東方幻創録―永人行雲譚   作:鳥語

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神の細道―帰

「いやいや面白いね、あんたは」

 

 温かな光を秘めた髪を揺らして、くすくすと女性は笑う。

 上品に――なぜだか、少し幼げに感じるような表情で。

 

「随分と、軽いですねぇ……」

 随分と、この場に不似合いだと、呆れたように、困ったように男は笑む。

 老練と――何処か、置いた老人のような表情で。

 

 そこは神聖な場所。穢れなき場所。

 

「まあ、いつも気を張ってても疲れるだけだからね」

 長い髪が揺れる。

 

「そりゃ、もっともです」

 風が通り抜ける。

 

 清浄な世界。

 純粋な場所。

 

「こんなに笑ったのは久しぶりだよ」

 

 とても静かな――

 

「――何百年ぶりだろうね」

 

 

 寂しい世界。

 

 

 

 

 

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「こりゃあ、おっそろしい……」

 

 

 土が隆起し、岩が乱れ飛び、地が揺れる。

 風が吹き荒れ、水流が暴れ、雷鳴が鳴る。

 二柱の神の戦争。

 神力のぶつかりあい。

 

 天と地の潰しあい。

 

――いい、迷惑だ。

 

 流れ弾のように降り注ぐ神の力の塊を眺めながら思う。

 一応、社に被害が及ばないように湖の真ん中辺りで戦いを行っているようだが、これほどの力を持った神々同士の争いが、少し距離をとった程度で治められるはずもない。その余波の規模は、ちょっとした災害級……たかが人間程度ならば、一瞬で吹き飛ばされてしまうほどのもの。

 神にとってのほんの小さな風や揺れ、悪戯程度のものであろうと、人はかなりの被害を受けるのだ。ならば、それが神の中でも有数の者達が、全力で争うために起きる突風ならば-―それがいくら残り滓であろうが搾りかすであろうが、人のみでは溜まったものではない。

 どんな対応をしようとも、堪えきれるものではないのだ。

 

――こういうのは、あんまり得意じゃないんだが……。

 

 神殿の境内自体は強い結界。多分諏訪の神の傘下のものであろう力によって守られている。それほどの被害は及ばないであろう。

 しかし、それは大社内のみ。主とする建物や要の位置のみである。そこにたどり着くまでの街道や民家など全てを覆っているわけではなく、そこから離れるにつれ、守られている部分も少なくなっている。

 この辺りに元々暮らす人々――主な信者たちは、一応の知識が伝得られているのか、神々の姿は見えずとも、災害・天災から身を守る対策として境内に避難するという素早い対応を見せているようではある。多分、そこにいれば大丈夫だと、ちゃんと理解しているのだろう。

 が、逃げ遅れたもの、旅の途中だったものなどに関してはそうではない。

 慣れぬ土地、知らない場所で、道に迷い、どうすることも出来ずに風雨に曝されている。かろうじて、集会所や広場などに集まり、全員で固まってそれを防ごうともしている者達もいるが、それも紙の盾を貼った程度。

 一揺れ一つ。そよ風一つで、それは敗れ落ちる。

 

「はあ……」

 そこまで考えたところで、小さく息をついた。

 

――まったく……ちゃんと準備でもしとかなきゃって思った矢先の、この様だ。

 

 どうにも、運がない。いつも通りの不満に、肩は落ちっぱなしというものだ。

 これはもう、「よよよ」なんて部屋の隅っこの方で涙をながし、それをなぞってのの字を描きながら、この世の無情とは何かなんて、そんな哲学的な思考に逃げ込んでしまいたい気分である。

 あとは、そこに命の水(さけ)をそれなりの数。それなら、自棄酒に二日酔いと、考える間もなく時間が潰れてくれる。その間は不幸も逃げ出して、どうにかこうにか誤魔化せるというもの。

 それくらい――そんなことを考えてしまうぐらい、現実を逃避したい気分である。

 

 しかし――

 

「大丈夫なのか本当に?」

「仕方ないだろう! ――もう、じっとしてるくらいしかないんだ」

「くそっ! 今朝はあんなに晴れていたのに……」

 

 怯える人々の声。

 わずかな希望に縋り、逃げ込んだ先で震える者達の嘆き節。

 

――何もしない、ってのもそれなりに気分が悪い。

 

