南賀ノ神社の白巫女   作:T・P・R

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過去最多文字数です…
正直な話、ナルトで原作の1話をここまで引き延ばした二次創作はかなり珍しいのではないかと思います。


16話

「ナルト! コト!」

 

突然、誰かがこの場に飛び込んできました。

…どうやら今度は本物のようですね。

 

「やっと見つけたぞお前等! 今度という今度は……!?」

 

飛び込んできたイルカ先生はそこまで言いかけて、言葉を失いました。

そりゃそうですよね。

一見するとかなりおかしな状況ですから。

 

まず煙を上げてひっくり返っているミズキ先生。

この時点で来たばかりのイルカ先生からすれば意味不明でしょう。

 

そして、おろおろと混乱の真っ最中のナルト君。

背中に背負っているのは今回の騒動の元である『封印の書』

 

そして―――

 

「ぐにゃあああぁああぁああ!」

 

―――のたうちまわる私。

これが一番意味不明ですねハイ。

 

無論理由があるのです。

というのも私が仮にも禁術であるということをすっかり忘れて『影分身の術』を不用意に使用したことに起因するのです。

 

影分身の術。

通常の分身とは異なりチャクラを媒介に実体のある分身を作り出す忍術。

原理としては分身というより、もう1人の自分をこの世界に召喚する時空間忍術に近いものがあります。

そうして出現した分身体は、札の補助も必要なく本体と同じように独立した思考と意識を持って行動することが出来、また分身体が経験した記憶は術を解いた際に本体に還元することができるのです。

自立行動させるための札をせっせと作成していた私からすれば、あまりの便利さに開いた口が塞がらなくなるほどの衝撃をもたらした忍術なのですが、そこはやっぱり禁術。

 

大きなリスクが2つありました。

1つは術を発動するのに必要なチャクラ()とは別に、分身を形作る材料としてのチャクラ()が別途必要になるので、全体としてのチャクラ燃費がすこぶる悪いということです。

陽動や偵察ならともかく、戦闘に使えるような密度の影分身は達人でも数体が限界でしょうね。

 

そして2つ目ですが、前述のリスク以上に厄介なことにこの術、特性として分身が受けたダメージの記憶まで本体に還元されてしまうのです。

つまり、影分身が切り裂かれれば切り裂かれた経験が本体に還元され、影分身が炎で炙られたらその経験はやっぱり本体に余すことなくフィードバックされるということなのですよ。

 

仮に分身体を9体出現させ、本体合わせて合計10人に分身したとして、それを一斉に火遁か何かで燃やされたりした場合、普通に燃やされた場合の10倍の燃やされるダメージを負うことに…私ならショックだけで死ねそうなのです。

 

もっとも、経験の取捨選択なんてできない以上、考えてみれば当たり前の話なのですが。

分身が受けた経験は()()本体に蓄積されるという特性を知った時点でこのリスクに気づくべきでした…

 

これだけだと囮なのに囮として使えない分身を作り出す欠陥忍術になってしまいますが、そこは天才、扉間様です。

そうならないよう本来ならダメージの経験を極力少なくするための安全装置(セーフティ)として、影分身はちょっとした衝撃ですぐに消えるように術式がプログラムされているのでした。

 

しかし、まことに残念なことに今回私が合わせて使用した忍術にその安全装置(セーフティ)を解除する術式が組み込まれていたのですよ…

 

分身大爆破の術。

影分身と合わせて使うための術で、分身体に練り込まれたチャクラを利用して名前の通り爆発させる忍術。

その特性上、すぐに消えたんじゃ意味がありません。

爆弾として機能しないのですから。

 

結果、私は全身が内側から弾け飛ぶという、ともすれば何かに目覚めてしまいそうになるような未知の痛みの経験を余すところなく分身から還元されて記憶し、のたうちまわる破目になったのでした。

やっぱり、禁術は不用意に使うようなものじゃないですねはい。

こんな術を使って顔色一つ変えないような人は、きっと物凄い自己犠牲精神溢れる我慢強い人なんですよきっと……

 

「私は、決めました……影分身は別にして、大爆破(こっち)の術は二度と使いません……」

 

私は何とか立ち上がりながら心に誓いました。

こんな文字通りの自爆忍術、危なくて使えません。

生涯封印なのです。

 

「ったくコト、お前ってやつは……」

 

物凄い口惜しそうにするイルカ先生。

なんでそんな残念なものを見る目で私を見るんですかねイルカ先生。

 

「で、何が結局どうなって―――っ!?」

 

突然、イルカ先生は顔色を変えると、私とナルト君を突き飛ばして―――

 

「「イルカ先生!?」」

 

―――イルカ先生に大量の苦無が突き刺さりました。

 

そんな!?

