南賀ノ神社の白巫女   作:T・P・R

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ハッピーバレンタイン。
というわけで特別番外編を………書いていられるほど更新頻度高くないので普通に本編の続きです。
そもそも、あの世界にそんな風習はあるんでしょうか?

このくらいの間隔あくのが当たり前になってしまっています……

そんなわけで第一試験編です。
久方ぶりの文字数一万越えです。
原作でもかなり好きなエピソードなので相当力が入りました。


36話

 中忍選抜“第一の試験”ルール

 

1 最初から各受験者には満点の10点が与えられている。

試験問題は全部で10問・各1点とし、不正解だった問題数だけ持ち点から点数が引かれる減点方式。

 

2 試験はチーム戦。

つまり、3人1組の合計点(30点満点)で競われる。

 

3 「カンニング、及びそれに準ずる行為を行った」と見なされた者は、その行為1回につき、持ち点から2点ずつ減点される。

 

4 試験終了時までに(カンニングにより)持ち点全てを失った者、及び正解数が0だったものは失格となる。

また、その失格者が所属するチームは、3名全員を道連れ不合格とする。

 

 

 

 

 

 

『中忍選抜第一の試験』試験官、森乃イビキさんの説明を聞いて、(カナタ)は少なからず安堵した。

とりあえずいきなり隣の席の人と戦闘みたいな展開にならなくてよかった~

………ならないよね?

ルールにはないけど乱闘したら即失格って言ってたよね??

「私の目的は試験突破ではない、うちはの血よ」とか言っていきなりコトに噛みついたりしないよね???

 

あり得ないと言い切れないのが本当に怖いんだけど。

………まあ、いざとなったらたくさんいる試験官さん達が止めてくれる………はず、たぶん。

 

………ま、まあこれ以上は考えても仕方ないか。

思い過ごしという可能性も普通にあるわけだし。

人を見た目で判断しちゃうのは良くも悪くも私の癖だ。

外面より中身派のコトが無反応なことも鑑みるに案外、実は良い人……人? ということも………………あるかなぁ? 生きた人間の顔の皮を顔面に張り付けて正体を隠している奴が実は良い人の可能性っていったいどれほどのものなのかしら?

コトも普段は超々鋭い癖にどういうわけか悪意にだけは超々々鈍感だし。

 

………ダメね、まるで試験に集中できない。

切り替えないと。

あの草忍のことはひとまず置いときましょう、ここで私があれこれ考えても仕方がないし。

私だけが不合格になるならともかく、私のせいでコトやマイカゼが道連れ不合格とか申し訳なさすぎる………

 

(………よく考えたら、チームのうち誰か1人でも0点だと道連れ不合格って、単なる知力を見るペーパーテストにしては奇妙なルールよね)

 

頭脳担当とか、前衛担当とか、得意不得意で役割が明確に分かれているタイプの班、要するに私達みたいな班は圧倒的に不利じゃないのこれ?

 

それ以外にも気になる点が多々ある。

特に目を引くのが減点方式というところよ。

カンニングが発覚しても即失格にはならず2点減点されるだけで済む妙に甘いルール………にもかかわらず、教室の周囲を椅子に座ってチェックボードを構えた試験官がずらりと威圧的に並んでいる矛盾。

甘いのか厳しいのかどっちなのよ。

チーム戦と言っておきながら、メンバーをバラバラの席に座らせ、チームでの協力を非常に困難にしているのもちぐはぐな印象を受けるわ。

 

そして肝心の問題はというと…

 

(これ、解かせる気ないでしょ)

 

例えば1問目の暗号文の解読問題。

それこそ本職の暗号解読班しか知らないような鍵検索法とかアルゴリズム解析のための専門知識がないと解けないレベルなんですが。

解読マニュアルを一字一句余さず全部記憶しているとかなら話は別だけど、あの分厚い解読マニュアルを隅から隅まで丸暗記している酔狂な下忍がいるわけ………1人いたわね、いや2人か。

 

2問目の計算問題は、力学的エネルギーの解析に不確定条件の想定を応用した融合問題……に見せかけてその実、軌道変化を可能とする特殊投擲忍具の判別と空中拡散されたチャクラによる大気特性と空気抵抗の変動比率計算ができないと解けないようになってる。

問題の文章には『忍びAが手裏剣を投げた』としか書いてないのにこれは酷い。

こんな凶悪な引っ掛け問題初めて見たわ。

しかも解答欄が他問と同じ小さな四角だけってどういうことよ。

暗算しろと? 変数やら乱数やらがデフォルトで飛び出しまくる術学物理方程式を筆算ではなく暗算しろと?

