鬼哭劾―朱天の剣と巫蠱の澱―   作:焼肉大将軍

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前夜祭の終わり(前)

 †††

 

 

 夜半、遠坂邸、中庭。

 二人の魔術師が相対していた。

 

 一人は間桐臓硯。言わずと知れた間桐の当主。現代に生きる妖怪とまで言われる老魔術師だ。その目には狂気があった。

 当然である。臓硯が遠坂邸を訪れたのは、造反した息子への当て付けに、彼が守る遠坂母娘を皆殺しにせんが為である。凡そ尋常な思考では無い。

 

 一方、立塞がる形で相対するは襤褸を纏った黒尽くめの男。手には一本の太刀を握っている。男は地面と水平に大太刀を構え、腰を落とした。

 堂に入った構えであった。男もまた只者では無い。

 

 暫し、静寂が流れた。

 互いの殺気が周囲を覆い、徐々に空気が張り詰めていく。

 その空気を臓硯が破った。

 

「カカッ、口振りから鑑みるに私怨か。しかし、はて、とんと覚えが無いのぅ。カカッ、長く生きると物忘れが激しくて敵わぬ。さて、半身でも失ったか、家族でも蟲の餌にされたか? 出来れば、少しばかり、語ってくれぬかの? カカッ」

 

 老人の口から放たれるのは心底からの喜悦である。

 人の怒りと絶望という腐肉に集る蛆。

 それが間桐臓硯という魔術師である。

 そして、その言葉は挑発だった。

 臓硯は事を急いでいた。

 

 当然である。

 男に時間を取られれば、いずれ雁夜が駆け付ける。

 そうなれば、全てぶち壊しだ。

 一方で、急いでいるのは男も同じ。

 

「ああ、大丈夫だ。何度か殺されてる内に思い出すだろうぜ。安心して良い。一度や二度では済まさないからなァ」

 

 男が凄絶な笑みを浮かべる。

 同時に、ガチガチという音が一帯に満ちた。生理的険悪感を催す音である。

 蟲だ。

 臓硯の背後からぞろぞろと湧いて出た蛭の如き魔蟲の背が割れ、ソレは這い出る。

 

 翅刃蟲(しじんちゅう)と呼ばれる魔蟲である。

 一匹一匹がサッカーボール大の羽虫。しかし、読んで字の如く、二対の薄翅は刃の如き切れ味を誇り、ギチギチと音を立てるその牙は一噛みで猛牛の骨すら砕く。もし、群れで襲われれば、(ヒグマ)だろうと獅子だろうと数秒でこの世から消え失せるだろう。

 それが見る間に周囲を埋め尽くさん勢いで増え続けている。

 

「――地滑り」

 

 言うや否や、男が仕掛けた。

 縮地と呼ばれる歩法、その極致。

 男の姿が掻き消え、銀光だけが流れた。

 直後、切断された臓硯の足が宙を舞い、追って血飛沫が周囲を赤く染め上げる。

 

「カカッ、やる!!」

 

 しかし、片足を切断された臓硯が浮かべるは醜悪なる笑みである。

 駆け抜けた男へと翅刃蟲が殺到し、銀閃が縦横無尽に周囲を駆け巡った。銀の奔流に遅れ、緑色の魔蟲の体液が周囲へと迸り、斬り落とされた魔蟲の死骸が山を築いていく。

 

 疾走。男は周囲に群がる翅刃蟲を斬り捨てながら疾走する。

 それを追う魔蟲の群れ。

 しかし、縮地による爆発的な踏込と、歩法と体捌きによる静と動。以て緩急自在の疾走は、臓硯が周囲に展開した蟲の視界さえ置き去りに、敵の死角に滑り込む。

 

「頸落とし――浮雲」

 

 遂に臓硯の背後を取った男の横薙ぎの一刀が、臓硯の首を刎ね飛ばした。

 ゴロリと斬り落とされた臓硯の頭部が地面を転がり、首から噴き上がった血が一帯を真っ赤に染め上げる。

 