 

ふと、気づけばさっきまで伸びていたミズキ先生が立ち上がり、血走った目で私たちの方を睨んでいます。

まさか、分身大爆破の術を至近距離で受けたはずなのに……ひょっとして、私のチャクラ力が足りなかった!?

 

「ミ、ミズキ…お前、どうして?」

 

「どうして!? それはこっちのセリフですよイルカ先生! なんだってこんな落ちこぼれで盗人の餓鬼共を庇うんですかねぇ!?」

 

口汚く吐き捨てるミズキ先生に、驚きを隠せないイルカ先生。

無理もありません。

普段の温厚な態度からすれば、到底信じられないくらいの豹変ぶりなのです。

 

「どけ! イルカ! その餓鬼共は危険だ! 俺が殺す!」

 

「ま、待て! 落ち着けミズキ!」

 

「たぶん無駄ですよイルカ先生」

 

全身に刺さった苦無に顔をしかめつつも何とか説得を試みるイルカ先生を、私はやんわりと制しました。

以前、『火』の謎チャクラを取り込んで似たような状態になったから解ります。

今のミズキ先生はどう見ても言葉の通じるような状態じゃあないのですよ。

どうやら私の付け焼刃のぶっつけ本番禁術のせいで中途半端に追い詰めてしまったみたいなのです。

 

「それに、あいつは俺を騙して…」

 

ナルト君もキッとミズキ先生を睨みつけます。

 

「騙して……どういうことだ?」

 

「つまり、ナルト君はミズキ先生に唆されちゃったんですよ。『封印の書』を盗み出すように…」

 

「……なるほど、そういうことか!」

 

イルカ先生が目を見開いたのは一瞬でした。

次の瞬間には納得の様子でミズキ先生を警戒します。

やけに理解が早いですね。

 

たぶん、イルカ先生は最初から疑問だったのだと思います。

『封印の書』の守りは厳重で、ナルト君1人ではどう頑張っても持ち出せないのです。

内通者に手引きでもされない限りは。

幾度となく忍び込んだ私には分かるのです。

 

「ナルト! その巻物を寄こせ!」

 

「ナルト! 巻物は絶対に渡すな!」

 

完全に臨戦態勢に入り、身体から引き抜いた苦無を構えるイルカ先生。

ナルト君もビビりつつも腰を低く構えます。

私としては、ここは一旦引いて態勢を立て直したいところなのですが。

さっきから全身に苦無が突き刺さったままで血をダラダラ流しているイルカ先生が気になって仕方がないのです。

平気なのですかそれ?

って平気なわけがないですね、どう考えてもやせ我慢です。

ああ、早く治療したい…

 

「イルカァ…なんでそんな餓鬼共を信じるんだよ? そんな化け物の餓鬼をよぉ!?」

 

ミズキ先生が唾を飛ばしながら叫びます。

そりゃ、私たちはそれなり以上に交流ありましたからね、叱り叱られ気づけばすっかり顔馴染み……ん?

 

「化け物?」

 

ミズキ先生の物言いに私は首をかしげました。

どういう意味でしょうか?

ナルト君も訝しげな顔をしています。

 

「そうか、そうだったな……せっかくだ。良いこと教えてやるよ」

 

ミズキ先生の顔が喜悦に歪みました。

 

「バ、バカよせ!」

 

イルカ先生が必死の形相で声を荒げてミズキ先生の言葉を止めようとしますが、もちろんそんなもので止まるわけもなく…

 

「12年前……化け狐を封印した事件を知っているな? あの事件以来、里では徹底したある掟が作られた」

 

「ある掟…」

 

「…ですか?」

 

12年前の九尾の妖狐襲来事件と言えば、ちょうどナルト君が生まれたくらいの年なのです。

ちなみに私が生まれたのはその翌年……しかしこれが一体なんだというのでしょうか?

