鬼哭劾―朱天の剣と巫蠱の澱―   作:焼肉大将軍

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永遠に存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
このうちで最も大いなるものは、愛である。

――「コリント人への第一の手紙13章」



愛といふ感情

 †††

 

「駄目!! 凛!!」

 

 葵の絶叫が聞こえる。

 遠坂邸から駆け出した葵が凛へ近付こうとして、

 

「邪魔立てするな」

 

 男の声を聞いた途端、葵は身を竦めてその動きを止めた。

静かな、それでいて有無を言わさぬ凄味の有る口調だった。しかし、ただ、気圧されたというだけでは無い。葵は金縛りにあったかの様に、その場から一歩たりとも動けなくなっていたのである。

 葵は顔を真っ青にして、声を上げる事も出来ずに立ち竦んでいた。

 

「お母様!!」

 

 凛が叫ぶ。それを見て、男は感嘆の呻きを漏らした。

 

「心の一方、不動不縛。ほう、お嬢ちゃんの方はまだ動けるか……。だが、無駄な足掻きだ」

 

 男が言いながら、凛へと近寄る。その歩みに先程ガンドを避けた時の様な警戒の色は無い。男は既に凛の実力を見切っていた。

 

「近付かないで!! 撃つわよ!?」

 

 凛が叫ぶも、男が歩みを緩める様子は無い。

 凛は後退(あとずさ)りながら、宝石を握り込んだ拳を男に向ける。気丈に振舞ってはいるがその小さな手は震えていた。

 

「駄、目……だ……ガッ、ごふっ」

 

 雁夜が言葉を発そうとして大きく咳き込んだ。

 吐き出した血塊が地面を濡らす。視界が霞み、意識が朦朧(もうろう)となるのを雁夜は感じた。

 

「このッ!!」

 

 凛が叫ぶと同時に、握り込んだ宝石が崩壊し赤色の弾丸が空を切って飛ぶ。しかし、

 それを男は難なく切り払った。

 

 二つに分かれた魔弾が石畳に着弾して炎が上がる。

 幼くとも凄まじき天稟である。凛の繰り出す魔弾、当たればただでは済むまい。しかし、男には決して当たる事は無い。当たる様な仕手では無い。ただ直進する熱弾、速度も余りに遅い。眼前の男はたとえ目を(つむ)っていようと避けられるだろう。

 

「フンッ、無駄だ……。諦め――」

 

 その時、男の足が石畳の中へとズブリと沈み込んだ。否、石畳の中では無い。男の足元へと伸びた影。これは遠坂邸の影と重なり合っているが、遠坂邸のバルコニーから顔を出した遠坂桜の影である。桜の影はコールタールの様に男の足首へと絡み付くと、男の体表を競り上がっていく。

 

 男は咄嗟に振り払おうとするが、底なし沼に落ちたかの様に、もがけばもがく程にどんどん足が影中に没していくのである。

 

「お姉ちゃん!!」

「良くやったわ!! 桜!!」

 

 凛は会心の笑みを浮かべ、手にした宝石に魔力を込める。それは先程の一撃とは違い、彼女の物では無い。

 凛が握り込んでいた宝石は二つ。一つは彼女手製の自信作、もう一つは時臣が魔力を込めた逸品である。

 

 全ては計画通り。

 自身を囮に桜の術の範囲に敵に誘き出し、時臣特製の宝石魔術で仕留める。

 

「いっけぇーー!!」

 

 凛の言葉と共に、夜の遠坂邸庭園を紅蓮の炎が駆け巡った。

 

 喩えるならばそれは爆炎の蛇。指向性を持った爆風である。

 凛によって撃ち出された爆炎は直後、眼前の男を呑み込み、夜空に紅蓮の華を咲かせた。その一撃は、凛の想像を遥かに超えた威力であった。熱で蕩けた石畳が爆風で飛礫(ひれき)となって周囲へ落ちる。人間など骨すら残らぬだろう。

 

「やったー!! どう、お母様!? 私――」

 

 勝利を確信し、凛は葵を見る。

 しかし、彼女の顔は青褪(あおざ)めていた。

 それは我が娘が魔術師として、侵入者を殺めてしまった事に対する物では無い。

 