 本来ならば、これが尋常なる決闘ならば勝負有りである。

 しかし、これは尋常ならざる魔術戦。地面を転がった臓硯の口元には醜悪なる笑みが浮かんでいる。直後、男の勝利の確信を、その油断を突くべく、地面を砕いて現れた魔蟲が男へと迫った。

 

 身の丈数メートルはあろうかという大百足である。

 大百足は一瞬で男へ巻き付き、その首に牙を立て様として、七つの肉片と化した。

 太刀に着いた魔蟲の体液を振り払い、男は嗤う。

 

六連颶風(ろくれんぐふう)――さて、その程度か? ゾォルケン」

「カカッ、やるのぉ、若造!!」

 

 男の言葉に臓硯の呵々大笑が応えた。

 空を覆う雲の切れ間から月光が覗く。

 月光は闇の中に二つの人影を、その周囲を塗り潰す魔蟲の群れを映し出した。

 見れば地面に転がっていた筈の臓硯の頭部は無く、首を刎ねられた身体も無い。そこにあるのは大量に蠢く蛭に似た魔蟲のみ。先程確かに斬り殺された筈の間桐臓硯は全くの無傷で、男と数メートルの距離を取って相対していたのである。

 

「さて、いつまで持つか愉しみじゃが、貴様にそう時間を掛ける訳にもいかぬ。悪いが終わりにするぞ。カカッ、貴様は蟲の餌じゃ」

 

 嗤う臓硯の背後に控える魔蟲がその数を増していく。

 如何なる術理によるものか。

 その圧倒的な不死性と魔蟲の数による優位。

 臓硯は余裕の笑みを崩さない。

 しかし、それは男も同じ。

 

「そう言うなよ。俺は何百年も掛けたんだ。だから、安心して死んで行け。間桐の悲願もこれで終わりだ。聖杯は俺が頂く――結界起動」

 

 男の身体が陽炎の様に揺らめく。

 同時に遠坂邸に置かれた複数の要石が淡い光を放ち、周囲を結界が包み込んだ。

 

「さて、蟲はそれで全部か? もっと気張ってくれよ。こっちはいつまでお前のストックが持つか、愉しみでしょうがねェンだからなァ!!」

 

 男が嗤う。

 同時に、(ようや)く臓硯の顔から笑みが消えた。

 

 

 †††

 

 

「お母さん……」

 

 時間を少し遡り、遠坂邸内。

 遠坂桜は泣きそうな顔で言った。

 そんな彼女を遠坂葵はぎゅっと抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫よ、桜。もう絶対にあなたを何処にも行かせやしないわ」

 

 桜を連れ戻した事に怒り狂った間桐の当主、間桐臓硯がやって来たのだ。堂々と結界を破って押し入った以上、最早問答の余地はあるまい。

 桜が連れ去られる。

 それを想像し、彼等は肩を震わせる。

 

 しかし、直ぐにその考えが間違いだと気付いた。

 恐るべき殺気。遠坂邸を包囲する様に展開された魔蟲の群れに、臓硯の剣呑な雰囲気から、彼等は察した。恐らく、あの老魔術師は私達を皆殺しにするつもりなのだ、と。

 

「凛、桜を連れて時臣の、お父様の工房に行きなさい。それから、鍵を掛けて、結界を起動させる事。出来るわね?」

 

 遠坂葵は震える我が子達に優しく微笑む。

 強い口調でも無いのに、その言葉は有無を言わせぬ迫力があった。

 

「何があっても出て来ては駄目よ。きっと直ぐに雁夜君が駆け付けてくれるわ。それまで貴方達は隠れていなさい」

 

 葵はきっと外を睨むと、立ち上がる。

 その肩は恐怖で震えていた。

 

「お母さん……?」

「駄目、駄目よ、お母様。出て行っちゃ駄目……」

 

 狼狽える桜と凛に、葵は努めて笑顔を見せた。

 

「大丈夫。お母さんがきっと説得してみせるから。だから、貴方達は隠れていなさい」

 

 遠坂葵は魔術師の妻であり、零落した魔術の家系、禅城の娘である。

 魔術に対する知識はあっても、彼女は魔術師では無い。

 闘う力など持っていない。

 