ミズキ先生の言葉は続きます。

 

「しかし、ナルト……お前にだけは絶対に知らされることのない掟だ」

 

「…俺だけ…!? 何なんだその掟ってばよ!? どうして…」

 

「ククク……それはな」

 

ミズキ先生が激昂するナルト君を見て愉しそうに嗤います。

 

「……ナルトの正体が化け狐だと口にしない掟だ」

 

「……っ!?」

 

ナルト君が目を見開いて硬直しました。

私自身も「やめろ」と叫ぶイルカの声も耳に入らず固まってしまい、ミズキ先生の言葉だけが響きます。

 

「つまり、お前が―――」

 

「やめろ…」

 

「―――イルカの両親を殺し」

 

「やめろ!」

 

「里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよっ!!」

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「おかしいとは思わなかったのか!? あんなに里の人間に毛嫌いされて!」

 

「……っ!」

 

ミズキ先生の言うとおりです。

私は、いえ、私だけではなくカナタやヒナタさんもなのです。

私たちはずっと不思議だったのです。

こんなにも良い子なナルト君が、どうしてあんなに里の皆から…

 

正直、ミズキ先生の話は信じられないし、信じたくないのです。

でも実際のナルト君の扱いは…

 

…里の皆は知っていたのですか? でも私たちは知らなかった、子供には知らされていない? 大人にだけ知らされていた? 火影様も全部知っていた? そもそもこの話は真実なのでしょうか? イタチお兄さんのような濡れ衣を着せられただけの誤解という可能性は? …分からない、分からないことだらけです。

前々から感じていたことですが、この里、実は物凄い不透明です。

さすが忍びの隠れ里というべきか、何処も彼処も隠し事だらけなのですよ…

 

「(…ちくしょう)」

 

ナルト君の目から涙が零れ落ちました。

 

「イルカも本当はな! お前が憎いんだよっ!! そりゃそうだよな! 親の仇だ! 憎まない筈がねぇ!」

 

「ちくしょう…ちくしょう、ちくしょう!」

 

「この里でお前を認める奴なんかいやしねぇ!」

 

私はその言葉に反論しようとしました。

そんなことはない! ナルト君を認めている存在は此処にいる! って叫ぼうとしました。

でも、声が出ませんでした。

 

ミズキ先生は言ったのです。

 

親を殺されて恨まない筈がない。

 

事実その通りだと思います。

ナルト君がもし本当に里を襲って多くの人を苦しめた九尾の妖狐なのであれば、今ここでナルト君に味方するのは果たして正しいことなのでしょうか?

正義なのはミズキ先生の方で、悪なのは私たちの方なのでは…

 

「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!!」

 

ナルト君の慟哭の涙は枯れることなく流れ落ちます。

 

「お前は生きてちゃいけないんだよ」

 

 

 

 

だから死ね

 

 

 

 

ミズキ先生は、風魔手裏剣をナルト君めがけて投擲して―――

 

「ナルトォ!」

 

ほぼ同時にイルカ先生が間に割って入り―――

 

―ザクッ!

 

風魔手裏剣は、イルカ先生の背中に突き立ちました。

 

 

真紅が弾けて―――

 

 

 

 

 

 

意識の底に沈めている幼い日の思い出は大人になった今でも鮮明に思い出すことが出来た。

事件後、「ただいま」「おかえり」という何気ない日常から失われた日々。

家に誰もいないという事実は、俺―――海野イルカにとって耐えがたい苦痛だった。

 

 

眼を開ける。

俺の血を浴びて呆然と固まっているナルトがそこにいた。

ああ、良かった、どうやら今度は間に合ったみたいだ。

 

コトのやつは……オロオロと揺れているか。

見た感じこっちも無事か。

 

ハハ、コトのそんな顔はあの時以来だな。

そんな不安そうな顔しなくても俺は大丈夫だ、格好悪くても大人だからな。

 

それとも迷ってるのか?

