南賀ノ神社の白巫女   作:T・P・R

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今回で演習編は終わりです。


21話

演習がスタートしてからおよそ9時間。

日はすっかり傾いて、空は夕焼けに染まっている。

 

「時刻は5時48分……時間切れまで12分か」

 

第九班担当上忍ヤマトは切株の上に置かれた時計で時刻を確認しつつ空を見上げた。

直に夜になる。

そうなれば演習場に仕掛けたトラップの視認はますます困難になるだろう。

というより、特殊な感知忍術でも使えない限り回避はほぼ不可能だ。

下忍ならなおのこと。

 

そのあたりも計算に入れてヤマトはタイムリミットを日没すなわち午後6時に設定したのだが、日が暮れる方が若干早い。

視界が全く効かない真っ暗な状況下では、殺傷力の低いおふざけのようなブービートラップでも致命傷になる恐れがあった。

そうなれば、たとえ制限時間を過ぎていなくてもリタイヤさせざるを得なくなる。

 

「できれば合格にしてあげたいところだが……いや合格しない方が良いのかな? 他の娘はともかく、コトは天職が他にあるだろうし」

 

ヤマトはお昼に食べた弁当の味を思い出しながら独り言ちる。

陳腐な感想になってしまうが美味かった。

 

出来れば、また食べたいものだと思う。

しかしヤマトは忍者である。

任務には決して私情は挟まない。

 

 

太陽が沈んだ。

 

時刻はまだ6時を過ぎていないが、もう限界だろう。

 

「……残念だが仕方ないな。もしやる気があるなら来年また挑戦して……!」

 

最初は視覚だった。

演習場の木々の間で何かが動いた。

 

次は聴覚だった。

ゴロゴロと何かを引きずるような、転がすような鈍い音。

そして疲れ切ったような浅い呼吸が聞こえてきた。

 

ほどなくして、頬にかかる程度の黒髪に木ノ葉の額当てを縫い付けた帽子をかぶった少女がヤマトの目の前に現れた。

 

月光マイカゼ。

剣術が得意な体育会系で、ヤマトが担当した下忍の中ではおそらく1番身体能力に優れていたと思われる少女。

『忍』と書かれた大きな卵形の石に縄をかけて引きずるようにして運んできている。

マイカゼはヤマトの前まで石を運んでくると、息も絶え絶えと言った様子で

 

「……ヤマト先生? 時間は?」

 

「ああ、まだ時間切れじゃない……大丈夫だ」

 

「そうか……どうやら間に合ったようだな」

 

マイカゼは崩れるようにその場に座り込んだ。

 

「持ち帰れた石は1つか……演習はこれで終了かな?」

 

「いえ、まだです」

 

石の影からひょこっと顔を出した空色の髪のショートカットの少女が

 

「気を抜くのはまだ早いよ。間に合っただけで終わってないんだから」

 

空野カナタ。

ヤマトが見る限り、第九班の下忍の中で一番冷静で3人の中ではまとめ役だった少女。

呼吸こそ荒れていないが、その姿は泥だらけだった。

 

さらに遅れて、石の後ろから声が聞こえてきた。

 

「そうです……ある意味……本番は……此処から…………なんですから」

 

もはや顔を出す体力も残っていないらしい。

うちはコト。

この場の誰よりも才能と血筋に愛されながら、この場の誰よりも忍びに向いていない少女。

長く伸ばされた白い髪も白い肌も今は真っ黒に見えるほどに薄汚れている。

 

「そうだったな。ここからが本番だったな」

 

マイカゼは気力を振り絞るようにしてヨロヨロと立ち上がった。

すでに限界に達しているのであろう。

彼女はほとんど意地だけで動いていた。

 

「時間もないみたいだからさっさと決めないと」

 

カナタは表情を微塵も変えずにテキパキと移動する。

体力の限界も近いにもかかわらず、それでも疲労を感じさせないのは並々ならぬ精神力の賜物と言えた。

 

コトも彼女たちに対抗するように立ち上がって移動……できない。

 

「すみません。私は立ち上がれそうにないので座ったままでいいですか?」

 

その場で転がったまま動けなかった。

 

「そういうセリフはまず座る姿勢になってから言おうか」

 

カナタがやれやれといった様子で、ひっくり返っているコトの状態を無理やり起こしてその場に座らせる。

 

そんなこんなで、彼女たちはそれぞれ向き直った。

 

「どうにも状況が呑み込めないんだが……いったい何をするんだい?」

 

「あ、はい、それなんですけどね……」

 

 

 

 

 

 

「もう諦めましょう。無謀な挑戦をするのはもう止めよ」

 

その時もカナタはいつも通りでした。

いつも通り冷めた表情で、いつも通りの冷めた声。

 

「カナタ!? 急に何を言って…」

 

「だって、このままだと3人とも不合格決定じゃない」

 

「そんなことやってみなくちゃ…!」

 