 凛は気付かなかった。

 真っ直ぐに放たれた炎が、その方向を変え、夜空を真っ赤に染め上げているその意味に。

 凛の放った爆炎を浴びれば、人間など骨すら残らぬだろう。

 ならば、男は人間では無い。

 

「お姉ちゃんッ!!」

 

 桜が叫ぶ。

 

「え、嘘……」

 

 振り返った凛が怯えた顔で、呟く様に言う。

 その視線の先、炎の只中から、男が現れた。

 その全身に纏わり付いた赤き炎が、一歩、また一歩と歩く内に振り払われて消えていく。

 全くの無傷であった。

 

「悪いが、餓鬼の遊びに付き合うのも些か厭きた。終わりだ」

 

 男が太刀を持つ手に力を込める。

 絶望が笑っていた。

 

 

 †††

 

 

「ねぇ、雁夜君はさ、大きくなったら何になりたいの?」

 

 大好きな幼馴染の言葉に、僕は即座に答えた。

 

「魔術師。そう、僕はとっても強い魔術師になるんだ」

 

 幼馴染、葵さんは僕の言葉に笑みをこぼす。

 

「うーん、私には想像出来ないなぁ。雁夜君が、かぁ」

「何だよ、ソレ。ホントだよ」

 

 僕は心外だ、と頬を膨らませた。

 

「僕は強くなるんだ。きっと、爺さんより。誰よりも強くなるんだ」

 

 その言葉に嘘は無かった。

 僕は強くならなければならなかったし、強くなりたかった。

 間桐の魔術師として生を受けた以上、強くならなければ自由は無い。

 それに――。

 

「そしたら、仕方ないからさ、葵さんの事も護ってあげるよ。葵さんの大切な人も、皆、僕が護ってあげる」

 

 照れ臭い本音を包み隠して僕は言った。すると、

 

「へぇ、それじゃあ期待してるわね、雁夜君」

 

 そう言って彼女は柔らかな笑みを見せた。

 

 人間の感情には、どんな理屈をも超越する瞬間がある。

 この瞬間が、そうだった。

 その笑顔を僕はずっと覚えている。

 その笑顔を俺はずっと――

 

 

 

 母の顔は覚えていない。

 

 物心が付く前に、死んだからだ。

 幼い雁夜と鶴野を連れて、間桐の家から逃げようとしたらしい。

 

 子を思う愛故の行動。その代償はとてつもなく大きかった。

 臓硯は怒り狂い、彼女は蟲の餌になった。

 そして、幼い兄弟は愛という物について知る機会を永遠に失った。

 

 後に臓硯から聞いた話だが、蟲蔵の底には人骨が散見されたし、きっと本当の事なのだろう。無論、それは全部臓硯の作り話で、母は我が子を置いて間桐の家から逃げ出したのかも知れない。どちらにせよ救いの無い話だ。

 

 しかし、自分達を護ろうとして母は臓硯に殺されたのだ、と雁夜は思っている。

それは雁夜が親から受けた唯一の愛だったからだ。

 否、物心が付いた時には臓硯から間桐の魔術修業を受けていた雁夜にとって、伝え聞いたそれは彼が唯一誰かから受けた愛だった。

 彼女は身を(てい)して我が子を護ろうとした。その命さえ捧げて。

 

 顔も知らぬ母の愛について考える時、雁夜は力が湧いてくるのを感じる。

 同時に、底なしの増悪が身を焦がすのも。

 そうして、彼はいつか必ず臓硯を殺すと決めた。

 

 雁夜にとって愛とは護る事であり、捧げる事だった。

 そして、敵への殺意と裏返しの物でもあった。

 三つ子の魂、百までと言うが、雁夜の考えが矯正される事は無かった。間桐の家は臓硯が作った巫蠱(ふこ)の壺で、雁夜はその底で世界を呪うちっぽけな毒蟲だった。

 後に、禅城葵や遠坂時臣との出会いを経て、雁夜は成長する。

 

 間桐の物でない常識も手に入れ、彼の世界は拡がった。

 しかし、巫蠱の(おり)は未だ彼の奥底に確かに存在している。

 