 眺める先にあるのは、人々が非難する臨時的な避難所。

 天の災、神の暴風に巻き込まれ、逃げるしか出来ない不運な人間達。

 それを、放っておく。

 

「それはどうも……心持が悪い」

 

 この先の旅を続けるのに、この先で生き延びていくために、そういう悲劇は憑き物だ。悪いこと、理不尽な苦難に襲われる人々を見ることなど、数あることだろう。

 憎しみ悲しみ目の当り。不運に不幸の二重ね。 

 今まで、見飽きるほどに眺めてきたものの一部分。

 どうしても、溜まっていくのは当然のもの。

 

――とはいっても……。

 

 逃げられない。付き纏う。

 そういうものだと諦めてはいても、なるべくこの先に負うには増やしたくはないというものだ。特に、これでも己は打たれ弱い老人なのである。老い先判らぬ己の記憶に、残る苦難はなるべく少ない方がいい。紙一重でも、塵一つでも、少しでも掃除をしておけば、一山程度は失くすこともできるだろう。

 そのくらいの努力はするべきで――人間らしく、足掻いてみるのもたまにはいいものである。

 少なくとも、目の前で誰かが、ただ死んでいくのを好まない程度には――未来ある若人が、こんなところで辺鄙に傷を負うなどということを悲しむぐらいには、己は年寄り染みている。

 

「――ということで」

 

 そんな思考を重ねて逃げ場をなくす。

 逃げれば余計に面倒だと、諦めの境地に至る。

 

 そうして――重くなった弱腰を引き上げるのだ。

 

「さてさて――」 

 

 息を吐く。

 踏ん切りをつける。

 

「――やるだけやってみますか」

 

 呟きながら、両手を伸ばす。

 

――久しぶりの相手が神の力とはきついが。

 

 油を注し込み、錆びついた歯車を回す。

 埃を払って火を入れる。

 

 そんな想像膨らませ、己の身体に喝を入れる。

 

――描くのは、壁。

 

 漏れ出る力を隔絶する境界。

 逸らして弾く柔らかな盾。

 

「まあ、流れ弾の処理くらいならなんとかなるか」

 

 そんな楽観に身を任せ、言葉を紡ぐ。

 久方ぶりに――

 

 

「――……」

 

 

 呼ばれた力は、曲がりなりにも動き出す。

 

 

 

 

 

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――こりゃあ、ちょっとまずいかな。

 

 新たな呪い、祟り神の意志を込めた力。

 球状に圧縮されたそれを、相手の退路を塞ぐように広範囲へ散らばるように撃ち出す。

 並の者なら消滅。それなりの神格をもつ者でも数発で悶絶するようなおどろおどろしい光を放ちながら、その標的へと向かうそれは――相手から撃ち出された強大な一撃によって、簡単に打ち消されてしまう。

 

「――とっ……」

 

 無残に霧散する力たち。

 そして、その強大な一撃はそのままの勢いで真っ直ぐとこちらへと向かう。

 

「なんて力業……」

 

 神の祝福を受けた木柱。神としての象徴を媒介とした力の具現。

 その太い射線による重撃は、こちらが放った攻撃を真っ直ぐに打ち抜いて、真っ直ぐと私へ向かう。何の小細工もない、真っ向勝負からの力押しである。

 

――まったく、優雅さの欠片もない。

 

 そう貶してみるも、迫り来るのは確かな力、

 ある程度の神格を持つ者ですらも打ち砕く、暴力的な力の塊。

 避けなければ、一瞬で全てを持っていかれてしまう。

 

――受けるわけにはいかないね、こりゃ。

 

 そんな一撃必殺の攻撃が隣を通り過ぎるたび、じりじりと精神力を削られていく気がするほどだ。

 無論、合間合間にこちらの攻撃も打ち出して反撃を試みてはいるが、その柱から発せられる強大な神力に影響されてか、届くのは二、三の攻撃のみ。

 そして、それすらも弾かれる。

 このままでは――

 

「――まだまだ、こんなものではないぞ!」

 

 不適な笑みを浮かべたままの相手は、力強い叫びと共に、片手を上げる。

 その背の中空に浮かび上がるのは、さらに十数本と撃ち出される重弾。

 私でも耐えられるかどうかわからないほどの脅威が、連続して迫る。

 

――……。

 