「やらなくても分かるよ。というか、今の今までやってみたから分かる。私達だけの力でこんな大きな石を3つも6時までに運び終えるなんて絶対に無理。コトも、マイカゼも気づいてるんじゃないの?」

 

「……」

 

反論……できませんでした。

カナタの言ってることは正論です。

どうしようもなく真実です。

理屈で納得していても、感情がそれを受け入れられません。

 

「でも…」

 

しかし、カナタの言葉はそれで終わりじゃありませんでした。

 

「……?」

 

「……でも、この中で1人だけなら合格者を出せるかもしれない」

 

「……っ!?」

 

「どういう……意味ですか?」

 

「そのままの意味よ。3人一緒に合格するのは無理でも、この中で誰か1人だけを合格にすることは出来るかもしれない」

 

「…………なるほど理解した。それで? その誰かは……どうやって決める?」

 

「さあね。というか、その質問が出たということはこの話にノったと解釈しても?」

 

「マイカゼ!」

 

「……コト。すまない、私はこのまま3人仲良く失格になることが確定している無謀な挑戦をするよりも、たとえ1人でも合格できる方法があるならそれに賭けてみるべきだと思う」

 

「……」

 

「これで2票。過半数ってことになるけど……コトはどうしたいの? できれば多数決(かずのぼうりょく)で無理やり従わせるなんてことはしたくないんだけど……」

 

カナタが淡々と聞いてきます。

 

「……私は下忍になりたいです」

 

「私も同じよ。コトを下忍にするくらいなら私がなる」

 

その態度は相も変わらずでした。

 

「無論。私も譲る気はない。たとえ2人を蹴落とすことになっても」

 

この瞬間。

私達3人の意見は一致しました。

 

「カナタ…」

 

「何?」

 

カナタはやっぱりそっけないです。

いつも通り、いつもと同じカナタです。

 

誰もしたくないことを率先してやり、

言いたくないことを率先して言って、

誰も引きたくない貧乏くじを躊躇いなく引く、

 

いつものカナタでした。

やりたい放題やってる私からすればとても真似できません。

 

「……御免なさい」

 

「何に対しての謝罪か分からないわ。心当たりがありすぎる」

 

カナタはやっぱりそっけないのでした。

 

 

 

 

 

 

「つまり、君ら3人は要するに……」

 

「はい、最初は3つとも持ち帰ろうとしたんですけど、時間的にも体力的にも無理でしたので……」

 

「……3つあった石のうちの2つを捨てて、1つに絞ったんです」

 

「3つの石を3人で1つずつ運ぶのは無理でしたが、1つの石を3人がかりで運ぶのなら可能かもしれないと判断したので」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

赫々云々(かくかくしかじか)

ヤマト先生は私たちの説明を聞いて納得したようにうなずき、そして苦笑。

……なぜに苦笑?

 

「それで? 今度は何をするんだい?」

 

「あ、はい。結局石は1つしか持ち帰れなかったので、それを3人のうちの誰のものにするかこれから決めるんです」

 

つまり、これが事実上の演習合格者決定戦。

しかも刻限がかなり迫ってきているので時間はかけられません。

よって一発勝負での決着です。

 

「それじゃさっさと決めないと……コト、マイカゼ、準備はいい?」

 

「私は構わない」

 

「私もです」

 

気合十分です!

 

「じゃあ、ここからは決別だね」

 

「勝った奴が晴れて下忍」

 

「誰が勝っても恨みっこなしです」

 

「それじゃあいくよ」

 

私たちは真剣な顔で目の前に握り込んだ拳を突き出して

 

「「「最初はグー! ジャンケン―――」」」

 

 

 

「うん、合格だ」

 

 

 

「「「―――ポン!…………え?」」」

 

 

パーを出したカナタは何を言われたのか分からない様子で。

 

グーを出したマイカゼは茫然と、

 

チョキを出した私はポカンと口を開けて

 

私たちはそれぞれ硬直しました。

 

「ヤ、ヤマト先生? それってどういう?」

 

「そのままの意味だよ。3人とも合格だ」

 

「「「…………」」」

 

カナタもマイカゼも、もちろん私も、目を真ん丸に見開いて硬直しました。

え? いったいどういうことでしょうか?

 

「…どうして?」

 

「そうです。石は1つしか…」

 

「『忍びは常に物事の裏の裏を読むべし』だよ。最初に僕がこの演習のルールを説明した時、なんて言ったのかもう一度よく思い出してごらん」

 

ヤマト先生に苦笑混じりでそう諭された私たちは、それぞれ首をひねって今日の朝の事を考えました。

まだ1日も経っていないのにずいぶんと昔の事のように感じますが、何とか思い出します。

え~と、確か……

 

 

『この演習場のとある場所に『忍』と掘られた石を数個置いてきた。それを取ってここまで戻ってくる。それが出来た者が演習合格、晴れて下忍だ。どうだ簡単だろう?』

 

 

……特に裏の裏とかはなさそうに思いますが。

というか、深読みしなきゃいけないほど複雑なルールじゃありませんし…

 

