東方幻創録―永人行雲譚   作:鳥語

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秋の来客

 

 

 

 ボンッ――と鳴った。

 

 

「……失敗か」

 

 派手な音をたてて煙を吐き出す鍋。

 その内にあるどす黒い液体状の何か。

 

「うーむ」

 

 その液体が揺らめき、ぶくぶくと茶褐色の泡が噴出すたびに、咽るような悪臭が立ち込めて部屋の空気を汚染する……時折鈍く明滅し、かなり丈夫に作られているはずの鉄製の鍋が悲鳴をあげている。

 

 どう考えても――どう見ても、危険物だ。

 

「やっぱり、食用にゃあならないか」

 あの茸は。

 

 目の前に起こっている惨事を眼に、胡乱に呟いた。

 そして、その原因となったであろうものを思い浮かべる。

 

――上手く中和するかと思ったんですがねぇ……。

 

 それは早朝の収穫。

 岩陰に群生していた天然のものとは思えないような青白い茸と、湿気を好むはずの菌類であるのに関わらず、陽の光をその体全体に受けて輝いていた紅色の茸。

 対照的なその姿に、併せてみれば上手い具合に融和するのではないかと適当に調理してから鍋に放り込んでみたのだが……。

 

――まあ、魚と漬物で十分か。

 

 今日の朝食から一品削除する。

 食べ物を粗末にするのはよくないが、これは、どう見ても食べられる物ではないからいいだろう。

 時には悪徳を積むのもまた、健康の秘訣である。清濁併せ呑んでこそ、己の中に真ん中に。

 

「――と、いうことで」

 

 そろそろ底が(溶けて)薄くなってきている鍋を持ち上げて火を止めた。

 

 

 

 

 閑話休題。

 食休め。

 

 

「……ふう」

 

 

 まだ新しく、造りのいい扉。

 それを潜れば、辺りはすっかり赤や黄色、茶に焦げ茶といった暖色に覆われて、僅かにだけ残る緑葉が季節の終わりと始まりを感じさせる。

 呼吸をすれば、乾いた空気が肺腑の内を吹き流れ……涼やかさに混じる寒冷の綻びに、虫も動物も本能めいた欲求に駆り立てられているのだろう。

 

 蓄えろ。肥え太れ。

 もうすぐ――

 

「……冬がやってくるぞっ、とね」

 

 里の人々も今頃は田畑の収穫と備蓄に追われている頃だろう。

 

 稲穂は頭を垂れて、果実は熟れる。

 山林では肥えた魚が産卵し、新たな芽を為すために実が落ちる。

 

 越すために刈り入れて、肥えるために貯めこんで。越えるために枯れゆきて、越させるために実を結び。

 始まりのための実りと終わりに向かうための彩り。

 新たな突端と一区切りのための終端。

 

 正しく、秋である。

 人も獣も植物も心地よい忙しさに満ちている。

 

――ま、老い先短か……老人にとっちゃあ、美味いもんが食えて嬉しい季節ってことだけですがねぇ。

 

 涼しく、過ごしやすく。

 のんびりと山を眺めているだけでも目に楽しい。

 

「――汁物がなくなっちまったし……・何かつまみでも探してみますかね」

 

 少し歩けば、簡単に山の実りが手に入る。

 この辺りにはどういうわけか茸が多いし、すぐに何かしらのものが見つかるだろう。

 楽をするには、いい季節だ。

 

――蓄えも……まあ、一人分なら十分だろう。

 

 足りなくなれば里に何かしらの品を持っていけばいい。

 まだ外から仕入れた品がいくつか余っている。里の人々にとって、それらは足らずともいけるが、あって困るものでもないはずだ。

 日常と、少しとそれの谷山と。

 

――切り離されている分の恩恵ものある、か。

 

 外れた土地。

 外れ者達の居場所であるからこそ、そこには政の手も届かない。

 作った分は作った分だけ。得た物は得た分だけ。

 自分達で考えたとおりに運用される。

 