 打ち出されるそれ。

 その後ろで、相手は、勝利を確信したかのように微笑んでいて――

 

「――なめるな」

 

 こちらもただでやられているわけにはいかない。

 力を集中させた両腕から、神力で編まれた長い朽ち縄――蛇を模した長い紐を振りかざす。

 しゅるると絹連れのような音をたてるそれは、私の手から離れた後も宙を這うようにして曲線状に進み、ばらまかれた柱たちを絡めとるようにして、その間へと身を躍らせる。

 

「やれ……!」

 

 合図と同時にその全てを巻き取り、結びまとめる蛇。

 細長い紐状のそれは、幾つかの柱にその身を巻きつけて――真っ二つへと絞め砕く。

 

「……む」

 

 その力を保ったままに相手へと向かう蛇。

 鋭く牙剥くように切っ先を向けるそれに、相手の表情から笑みが消え、眼前に迫ったそれがその体を貫くまでに迫る。

 その寸前で――

 

「――やるじゃないか!」

 

 力を集中させた木柱を直接ぶん回すという乱雑な一撃でそれはかき消えた。

 蛇は寸断され、宙へと溶け消える。

 

――駄目か。

 

 多少、表情を引き締めた相手から、さらなる弾丸がこちらへと向かい、舌打ちをうちながらそれを回避した。

 

――きりがない。

 

 このままではジリ貧である。

 絶え間なく放たれる御柱を避け、弾き飛ばしながら頭を回す。

 

――この地の信仰は全て私のものだっていうのに……。

 

 大陸で培った力と突き進む勢い。

 それは、変革を望み、新たな生活へと進む人間たちに対しては魅力的なもの――進化しようと願う者達の力を負って、彼の者は私の地を攻めている。地の利はこちらにあるとは、その熱狂的な信仰の力は私にはない効力を持って、人々の内に巡っているのだ。

 私が根を張っている信仰と、勢いを持って世界を蹂躙する力。

 それぞれの、人を魅せる力。

 

――もはや、同等ぐらいってところかな。

 

 下手すれば向こうの方が上になる可能性もある。

 それほどに――示された力は大きなもの。

 信頼と信用を、それだけの数の人々の想いを引き受けてきたのだろう。

 それが神の力というものだ。

 

「――私ももうちょっと、手を広げるべきだったか」

 

 己の居場所を守る。

 それだけでは、築けない力を持って私は追い詰められている。

 

――……っと、そんなことを考えている暇はないか。

 

 留まりすぎていた……少し、腰の重すぎた己への反省。

 けれど、今はそんなことに囚われている暇はない。

 

――それよりも。

 

 今の自分の力で勝てる方法を探す。

 その後で、またじっくり生かしていけばいい。

 

「だからこそ――」

 

 両手を目の前へと翳し、迫るその一撃へ向け力を込める。

 全てを拒絶する、己の最大限の防御壁は――

 

「っぐ……」

 

 数発の衝撃の後、脆くも崩れ去る。

 やはり、力勝負では分が悪いのだ。

 

――単純な力なら向こうの方が上だ。

 

 相手は軍神の性質を持ちあわせている。

 戦いならお手の物、本領発揮の場ということだ。こちらも軍事の力は持ち合わせているとはいえ、攻撃、侵略に関しては――相手に一日の長がある。

 元々、真っ向勝負というのは私の柄じゃないのだ。

 

「どうした――もう終わりか」

 

 威圧するように叫ばれる言葉。

 目の前には、莫大な神力を発揮する大和の神。

 眼下には、荒れすさぶ湖の波が揺れる。

 

「うるさいな」

 

 小細工は一切通用しない。

 そんな神々の戦場。

 

 力では敵わない相手。

 

――なら……。

 

「勝ち誇るなら、ちゃんと私を倒してからいいな!」

 

 

 こちらは知恵と経験で凌駕するしかない。

 

 

 

 

 

 

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 隆起し、壁となるように現れる岩壁。

 その合間合間から打ち出される弾幕はこちらに届きこそしないが、巧妙に配置され、こちらの気を散らす。そして、その内に時折に混ぜられる力ある弾丸は、油断すれば自らでも悶絶するような一撃だ。

 もしそれを見誤り、一撃を食らい怯んだとすれば、そのまま畳み込まれてしまうかもしれない。

 手数なら向こうの方が上なのだ。

 