 

 倒れ伏した雁夜の傷口に一匹の魔蟲が潜り込んだ。

 そして――

 

 

 †††

 

 

 男が凛に近付く。

 凛は咄嗟に逃げようとしたが、恐怖に足が縺れて倒れ込んでしまった。

 

「いや……た、たすけて、お父様……」

 

 その時、男の足元から影が伸びた。腕の形をした影は男の体表を上ったかと見えると、その首へと巻き付いた。

 桜の魔術である。彼女は叫び、

 

「お姉ちゃん!! 逃げ――」

「下らん」

 

 男が腕を振るうと同時に、風船が割れるかの様に影手が爆ぜた。男が太刀を構え、その身体が獲物に跳び掛かる直前の豹の如く沈み込む。

 

(キジ)も鳴かずば撃たれまいに――」

 

 しかし、男は動かなかった。

 

 男の背後で、間桐雁夜が立ち上がっていた。

 

 彼は幽鬼の如き形相で、砕けた右手に代わり、左手で太刀を掴んで立っている。

 

「まだ立つか……。死ぬ気か?」

 

 男は振り返り、油断無く雁夜に対する。

 最早、凛や桜の事は眼中に無かった。

 しかし、雁夜の現状は、とても戦闘に堪えうる物では無い。

 

 鎖骨から胸骨を断ち斬られ、手首と指の骨が砕かれた雁夜の右腕は全く使い物にならない。肺を切られた為に、雁夜の口からは今も血の泡が漏れている。喋る事も出来ぬ状況。地獄の苦しみである筈だ。失血は酷く、とても立ち上がれる状態では無い。

 回復の為の蛭血蟲のストックも今は無い。

 

 如何に雁夜の治癒魔術の腕を以てしても、戦闘の続行は死と同義である。

 故に、論理的に、合理的に行動する魔術師・間桐雁夜の戦いは決着している。

 

 しかし、彼の、人間・間桐雁夜の戦いは終わらない。

 否、終わる筈が無い。

 

「か、雁夜おじさん……」

「大……丈夫……、葵さん……、護るから……。俺が……きっと……」

 

 半泣きになってへたり込む凛に対し、雁夜は譫言の様に呟き、笑みを浮かべる。

 

“彼女を護ろうと思った。

 彼女の大切な物を全て護ろうと思った。

 自分と関われば、きっと魔術師としての運命が、濁流となって彼女を襲うだろう。

 だから、諦め切れなかったあの日に、彼女を護る事を誓った”

 

 失血によって朦朧とする意識の中、雁夜の脳裏には幼き日の葵の姿があった。

 幼き頃の葵に良く似た凛の姿が、かつての葵の姿と重なっていたのである。

 今、雁夜にあるのは幼き日の誓い、原初の意志だ。

 

 その心中には熱が在った。

 戦えば、きっと彼は死ぬだろう。

 しかし、生も死も、既に雁夜の頭には無い。

 無我の境地、忘我の極致。

 

 これは献身では無い。

 今、雁夜の心を支配する赤熱化した鉄の如き感情が、献身などと言う生ぬるい物である筈が無い。それはもっと激しく、もっと真っ直ぐで、もっとどす黒い炎である。

 

「第七、第八魔蟲、解放――」

 

 雁夜が告げる。同時に、彼の体内で八種最後の魔蟲、屍蟲が動き出す。

 間桐の魔術とは蟲を媒介にした呪術である。奇しくも彼の魔術の師、間桐臓硯がソレによってその不死性を獲得したのと同じく、その蟲は死を超える呪を己に掛ける物であった。

 

 ドッドッドッ、と音がする。

 エンジン音に似たそれは心音である。

 周囲に聴こえる程に大きく、有り得ない程に速い。

 

 第七魔蟲、紫電蟲(しでんちゅう)の効果である。

 その魔蟲の特性は吸孔蟲(きゅうこうちゅう)の改造。雁夜の全身に吸孔蟲が創り上げた神経系に取り付き、発電細胞を形成する。雁夜の全身に浮かび上がった経絡を、紫電が奔った。