 それでも、葵は母として、逃げまいと決めた。

 その悲壮な覚悟は、凛と桜にも感じ取れた。

 

「駄目、お爺様はきっと許してくれないよ。行っちゃ駄目!!」

「そうよ。きっともう少しで雁夜おじさんが来てくれるわ。お母様も一緒に――」

 

 涙目になりながら口々に訴える桜と凛に、葵は困ったように首を振る。

 

「駄目よ。困らせないで」

 

 それから彼女は二人を優しく抱きしめる。

 

「凛、桜。お父様が帰ってくるまでは雁夜君を頼りなさい。彼はきっと貴方達の力になってくれるわ。凛、あなたは遠坂を継ぐ子なのだから、泣いちゃ駄目。時臣の言う事をちゃんと聞きなさい。桜、お姉ちゃんを支えてあげてね。さ、行きなさい」

 

 葵が立ち上がり、彼女達に背を向けると、桜は遂に堪え切れずに涙を流し――凛は魔石を握り締め、冷静に自分のすべき事を確認する。

 彼女は幼いが、確かに魔術師だった。

 彼女は考える。

 

“今はお父様も、雁夜おじさんもいない……。

 私が皆を守らなくちゃ”

 

 凛は魔石を強く、強く握り締める。

 

“お父様、雁夜おじさん……どうか力を貸して下さい”

 

「桜、力を貸してくれる?」

「え?」

 

 凛は泣きながら立ち尽くす桜に言った。

 

「私達でお母様を守るのよ」

 

 

 †††

 

 

 激痛の記憶を思い出す。

 撃ち込まれた拳は人生で最大の衝撃だった。

 起き上がった鶴野は殴られた頬を擦る。指先が頬に触れると激痛が奔り、朦朧としていた彼の意識が漸く覚醒する。彼は雁夜と戦い、そして敗れたのだ。

 

 殴られた頬は痛いが、それ以外は何とも無い。

 全身に寄生した魔蟲のせいで絶え間なく彼を蝕んでいた苦痛も今は無かった。

 確かに鶴野の皮下に刻印蟲共は存在しているが、全く反応が無いのである。

 

 鶴野の想いは複雑だった。

 憎悪の念が無くなった訳では無い。だが――。

 と、そこで鶴野ははたと気付く。

 寝ている場合ではない。

 

 雁夜に敗北したとあれば、臓硯の怒りに触れる事は必至だ。そして、それは自分だけには止まるまい。その矛先が息子の慎二へと向いた時の事を想像し、鶴野は身震いした。

 彼は即座に起き上がり、眼前の光景に絶句する。

 

「あ、何だ。もう起きたの?」

 

 起き上がった鶴野へとバーサーカーが向き直る。その両手の大鉈からは緑色の魔蟲の体液が滴っていた。

 バラバラに切断された節足がそこかしこに転がり、千切れた大蜘蛛の頭部が壁の染みとなっていた。丸々と太った腹は二つに裂かれ、今も緑の体液を垂れ流している。

 

 地獄絵図であった。

 臓硯の操る二体の大蜘蛛は八つ裂きにされ、その肉片が蟲蔵のそこかしこに転がっていた。その光景に鶴野は戦慄を禁じ得なかった。

 この二体の大蜘蛛は臓硯の操る使い魔の中でも最強のソレである。単純な戦闘能力はその一匹一匹が、臓硯によって改造された今の鶴野にも比肩しよう。

 

 対する少女は全くの無傷。

 否、返り血の一滴すら浴びていないのだ。

 

「で、まだ殺る気? 言っとくけど、マスターと違って私は手加減しないわよ」

 

 少女が鶴野を睨む。

 その目は本気だと言うのが鶴野にも分かった。

 彼は横に首を振った。

 

「そう、なら良いわ。私も身を張ったマスターの頑張りを無為にしたくないしね」

 

 少女はそう言うと笑って、鶴野へと背を向ける。

 

「待ってくれ、その……雁夜は、アイツは今……」

「アイツはこの蟲共の主と戦いに行ったわ」

 

 それを聞くと、鶴野は絞り出す様に呻いた。

 