無茶言うなせめて計算用紙をよこせ5枚くらい。

どこの世界にそんな歩く関数電卓、人間シミュレータみたいな下忍が………いるかもしれないわね。

 

と、とにかく、そんなキチガイじみた問題が、ずらりと並んで全部で9問……無理でしょ。

 

難しいとか簡単とか、そういう次元の話じゃなくて、そもそも問題を解くのに必要な前提知識がそれこそ本職の専門家じゃないと知らないようなマニアックでニッチなものばかりなのよ。

もはや特定分野の専門家(とくべつじょうにん)レベル、下忍どころか並の中忍にすら解けないわこんなの。

 

ごちゃごちゃ理屈を並べたけど、一言に要約すると第10問を除くほぼ全ての問題が“カンニングしないとおよそ解けない”ようになっているのよ。

 

試験官さん達はよほど私たちにカンニングしてほしいみたいね。

いや、これこそが狙いなのかな。

 

森乃イビキ試験官は試験開始前にこう言っていた。

 

『無様なカンニングなど行った者は自滅していく』

 

『仮にも中忍を志す者。忍びなら立派な忍びらしくすることだ』

 

(………カンニングしてはいけないなんて一言も言ってなかったわね)

 

忍びは裏の裏を読むべしってことね、ヤマト先生のサバイバル演習を思い出すわ。

 

つまりこの試験で試されるのは、カンニング技術。

言い換えれば、偽装隠ぺい術その他もろもろを総合した『情報収集能力』。

カンニングをするなら“立派な忍びらしく”バレない様にすべしってことよ。

 

そうと分かればやることは決まった。

まず、カンニングを成功させ、問題の正解を集めること。

そして、その集めた正解をどうにかしてマイカゼに伝えることよ。

 

 

 

 

 

 

私こと月光マイカゼは到底解けるはずもない難問だらけの解答用紙を前に頭を抱えていた。

無論、これが単なる知力を見るペーパーテストではなくカンニングを前提とした試験であることはすでに察している。

 

そのうえで言わせてもらおう……だからどうしろと。

 

(すまん、カナタ、コト。私にはどうすることもできないっ!)

 

コトは全く問題ないだろう。

おそらくコトはカンニングなんかしなくても素で問題が解ける。

サクラもそうだが、つくづくこの世代は規格外が揃ったものだと思う。

 

カナタも余裕なはずだ。

私が知る限り、カンニングなんて今まで1度もしたことがないはずの彼女でも“あの術”を駆使すれば何かしらやりようはあるはずだ。

 

じゃあ私は?

はっきり言おう、無理だ。

周囲で目を光らせている試験官の目をかいくぐりバレない様にカンニングするなんて、剣術しか能のない非才な私にできるわけない………本当ならこういう場合に備えて試験開始前にカンペの相談とかする予定だったのに………あの音忍たち今度会ったらタダじゃおかないからな………今度の機会があれば、だが。

 

とりあえず白紙は不味いと思うので、何とか埋める。

ひょっとしたら奇跡が起こって偶然正解するかもしれない………まずないだろうがやらないよりマシだ。

 

(………あとはもう10問目に賭けるしか)

 

 

 

―――

第10問

この問題に限っては、試験開始後45分

経過してから、出題されます。

担当教師の質問を良く、理解した上で、

回答してください。

―――

 

 

 

………ヒアリング? あるいは映像問題とかか?

なんにせよ私に解ける問題であってくれ………

 

 

 

 

 

 

『う~~~ブツブツ………ここは慎重に』

 

『そう睨むなっての、分かってんじゃん……』

 

『ふむふむ、第3問の答えは――』

 

『ワン! ワン! ワン!』『ひゃほ~! いい子だ赤丸! 次は第4問だ』

 

『イナホ、聞こえるか? 第6問の答えは―――だ』

 

『了解、源内。こっちも第5問の答えが分かったわ』

 

『よし、教えてくれ……8だな』

 

『この字のリズム、書き順、画数からして……なるほどね』

 

忍法・耳千里(みみせんり)

