

 

「いや、確かに透視の能力は機能していない。あの男を見ても何も見えなかった。何らかの隠蔽能力が働いたのかと思ったんだが……。それより、令呪ってどういう事だ!?」

「あ、そっか、アンタ気を失ってたもんね。アイツの腕に令呪があったのよ。それも無数に。十画以上あったんじゃ無いかしら」

「……ハッタリの可能性は?」

「そこまでは分からないわ。使っているのを見た訳じゃないし。ただ、私の目には本物に見えた。偽物にしても随分と精巧ね」

 

 雁夜は眉間を押さえた。

 状況を整理するつもりが、分からない事だらけだった。

 

「頼光は山伏に化けて、お前達大江山の鬼を騙し討ちした逸話がある。ステータスなんかの隠匿能力を持っててもおかしくは無い、と思ったンだがな……」

 

 不可解な点は他にもある。

 

 ライコウが日本有数の大英雄である事に疑いの余地は無いが、幾らなんでも宝具かそれに準ずる能力が多過ぎる。

 そもそもサーヴァントとは英霊をクラスという枠に当て嵌め、押し込める事によって召喚されるのだ。当然、生前の能力、伝承が全て再現され備えられている訳では無い。英霊の格や知名度である程度の上下はあるにせよ、あの鬼面の男は明らかに異常である。

 

 現段階で宝具級の武装が三つ。ステータスの隠蔽能力に、明らかに後の時代、別の技術体系の剣技の数々をあの男は披露している。そして、あの男が本当にライコウならば象徴とも云うべきあの刀を持っていない筈が無い。

 

 この時、雁夜は思考に没頭していた。

 だから、気付かなかった。

 騙し討ちの逸話を聞いた自らのサーヴァントがどんな表情をしているかを。

 打ち消す様にバーサーカーが言った。

 

「それより、アンタの家が恨まれてる理由については心当たり無いの?」

「間桐を恨んでいる人間なら掃いて捨てる程いると思うぞ。俺もその一人だからな。ただ、アレが源頼光なら話が合わない。ライコウは平安時代の英雄だ。間桐が日本に移って来たのはもっと遅い」

 

 あの鬼面の男は間桐を恨んでいた。アレはハッタリでは絶対に無い。そして、臓硯が人に恨まれる様な外道行為を繰り返していたのは間違いないし、臓硯がいつから生きているのかも定かではないが、頼光は平安時代の英霊だ。

 

 間桐が日本に移住したのはもっと後の時代である。

 薄緑にしても雷上動にしても、源氏の重宝故にライコウ以外の使用者がいない訳ではない。牛若丸で有名な義経も薄緑を愛刀としているし、頼政は雷上動を使って鵺を射落したという逸話が残っている。しかし、いずれにしても間桐が日本に移り住み始めた時期とは乖離がある。

 

 ――と、そこまで考えて、雁夜は不可解な事実に気付く。

 時期の話であれば、もっと不可解なことがある。

 

「……何で、あの時、遠坂邸にいたんだ?」

 

 真剣な顔でボソリと呟いた雁夜に、バーサーカーが不思議そうな顔をする。

 

「何の事?」

「鬼面の男だよ。アレの憎悪は本物だった。奴が間桐に連なる者を殺す為に現れたのは間違いない。奴は臓硯を、間桐の当主を結界の内側に閉じ込めて、逃げ場を奪った上で殺してる。周到に用意された計画だった筈だ」

「ええ、そうでしょうね。魔術師が自らの工房から出たタイミングを狙ったんでしょ。絶好の好機だったと思うけど、何かおかしいの?」

「ああ、幾つか不可解な点がある。遠坂邸を覆う様に結界が発動していた事だ。あれは外と中を完全に遮断する大掛かりな物だった。臓硯を殺す為の物だろうが、いつ張ったんだ?」

 

 バーサーカーは腕を組み、少し考えてから答えた。

 

「……えーと、どういう事?」

「時臣が聖杯戦争に参加する為に家を留守にする。時臣不在の時なら、腕のある魔術師なら時臣が遠坂邸に張った結界に邪魔されずに結界の敷設も可能だろう」

「ええ、それの何が問題なのよ?」

「臓硯を殺す為の結界を何故遠坂邸に張るんだ? 臓硯が遠坂邸に来る事になったのは、俺が間桐の家で臓硯と一悶着起こしたからだ。そして、一悶着起こした後は遠坂邸には俺がいた。あの夜までな」