「――いけ!」

 

 頭上に出現させた巨大な木柱。

 自らの神力で作り出した神具である御柱で、相手を射抜くように狙い撃つ。射線上に存在する相手の弾幕を破壊しながら進むそれは、強大な矢のようなもの。

 門があれば門ごと、壁があるなら壁ごと、全てを粉砕して進む攻城兵器。

 

 それを――

 

「おっとっ!」

 

 そんな軽い掛け声と共に、避ける標的。

 衝突する寸前、滑るように空中を滑空し、その攻撃自体を目隠しとするようにして下へと周り込む。湖の水面をなぞるようにそのまま飛行して、私の攻撃の余波によって舞い上がる水しぶきを目晦ましとし、その合間合間に不意を撃つようにして攻撃を飛ばす。

 こちらはその進路を塞ぐように再び御柱を撃ち出し、それを防ぎきってはいるのだが、そのためにこちらも攻撃だけに集中することが出来ていないのだ。

 撃ち、避けられ、撃たれ、防ぎ――その繰り返し。

 

――しつこい……。

 

 実力が拮抗しているとはいえ、こういう正面からの激突という場においての相性は私の方が上のはずなのだ。いくら相手がこの国有数の力の持ち主とはいえ、その戦いの本分は絡め手――呪いや祟りといった直接的に相手を傷つける性質のものではない。

 真正面からの力のぶつけ合いは、相手の本領の場ではなく、こちらにとっての有利に運ぶはず――だった。

 しかし、仕留められない。

 

「……」

 

 押しているのはこちら

 確かに、追い詰めているのはこちらのはずなのだ。

 相手の攻撃はもはや、牽制や威嚇程度にしか役に立たず。今は避け続けるとはいえ、一度食らえば、ただではすまない攻撃。いつかはジリ貧となるだろう。

 相手の一度の失敗は敗北を意味し、こちらの失敗はある程度の手傷ですませてしまうことができる。油断さえしなければ、このまま押し勝ててしまうはずなのだ。

 それほどに、有利に進んでいる。

 

――それなのに……。

 

 終わらない。戦いは膠着へと持ち込まれている。

 

「――しつこい」

 

 こちらの弾幕の間を潜り抜け、時に叩き落す。

 防御の壁が崩れた瞬間、それを目眩ましとして弾幕を張る。

 威力こそ自分に及ばないが、絶妙な間で撃ち出され、自らの眼前にまで迫る攻撃と要所要所での攻めの勢いを削ぐ牽制。こちらを攻撃に専念させてくれない間の保ち方。

 一進一退の状況、 一喜一憂する状態に強制的に抑えこまれている。

 

――流石というべきか。

 

 それを生み出しているのは、力もさることながら、その知恵と経験。

 土着の神として積み重ねてきた年月の重みによって、敵は沈まない。

 

――地の利を得ているとはいえ

 

 今まで見てきた己の力に胡坐をかいているだけの者達とは違う。

 確かな強さを感じられる。

 

「面白い」

 

 微かに漏れ出たのは、思いもしなかった笑み。

 

 自分に匹敵するほどの力を持つ神。自らと戦える(・・・)ほどの度量をもった者。

 こんな所に、それ程の相手が存在するとは、まったく想像もしていなかった。

 

――ただただ……。

 

 蹂躙し、侵略し、打ち砕く。

 圧倒し、圧殺し、叩き潰す。

 

 相手の力を飲み込みながら、相手の全てを奪い取る。

 それは、一方的な略奪といってもかまわないほどのもの。

 戦争とさえいえないものだっただろう。

 

 それほどまでに圧倒的な差もって、私は勝ってきたのだ。

 

――それが。

 

 今、戦える相手が目の前にいる。

 自分と、対等といってしまっても差し支えないほどの相手が、そこにいるのだ。

 

 そんなつまらない繰り返しを越してきた己にとって、それは自然と笑みも浮かんでしまうほどに待ち望んでいたもの。

 

「やるわね。ミシャクジの統制者」

 

 放つ声。

 突然かけられた声に相手は少し驚いたようだが、空中で動きを止め、真っ直ぐにこちらを見返す。

 

「正直、ここまで戦えるとは思わなかった」

 

