『兄さん……こんな山の頂上でどうかしたのかい』
『……いや、ただの物見遊山ですよ。山があったから登ったって、そんな感じです』
『それにしちゃあ、ちょっと難所だと思うがね。そんな軽装で、こんな冠雪した山の天辺まで登るなんて、並の人間じゃない――正気の沙汰とも、思えない』
『――何かいいたいことでも?』
『いやなに……こっちも仕事上見過ごせねぇんだ』
『何を?』
『与えられた寿命以上に生きるってんなら、それ相応の力を示せって、ね』
『――何か勘違いしてません?』
『まだ、惚ける気かい?』
『惚けるも何も……』
『はんっ! 何といおうとネタは上がってんだ。寿命も何もがぼやけて見える人間が、カタギなわけがねえだろう』
『いや、だから……』
『御託はいい――出会っちまったからにゃあな』
『ちょっ……え?』
『さあ、人生の大博打。見事勝ち上がって――生き残ってみせなぁ!』
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「久しぶりだな。大将」
なかなか懐かしい面じゃねえか。
三途の河のすぐ近く。
屋台が並ぶ列を抜けてしばらく進み、少しだけ道を外れた辺りに作られていた簡素な家屋。
少しの生活器具と囲炉裏以外は何も置かれていない。その様子からして、多分、ここは簡易的な詰め所か何かなのだろう。囚人たちに営ませている露店などを見回ったり、その報告書を製作するための場所として作られた中継地点――端に置かれた碁盤や花札などの優遇から見るに、もしかしたら休憩所か何かという役割も担っているのかもしれない。
――勝手に持ち込んでるだけって線もあるが。
目の前に座る大男。
それを行いそうな、胡坐に片肘ついた格好で話す男に目を向ける。
「いやいや、大将ってのはそっちの方でしょうよ……いやはや、なかなか出世したもんですねぇ」
そして、その後ろ。
その背中の向こうで恨めしそうにこちらを睨みながらも、忙しそうに筆を走らせ続けているその部下たちの姿を見る。
――さてさて……。
後ろの様子をまったくと気にしていない。
何やら怨嗟の声でも聞こえてきそうな視線が向けられて――それでも微動だにしないその肝の太さには感心するが、こちらにとってはいささか居心地が悪い。
というか、空気が重い。
「忙しいってんなら出直しますよ」
急ぎの用ではない。
今日は約束だけを取り付けてまた今度に出直せばいいのだ。
――頼むのはこっち……礼を払うべきはこっちです、とね。
そういいながら男の後ろにいる者たちに目を向けた。
うんうんと頷いている。
「いやいや、こんな辺鄙なとこまで来てもらったんだ。ちゃんと歓迎しねえと――男が廃るってもんだ」
それを無視して何やらごそごそとやっているかと思えば――取り出したのは酒の杯。
こちらに見せ付けるように持ち上げて、その栓をはじくようにして指で飛ばす。何の迷いも悪びれもなく、仕事場で酒をひけらかす。
豪儀に豪快。勝手に粗暴。
――まったく……。
相変わらず、ではある。
たとえどんな状況だとしても、上司が勤務中に席を空けるなどもっての他のことだというのに、どうしようもない
駄目さ加減である。
これでは、後ろの部下の皆さんたちの苦労も浮かばれない。怨霊でも吐き出しそうな恨めしい吐息で、空気が煮えてすらいるような気がしています。
さすが、地獄に一番近い場所、といった感じだ。
――ちっといってやらないと、ですかね。
少し溜め息を吐いて、目を瞑った。
文句を言えない下っ端の意を汲んでやるのも、また部外の年寄りの役目であろう。目的ではないが、迷惑をかけてしまうのも忍びない。
そう考えて――
「いやいや、そっちも仕事が――」
ふと気付く。
――これは……。
香る芳醇な熟成の過度。
酒壺に描かれた古びた文字。
そして、何より己の勘が告げている。
「――何年です?」
「――ざっと、四、五十年か、それ以上」
頭を過ぎる幾つもの考え。
後ろに立つ働き人たちの表情。
やらなければならない役目。
「……」
少しの沈黙。
目をつぶる己。
そして、ゆっくりと開いて――
「――いただきましょうか」
差し出された杯を受け取る。
向こうで嘆き声を上げている者たちもいるが……まあ、我慢してもらおう。
頼みのためにも、まずは旧交を温めるということも肝要だ。
――それに……。
久方ぶりに再会した友人。
ただ事務的に頼みを聞いてもらうというのは心情的にも良くはない。数少ない友人は大事にしなければ、その責は己に降り懸かり、ひいては周りの者たちへの悪評にも繋がる。