――危険を度外視すれば。よく肥えたいい土地ですしね。

 

 幸い、その里の規模からすれば十分以上の収穫が毎年得られているらしい。

 外から得られる糧が少なくもあるが、その分を補って余りある余裕と力がある。

 馬鹿なことさえしなければ、飢えることはない。

 

――しかし、まあ……。

 

 見放された土地。化物たちが暮らす場所。

 それが、これだけの恩恵を得られる土地であるというのは面白い。

 誰かさんの暗躍か、世間ずれした隠れ神の祝福か。

 

 どちらにしても、それがこの土地が厭われながらも愛される一つの要因となっているのだろう。

 訪れるものに安息を与え、懐深く受け入れる。

 

――だからこそ……。

 

 人々が集まり、そこに産まれる繋がりと空間。

 一際変わっているのは、その手の届く距離に神や妖怪といった幻想の存在がいること。

 

 互いに認めている。互いに補っている。

 目に見えるもので――触れている。

 

「それが楽、ってことかねぇ」

 

 様々な危険を内包しながらも、わかりやすい形。

 堅苦しい敷居を乗り越えて、自ら達で作り上げるもの。

 

 人々にとっても。神や妖怪にとっても。

 

――案外、世の中単純なもんですからね。

 

 この場所だからできること。

 素直に生きること。

 

「だからお姉ちゃん。食べてみないとわからないわよ」

「あなた……そうやってこの前お腹壊したじゃない」

 

 だから、こんな軽い内容で会話する神さまか何かがいてもおかしくない。

 祀られ縛られ、堅苦しい形式に捕らわれなくていい分、活き活きと行動できるというものだ。

 

「大丈夫だって……うん、美味しそうな色してるし」

 

 心なしかその数を増やした茸と山菜。

 実りと代替わり。

 

「どこがよ。そんな極彩色の茸なんて食べたくないわ」

 

 ますます艶やかに色付き、過ぎる季節を魅せる木々の葉。

 彩りと寝支度。

 

――なるほど……。

 

 ちらりと振り返るのは、あの混沌鍋を供養して埋めた先。その後、埋めた先にある木々などに手早い変化が訪れて――妙な罪悪感に襲われていたが、どうやら自分のせいではなかったらしい。

 

 豊かさと実り。

 寂しさと終焉。

 

 それが訪れたからこそ、森は変化した。

 

「あら、こんなところに誰かいる」

「……家もあるわね。こんなところに住んでいるのかしら」

 

 全体的な赤の意匠に、それぞれに特徴ある髪飾り。

 芳しい香りとかもし出す雰囲気は、確かに、その季節柄のもの。

 

「こんにちは」

 

 明るく。

 涼やかに。

 

 それぞれの声音で放たれた言葉。

 その違いに思案しながら、姿勢を正す。

 

「これはこれは――穣子様に静葉様ですね?」

 

 里で聞いた名を口にして、大仰に、うやうやしく頭を下げた。

 二柱の神はうんと頷いてそれを肯定する。

 

「この度、こちらに住むこととなった……しがない人間風情です」

 以後どうぞお見知りおきを。

 

 にこりと微笑みもう一度頭を下げた。

 

 

 

 挨拶の第一印象は大事である。

 たとえ相手が神さまであったとしても。

 

 我ながら胡散臭い笑みを浮かべながら、そんなことを打算する。

 

 

 

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「美味しい、わね」

「うん、いけるわ」

 

 静かにいった自分と明るく笑う妹。

 対照的ながらも一致した感想に、男は笑んだ。

 

「そりゃどうも……この辺りにゃあいい素材が多くて楽なもんですけどね」

 簡単料理でも舌鼓に十分です。

 

 そういいながら、次なる一品を運んでくる男。

 材料こそ私達が採ってきた山菜だが……謙遜していても、その調理法は今まで見たことがない変わったもの。

 目新しく、不思議な食感をもつそれは、食べ慣れない新鮮さを感じさせながらも、素材そのままの味がはっきりと残っており、一口二口と、どんどん食が進んでしまう。

 時折飾りにつけそえられた紅葉の葉なども目にとまっては、隣に置かれた焼き魚が良く映えさせている。

 