 それは、敵にかけるにはいささか友好的過ぎるような声音。

 けれど、なぜだか嬉しかったのだ。

 ここまでの戦いを繰り広げられることが――自らと対等に感じられるものがいるのが。

 

「舐めてもらっちゃ困るよ。これでもここを治めて幾百年と経ってるんだ。ぽっとでの新参者に――簡単にやられてたまるもんですか!」

 そんな言葉と共に発せられる神力の波。

 空気を震わせ、地を揺らす力の奔流。

 

 浮かべる笑みは不遜なもの。

 けれど、何処かそれは楽しそうにも見える――私と同じように。

 

――全力で、遊べる相手。

 

 孤高を生きる神。

 頂に立つ者。

 

 肩をならべ――肩をぶつけあう。

 同じ荷を背負い――奪い合う。

 競うことのできる戦い。

 

「こっちも負けるわけにはいかない。 ――多少、勿体無いが」

 

 愉しい戦いでも、それは終わらせなければならない。

 勝たねば――負けてしまえば、自分に居場所はない。

 認められなければ、移ろい消えてしまう。

 それが、新しさという摂理。

 

――だからこそ……。

 

 その信仰。その力。

 神としての存在ごと――

 

「呑みこませてもらう!」

 

 手の中に生み出したのは、人間の作った稲の穂。

 豊穣の加護を表すその実りを媒介として――信仰の力を見せつける。

 膨大な力がこもったそれは、一つ一つが威力を持つ光球として、辺り一面を埋め尽くすようにしてばら撒かれる。

 

「……!」

 

 一度も見せていない形態の攻撃。

 今までの直線的なものとは違い、無作為的に相手を包み込むもの。

 その嵐のように迫る光は、避ける隙間もないほどにその姿全てを覆い隠す――けれど、それでも、相手は動じない。

 平静な姿を持って対応し、その弾幕の合間をすり抜けるように動き回る。

 右に、左に、その数少ない空間。そこしかないという隙間を潜り抜け――そこ一つしかないような、限定(・・)された道筋を通って逃げ延びる。

 つまり――

 

「もらった!」

「なっ……」

 

 たった一つの逃げ道。

 そこに逃げ込むしかない。

 それは、攻撃した私が一番理解している場所へと誘導される。

 

「はああ!」

 

 その一点へと向けての弾丸。

 最大限に力を込めた数発の御柱を飛ばす。

 それに――

 

「――っくぅ…!」

 

 咄嗟に力を収束し、防御障壁を張る諏訪の神。

 けれど、そんなものは付け焼刃にも足りない。一発の威力でさえ、こちらの方が上なのだ。

 真正面からのぶつかり合いで、私に勝てるはずがない。

 

 一つ、二つと御柱が弾かれるが、そこまでで、障壁はぎりぎりと音をたてて―――三つ目ではじけ飛ぶ。

 

「――!?」

 

 続けざまになだれ込んだ弾幕。

 声も上げられぬままに弾け飛ぶ土着神。

 

「あああ!!」

 

 叫び声を上げながら、落ちていく。

 上位の神でも耐え切れないほどのものが数発分、そんな威力の攻撃を食らった神は巨大な水しぶきを上げて吹き飛んで、水面を割った。

 舞い上がるのは、津波のような水飛沫。

 

――やったか……?

 

 上空まで弾け跳んだ水滴が降り注ぎ、濡れた髪が頬に張り付く。

 うっとうしいそれを指で掃いながら、波立つ水面を見つめた。

 

 白くざわめく波、落ちた雫のざわめきが少しずつ収まっていく。

 ぶくぶくと、そこら中から飲み込んだ空気が吐き出され、噴出した泡も消えていく。

 

「……」

 

 どんな些細な変化も見逃さぬように広い水面を睨みつけるように見つめるが、そこからは何の変化も感じられない。流石の統制者もあの攻撃にも耐えきれずに消えてしまったのか、それとも力を使いすぎて動けなくなったのか。

 どちらにしても、その存在自体の力が感じられないのだ。

 

――あれほどの神格を持つ相手だ。

 

 その神力の気配自体を完全に消し去ることはできないだろう。

 抑え込むには、それ相応の力が必要となる。

 そんな力が残っていたようには思えない。

 

 ならば――

 

「――終わった…?」

 

 そう、独りごちた瞬間。

 

――水底からの大きな力の盛り上がりを感じた。

 