世間というのは案外狭い。
どこでどう繋がるかわからない。
だからこそ、縁を大事に繋がりを。
――情けは人のためならず。一期一会と以て生きる。
それが生きるということ。
そう、ということで――
「よーし。そうこねえと」
絶好の言い訳を見つけての酒盛りに目を輝かせる大男。「まったくしょうがないですねぇ」なんて言葉を空撃ちにと言い放ち、何かつまみはあったかなと考える自分。
駄目な大人、そのものである。
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『――上手くいったのかしら』
『どうしたの、紫?』
『なんでもないわ。ちょっと考え事』
『そう……あ、それよりこの焼き魚美味しいわよ』
『……あなた、なんだか食べ物のことばっかりね』
『だって美味しいのよー』
『……あら、本当』
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きっと、侍さんは真面目にやっているだろう。
自分もそれに応えて真剣に取り組みたいものである。
そんな決意。
「かー! やっぱ人と呑む酒はうまいねぇ・・・・・そう思わないかい?」
それが胡散霧消と消えてしまうような雰囲気だ。
どうにもこうにも――言い訳はきかないし、何もいえない。
「ま、確かに」
それが古い友人との酒ならなおさらね。
そんな軽口を交わしながら空いた杯に酒を注ぎ合う――流石に気まずかったので場所は移動し、三途の川の川縁で胡坐をかいての直座り。
多少ごつごつとしているとはいえ、気に障るほどではない。
「全くだねぇ」
くくっと口元で笑い、高く上げた杯を振る。
それは今岸を渡っていた船に向けてのものだろう。
小さな小船から見える人魂がゆらりと揺れていた。
「疫病神のやろうと一緒に呑んで以来だ……ざっと数十、百年振りってとこか」
「そんなになりますかね……長い付き合いになったもんだ」
随分前。
あの時も確か何処かの川辺だったか……そこで酒を酌み交わした――あの時知り合った疫病神はいったい今頃何をしているだろう。
――まあ、仕事柄ろくなことはしてないだろうが。
真面目に作業をこなす人物であったため、色んな意味で心配ではある。
――こっちのとは大違いだ。
昼間っから呑んだくれ。しかも、それが気忙しい仕事を放り出してのとくれば……そのご相伴に預かっている身としては何もいえないが、別の意味で心配になる。
――しかし、まあ……。
それを口に出すのは無粋だろう。
今を楽しむだけ楽しまなければ――せっかくのお酒に失礼だ。食い物飲み物に罪はない。
酒はおいしく呑むのが礼儀。
「――うん。美味い」
そんな色々な感情を押し込めての一息。
――言い訳にもなってない。
それでも後悔はない。
酒に混じらせるわけにはいかない。
「いやー、美味い」
だんだんと駄目な方向へと意識が進んでいっている気もするが……気にするものか。
年寄りこそ我侭に、勝手気ままに生きるもの。
――酒は百薬の長っていいますし。
いい天気なのだ。
いい酒があるのだ。
それで十分な理由となる。
人間、抑圧されてばかりでは駄目になる。永く生きるためにも、健康な身体と精神は必要だ。
――それに……。
丁度いい。
お互い共にいい具合で――
「――それで」
酒の席は無礼講。
酔いと酸いの間では、無礼失礼なかったことにするのが良い酒飲みというものだ。それをわきまえてこそ、酒は旨くと飲める。
「今日はどんな悪巧みに訪れやがった?」
此方に視線は向けず。
そっぽを向いての軽い問い――何も無かったことにもなっても不思議じゃないくらいに、薄い問い。
「……ま、一つ頼みがありましてね」
どんなものでも冗談に……嘘にも本当にも出来る中での酔いどれやり取り。
これも大人のこずるい処世術というもので。
正面向いて出来ぬなら、互いにそっぽ向いて向かい合う。そういうことだと――そんなこと、一つも考えてもいないことにする。
自分のために。互いのために。
面倒ではあるが、面倒事になるよりはずっといい。
それが組織に所属する側への儀礼。
「――ちょっと取り引きしませんか?」
嘘にも本当にも、利害があれば裏返る。
事実は酒臭い空気に溶け込ませてしまえばいい。
馬鹿な男は、そうやって見栄を張る。
己を守って、裏手で回す。