なんてことはない、要は物凄く耳が良くなるだけの、ただそれだけの術。

だけど、カナタ(わたし)がこの術を使えば教室中の会話、物音、受験生達の呼吸、さらには試験官さん達の心音に至るまで、およそ教室中の全ての音を知覚できる。

 

いくら席がバラバラにされているとはいえ、この試験がチーム戦である以上チーム内で何かしらの交信が行われているはず。

当然それらの交信は他人にはバレない様にしているんでしょうけど、それが声を媒介とする会話であるならば私はそれらやり取りのことごとくを盗聴することができるわ。

 

心音を聞けば正解に辿り着いている“当たり”の受験生が誰かだいたい見当がつくし、いざとなればコトの声を聴けばいい。

もともと、この術を考案、伝授したのがコト(術名を耳千里にするか地獄耳にするか最後まで悩んでた、どうでもいいわ)だから、あの子は当然私がこの術を使ってカンニングしていることにも気づいていた。

 

『第9問は文章題に見せかけられた……』

 

(ありがとう、助かるわ)

 

私以外に聞こえないほどの小声で解答を読み上げるコトに、聞こえないと分かっていても内心でお礼を言いつつ嘆息。

戦闘ではまるで役に立たないコトだけど、戦闘以外だと途端に有能になるからつくづく侮れない。

 

『って、そうそう、言い忘れてました。マイカゼに関しては任せてください。私に考えがあります』

 

(了解。上手くやってね)

 

水を得た魚とはこのことね。

この器用さと多彩さこそが、同じ座学トップの春野さんとの決定的な相違点であり利点、そして優等生扱いされずナルト君と同等の問題児扱いされてしまう欠点でもある。

根っからのお人好しの癖して信じられないほどに手癖が悪い、だけど今はその狡賢さが頼もしい。

カンニングのターゲットとしてはまず間違いなく大当たり………まあ、すぐ隣に地雷級の大外れがいるんだけど。

なんなのこの“音”。

意味が分からない………ちゃんと赤い血が流れているんでしょうね?

血の代わりに毒が体内を巡っているとか言われても驚かないわよ私。

 

音といえば、試験官さんの中に1人心音のしない人がいるんだけど……まあ、試験官はいいか。

 

そんな感じで周囲の音を拾いつつ、解答欄を埋めていく。

今のところは順調かな、後はこのまま集中力さえ切らさなければ試験突破はさして難しくはない。

 

 

『ヒナタ……分かってねーな、お前』

 

『え?』

 

気を散らさず……

 

『俺みたいなスゲー忍者はカンニングなんかしねーってばよ!』

 

『ナ、ナルト君……で、でも』

 

集中……

 

『それに…下手すればカンニングを助けたってことで見せてくれたお前がヤバイかもしれねーだろ!』

 

『ナルト君…』(キュン)

 

 

(キュン、じゃないっ! あの2人は何やってんのよ試験中に! ラブコメノーサンキュー! 爆ぜろ!! ……って今はそんなこと聞いてる場合じゃないっての!)

 

全く予想外のベクトルからの妨害を受けつつも、何はともあれ私は全ての解答欄を埋めることに成功した。

 

 

 

 

 

 

(………? なんかカナタからイライラした感情を感じるんですが)

 

コト(わたし)何か失敗しましたっけ?

心当たりがないんですけど……今のところ私の作業は順調ですし。

 

試験の解答自体はすでに終わってます。

ただし、自分の筆跡ではなくマイカゼの筆跡で答えを記入し名前を書く欄にも自分の名前ではなく『月光マイカゼ』と書きました。

アカデミー時代、日に日に神経質になっていくイルカ先生を欺くためにこの手の偽装工作はさんざんやりましたからね。

私にとっては手慣れた作業です。

夜な夜な資料室に忍び込んで機密文書を写し取った日々の成果がここにきて活きました。

“問題児”の称号は伊達じゃないのですよ。

 

(………っよし、できた!)

 

答案用紙の裏の白紙部分に書きこんだ術式。

正直、スペースが不安だったのですが何とか用紙内に収まりました。

 

口寄せ術式に逆口寄せの術式を重ね合わせ、座標指定を行うための演算術式と消音術式を挟み込んだ、我ながら超大作です。

……む? 隣の草忍さんが何やら感嘆したような様子ですが………下手に反応すると見張りの試験官さんに目を付けられかねないので今は無視です。

 

(では早速術式起動………忍法・口寄せ! 答案用紙交換の術(仮)!)

