南賀ノ神社の白巫女   作:T・P・R

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別視点って難しい…


9話

首からドクドクと血を流して少女が絶命するその瞬間を、うちはイタチは瞬きひとつすることなく見届けた。

その手はこと切れた今もなお、先に殺した姉であるうちはミハネの胸にあてがわれていた。

おそらく何らかの術で姉を助けようとしたのだろう。

死してなお手を離さないのは、彼女の執念のなせる業か。

決して目をそらしてはいけない。

 

「これは俺の罪だ」

 

うちはコト。

黒髪の多いうちは一族においては極めて珍しい白髪の少女。

 

彼女を知る人曰く、おかしなことばかりする問題児。

 

彼女をよく知る人曰く、実現不可能な理想論ばかり語る甘い人間。

 

彼女を深く知る人曰く、不可能をものともせず理想を実現せんとする探究者。

 

しかしてその実態は木ノ葉の、否、この世の全ての忍びが忍術を武力として用いたのに反抗して、忍術の平和利用を叫ぶ心優しき異端者。

 

人が彼女の本質をつかみ損ねるのも無理はない。

結局彼女はイタチの、というより「忍びの常識」で推し量れるような存在ではなかったのだから。

 

もし彼女が生きていれば、この先の忍びの世界に大きな変革をもたらしていたかもしれない。

しかしそれはもはや叶わぬ夢だ。

 

うちはイタチが終わらせたのだ。

木ノ葉の平和のために、平和に向かって伸びていた芽を摘み取ったのだ。

 

 

思えばコトは、いやコトだけではない。

彼女の家族は最初からうちは一族としては異例だった。

 

最後の最後までクーデターに賛成せず、そればかりかうちはの誇りである血継限界「写輪眼」に対してすら否定的な態度を示していた。

 

そんな異例さが特に顕著だったのが、うちはイタチが8歳で写輪眼を開眼したその時だ。一族中の者が1人残らず「稀代の天才」の誕生に狂喜乱舞し、実の親であるフガクも「さすが俺の子だ」と褒め称えた中、あの夫婦だけは苦しそうな顔でイタチを労わったのだ。

 

労わられたことが嬉しかったわけではない。

 

憐れまれたことが気に障ったわけでもない。

 

ただ、他とは違う反応にどうしようもなく驚いた。

 

木ノ葉のため、争いを鎮めるため、平和をなすためにと、文字通り死に物狂いで手に入れた写輪眼。

磨き上げた戦闘技術。

極みに達した高等忍術。

 

それらの力こそが、争いを呼び寄せる種であると気づいた時にはすでに手遅れになっていた。

 

万華鏡写輪眼を開眼し「瞬身」の二つ名を持つ最強の幻術使いであったうちはシスイも、その力故に恐れられ、殺された。

否、殺した。

 

そして天才と呼ばれたイタチもまた、一族虐殺という平和とは程遠い何かをなそうとしている。

唯一生き残ったサスケは恨むだろう。

憎悪するだろう。

憎しみのままに力を求めるだろう。

 

そしてその力がまた新たなる争いの火種になるであろうことは容易に想像できた。

 

それでもイタチはそうすることしかできなかった。

力なくしてはこの間違った世界では生き残れないのだから。

 

異端だったのは一族の方だった。

間違っていたのは世界の方だった。

彼女たちは唯一正しかった。

 

しかし、何もかもが遅すぎた。

 

うちはコトは生まれる時代を間違えた。

生まれる世界を間違えた。

 

何か言い残そうとして、結局辞めた。

何も言えない、言う資格もない。

言う意味すらない、すでに彼女たちは死んでいるのだから。

 

うちはイタチは無言でその場を後にした。

 

その場に命ある者はいない。

静寂が空間を支配した。

 

 

 

 

 

 

―こほっ

 

かすかに、極めてかすかに静寂が破られた。

 

 

 

 

 

 

私―――うちはミハネにとって、うちはイタチは特別な存在だった。

いや、特別な存在にならざるを得なかったというのが正確かしらね。

 

同じ一族で、同い年。

意識するなっていう方が無理でしょ。

 

しかし、残念ながら、あるいは幸いながら?

私とイタチが同じだったのは歳だけだった。

 

使い古された表現かもしれないけど、あいつはどうしようもなく天才だった。

それこそ私が1歩進んでいる間に、あいつは何十歩も先を行く。

桁違いの才能というのを早々と見せつけられて、私はあっさりとイタチを意識するのをやめた。

嫉妬する気すら起きなかった。

あれだ、同レベルじゃないと喧嘩は起きないって理屈。

喧嘩になりようがなかったし、仮になったとしてもそれはもはや喧嘩ではなくで弱い者いじめ。

私なんか足元にも及ばないそんな存在。

 

そんな凄いやつが同年代にいたらさ?

するしかないじゃない。

 

 

愛の告白をするしかないじゃない!