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『ああ、酒が上手い。ツマミも最高だし、兄さんはいい人間だな……長生きするよ』
『――出会い頭に命奪おうと襲い掛かってきた死神のいうこっちゃねえ……って感じですが、ね』
『そりゃあ、あんなとこにあんな格好でいちゃあ、さては天人か仙人かって思ったってしかたねえやさ。寿命だってはっきり見えやしねえんだから』
『だからって……話ぐらいはね』
『いやいや、こっちはちょっと仕事を抜けだし――休憩に出てきたんでね。こんな遠くまで来ちまったんだから、手土産ぐらいは持って帰らないと』
『……』
『ま、いいじゃねえか。汗も掻いて運動でもした後の酒は最高だ』
『――否定はしませんがね』
『ああ、乾杯だぁ! いい喧嘩だったぜ!』
『……いらぬ迷惑で』
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「なるほど、ねぇ」
亡霊の姫。
力に囚われた少女。
「そりゃ、ただ
変わらず、繰り返す。
染み着いた力は、結びついた糸は切れぬまま。
前世の縁、多生の因果――呑まれて呑んだ宿業が、その
人には持たせるには過ぎたもの。人と生きるには重すぎるもの。薄まりはすれど、消えてはいかぬ。
後を引いて、傷を引き継ぐ。
――一度で終わるには……。
その縁は、どうにも及びすぎている。
あの香は、すでに芯まで深く一つとなった。
だからこそ――手を借りにきたのだから。
けれど。
「しかしな」
ただ、それでもそれは、こちらの都合。
わざわざ、手を貸してくれるという理由とはならない程度の重さ。
「こっちは、放って置いても別に、構いやしねえんだがなぁ」
一杯引っかけ、軽い調子に。
それがどうした、とでもいうように。
死神は、そのままと酒を食らう。
「……」
そうだ。
それは、人間にとってだけ。人として生きていくのが辛いだけ、ということなのだ。
天から見れば……理からすれば些細な違いでしかない。たかが一人の人間の――亡霊のために、わざわざ手を貸してやる義理もない。そんなに生きたくないのなら、人として生きなければ良いだけなのだから。
「まあ、多少の口添えもできることもあるかもしれねぇが――なんだ、次は何に生まれ変わりたいとか。そういう話か?」
人以外に生まれ変わるってことなら、何とかなる、かもってとこだが。
死神は、己の視点で言葉を使う。
悪気もない。悪意もない。
そういう立場に立つものとして、それは語られている。義理も人情も――十分汲んでそれを吐くのが、彼らの役柄だ。
――たかが、人相手……。
そんな小石の一粒を、わざわざ拾い上げるほど、彼らはお人好しでも――人でもない。
答えはそんなものだろうと知っていた。そういう答えが出るだろうことは勘定に入っていた。
だからこそ、相手もそんなことは百も承知で、それを言っている。言ってから、見合う価値を見せろと言ってくれている。
そのための、酒の席。
当てるか外すか――間違っていても泡と流せる機会。
「――ええ、それも嬉しいんですがね」
相手にとってはわざわざ手を出す必要もないもの。
ならば、手を出せば得になると、利益を匂わせる。それが、交渉――相手が乗っても良いという船を紹介する手札の開帳。
――あんまりひけらかしたくはない知識なんですがね……。
こういうときに使わねば意味がない。この場で口を軽くして、後悔できる
その程度、一人酒でもゆっくり嘆けばいい程度。
「人手不足に費用不足――わざわざ罪人の手まで借りなきゃならないほどに困ってるんでしょう?」
置かれた屋台連。それを営む者達の様子。
その他色々を咀嚼した結果の推論と用意してきた酒臭い土産話から似合いを選ぶ。
「……まあ、見ての通り。格好付けてるばかりじゃいられねぇってことは確かだな」
酒を一杯煽っての一言。
隠してはいないが、公言されてもいない裏事情に対しての答え。
進んで惑い、止まってしまう。熟して転がり、惑ってしまう。
――昔と、変わりない。
歴史が進めば進むほど歪みが生まれ、それに巻き込まれた者はねじ曲がる。時間をかけて重くなり、形を変えて生きることの理由を考えてしまう。
――生きるためだけに必死になれず。
欲もあれば迷いもある。
それだけでは足りず、さらに多くと腕は軽くなる。
「三途の川すら渡れないほどに得を積めない者達が増えちまってる――生きているだけ積み重ねるはずの身銭まで使い切っちまうような、そんな馬鹿がな」