 

手元の答案用紙が音もなく一瞬で消え、代わりに現れたのは別の答案……別の席に座っていたマイカゼの答案です。

 

(マーキングなしでってのが割と難儀でしたけど、何とかなるもんですね)

 

対象が同じ教室内の近い距離にありなおかつ軽い紙であったことが幸いでした。

これがヤマト先生のサバイバル演習の時みたいな大岩だったりしたらこうはいかなかったでしょう。

 

あとは今度こそ自分の筆跡で名前と解答を記入すれば作戦終了(ミッションコンプリート)なのです。

おや、意外と埋まってますね、マイカゼの事だからてっきり白紙かと―――

 

「―――っ!? ~~~っ!」

 

「102番立て、失格だ」

 

「ちっ、ちくしょう………」

 

「………っぷ」

 

「っ! てめえ笑うんじゃねぇ!!」

 

「きゃー!? ちがうんですちにゃうんです決して貴方を笑ったわけでは!」

 

 

 

 

 

 

「よし! これから……“第10問目”を出題する!!」

 

 

(ついに来た! さてどんな問題が出るのかしら?)

 

試験開始からちょうど45分後、ついに森乃イビキ試験官がそう宣言し、カナタ(わたし)は思わず唾をのみ込んだ。

 

「………とその前に1つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう」

 

ルールの追加?

ただでさえ変なルールが多いってのにこれ以上何が………とか考えていたら、ほんのちょっと前にトイレに行きたいと言って退室していた黒子姿に隈取をした砂の男の人が返ってきた。

手錠をかけて付き添っているのは例の心音のしない試験官さん。

 

「フ………強運だな。()()()()()が無駄にならずに済んだなぁ?」

 

隈取さんの顔が見事に強張り、試験官(?)がピクっと震えた。

ああ、やっぱり心音がしないのはそういう………しかしなるほどね、そういうやり方もあるのか。

一口にカンニングって言っても、いろいろあるもんだわ。

 

「まあいい、座れ」

 

隈取さんを席に座らせ、森乃試験官はもったいぶるようにゆっくりと教室を見渡す。

 

「では説明しよう。これは………絶望的なルールだ」

 

静かな、それでいて誰1人聞き漏らすことがないと確信できる響き、声の1音1音が教室中に染み込んでくるような、そんな喋り方。

 

人を威圧するのに大声は必要ないことを知り尽くしていた。

布で隠れている頭や手の形が妙にデコボコしてるし、恐らく拷問経験者、何をどうすれば人が恐怖を感じるのか身体で理解しているわ。

 

「まず、お前らには第10問目の試験を………“受ける”か“受けない”かのどちらかを選んでもらう」

 

「!?」

 

「え…選ぶって、もし10問目を受けなかったらどうなるの!?」

 

「“受けない”を選べばその時点でその者の持ち点は(ゼロ)となる。つまり失格! もちろん同班の2名も道連れ失格だ」

 

ザワッ………

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「そんなの“受ける”を選ぶに決まってるじゃない!」

 

ピンと張り詰めいていた空気が一気に決壊した。

それほどの意味を含んだ言葉だった。

 

「………そして……もう1つのルール……」

 

こんな空気の中でも森乃試験官は話すペースを崩さない。

最初のからずっと同じ調子の、焦らすような感覚。

 

試験時間が残り15分を切っているのに………どんな問題が出るのか知らないけど早く出題してくれないと時間が………というか、こうして焦らせて正常な判断力を鈍らせるのが狙い?

 

「受けるを選び、正解できなかった場合………その者については今後永久に中忍試験の受験資格をはく奪する!」

 

「なっ!?」

 

先ほどのが決壊だとすれば、

今度のはさながら爆発だった。

 

「そ、そんなバカなルールがあるかぁ!! 現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているはずだ!!」

 

「ウ、ウソだ! はったりだ! 一試験官にそんな権限があるわけ……」

 

受験生の誰かが、国際問題になる~とか戦争を起こす気か~とか騒いでる。

確かに普通の試験なら問題になるでしょうけど、幸か不幸かこの試験は正直がバカを見て狡猾が美徳になる忍びの試験なのよ。

 

「い、いや、中忍試験は再起不能者や死傷者で中忍どころか下忍の資格すら失うことも珍しくない難関だ………」

 