「結界の敷設は……、まぁ、そんな事してれば普通は気付くわよね……」

「時臣の張った結界と俺が張った魔蟲の哨戒網を潜る必要があるからな。そこらの魔術師なんぞには絶対無理だ。出来るとすれば互いの手の内を知ってる臓硯か、時臣か――」

「魔術師のサーヴァント、キャスターくらいって事?」

 

 雁夜の言葉をバーサーカーが引き継ぐ。

 

「ああ、俺達が出て行ってから結界を敷設したにしても、臓硯にその存在を気付かれず、逃がさないレベルで展開された事になる。元々敷設してあったって話なら、俺達の知覚を抜けたって事だ」

「近現代の魔術師の手際じゃないわね。結界に特化してるか、神代の英霊か。でも、良く考えるとおかしくない? それだと、あの鬼面の男とキャスターが組んでるって事でしょ? 本当にそうならこの間全員死んでるわ。アイツ一人相手であのザマだったんだから」

「だが、あの鬼面の男が結界と無関係というのは考え難い。アイツは結界を利用して臓硯を殺してる。案外、結界の敷設や支援に特化しているのかも知れないな。だから、敵が増えても姿を現さなかった」

 

 バーサーカーは髪を掻き上げると眉根を寄せる。

 

「んー、一応筋は通ってそうだけど……」

「勿論、断言するつもりはない。あの結界が俺や時臣狙いの物だった可能性もあるしな」

「ああ、なるほど。帰ってきたあの弟子の人や葵の夫を狙ってたワケね。で、別の獲物が引っかかったと」

「御三家が聖杯戦争に参加するって情報は知れ渡ってるだろうし時臣(・・)狙いだったって可能性は普通に有り得る。それに、俺に令呪が宿った事を知ってるのは極少数だ。臓硯が参戦してくると考えたのかも知れない。で、臓硯を狙ったら鬼面の男の横槍が発生し、キャスターとそのマスターは飛び火しない内に離脱した。鬼面の男も漁夫の利を狙う存在に気付いていたからトドメを刺さずにサッと退いた。一応、辻褄はあうか……」

 

 雁夜は時臣の名に殊更力を込めて言った。

 

「あのさ、マスター。その場合、あの結界が葵の夫を狙ったもので、この付近にキャスターが潜んでいる可能性があるワケよね。で、アンタはどうするの?」

 

 バーサーカーは急に真面目な調子で言った。

 雁夜は迷わなかった。

 

「ああ、時臣(・・)を狙ったサーヴァントが潜伏している可能性がある以上、葵さん達を放ってはおけない。みんなの安全の確保が最優先だ」

 

 雁夜の答えにバーサーカーは暫し沈黙していたが、やがて一つ嘆息すると諦めたといった表情になった。

 

「……はぁ、そうね。別に長い付き合いってワケじゃないけど、アンタがそういうヤツだって事はもう分かった。ええ、良いわ。マスターの方針には従います。で、具体的にはどうするつもり? 聖杯戦争の間中付きっ切りで護衛するとか抜かしたら、その時は分かってるでしょうね?」

「え……いや、でも、それ以外に確実な方法が無いし……」

 

 言いよどむ雁夜に対し、

 

「……そうね、マスターの気持ちはすっごく良く分かるんだけど、私にはそれは葵の夫(・・・)の仕事じゃないかと思うの。だってマスターは単なる友人(・・・・・)でしょう? 本来なら葵の夫(・・・)であり、凛や桜の父親(・・・・・・)がやるべき事よね。葵の夫(・・・)だって聖杯戦争に参加する以上、それ位分かってたはずだもの。ねぇ、そう思わない? 葵の単なる友人(・・・・・)であるマスターとしては」

 

 バーサーカーは終始笑顔だった。

 朗らかな花の様な笑顔である。

 異様な空気とその手に握った大鉈さえなければ……。

 

「……俺が悪かった……」

 

 閉口する雁夜に対し、バーサーカーはそっぽを向いて鼻を鳴らす。

 

「大体、アンタがいつまでもここにいたら戦いに巻き込むだけでしょうが……。まったく」

 

 それから彼女は残りのアイスを片付ける事にした。

 アイスはもう溶けかけていた。

 




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