世知辛い世の中だ。
冴えない表情で死神は笑う。
三途の前で立ち止まるその――まだ、生きていることすら実感を持たずいた者たちを眺めて
――欲の溝に足が挟まり、深くと掘りすぎ道にと迷う。
そういう、ものなのかもしれない。
増えれば増えるほど……進めば進むほど、無為な隙間が増えていく。それを埋めるために必死になればなるほど泥沼に嵌ることも多くなる。
撓んで崩れて。霞んで混ざり。
――道に迷って恨み節。
長く生きれば――長く続けばその分見失うものも多くある。見えなくなって、己の持っているものすら忘れて自棄になってしまうこともある。
余裕があるのと、余裕を持って生きられるということは、全く違うのだ。
「――で、それがどうかしたってのか?」
その呼びかけに、少し微睡んでいた意識が持ち上がる。
考えすぎていた頭が覚醒し、今の状況へと立ち返る。
――おっと……。
考える必要のない――今は思う必要のない思考。
こういう考察癖は面倒ごとを片付けたあとでゆっくり発揮させればいい。誰かを待たせてまでするほどのものではないのだ。
明日できることは明日にして、今日のこと今日の内に。
――今思い出すべきは別のもの、だ。
首を振って意識を建て直し、するべき交渉を続ける。
「銭は入らないのに死人は増えている……人は増え続けて留まる気配もないのに、解決不能の仕事ばかりが積んでいる、といった感じですかね」
うんと頷く男。
どうやら間違っていないらしいと核心を強めながら言葉を回す。
「今までの作業効率じゃあとても間に合わないところまできている――それを回す連絡が間に合わなくて、最前の死神の手が空いてしまうほどに」
浮かぶのは、あの作業場で重ねられていた薄い巻物のいくつか。態度は悪くとも、仕事では有能なはずのこの大男にとって、それほどの時間もかからずに終えてしまえるほどの量のもの――そして、止まらず届き続ける確認前の書文と報告の数々。
――仕事はあるのにすることがない。
かみ合っていたはずの歯車の速さが狂ってしまうほどに、場は混乱していた。それが届いて、解いてしまうまでの方に時間がかかりすぎていた。
――だからこそ、手の空いた時間に見回りなんて下っ端の仕事を手伝っている、と。
いささか持ち上げすぎているところもあるだろうが、大体はこんなところだろう。仕事は増えたのに技術が進んでないことからくる歪みといったようなもの。
口だけでは間に合わず、文を使っても及ばない。筆を振るうも腕は吊り、草履すり減らしても足ごと燃えるほどと続きに続く。
――人の手では、数では及ばぬ山の量。
追いつくにはまだまだ時間がかかる。
追い越すには、もっとずっとと先のこと。
今のままでは、立ちいかない。
「――んで、何がいいたいんだ?」
少し鋭くなった死神の目がこちらを見つめる。
探るように、見透かすように――幾多の死人を見極めてきた眼が、はっきりと己を映す。
――……真面目にしてりゃあらしい《・・・》んですがねぇ。
差し出された盃。
その杯になみなみと酒を注ぐ。
水面に映るのは、夜空に浮かぶ月の影。
「――買いませんか?」
そして、ぽつりと一言。
「――あん?」
返しにと己の杯の注がれる酒。
それを受け取り、一息に飲み干した――映った像ごと食らってしまうようにして。
「先の力……作業を短縮するための技術を」
吐き出す言葉。
こちらが差し出す利の形。
今はまだ、発明されていないだろう技術のこと。
――原作者殿にゃ悪いですがね。
今はもう遠い所。
ここにはもう戻ってこないだろうから――ならば、精々、利用させてもらおうと。
「――今なら安くしときますよ」
積み上げた知識。
過去から掠め取った技術。
――みんな忘れてしまったのなら……それはなかったとも同じことだ。
地獄の沙汰も銭次第。
死後の世界でくらい……古びた文明の技術が残っていたっていい。それで両方得をするというのなら、少しぐらい先取りしていてもいいだろう。
「手も足も、それから頭も一緒に使って――それでいて、楽になる一つ、からくりをね」
彼の者たちにとっては、とっくに通り過ぎた道。
その骨董品を有り難く使わせてもらっても――彼らはそれを笑うだけ。『あんな私たちが捨てたものを』なんて、己の過去を覗くだけ。
こっちまで聞こえないなら、何を気にすることもない。古くとも、良いものは良く使うだけ。
時代遅れの老人には、それが丁度良い。