「分からないかな? じゃあヒントだ。僕は石をここまで『運んでこれた者が合格』だと言っただけだ。この意味分かるかな?」

 

「…………あっ!」

 

突如、カナタが何かに気づいたのように声を上げました。

 

「1人1つとは言ってない!」

 

「ええ!?」

 

「っ!? そうか!」

 

「その通り、1人1つとは言ってない。運ぶことが出来た者が合格だと言っただけだ。君たちは3人で協力して見事1つの石を運ぶことが出来た。だから3人とも合格だ」

 

あっけらかんと言うヤマト先生。

なんか釈然としません……いや皆で合格できたことは嬉しいんですけど…

 

「い、良いんですか? そんなこじつけ紛いの詭弁で全員合格にしちゃって」

 

「そ、そうだ! 現に私たちは1人じゃ何も…」

 

カナタやマイカゼも同じ気持ちだったのか、信じられないといった表情で詰め寄ります。

ヤマト先生はそれを微笑ましい者を見るような顔のまま制しました。

 

「昨日も言ったと思うけどもう一度言うよ、君たちは忍術を下忍レベルで扱えるだけの一般人だと」

 

「どういうことですか?」

 

「裏を返せば、君たちがアカデミーを卒業できた時点で下忍レベルの忍術を使用できるのはすでに保証されているわけだ。改めて演習で審査するまでもなくね」

 

「……つまりこの演習は」

 

「そう、最初から君たちの実力を測ることが目的じゃなく、チームワークを見るための物だったんだ」

 

「……実力は全く関係ない?」

 

「全くとは言わないけどね。あるに越したことはないし。でもそれは演習のメインの審査対象じゃない」

 

マイカゼさんが今度こそ脱力してその場に崩れ落ちました。

前日にした戦闘シミュレーションが完全に無に帰したってことですからね。

カナタも乾いた笑みを浮かべています。

 

「昨日の私たちのしたことはいったい……」

 

「全くの無駄ではないよ。もし、昨日の時点で腹を割って話し合っていなかったら……」

 

ヤマト先生に言われて想像してみます。

もし、あのまま何もせずに解散していたら……

元から面識のあった私とカナタはともかく、おそらくマイカゼとは演習の最初の時点で別行動をとり、そしてそのまま別々に石を発見していたことでしょう。

 

「石をそれぞれ別々に運ぼうとしていたら、その時点でこの演習はクリア不可能になっていたはずだ」

 

ヤマト先生は真面目な顔で

 

「そういう意味では君たちのとった行動はまさしく最適解と言えるものだったよ。演習の前日の行動も含めてね。演習の話を聞いた直後から綿密に意見を交換して対策を練ると同時に親交を深め、演習を開始してからも決して単独行動に走らず、終始チームとして動いていた」

 

「「「…………」」」

 

1人でも十分切り抜けられるトラップに楽に発見できる目標。

思えば、単独行動に走る要素は多分にあったんですね。

そういう意図だと全然気づかなかっただけで。

 

「先ほどコトはこう言ったね。「誰が勝っても恨みっこなし」って。演習(ゲーム)だとそうだが、これが実際の任務だとこの言葉が「誰が生き残っても恨みっこなし」となる。極限状態においてこういうセリフを吐ける者は実はとても少ないんだ」

 

そして、そういう者だけが忍びになれる、とヤマト先生。

 

「君たちは上っ面のチームワークじゃなく、真の意味で互いの背中と命を預け合う選択をした。改めて言う、合格だよ。下忍認定おめでとう」

 

 

「「「……ッ!?」」」

 

 

ポロリと。

いつの間にか涙を流していました。

 

「……やった」

 

そしてそれは気づけば嗚咽になり……

 

「私達みんな下忍です!」

 

私たちは泣きながら寄り添って

 

「長い付き合いになりそうね」

 

笑い合ったのでした。

 

 

 

「よし、これで今度こそ正真正銘『第九班』の結成だ。よって明日から…」

 

おお、早速任務開始ですか?

 

「いや、明日も演習だ。今度は改めて個人の技能を審査する。連携の修行もしたいしな」

 

ヤマト先生の言葉に、私たちはまたしても硬直しました。

 

「え……」

 

「ま、また演習ですか?」

 

「そうだ。3人とも晴れて僕の部下になったんだ。部下の実力のデータはなるべく正確に把握しておきたい。少々慎重すぎると思うかもしれないがこれが僕のやり方でね。付き合ってもらうよ?」

 

 

どうやらヤマト先生はとことん石橋を叩いて渡る主義のようです。

結局、なんだかんだで私達『第九班』が正式に忍者として活動を開始したのは演習の日から3日後でした。




感想で指摘されたのですが、これと似たようなエピソードが青のエクソシストにあるそうで。
ジャンプは読んでますが、そっちのジャンプはテニプリとかの一部を除いてほとんどノーマークでした。
変えようかとも思ったんですが、結局他に攻略法を思いつかなかったのでそのままです。


そして、次からは新章スタートです。
間に閑話を挟むかもですが。

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