大丈夫だ、俺が…俺たちが保証する。

お前たちは何も悪くないんだ。

 

「両親が死んだからよ……誰も俺を褒めてくれたり、認めてくれる人がいなくなった。寂しくてよぉ……」

 

ほとんど無意識のうちに口が動いていた。

飛び出すのはせめて友達には認められたいと思ったかつての自分の心中。

 

「クラスでよく馬鹿やった。人の気をひきつけたかったからさ。優秀な方で気を引けなかったからよ」

 

忍術の修行中のことだ。

俺はワザと失敗して、池に落ちたりした。

そのときだけは自分のことを見てもらえるから。

そのときだけは独りじゃないと思えるから。

 

「全く自分ってものがないよりもマシだから、ずっとずっとバカやってたんだ」

 

馬鹿なやつ。

周囲にはそういう烙印を押されたが、誰にも見てもらえない『空気のような存在』になるよりはマシだと思えた。

そういうポジションを手に入れるために、馬鹿を繰り返した。

何度も何度も繰り返した―――おかげで友達はできた。

 

けれど、それは素の自分を認めてもらえたわけではなかった。

 

結局のところ、それは自分を認めてもらっているわけではなく―――道化を演じていることに対して、苦笑混じりの認識を覚えられていただけだった。

 

「苦しかった」

 

媚びへつらう日々を繰り返し、俺は大人になって教師になって…ようやく俺はかつての自分が間違っていたことに気づけた。

ガキっぽい行動だった。

気を引くための努力を違う方向に向けるべきだった。

学校で馬鹿みたいに騒いで、家の中ではしんみりと部屋の隅で座り込んで―――流れる涙を止める方法はそんなものじゃなかった!

 

結局、心の隙間は心でぶつからないと埋まらなかった。

 

そう、例えば周囲に疎まれても真っ直ぐ自分を曲げずぶつかり続けたナルトのように。

そう、例えば失敗しても失敗しても諦めずに自分の信じた道を突き進んだコトのように。

 

間違っていたのは俺だった!

教えられたのは俺の方だった!

 

「寂しいよな。苦しかったよなぁ……ごめんなぁ。大人(おれ)がもっとしっかりしてりゃ、こんな思いさせずにすんだのによぉ……」

 

俺は血の混じる言葉を吐き出した。

ナルトは目を見開いて俺の腕の隙間から抜け出ると、割って入った時の衝撃で飛んで行った巻物を担ぎ上げ、一瞬俺を振り返った後、森の中へ走り出した。

その瞳は、揺れていた。

 

「ナルトォ!!」

 

「ククク、あの目を見たか? 絶望した奴の目だ。『封印の書』を利用し、この里に復讐する気だ」

 

「ナルトは、そんな奴じゃない!」

 

「けっ! そんなのはどうだっていい。ナルトを始末して……『封印の書』が手に入ればそれでいい! お前等は後だ」

 

ミズキは心底愉しそうに嗤うと、ナルトを追って森の中へ入っていく。

俺もすぐに後を追おうとしたが、身体に力が入らなかった。

さすがに血を流しすぎたか…

コトのやつがいつになく血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「イルカ先生! すぐに治療を!」

 

「コト……」

 

「喋っちゃダメです! とにかく出血を」

 

「俺のことは良い……ナルトを頼む…」

 

「でも……」

 

コトの目が不安定に揺れている。

らしくない。

俺は全身の痛みを根性で抑え込んで笑顔を作った。

 

「ハハ、何を迷ってるんだ? いつもの無駄に自信満々なコトは何処に行ったんだ?」

 

「私は……「お前は間違ってないよ」…え?」

 

ひきつった下手くそな笑顔だが知ったことか。

とにかく笑え、教え子の不安1つ取り除けなくて何が教師だ!

 

「お前は間違ってない。何度でも言ってやる。お前は間違ってなんかない!」

 

コトの事情は火影様をはじめとする里の上層部から聞かされていた。

そして万が一“間違える”ようなことがあれば速やかに()()せよとも。

 

ふざけるなと叫びたかった。

友達を、仲間を、家族を取り戻したいって思う気持ちが間違いであってたまるか!

 

「でも、それでも! もし仮にそれが間違いだっていうならさ」

 

俺は咳き込むのも構わず息を吸い込んで

 

「盛大に、思いっきり間違えてやれ!」

 

そういうの得意だろ?

