12話
「火影様! 大変です! またナルトのやつが歴代火影様の顔岩に落描きを!」
「しかも今度はペンキです!」
アカデミーがにわかに騒がしくなってきました。
予想通り、いや予定通りです。
「しかし、いつかやるとは思ってましたけど…とうとうやっちゃいましたねナルト君」
これはもう以前みたいに水遁で一発洗浄なんて無理です。
水で流したところでペンキは落ちないのですよ。
哀れなナルト君は手作業で地道にゴシゴシ擦らないといけないのです。
何より可哀相なのは、前回と違って私がその作業を手伝えないということなのですよ。
なぜなら、今度という今度の私の作戦は完璧だからです。
バレて捕まる可能性など皆無なのですよ!
派手に暴れて目立って存分に人目を惹きつけているだろう同年代の金髪少年を脳裏に思い浮かべつつ憐れみつつ、私は1人こっそり行動を開始しました。
いや~なんか凄いデジャビュを感じますねこの状況。
もっとも、状況は以前とは違いますけどね。
成長してるんですよ私も。
前回と同じく、水分身の囮はすでに教室に配置しています。
もちろんただの水分身ではありません。
今回の作戦のため、改良に次ぐ改良を積み重ね本体との差異を一切なくした究極の分身!
もはや、私(本体)と同一の個体、もう1人の私自身と言っても過言ではないそのクオリティ、
看破したければ万華鏡写輪眼でも持って来いってんですよ!
仕込んだ札も特別性です。
私とそっくりに自立行動させるのはもちろんのこと、万が一のためのマニュアル操作に切り替える機能を搭載。
盤石なのです。
本物が教室を抜け出していることは絶対にバレな―――
バシャッ
突如、水分身が壊れました。
―――えぇ??
『海野先生、コトのやつがまた水分身と入れ替わってたみたいです』
『くっ、そっちもか! ちょっと待て、今ナルトのやつをとっ捕まえてくるから!』
水分身に仕込んでいた札を介して教室の様子と声が伝わってくるのです。
なんで? どうして?? どうしてこんなあっさり水分身が???
困惑する私の心中を察してか、教室で札を拾い上げたらしい空野カナタが呆れたように話しかけてきます。
『あ~聞こえてる? 貴女のことだからきっと今頃どうして~とか困惑してるでしょうけど、当たり前の結果よ。あんなド繊細極まりない美術品みたいな水分身、ヤンチャ坊主ひしめくアカデミーの教室に剥き身で放置してるからよ。次からは緩衝剤敷き詰めたガラスケースでも用意することね』
「ちょっ、そんなことしたら本末転倒です! 囮の意味がないじゃないですか!」
思わず叫び返してしまう私。
そんな風にしたら比喩でもなんでもなく使えないのですよ!
『その通り、この分身は使えないのよ、分かってるじゃない。本末転倒……まさしく貴女にふさわしい言葉よね、うちはコト?』
「っく!」
まだ、まだです!
まだ諦めるのは早いのです!
予想外の事態(?)で囮の水分身は壊れてしまいましたが、まだ私は捕まっていません!
先生方がこちらに駆けつける前に事を完了してしまえばいいだけなのですよ。
そうです、それにナルト君も存外粘ってるみたいですし。
以前ナルト君に渡した『チャクラ探知機能付きゴーグル』が思わぬところで大活躍なのです。
思う存分逃げ回って時間を稼いでください。
私は侵入者撃退用のトラップをかいくぐり書庫にまんまと侵入を果たし真っ直ぐ目的のブツがある場所に向かうのです。
このあたりは手馴れています。
伊達に何度も何度も侵入してないのですよ。
事前調査も万全です。
かつては『封印の書』がデカすぎて隠し持てないなんてアホみたいな理由で計画が頓挫してしまいましたが、今回はそのあたりもばっちり対策済みです。
今日の私は抜かりません。
本来なら完全犯罪を遂行したかったのですがそれはそれです、臨機応変に行きましょう。
速攻で盗んでトンズラするのですよ……ってあれ?
「ない!?」
私は空っぽの書庫を前に呆然と立ち尽くしました。
そんな馬鹿な!?
事前調査によれば『封印の書』はいつもここに保管されているはず…
「そりゃ、こんなに頻繁に泥棒が入るんじゃ。保管場所を変更しないわけがないじゃろう?」
「…………ですよね~」
正論でした。
全く持って正論でした。
というか、なんで気づかなかった私?
「……任務はどうやら今回も失敗のようじゃな?」
背後にいるキセルを咥えたお爺ちゃん―火影様が問いかけてきます。
苦笑交じりですが、眼だけが笑ってません。
とっさに窓からの脱出を試みるものの、窓の向こうには例によって担任のイルカ先生の気配。
もうちょい粘ってくださいよナルト君。
「……今回もダメでしたか……」
私は乾いた笑みを浮かべて降参とばかりに両手を挙げました。
木ノ葉に問題児は2人いる。
1人は言わずと知れた天下の悪戯小僧「うずまきナルト」
そして、もう1人は…
「今度こそ完璧だと思ったんですが…」
「…バカでしょ? いや聞くまでもなく確定してるわね。コトはおバカよ。頭の出来は悪くないのに勿体ない」
空野カナタはやれやれと首を振ります。
最近、髪を切ってショートカットになった彼女の空色の髪がそれに合わせてユラユラとゆれます。
「なにおう!? 私のどこがバカだっていうんですか!」
「わざわざ逆口寄せの術の巻物まで自作してまでコソ泥の真似事なんてするやつをバカと言って何が悪いのよ」
逆口寄せどころか、普通の口寄せの術だってマスターしているアカデミー生はコトだけなのに、とカナタ。
仕方ないじゃないですか!