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『今、何かいいましたかね?』
『――あなたは、幸せになれないよ』
『あん? なんだい急に』
『今のままでは、ずっとそのままに、ね』
『――どうして、ですかね?』
『だって――』
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『――』
あの時。
あの不幸収集が趣味の悪徳疫病神が言っていたのは、一体何だっただろうか。酒に酔っていたせいもあってか、うまく思い出すことができない。
ただ、何だか己は頷いてしまった気がする。
「あら……」
そんなことを考えているうちに、先に見えた人影。
すっかり屋台を満喫したのであろう愉しそうな二人の姿が見えた。
「用事は終わったのかしら?」
何やらほくほく顔で話す亡霊のお姫様。
両手に抱えているのは土産だろうか……団子やら饅頭やらの甘味の紙包みをいくつか抱えている。
どうにも、堪能したらしい。
「ええ、うまい具合にいきました」
そういえば酒以外に何も食べていないことをそれを見て思い出し、酒しか入っていない胃の腑を想い描く。
少しの空腹と――何かを入れておいて方がいいだろうという考えが浮かんで、自分も何処かで何かを摘もうかと思いついた。
けれど、それを言い出す前に。
「――なんだかお酒臭いわね」
目――鼻聡くそれをかぎつける妖怪少女。
何やらじとりとした目でこちらを見つめている。
その目に。
――……。
何となく込み上げてしまう笑い。
そこはかとない可笑しさに、妙に気持ちが軽くなる。本当に良かったのかなんて心配性がばからしくなる。
「――はいはい」
先ほどまで考えていた言葉。
先ほど投げ渡された言。
『変わったなぁ。昔はもっと――遠くで生きている感じしかしなかった』
昔馴染み。それも死神が言うからには確かなのだろう。
今まで自覚はなかったが、そういわれてみると何だか気にも止まることもある。
――なんだかねぇ……。
どうにもやはり、これでも肩は凝っていた。
そういうことなのだろうか。
「ちゃんと、用意してますよ」
背中に背負った布袋から土産に貰った古酒を取り出す。
目を輝かせる少女たちの姿は――本当に、現金なものだ。
――地獄の沙汰も……現世だって愉しみ次第、か。
どんなに長く生きていても変化は訪れる。
人間、愉しいという方向には特に流されやすいというもの。老人は、枯れた余生にせめてもと、奇異な花をと求めてしまう。
――そういうことなら、悪くない、ってことか。
どうせ使えるかどうかも判らない死後の銭を貯めるよりもそれで遊ぶ方に力を使う。
使いきれずと困るより、我慢をし続けて爆発してしまうよりも、ずっと――。
「さて、どっかで飯にでもしますかね」
ということで、食欲に任せて金を使うことにする。
腹が減っては何にも出来ない。
「あら、私もうお腹一杯よ」
そういってお腹を擦る紫。
余程の露店を巡ったのだろう。
人が働いている間に――まあ、こちらも酒は呑んでいたが。
「そう? 私はまだまだいけるわよ」
片手で団子の串を齧りながら幽々子がいう。
「あなたは私よりも食べてたじゃない」という紫の焦り顔が面白い。
――本当に、面白い。
遠くにいては……近くにいなければ味わえないもの。
懐に入れて初めて感じられるもの。
ずっと、眺めている方だと、思っていたもの。
「……」
少女たちの話す姿。
今の日常。
「――それじゃ、材料だけ買い込んでうちで食いますか」
酒もありますしね。
取り出した酒を袋にしまいこむ。
くるりと振り向け、歩き出す。
「そうしましょうか」
「今夜は鍋がいいわー」
途端にきびきびと、隣に並ぶ少女たち。
真に自らの欲望に忠実で――おかしな夜行。
「――あ、忘れてた」
そうした歩き出そうとしたところに、幽々子が声を上げた。両手にぶら下げていた包みの一つを開けてその中身を取り出す。
「はい。あなたの分よ」
差し出されたのは屋台で売られていた焼き串の一つ。
団子を焼いて醤油で味をつけたもの。
「それが一番美味しかったの」
にこりと笑う。
「……」
込み上げた何かを呑み込んで――こちらもゆっくりと笑んだ。
作り上げる必要もなく、自然とそれで。
「ありがとう」
そういった。
渡し役、繋ぎ役としての大将。
設定こそありこそすれ、これからまともな登場はなし――だと思います。
出ても多分酒吞んでるだけ、くらいで。
読了ありがとうございました。