「命を奪う権限すら与えられているんだ。素養なしと判断した下忍から受験資格を奪う権限くらい持っていても不思議じゃない………」

 

「そんな………でもだからって!」

 

騒然となる受験生たちを森乃試験官は愉しそうに眺めている。

 

「クク…ククククッ………」

 

愉しそうに、嗤っている。

 

「運が悪いんだよお前らは。今年は俺がルールだ」

 

悪意に満ちた言葉だった。

少なくとも私にはそう感じられた。

 

「その代わり引き返す道も与えてるじゃねーか」

 

だから、これも慈悲じゃない。

 

「自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで………来年も再来年も受験したらいい。次の試験官が俺じゃなければ楽に突破できるかもなぁ?」

 

まるで狩り、ネズミをいたぶるネコよ。

逃げ道を徹底的につぶした後、敢えて一か所だけ穴を残し自然とそちらに誘導する。

尋問のやり口だわ。

 

「では始めよう。この第10問目………“受けない”者は手を挙げろ。番号確認後、ここから出てもらう」

 

 

沈黙したのはほんの数秒だけだった。

 

 

「お、俺は………やめる! “受けない”ッ!」「お、俺もだッ!」「私も……」「俺もやめる!」「アタシも……」

 

 

最初の1人が手を挙げたのを皮切りに雪崩を打ったように次から次へと、受験生たちが教室を出ていく。

まだ100人以上残っていたはずの受験生が見る見るうちに減っていく。

 

110……104…残り人数が100人を切っても勢いは止まらない。

90も過ぎて80、そしてとうとう70台に入ったその瞬間。

 

 

「なめんじゃねー!!! 俺は逃げねーぞ!!」

 

 

流れが、変わった。

 

 

 

 

 

 

「受けてやる! もし一生下忍になったって、意地でも火影になってやるから別にいいってばよ! 怖くなんかねーぞ!」

 

(嗚呼………さすがですナルト君。それでこそナルト君)

 

皆見てますか? 彼こそ未来の木ノ葉の頂点、火影になる男、うずまきナルトです。

 

言葉1つで空気を塗り替える。

それがどれほど凄まじいことなのか、本人は全く自覚していないでしょうね。

少なくともコト(わたし)はもちろんのこと他の誰か、それこそナルト君以上に経験のある大人が叫んだってこうはならないでしょう。

ナルト君だから、ナルト君の言葉だからこうなったんです。

 

「もう一度訊く、人生を賭けた選択だ。やめるなら今だぞ」

 

「まっすぐ、自分の言葉は曲げねぇ。俺の………忍道だ!!」

 

単なる空元気かもしれません、恐怖を押し殺しているだけかもしれません。

何も知らない子供がはしゃいでいるだけなのかもしれません。

 

でも、だけど、だからこそ偉業。

何も知らない子供の恐怖を押し殺した空元気が、イビキ試験官というおそらく本物の尋問のプロの威圧に真っ向から渡り合い拮抗、いやそれどころか圧倒してさえいるのです。

快挙、どころの騒ぎじゃないですね。

 

ナルト君と森乃試験官は互いに目を逸らさずしばらく睨みあい………ふと、イビキ試験官の顔に笑みが浮かびました。

 

「いい“決意”だ」

 

嘲るような嗤いじゃない、本物の笑顔です。

その笑顔はいわば、決意を認めた証でした。

 

「では、ここに残ったもの全員に………」

 

いよいよです。

 

教室中の受験生全員が息をのむのが伝わってきます。

 

さあ、どんな問題が出るのか。

ちなみに私が手を挙げなかったのは、ナルト君みたいな決意と覚悟があったからではなく、どんな問題が出ても答えられるという自信があったからでもありません。

出る問題の内容をある程度とはいえ推測できたからです。

というのも、厳しすぎる追加ルールがかえって問題内容を絞り込む判断材料になっているのですよ。

 

間違えたら一生下忍。

つまり、言い換えれば『これを間違えるような奴はたとえどれだけ優秀であろうとも中忍になる資格がない』ってことです。

 

(そう、これはいわゆる『禁忌選択肢問題』! 目の前で仲間が窮地に陥った。助けるか否か、みたいな、そういう“間違えたら忍びとしてどころか人として終わってる”レベルの超基本問題であるはず! ………たぶん、おそらく)

 

イビキ試験官は悪意に満ちた理不尽な大人………を装ってはいますが、装っているだけでその実かなり誠実っぽいのでそのあたりの筋はちゃんと通すはず………はず。

というかそうであってくださいお願いします!