全部『封印の書』がデカいのがいけないんです!
隠し持つことが不可能な以上、時空間忍術で直接別の場所に送り飛ばすしかないじゃないですか。
そりゃまあ、里にあるすべての術が記されているなんて代物が一般的大きさの巻物になるわけがないのは分かってるんですが…
「あと、言うほど難易度高くないですよ口寄せって」
時空間忍術とは言っても基礎ですし、もともと
もちろんはるか遠くの秘境にいる伝説の生き物を召喚しようとすれば難易度は上がりますが……妙朴山に住まう仙蝦蟇とか龍地洞の大蟒蛇とか…………天国に旅立った死者の魂とか。
私の目的のため、マスターしないわけにはいかないのですよ。
まあそういう裏事情はさておき、アカデミー生に使い手が少ないのは、単に難易度の問題というよりは出会いがないからじゃないですかね?
動物にせよ、武器にせよ、ビビッとこないと口寄せ契約なんてしようと思いませんし。
「カナタもどこかに契約したい動物のお友達がいるなら教えますよ?」
「…このアホ天才が」
「なんでこの話の流れで罵倒されるのですか!?」
「黙らっしゃい凡人の敵! コトみたいなのが将来他人を見下した顔で「あれ~? こんなことも出来ないんですかぁ~?」とか言うようになるんだから!」
カナタがわざわざ私の声真似までして言ってきます。
びっくりするほど上手いですね…じゃなくて
「言いませんよそんな嫌味な優等生みたいなセリフ! むしろ私は言われる側なのです!」
小さい頃、サスケ君に似たようなことを言われ続けてきましたからね!
「うちはのくせに」は今でも私にとっての禁句なのですよ。
そう、例えるなら秋道チョウジ君に「デ○」と言うようなものです。
「それ以前に、カナタは凡人じゃないでしょう!? むしろ天才です!」
「月一ペースで新術開発するような規格外と比べられたんじゃ形無しよ!」
「いつも使えない地味だショボいってこき下ろされてますけどね!」
「うるさいぞそこ! 静かにしろ!」
自分でも気づかないうちに声が大きくなっていたようです。
イルカ先生に怒られてしまいました。
いつもより機嫌が悪いですね。
当然と言えば当然ですが。
顔岩落描きの現行犯であるナルト君。
火影邸不法侵入および窃盗未遂犯である私。
両名があっさりお縄にされてクラスの前で簀巻きの状態で放り出されてお説教受けたのがついさっきの話です。
反省の色を全く見せない私とナルト君の態度に、温厚なイルカ先生もさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、クラス全員で変化の術の補習を言い渡したのでした。
体罰ぐらいは覚悟していたのですが…やっぱりイルカ先生は優しいですね。
クラスの生徒全員が教室の後方で列を作って並びます。
「ったく、ナルト、コト。お前等のせいだぞ」
近くに並んでいたクラスメイトの男子が恨みがましい目で私とナルト君を睨んできます。
低学年の時こそ、男子クラスと
一人前の忍びに男も女もないってことなのでしょうね。
身体構造的フィジカルの差もチャクラの運用でどうとでもなってしまいますし。
世の中には拳の一撃で地面を砕くくのいちだっているらしいですし。
「うっせーってばよ」
「申し訳ないのです。次からはバレないよう…ってあいた!? なんで殴るんですかカナタ?」
「説明しなきゃダメ?」
「……」
そんな会話をしているうちに順番は進んでいき、次はいよいよナルト君の番です。
変化の術の化け対象はイルカ先生です。
まあ、以前のナルト君ならともかく、今のナルト君ならこの程度余裕でしょう。
化ける対象が目の前にいますし。
一緒に特訓したこともある私が保証するのですよ。
「(…がんばれ)」
だから日向ヒナタさん?
そんな神に祈るような表情で心配そうにしなくても大丈夫なのですよ?
「変化っ!」
ナルト君の周囲にチャクラが渦巻き、その姿を別のものに変えていきます。
しかし相も変わらずのバカげたチャクラ量ですね、変化の術にそんな量のチャクラは要らないのに……って
「っ!?」
「なんと!?」
「ぶはぁ!?」
イルカ先生が鼻血を拭きながらコミカルに後方に吹き飛びました。
さすがです。
こんな場面でもやらかしましたか。
ナルト君はお題のイルカ先生ではなく、全裸でセクシーポーズをとる金髪美女に変化したのです。
「どうだ~!? 名付けて『おいろけの術』!」
元に戻ったナルト君が得意げに叫びました。
そこに鼻に詰め物をして復活したイルカ先生が憤怒の表情で戻ってきます。
「かってに下らん術を作るな!」
「下らなくなんてありません!」
思わず私は反論してしまいました。
いや実際、モデルの存在しない架空の対象に化けるのって結構難しいんですよ?
それに男でも女を武器にできるってなかなかどうして侮れないのです。
「事実、イルカ先生を一瞬とはいえノックアウトしたわけで…ってあいたぁ!? なんでまた叩くんですかカナタ?」
「空気読め」
そう言われてふと冷静になってあたりを見渡せば、何とも言えない表情で私を見つめてくる男子、最低とばかりに顔を真っ赤にして睨んでくる女子、そして衝撃のあまりひっくり返って気絶しているヒナタさん。
私に肯定されて有頂天のナルト君に怒りのあまりプルプル震えているイルカ先生。
イルカ先生が私とナルト君の肩をガシッとつかみました。
「お前等、放課後残れ」
私は無言でうなずくことしかできませんでした。
ナルトがこの術を開発したのは11~12歳の時です。
エロに対してまだ理解が追い付かない歳であることを考えたら神童がどうとかいうレベルじゃないと思います。
事実、火影を殺さず無力化するという偉業を成し遂げたわけで。