「何で、何で戦えるんだ……。どれ程強くなったって、臓硯には、あのバケモノには敵う筈が無いのに……」

 

 少女は振り返ると、真面目な顔で言う。

 

「それはアイツが戦うべき時を知ってるからよ。短い付き合いだけどね。アイツは小利口な臆病者より、誰かを守れる馬鹿でいる事を選んだ。だから、アンタも今生きてる」

 

 少女は微笑む。

 

「折角、拾った命なんだから、色々見つめ直してみる事ね」

 

 そう言うと、少女は跳躍し蟲蔵を後にする。

 雁夜を追って行ったのだろう。

 蟲蔵の真っ暗な闇の中に、一人取り残された鶴野は大の字に寝転がる。まだ満足に動く事は出来そうに無かった。結局、また雁夜一人に押し付ける事になるらしい。

 

「畜生。アイツ、また、一人で行っちまいやがって……」

 

 そう呟くと、鶴野はぎゅっと目を瞑った。

 

 

 †††

 

 

 雁夜が遠坂邸に到着した時、全ては終わっていた。

 庭園の中心に真っ赤な血だまりが一つ。

 バラバラに斬り殺された間桐臓硯の死体がそこにあった。

 

「臓……硯……?」

 

 雁夜は必死に言葉を探したが、何も思いつかなかった。

 間桐の支配者。

 不死の魔術師。

 殺すべき仇敵。

 俺達から人生を奪った男。

 父であり、魔術の師であった男。

 己が強くなったのは、力を求めたのは、全てこの男を殺す為では無かったか?

 

 それが血だまりに沈んでいる。

 死んでいる事は明白だった。

 腕が、足が、腸が、バラバラに斬り裂かれて、地面に落ちている。

 幻術では無い。再生など有り得ない。

 追ってきた筈の臓硯の気配が弱まり、遂に消える。

 

 亡骸の前に、男が立っていた。

 黒尽くめの男だった。

 頭から被った襤褸の陰に隠れ、顔は見えない。

 真っ黒な襤褸が闇に隠れ、その輪郭すら男は曖昧としていた。そして、その手には一振りの太刀を握っている。太刀には真っ赤な血が滴っていた。

 

 その周囲には切り捨てられた夥しい魔蟲の死骸が転がっている。

 握り拳大の蛭が、サッカーボール大の蜂が、人間よりも巨大な蜘蛛が、数メートルに及ぶ百足が、皆切り捨てられ、緑色の体液を石畳にぶちまけて、死んでいた。

 男が雁夜の方を見る。

 

「お前、間桐の者か?」

 

 男が(わら)ったのが分かる。

 同時に、男は地面に転がっていた臓硯の頭部を嗤いながら踏み潰した。

 

 ぐしゃり、と音がして、血と脳漿が飛び出る。

 石畳が真っ赤に染まる。

 飛び散った血飛沫が雁夜の頬を濡らした。

 既に、血は冷えていた。

 

“それは、それは、それは、それは――”

 

 戦慄する雁夜を余所に、男はチラと遠坂邸に視線を移し、再び嗤う。

 襤褸の陰から、吊り上った口角が見えた。その醜悪な笑みを見た瞬間、

 

「キサマァッ!!!!」

 

 雁夜は腰の太刀を掴んで烈火の如く男へと跳び掛かった。

 何に怒っているのかは分からない。

 哀しい訳でもない。

 きっと臓硯とは殺し合う筈だった。

 臓硯をああするのは、雁夜だった筈だった。

 男がいなければ、臓硯の魔手は葵達に伸びていただろう。

 ならば男は恩人である筈だ。

 

 それでも雁夜は刀を抜いた。

 それは最早、理屈では無かった。

 雁夜の本能が、眼前の男が危険であると判断した。

 雁夜の感情に呼応し、一瞬で全身の魔蟲が活性化する。

 青黒き経絡が全身に浮かび上がり、彼は跳んだ。

 

 鞍馬金剛流抜刀術・窮奇(きゅうき)