 

 

『いやなんでそうなるんですか!?』

 

妹のコトには即座に突っ込まれたね。

どうもこの賢しい妹は物事をロジカルに考えすぎる傾向にあるからこういう感情は理解しづらいのかもね。

説明しろと言われても自分でもなんでこうなったか分からないし。

 

そんなわけで告白した。

 

『好きです! 付き合ってください!』

 

『すまない』

 

一瞬で玉砕した。

 

私はショックで熱にうなされ、何とか立ち直った時には、私の写輪眼は二つ巴から三つ巴になっていた。

両親にものすごい微妙な表情をされたのが印象的だった。

そりゃそうでしょう。

失恋のショックで写輪眼を成長させた奴なんて長いうちはの歴史の中でも私だけだね絶対。

 

 

 

―――さて、なんで私がこんな恥ずかしい回想をしたのかというと特に意味はない。

 

 

 

私はおぼろげに目を見開いて覚醒した。

 

何かとんでもなくオカシな走馬灯を見ていたような気がする。

まあ、そんなことは本気でどうでもいいので現状確認。

イタチに切り裂かれたはずの首の傷がふさがっている。

はだけた胸にはコトのお手製の札が貼り付けられていた。

コトのおかげか。

さすがね。

私の妹とは思えないよ。

イタチみたいな理屈の通じない天才じゃない。

あくまで理屈に沿った上で、この子は私の、私たちの常識を超えていく。

 

そんなコトは私に覆いかぶさるようにして絶命していた。

苦しむ暇も与えられなかったのかコトは呆けたような顔をしていた。

 

「さすがイタチ、鮮やかな手並みね」

 

きっと顔も見られていないに違いない。

好都合だ。

 

私は眼に意識を集中する。

チャクラを、思いを、コトにもらった命の全てをありったけ込める。

 

 

私が意識を失っているときに見た走馬灯まがいのこっぱずかしい回想は、紛れもない事実ではあるけど私にとって特に大切な思い出というわけではない。

ただ確かなのは、私は出会ったその時から首を切り裂かれるその瞬間まで一度たりともイタチの眼中に入らなかったということだ。

 

意識していたのは私だけ。

 

羨望したのも私だけ。

 

特別に感じていたのも私だけ。

 

好きになったのも私だけ。

 

全ては一方的な片思い。

 

だからこそ、イタチは私のことを何も知らない。

 

知る由もない。

 

 

 

私が万華鏡写輪眼に開眼していたなんて知るはずもない!

 

 

 

「万華鏡写輪眼『意富加牟豆美(オオカムヅミ)』!」

 

誰にも、それこそ親にすら話さなかったのは単に深い考えがあってのことじゃない。

ただ単純に言えなかった。

言えるわけないじゃない。

 

万華鏡写輪眼に詳しい奴ならわかるはずだ。

この眼はいわば、『仲間殺し』の烙印なのだから。

 

これは私の勝手な想像になるけど、過去に万華鏡を開眼した人のほとんどは私みたいにひた隠しにしたんじゃないかな。

そりゃそうでしょ?

まともな神経を持ってる奴なら、『仲間殺し』を自慢げに吹聴なんてするはずがない。

できるわけがない。

だから明るみに出て歴史に名を残した万華鏡開眼者は数人しかいなかったのよ。

 

何より効果の使い勝手が非常に悪かった。

通常の写輪眼と違い、万華鏡写輪眼は人によって効果が千差万別だ。

人によって世界の見え方が違う、故に万華鏡。

そして私の『これ』はハイリスクすぎて使い道がなかった。

 

でも今ははっきりと確信できる。

おそらく私はこの時のために万華鏡写輪眼を開眼したのよ!

 

 

血に塗れたコトの姿が揺らぐようにして霞みに消えた。

代わりに現れたのは無傷のコト。

 

事象の改竄。

現実の否定。

虚構の肯定。

理想の具現化。

 

これによりコトが死んだという現実をなかったことにして、コトが生きているという都合の良い理想を具現化した。

視力を失うのと引き換えに。

そう、これでいい。

私の役目はこれで終わりだ。

 

コト、貴方は忍者の才能はないかもしれない。

火影なんてどう考えても器じゃないだろうし、下手すれば一生下忍で終わるかもしれない。

それ以前に忍者に向いてるのかどうかすら私は疑問だね。

でも私は知っている。

木ノ葉に平和をもたらすのはコトだ。

だからとりあえず今は生き延びて。

生きて生きて、戦闘技術の高低でしか忍びを評価できない頭デッカチのアホ共を見返してやれ。

忍びという枠にとらわれる老害共を鼻で笑ってやれ。

 

私はもう何も見えない瞳を歪ませて嗤う。

 

うちはイタチ、貴方は失敗した。

最後の最後で失敗した。

 

コトの才能を見誤った。

 

私の蘇生が成功していることに気づかなかった。

 

何より、仲間ひとり見殺しにしちゃうような、親すら守れないような、妹に命を救われるような、そしてその妹を救うためにその命を捨てなきゃいけないような、小物で矮小な私に足元をすくわれた。

 

全て落ちこぼれを見向きもしなかったあなたの失敗だ。

あの世で会ったら、あの時私をフッたことを後悔させてやるんだからね!

 

「ざまあみろ天才」

 

私の生涯最期の言葉を聞いたものは誰もいない。

 




原作でうちは虐殺の真相をマダラ(オビト)から聞かされた時、
衝撃の事実そっちのけで「イタチの恋人ってどこのどいつだあああ!?」とか叫んだのは僕だけではないと信じたい。

万華鏡写輪眼『意富加牟豆美(オオカムヅミ)』はいわば他者に対して使用できる伊弉諾(イザナギ)です。

めだかボックスの大嘘憑き(オールフィクション)、とある魔術の禁書目録における黄金錬成(アルスマグナ)です。

言い訳の使用もなく反則です。
こうでもしないとイタチから生き残れなかったんです…

あと、今回初めてルビ機能使ってみました。
意富加牟豆美とかさすがに誰も読めないですし。

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