なんたってお前は、この俺がいつも手を焼かされていた問題児なんだから。

 

コトの大きな目が驚きに見開かれる。

見開かれて、そして閉じて、また再び開かれて…

 

「…これ、包帯と傷薬です。あと増血丸も。………ここでじっとしていてください」

 

必ず()()で戻ってきますから。

コトはそれだけ言い残して、この場を立ち去った。

もうその眼に迷いはなかった。

 

気持ちは通じただろうか。

これで少しは教師らしいことが出来たと良いんだが。

 

「なんて、言ってる場合じゃないな」

 

俺は、コトにもらった救急セットで素早く応急処置を済ませると、行動を開始した。

悪いなコト、言いつけは破らせてもらう。

教え子のピンチにじっとなんてしてられない。

 

それが教師って生き物なんだ。

 

 

 

 

 

 

私―うちはコトは、森に入るとすぐさま感知モードを全開にしました。

元々は自然エネルギーを取り込む実験の副産物だったのですが…本当に何が幸いするか分からないものですね。

全部私の日ごろの行いの産物です。

これだけでも、イルカ先生の「間違っていない」という言葉を実感できるのです。

 

実は、イルカ先生以外にも、ナルト君に励まされていたのです。

ミズキ先生が乱入してくる少し前、悩みに悩んだ末、私は心中を吐露した時のことでした。

 

私はどこか歪であること。

人として大事なものを失ってしまっていること。

カナタにそれを指摘されたこと、

指摘されるまで自分では全く自覚がなかったこと。

 

洗いざらい全部ぶちまけたのです。

全てを聞き終えたナルト君は、なんてことないように笑って

 

『知ってたってばよ』

 

『……え?』

 

予想だにしない答えでした。

 

『俺ってばさ、生まれた時から親がいないからさ…独りってのがどういう気分なのか解るんだ』

 

ナルト君は話してくれました。

 

『コトちゃんやサスケが独りぼっちになったって聞いたとき、実はちょっと嬉しかったんだ…俺と同じような奴が増えたって。同じ気持ちを分かち合えるって、喜んじまったんだってばよ……』

 

ナルト君のそれは告白でした。

以前、一楽で吐き出した心の内(ハラワタ)よりもさらに奥深く、後ろ暗い闇の部分でした。

 

『でも違った。コトちゃんも、サスケのやつも、俺とは全然違ってた。コトちゃんは以前と何も変わらなかったし、サスケは俺と違って何でもできた。落ちこぼれの俺なんかとは大違いだったってばよ』

 

『……』

 

『でも関係ない』

 

『……? 関係ない?』

 

『ああ。たとえコトちゃんが普通とは違ってても、俺とは全然違っても、気持ちを分かち合えなくても! そんなの関係ない! 俺たちは友達だってばよ! だって俺は、いや俺だけじゃない、カナタだってそうだ! 俺たちはコトちゃんが違うことを解った上で、認めた上で一緒にいるんだから!』

 

それは今までも、そしてこれからも。

 

『コトちゃんが例えどんな風になっても、俺たちは一生友達で、仲間だってばよ! それでも、もし何かとんでもないことをやらかしちまいそうになったらさ、俺たちが全力で止めてやる!』

 

それが友達ってもんだろ?

 

 

 

「ああ、私って本当に恵まれてますね」

 

友達に恵まれて、理解者に恵まれて、恩師に恵まれて……これ以上ないくらい恵まれています。

でも私は強欲なんです。

これ以上を、家族を求めてしまっているんです。

 

今まではそれはとても後ろ暗いことでした。

私の進む道は決して正しくないから。

火影になるっていう正しくて真っ直ぐな道を行くナルト君が眩しかったのでした。

でも今は……

 

「……見つけました」

 

ナルト君の気配。

それを追うミズキ先生の気配。

そして、やっぱりというか案の定というか、言いつけを守らず動いてるイルカ先生の気配。

あの怪我でよくもまあ…じっとしててって言ったのに…

 

「フフ…」

 

知らず知らずのうちに笑みがこぼれます。

 

常識観点から鑑みれば、それはとても正しくない行動です。

でも今の私にはその正しくなさがどうしようもなく眩しく感じられたのでした。

 

 

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつも信じられねえほどのお人よしだな…親の敵に化けてまであいつを庇って何になるってんだ?」

 