 雁夜の全身の筋肉が隆起する。奥歯がギリと鳴った。踏込と同時に身体を丸め、腰を切る居合の構え。一瞬の緊張と解放の相克。練り上げられた力は体幹へと集い、一刀へと注がれる。鞘走りによって加速した神速の一斬が、闇夜を切って瞬いた。

 

 この技は縮地から連なる太刀と脇差を用いた神速の抜刀術であり、同時に刃を飛ばす飛刀術である。縮地にて先を取り、抜刀の刹那、相手が受けに回れば太刀の抜刀術で敵を刃ごと両断し、距離を取ったなら脇差の飛刀で貫く。

 先の先を取る事に特化した抜刀術。

 

 雁夜踏み込みに対し、男に動きは無い。否、雁夜の縮地は相対した者に一切の反応を許さぬ神速の踏込である。あとは雁夜が太刀を抜き放てば、即座に男の頸が宙を舞う。

 そこに一切の苦痛は無い。雁夜の一刀は断頭台(ギロチン)の刃より猶疾く、猶上手く男の頸を刎ね飛ばすだろう。

 

“殺った!!”

 

 雁夜は確信する。

 彼は気付かなかった。

 男が既に手にした太刀を捨て、腰の脇差しを掴んでいる事に。

 

「――流――」

 

 ゴキリ、と骨の砕ける音がした。

 男が腰から鞘ごと抜き放った脇差しが、翻った雁夜の、太刀を持つ右手首を砕いていた。

 

「なッ――」

 

 雁夜の呻きが不意に消える。

 男の肘が雁夜の腹を衝いていた。そして――

 

「――抜刀術・建御雷(タケミカヅチ)

 

 鯉口を切って翻った刃が縦に奔り、雁夜の肩口から腹までを切り裂いた。

 鮮血がパッと舞って、周囲を真っ赤に染める。

 

“馬鹿な。コレは――”

 

 雁夜は愕然としながら敗北を悟る。

 

 鞍馬金剛流に抜刀術は二つ在り。

 一つは縮地から連なる太刀と脇差を用いた神速の抜刀術であり、同時に刃を飛ばす飛刀術。先の先を取る事に特化した風魔の名を冠する抜刀術・窮奇。

 そしてもう一つは、鞘受けから体当てによる崩しの後に放たれる、後の先を取る事に特化した抜刀術。雷神の名を冠する建御雷。

 

 それは、雁夜の最も得意とする技である。

 

 ぐらり、と雁夜の身体が揺らぎ、俯せに倒れた。

 肩口から吹き出した鮮血が地面に血溜まりを作りだす。

 刃は鎖骨を割り、胸骨を裂いて肺を抜け、肋骨までを断ち斬っていた。雁夜の口から血の泡が漏れる。肺から逆流した血液であった。彼は何事か呟こうとしたが、言葉には成らなかった。

 

 勝負はあった。

 如何に雁夜の治癒魔術の腕を以てしても、即座に回復出来る様な傷では無い。

 

「さて、終わりだな。恨むなら、惰弱な己と、その身に流れる間桐の血を恨め」

 

 男は脇差しの切っ先を雁夜へと向ける。

 一方、雁夜は刃を見なかった。

 彼は遠坂邸を見ていた。

 そこにいるだろう葵達を見ていた。

 そして、力を振り絞る。

 

「令……呪……っ……る。我が――」

 

 雁夜の意志に反応し、彼の右手の甲に浮かんだ令呪が矢庭に赤光を放ち始め――

 男の踵がそれを踏み砕いた。

 雁夜の右手の指が小枝の様に圧し折れ、令呪がその輝きを失う。

 

「残念だったな。令呪は使わせない」

 

 男が刃を振り被る。

 同時に雁夜が大きく目を見開いた。

 それは頸を刎ねんと迫る凶刃に驚いたのでは無く――

 

「おじさんから離れなさい!!」

 

 叫びと共に闇夜を赤光が裂いた。

 空を切った魔弾(ガンド)を避け、男はとっさに跳び退ると、魔弾の射手へと視線を向ける。

 

 視線の先にいるのは遠坂家長女であり、まだ幼き少女、遠坂凛であった。

 






<後書き>
待たせ過ぎて申し訳ありません。


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