 同時に心音が速度を増し、雁夜の傷口から血が噴出する。

 

 電気による強圧的な心拍の上昇、延いては身体能力の向上。

 雁夜は自分の傷を見る。溢れ出る血を眺める。

 失血によるショック死まで凡そ二分。そして――

 

 雁夜は大太刀を地面と水平に構えた。

 対する男も大太刀を地面と水平に構える。

 奇しくも、二人の構えは鏡像の如く、全くの同一であった。

 バチリ、と雁夜の身体を紫電が奔り、対する男の身体が陽炎の如く揺らめいた。

 

「そこまでよッ!!」

 

 声と共に鈍色の輝きが宙を舞った。

 サッと男が身を伏せると同時に、その数センチ上空を旋回した大鉈が通過する。男がそれを一瞥すると同時に、雁夜が仕掛けた。

 身体を捻り、握った太刀を自らの背後に隠す。そのまま雁夜が前のめりに倒れんばかりに沈み込むと同時に、彼等の距離は消失した。

 

「脛落とし・薙ぎの残月」

 

 電光石火、紫電が駆ける。

 一歩一瞬で距離を詰め、雁夜は超前傾姿勢から全身のバネを使って逆袈裟に斬り上げる。地面すれすれに奔った刃が男の眼前で弧を描いて跳ね上がった。ぱっと鮮血が舞い、同時に跳ね上がった男の足が雁夜の顔を捉えた。顔面を蹴り上げられた雁夜の身体が大きく跳ね上がり、直後頭上より降り注いだ大鉈を男は跳び退く形で回避する。追撃を阻む形で雁夜を守った大鉈は石畳を砕いて地面へ深々と突き刺さった。

 息つく間もなく、頭上より舞い降りた影が男へと跳び掛かる。

 鈍色の輝きが空を切って男に飛び、横へと駆ける形でそれを避けた男の動きを大鉈に繋がる綱が遮った。一瞬の停止に合わせて地面から大鉈を引き抜き、舞い降りた影は男へ迫る。

 

 男が大太刀を左手に握り直し迎え撃った。刃が交差し二つの火花と血風が宙に舞う。

 横薙ぎに振るわれた大鉈の軌跡を八双に構えた太刀が斜めに逸らし、同時に男が放った足払いを踏み台に襲撃者は跳躍する。再び上を取られたと思う間もなく、男の死角から大鉈の斬撃に遅れて弧を描いた綱がその首へと迫った。しかし、男は一瞥すらせず、手の甲で背後から迫る綱を弾くと、上空から投擲された大鉈を避けて大きく後方に跳躍。距離を取った。

 

 男に大鉈による被撃は無い。

 男が血を滴らせているのはその手のみ。

 その傷は、先の雁夜の一刀による物である。

 

 先の一合、雁夜の放った逆袈裟に対し、男が取った行動は頭受け。

 柄頭での防御である。

 神速の斬撃に、握った太刀の柄頭を合わせて受ける。その技量は見事。しかし、雁夜の一刀は柄の茎ごと男の右手を半ばまで切り裂いていた。

 その手では、最早刀は握れまい。

 しかし、それは逆に言えば――

 

「左手だけで、あれを凌ぐか……。やるわね」

 

 両手の大鉈をぐるりと回し、二人の間に着地したバーサーカーは渋い顔で言った。

 そう、男は頭上より強襲したバーサーカーの連撃を、左手一本で凌ぎ切ったという事である。それは凡そ人間業ではない。

 

「さて、退く気は……無いみたいねェ」

 

 バーサーカーの言葉に、男は何も答えなかった。

 ただ茫然とバーサーカーを睨み続けている。

 男の視線を無視し、バーサーカーはちらと背後の雁夜に目をやる。そして、

 

「で、マスター、大丈夫? 死ぬなんて言わないでよ。後は私に任せて、ちょっと自分の治療に専念してなさい。アレを片付けたら、直ぐに治してあげ――」

 

 大鉈を掴んで男へと跳び掛かろうとしたバーサーカーの襟首を、雁夜が背後から掴んで引いた。余りに勢い良く引かれた事で、襟で首が絞まったバーサーカーが短い呻き声を上げる。