 

私が内心で必死に祈っている最中、イビキ試験官はついに口を開いて―――

 

 

「―――“第一の試験”合格を申し渡す!」

 

 

………………ふぇ? 10問目は??

 

 

 

 

 

 

「そんなものは初めから無いよ。言ってみればさっきの2択が10問目だな」

 

森乃イビキは笑ってそう言った。

 

その言葉を聞いてマイカゼ(わたし)は安堵よりも脱力を感じた。

この感覚は覚えがある。

忘れもしない第9班が結成して最初のサバイバル演習。

チームワークこそがメインで個人の実力は審査対象じゃないと聞かされた時の、あの『私は何をやっていたんだ』という徒労感。

今までの9問の問題の意味は……いや、結局自力では1問たりとも解けなかったのだからそれほど徒労してないか。

実質コトが全部やってくれたようなものだし。

 

困惑する受験生を前に森乃イビキは語る。

第10問を除く、1問目から9問目までの問題は受験生の情報収集能力及び情報伝達能力を試すためのものだったと。

 

常に3人1組で合否を判断するというチーム戦でありながら、チームをバラバラに座らせるというルール。

この『助け合いは困難だが足を引っ張るのは容易』なシステムは、私たちに想像を絶するプレッシャーをかけた。

 

そのプレッシャーの中でなお、冷静に誰にも気づかれることなく情報収集(カンニング)することができるか。

つまり、この試験はカンニングを前提としてたのだ。

 

「そのため“カンニングの獲物(ターゲット)として全ての解答を知る中忍を2名ほど、あらかじめお前らの中に潜り込ませておいた」

 

「そいつを探し当てるのには苦労したよ」

 

「ああ…ったくなぁ」

 

「ハハハハ………バレバレだったってのー! ンなのに気づかない方がおかしいってばよ!!」

こういう時、ナルトは大物なんだなとつくづく思う。

 

「な! ヒナタ!」

 

「う、うん………」

 

あと、話しかけられて幸せそうにしてるヒナタも。

それでいいのか?

 

「しかしだ、ただ愚かなカンニングをした者は………当然失格だ。なぜなら、情報とはその時々において命よりも重い価値を発し、任務や戦場では常に命がけで奪い合われるものだからだ」

 

そういってイビキは額当ての下に隠していた頭部の傷をさらした。

傷、どころの騒ぎじゃない。

火傷にネジ穴、切り傷………戦場で受けた殺すための傷じゃない、ただただ痛めつけて苦しめるための、拷問でできた傷跡だった。

 

「敵や第3者に気づかれてしまって得た情報は“すでに正しい情報とは限らない”のだ。これだけは覚えておいてほしい! 誤った情報を握らされることは仲間や里に壊滅的打撃を与える!」

 

重みのある言葉だった。

木ノ葉だけでなく、他里の下忍にまでそれを語って聞かせるイビキは誠実だと思う。

試験官に選ばれるのも頷ける。

 

ただ………だからこそ

 

「………でも、なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど」

 

そう、10問目だけが予想外なのだ。

イビキ試験官が誠実であればあるほど、余計にあの理不尽な第10問目の意図が分からなくなる。

 

「しかし………この10問目こそが、第一の試験の本題だったのだよ」

 

「?」

 

「いったい、どういうことですか?」

 

「説明しよう。10問目は“受ける”か“受けない”かの選択。言うまでもなく苦痛を強いられる2択だ。“受けない”者は班員共々即失格。“受ける”を選び問題を答えられなかったものは“永遠に受験資格を奪われる”実に不誠実、理不尽極まりない問題だ………だが、これこそが中忍の任務(Bランク)下忍の任務(Cランク)の大きな境界線なのだ」

 

「………そういうことか」

 

忍者の世界では騙された方が悪いし、騙した方が優秀だとされる。

ヤマト先生がいつも口を酸っぱくして言っていることだ。

不誠実なセリフだと思うし、今でも納得できているとは言い難い。

だが、そういう理不尽を呑み込めないとそもそも忍者はやっていけないということは嫌でも理解させられた。

中忍になるとなおさらそれが顕著になるのだろう。

それでも納得できないなら、その人は中忍になんかならず下忍のまま誠実な(Cランク以下の)任務を受ければいい、いや、むしろ忍びそのものを止めた方がいいだろう。

最低ランクのDランクでも不誠実な任務なんてザラにあったりするからなぁ………素直に違う道を進んだ方が幾分楽だと思う。

 