「お前みたいなバカ野郎に『封印の書』は渡さない。コトみたく価値を正しく理解できるとも思えないしな」

 

「言ってくれるじゃねえか。価値を正しく理解できないだと? 理解できてないのはお前だイルカ。コトもナルトも根本的な部分は俺と同じなんだよ」

 

「同じだと?」

 

「そうさ! あの『封印の書』に記されている術を使えばなんだって思いのままだ! それを理解しているからこそ現にコトは飽きもせずに火影邸に侵入し続けたんじゃねえか! ナルトもそうだ! あの化け狐が力を利用しないわけがない」

 

 

―――ミズキ先生とイルカ先生が喋ってるのを、私は木の陰に隠れて観察していました。

反対側にナルト君の気配も感じました。

どうやら『封印の書』もまだ奪われていないようで、私と同じように2人のやりとりをじっと伺っています。

それでいいです。

まだ乱入するときじゃありません。

仮に突撃しても今の警戒されているミズキ先生相手じゃ返り討ちなのですよ。

 

 

「―――にするな…」

 

「あ?」

 

「一緒にするなって言ったんだよこの大馬鹿野郎が。ナルトもコトもお前なんかとは違う!」

 

「あいつらは俺が認めた優秀な生徒だ。努力家で、一途で、その癖変に不器用で、誰からも認めてもらえなくて…」

 

 

ふと、気づけばナルト君が泣いていました。

悲しみの涙ではありません。

ナルト君、どうやら貴方の努力は、貴方の知らないところで報われていたようですよ?

 

 

「ナルトは人の苦しみを知っている。コトは力の愚かさを知っている。もう一度言うぞ。あいつらはお前なんかとは違う! 人の苦しみを理解できず、『封印の書』を単なる力としか考えられないようなお前とはな! あいつらは俺が認めた優秀な生徒、木ノ葉隠れのうずまきナルトとうちはコトだ!」

 

 

ああ、誰かに認められるって、こんなにも嬉しいことなのですね。

もう迷いは完全に消えました。

 

 

「……っへ、おめでたい奴だな。お前は後回しにするつもりだったが、もう止めだ。この場で息の根を止めてやるよ」

 

 

ミズキ先生が背中の風魔手裏剣を外して、構えました。

ダメです!

もう一度あれを受けたらイルカ先生は!

 

 

「さっさと死ねぇ!」

 

 

今は乱入するときじゃないとか、返り討ちにされるだけとか、そういう思考は全部吹っ飛びました。

私は、真っ白になった状態で、イルカ先生の前に飛び出して―――

 

 

―――同じように飛び出していた、ナルト君と共にミズキ先生を吹っ飛ばしていました。

 

 

「イルカ先生に手ェ出すな。殺すぞ」

 

「…やってくれるじゃねえか」

 

「はい、やってしまいました……でも不思議なんですよ。後悔の念が微塵も沸かないのです」

 

むしろ清々しい気分なのですよ。

 

「けっ、どいつもこいつも化け狐の味方かよ。おい、良いのか? お前の隣にいるのは里を襲った大悪党だぞ?」

 

ミズキ先生が私の方を歪んだ目で見て言ってきます。

 

「はい、そうかもしれませんね。少なくとも今の私にはナルト君が九尾の妖狐じゃないと証明することが出来ません」

 

私はミズキ先生の言葉を否定しませんでした。

ナルト君が私のことを不安そうな目で見てきます。

 

「コトちゃん?」

 

「でも…そんなの関係ない」

 

ナルト君が呆けたように固まりました。

そうです、これは私がナルト君にもらった言葉です。

 

「関係ない。関係ないんですよそんなこと! 仮に本当にナルト君が九尾でもそんなの関係ない! 私たちは友達です! 私はナルト君のことを認めた上で一緒にいるって決めたんですから!」

 

それこそが迷いを振り切った歪な私の偽りない本音です。

 

「ナルト君がミズキ先生の言うとおり本当に九尾の妖狐で、一緒にいることがどうしようもなく悪いことなのだとしたら……私は喜んで悪いことしてやるのですよ!」

 

もとより私は問題児ですからね。

今更、間違えることに躊躇いはありません。

 

善も悪も知ったこっちゃないのです。

私は私の信じた道を行くのみです。

これが私の忍道です。

 