 

「キャ、なッ、何!? なにすンのよッ!?」

 

 涙目に成りながら背後の雁夜を睨むバーサーカーを無視して、雁夜は彼女が腰に吊るした瓢箪を取り上げる。

 

「酒を、寄越せ……」

 

 雁夜はそう言うと一気に瓢箪の酒を煽り、口腔に溜まった血諸共に嚥下する。瞬間、焼ける様な熱が喉から彼の全身へと拡がった。

 

「バ、馬鹿ッ、一気に呑み過ぎ――」

 

 バーサーカーの持つ宝具『神便鬼毒酒』。

 神道における武神、海神、豊穣神の三柱が、酒呑童子討伐に赴いた頼光一派にその加護と共に授けた代物である。一口呑めば人には超人的な膂力を与え、悪鬼羅刹の類には毒と成りてその能力を封じる神酒。

 

 一口目。豊穣神の加護により全身を駆け巡った魔力が、体内の魔蟲をその限界を超えて活性化させる。雁夜の全身に浮かび上がった経絡を紫電が駆け抜け、全身に力が満ちた。

 先の鶴野戦ではその戦法故に大量の血と魔力を回さねばならず、神便鬼毒酒はその効果を殆ど回復のみに使われる事となった。しかし、今回は違う。

 

 硬質化した筋肉が傷口を締め上げ噴出する血を止める。潤沢な魔力を喰らった体内の魔蟲がその傷を埋めていく。へし折れた右手までもが見る間に回復し――

 

「兜割り・鬼鋏」

 

 言葉よりも疾く、間合いを詰めた雁夜が大上段に構えた太刀を男の脳天へと振り下ろした。男が太刀を跳ね上げ受ける。否、受けようとした。

 しかし、雁夜の一刀は男の翳した刃を弾き飛ばすと、そのまま男の肩口から入って腹下へと抜けた。斜めに裂かれた胸板から血が迸り、返り血が雁夜の顔を朱に染める。

 

 強い。浅い。互いの思考は一瞬。男は退き、雁夜は追う。

 一歩踏み込むと同時に雁夜が手首を返し、その手の中で振り下ろされた太刀が百八十度反転する。六部の力で打ち込み、敵が躱した瞬間、地面の反発と全身のバネを使った返しの刃で敵を断つ。流れる様な上下一対の斬撃は、同時に敵の頭部を挟み込む大鋏。

 その必殺の逆風を、その手首を、男の右手が腰から引き抜いた鞘が打ち砕く。ベキリ、と破砕音が響いた。

 

「抜刀術・建御雷――」

 

 男が言い、雁夜が嗤う。

 砕けたのは彼の手首では無い。鞘を受けた太刀の柄である。雁夜の握った太刀が衝撃に跳ね飛ばされ地面を転がったが、その時には雁夜の指が動きの止まった鞘へと絡み付き――

 

「鞍馬金剛流体術・虎脚」

 

 瞬間、雁夜の蹴りが男の顔面を跳ね上げた。

 鞘を引くと同時の右の上段回し蹴り。グシャリ、と肉と骨の潰れる音が響き渡る。そして、男が仰け反り空いた腹へと間髪入れずの前蹴り。男の水月に爪先がめり込み、それを踏み台に雁夜は跳んだ。

 蹴り抜いた鳩尾を踏み台に相手の身体を駆け上がり、その顎へ膝蹴りを叩き込む。今度の音は人が車に()き潰された時のそれである。

 

 男が更に大きく仰け反り、雁夜はその肩に着地し拳を振り被る。

 今の雁夜が本気で放つ下段突きは波止場に設置されたテトラポットすら叩き割る威力を誇る。人間の頭部など振り下ろされるハンマーの前の鶏卵に同じである。

 

““殺った””

 

 その雁夜の確信を、男が嗤う。

 男は先の一撃で仰け反っているのでは無い。身体を反らせる事で右拳を思い切り振り被っているのだ。

 

「神力・星兜(ほしかぶと)

 

 人間の身体が地面と平行に飛んだ。

 


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