「こんな2択はどうかな? 君たちが仮に中忍になったと仮定しよう。受諾する任務は当然Bランク。しかし新米であるためできるだけ簡単なものを選んだ。任務内容は機密文書の奪取。事前に知らされた情報により敵の人数、地形、罠の有無など必要なことは全てわかっている。管理忍は笑ってこう言った。『割のいい楽な仕事ですよ』と」

 

寡黙だった試験中とは想像できないほど饒舌に語るイビキ試験官。

おそらくこっちが素なのだろうが………

 

「だが、それは間違いだった。知らされていた情報が敵方に漏れていたのだ。敵の人数はもちろん、能力、その他の軍備の有無、全てが一切不明となった。さぁ、この任務“続ける”か? “続けない”か?」

 

………身に覚えがありすぎる展開だった。

 

「『不誠実だ』『話が違う』『こんな任務やってられるか! 俺は降りるぞ!』………そんな風に文句を言って一度受諾した任務を途中で放棄することは、果たして許されるだろうか? ………答えはNOだ!」

 

そう、プロの忍びは絶対に文句言っちゃいけない。

たとえ橋の建設任務が何故か途中で護衛任務になり、依頼人の家族に財布を盗まれた挙句、他里の忍びと戦闘、最終的には巨大なイカがどこからともなく現れてすべてを薙ぎ払い、報酬が窃盗で実質プラマイゼロよりちょっとマイナス寄りになっても文句言っちゃダメだ………言っちゃダメなんだ!

 

「Bランク以上の任務は誠実な方がむしろ珍しい。忍者が相手なのだからなおさらだ。だがどんなに危険であっても避けて通れない任務もある。そんな状況であってもここ一番で仲間に勇気を示し、苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ!」

 

命を選んで逃げてもダメ。

任務を選んで仲間を死なせるのはもっとダメ。

命か任務か2つに1つ、しかしどちらを選んでも分が悪い。

理不尽な2択を突き付けられる状況なんて中忍になればそれこそいくらでも出てくるだろう。

だから中忍、部隊長は仲間を死なせず任務を成功させるという第3の選択肢をひねり出さないといけない。

 

「いざという時、自らの運命を賭せない者。“来年があるさ”と不確定な未来と引き換えに心を揺るがせチャンスを諦めていく者。突発的な状況の変化という理不尽を呑み込むだけの度量がない者。そんな密度の薄い決意しか持たぬ愚図に中忍になる資格などない、と俺は考える」

 

それは、とても難しいことだと思う。

たとえ中忍でも、上忍でも、それどころかそれらをはるかに越える一流であっても………そう、あの“白い牙”でさえ………

 

「“受ける”を選んだ君達は、難解な“第10問”の正解者だと言っていい! これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう………入り口は突破した『中忍選抜第一の試験』は終了だ。君達の健闘を祈る!」

 

私は立ち向かえるだろうか?

元々私は自分の力でここを突破したわけじゃない。

解答なんて集められなかった。

手を挙げなかったのだって、単にここまで助けてもらっておいてその上さらに足を引っ張る選択をすることに我慢ならなかっただけだ。

そんな私にできることなんて………

 

「おっしゃー! 祈っててー!!」

 

………と思っていたが、ナルトの能天気な声を聴いていたら案外やっていけそうな気がしてくるのだった。

 




かつて、原作前のエピソードを書いているときは早く原作の話を書きたいな~と思ってました。
原作のエピソードを書いているときは早く波の国編書きたいな~って思ってました。
並の国編を書いているときは早く中忍試験編を以下略。
そして今は、早く第二試験編を書きたいな~と思ってます(ただし早く更新するとは言ってない)

読めば分かると思いますが、森乃イビキのセリフにかなりの変更が加えられています。
賛否分かれるかと思いますが、僕としては誠心誠意彼の言いたかったことを掘り下げたつもりです。

再不斬もそうですが、こういう『一見強面だけど実は良い人』系のキャラは大好きです。
コナンのキャメルさんとかワンピースのスモーカーさんとか。

あと報告。
小説タグに『挿絵あり』を追加。
イラストのある話のタイトルに『☆』をつけました。

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