「…上等だコラ、だったら俺が大人として、教師として、お前等に直々にオシオキしてやるよ!」

 

「…っへ、望むところだ。かかってこい、千倍にして返してやっから「あ、その前にちょっと待ってください」…コトちゃん~」

 

空気読めってばよ~とナルト君。

確かにいろいろぶった切ってしまいましたが、それでもまだ1つ、ミズキ先生にどうしても聞かなければならないことがあるのです。

 

「ミズキ先生は…」

 

「あぁ?」

 

「ミズキ先生は、九尾のキツネさんに誰か大切な人を殺されたりしたのですか? 両親か、兄弟か、親戚か、友達か、仲間か、恋人か…そんな人たちを殺されたから、ナルト君を憎んでいるのですか?」

 

「はぁ、何甘いこと言ってやがる? 最初(ハナ)っからいねぇ~よそんな奴。友達? 仲間? 生憎と俺はカスとつるむ気はねぇ」

 

「なるほど、よく分かりました。もういいですよ。これで思い残すことはありません」

 

少なくともこの人にはナルト君を蔑む資格はないのですね。

それさえ分かれば十分です。

これで本当に遠慮はなくなりました。

 

「お待たせしました。もう暴れていいですよナルト君?」

 

「おう!」

 

さっきからうずうずしていたのか、さっそく印を結んでチャクラを練り込むナルト君。

気分が高まっているのか、いつにもましてそのチャクラ量は多いです。

心なしかチャクラ質まで違うような気がします。

 

「良いですね…知ってますかミズキ先生?」

 

私はミズキ先生にニッコリ微笑みかけて

 

 

 

大人(あなた)がそういう態度でいてくれるから、子供(わたしたち)は何処までも生意気になれるんですよ?」

 

 

 

多重影分身の術!

 

 

「なぁ!?」

 

ミズキ先生は、あたりを見渡して絶句しました。

ミズキ先生だけではありません。

心配そうにしていたイルカ先生も、そして私も言葉を失いました。

いや確かに暴れていいとは言いましたけど…いくらなんでもこれは…

 

「「「「「へっへ~ん、どうしたんだってばよ? かかってこいよ、ひょっとしてビビってんのかぁ!?」」」」」

 

四方八方からナルト君の声、まるで木霊です。

それもそのはず、現在森はナルト君の分身体で埋め尽くされているのですから。

 

あっちを向いてもナルト君、こっちを向いてもナルト君、何処も彼処もナルト君だらけ…うわぁ、びっくりです。

これだけいればもう一生ナルト君には困りませんね…って私は何を言ってるのでしょうか?

 

「うぁ、あ」

 

ミズキ先生は蒼白になって腰を抜かして尻餅をつきました。

先ほどまでの残忍で野心に満ち溢れた顔は見る影もありません。

何だか、可哀相になってきました……

 

「「「「「それじゃあ、こっちから行くってばよ!」」」」」

 

たくさんのナルト君が一斉に構えます。

もうこれは詰みですね。

実は私も覚悟を決めてナルト君と戦うつもりだったのですが…これ以上やるのはさすがにミズキ先生が気の毒なのですよ…

 

「千倍にして返すとは言っていたが……まさか本当に千人に分身しやがるとはな」

 

「数えたんですか!? そっちはそっちで凄いですね…でもまあ、ナルト君ですし」

 

「確かにな…こりゃひょっとすると本当に歴代のどの火影も超えちまうかも」

 

「ですね」

 

そういって笑い合う私とイルカ先生。

もっとも、それはまだ未来(さき)の話ですが。

 

私もナルト君もまだまだ子供です。

 

 

「というわけで、覚悟してください大人(ミズキせんせい)? 子供(ナルトくん)の悪戯はちょっとばかり強烈ですよ?」

 

 

 

そしてミズキ先生は私たちの目の前で、ナルト君のジャージの色―――オレンジの津波に呑み込まれて見えなくなっていったのでした。

 




原作1話、これにてようやく終了です。
コトがあまり活躍してないですが、原作主人公の活躍の場を奪うのはどうしても嫌だったので。

何はともあれ、コト、ナルト共々吹っ切れました。
箍が外れたとも言います。


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