「……っ!」

 

 突き上げる膨大な地脈の力。

 溜め込んだ力を一気に噴火させたような暴力的勢いで――岩盤が吐き出される。

 

「――これは!?」

 水しぶきを上げながら飛び出した岩塊の一つを咄嗟に回避した。

 

 湖から撃ち出されたのは、無数の岩石群。

 しかも一つ一つが神力によっての強化が施され、それなり威力を誇っているもの。

 それが、まるで落石のように――重力が逆転したかのように降り注ぐ。

 

「く……」

 

 入り混じった細かな礫を障壁によって弾きながら、特に威力の高そうなものを回避していく。

 元がただの岩や小石であるため、一発食らった程度でどうにかなるものではない――が、いかんせん数が多すぎる

 数十、細かなものも合わせれば千にも昇る勢いでそれは撃ち出される。

 完全に避けきれるものではない。

 

 が――

 

――これほどの規模の攻撃……いくら力があろうとも並みの消費ではすむまい。

 

 こちらもそうだが、長い戦いで相手も消耗し続けている状態だ。

 余剰の力など残っているはずがない。

 ならば、これは最後の、死力を尽くした攻撃。

 

 これさえ凌げば――己の勝利は確定的になる。

 

「はあああ!」

 

 舞い上がる礫を弾き飛ばすようにして、身を守る障壁へと力を注ぎ込む。

 範囲は自らの周囲から軽く手を伸ばした程度のもの、それだけで視界は保たれる。

 あとは、残りを回避しきってしまえばいい。

 

「……!」

 

 右へ、左へ。

 左右へと身体を揺らしながら、岩と岩の間をすり抜けるようにして飛び回る。

 それはまるで、先程までの相手と同じような動きだった。

 攻守逆転、そのままこちらの攻撃と相手の攻撃が入れ替わったような、焼き直しの動き。

 相手と同じように、弾幕のぎりぎり。そのたった一つしかないような間隙を潜り抜け……先へと抜ける。

 

 そう、ほとんど同じ(・・)動き。

 

――まさか……。

 

 そこに思い至ったところで、嫌な予感が頭をよぎる。

 そう、先程までと同じなら……。

 

「いけぇ!!」

 

 響く声と共に表れたのは――巨大な岩。

 地の底から噴出した間欠泉によって勢いを増したそれは真っ直ぐにこちらへと迫るもの。

 

 こちらの逃げ場を塞ぐように、最後の隙間が潰される。

 

「ぐぅっ……!」

 

 まったくに瓜二つな状況。

 やられる側とやられて側が入れ替わった状態。

 

 まるで、時間が巻き戻ったように同じ。

 

――だが、一つだけ。

 

 決定的に違うものがある。

 

「―――りゃあああ!」

 

 それは、攻撃能力の違い。

 手数と威力の差。

 

 眼前に迫る巨岩に向けて、ぎりぎりのところで完成させた御柱を叩き込む。

 

 どがしゃっという派手な音をたててぶつかったそれにより、その速度が落ちる。

 その間にさらに御柱を具現化し、一点を打ち抜くようにして集中させる。

 

「はあああ!」

 

 残りの力を絞りつくすかのように、息をつく間もないほどに弾幕を放つ。

 そのたびに地響きのような音をたてて、軋んでいく巨岩。

 

 相手にはなかった力。

 大規模な火力。

 

 その重い一撃によって――弾幕は打ち砕かれる。

 

「よし……!?」

 

 飛び散った岩石の破片、礫となって降り注ぐ瓦礫の雨。

 互いの神力がぶつかり合い、弾けとんだその中で――

 

「もらった!」

「―――っ」

 

 最後の最後の土壇場。

 目の前に迫るのは鈍く輝く銀色の輪。

 

 こちらへ向かう光が、はっきりと見えた。

 

 

 

 

 

 

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 神に捧げられ、神の装具の一つとなった人の造りし物。

 崇めしものへの最上級の贈り物。

 いつしか、それ自体が神の一部ともなったモノ。

 

 神気を発するのは、その鉄の輪自体。

 最後の最後、奥の手の切り札。

 

 

 投げつけたそれは真っ直ぐに、吸い込まれるように相手へとむかう。

 

 

 

 




戦闘回ということで心なしか短めに。
続きは週末までにきっと。


読了ありがとうございました。

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