――どこかの料理人かしら……。

 

 慣れた様子で食事を用意し続ける男にそんなことを思う。

 なぜこんなところに家を構えたのかはわからないが……まあ、変わり者が多いのはこの辺りでは常のこと。何かしら理由があるのかもしれないし、無いのかもしれない。

 あまり気にすることではないだろう。

 

――それよりも……。

 

「穣子……少し食べすぎじゃない」

「ええー、いいじゃない」

 天高く馬肥ゆる秋っていうし。

 

 そういってさらに追加の料理を要求する妹……自分もそれに向かって手を伸ばす分、人のことは言えないが、やはり秋の訪れによって気分が盛り上がっているのだろう。

 かくいう私も、いつもなら上がりこむことなどないだろう初めて出会った人間の家で食事などとっている――同じように、気分が良いからか。

 

 姉妹揃って情けないことである。

 

――まあ、正解だったかもしれないけど……。

 

 次に運ばれてきたのは採れたての茸を使った汁物とあっさりとした山芋の和え物。ちょこんと置かれた隣の器に入れられたタレをつけて食べてみると、シャリシャリとした心地いい食感と共にあっさりとした風味が口の中に広がる……好きな味だ。

 茸汁を呑み、塩気が口に染みたところでそれを食べ、また口をすっきりさせる。

 飽きがこず、舌が馬鹿にならなくてすむ。

 

「付けタレはいくつか用意したんでまあ適当に……あと、七輪で焼いた茸もあるんで、それをつけてもいけると思います」

 

 そういって皿に盛られた茸の山。

 その芳ばしい香りにまた唾が沸く。

 

――私たちを太らせてどうするつもりかしら……。

 

 そんなことを考えながらも手が伸びる。

 本当に肥えた太った馬にでもなってしまいそうだ。

 

「むむ……これは、アケビ?」

「ええ、鍋で炒めて軽く味付けしてるんです」

 変わった食感といいながら、不思議そうに口を動かす穣子。

 私も先ほど食べてみたが、悪くない味だった。

 

――本当に……。

 

 不思議だ。

 

 この様々な料理に歓迎の仕方。

 男は終始丁寧な物腰で私たちに接しながらも……何処か、まるで年下の子女を相手しているような気軽さをもっている。確かに八百万の神としての自分たちはまだまだ若い方だが・・・・・流石にただの人間と比べられるものではない。

 けれど、時折交わす会話といい、男の知識といい……私たちよりも数多くの知識を有した相手であるような、そんな気分にさせられる。

 農耕のこと、木々の種類、作物の調理法……数々のことを自分たちと同じ以上の程度で受け答えする。たかが一介の人間が持ち合わせていられる量のものではない。

 それを疑問に思って聞いてみても「年の功ですよ」と適当にはぐらかされるだけ。

 食事を作ってもらっている立場として、それ以上些細なことを気にするのもなんだが――。

 

――何かしらね。

 

 悪意は感じられない。

 ただ、息をするような自然さではぐらかしの言葉を使っている。

 

 そういうものに、慣れている会話。

 

「へええ、あの辺りでそんなものが」

「ええ、山葡萄とか木苺なんかがわんさととれるわよ」

 

 能天気にそんな会話をする男と妹。

 どうやら、料理法を教えてもらう代わりに山の実りの多い場所を教えているらしい……・あとで私も聞いておこう。色々と家の食卓に彩りをそえられそうだ。

 間違っても、妹が独自に選んだ食材で改悪調理を始めないようにしなければならない。

 

――そろそろお腹も一杯ね。

 

 穣子の方も既に箸を置き、男と言葉を交わす方が主へと変化している。

 秋の果実、草花、里の人々との関わりなど……他愛無い話ばかりだが、会話の受け手として男は上々のようで、上手い具合に話が膨らんで楽しめているようだ。

 

――相変わらずね。

 

 自分よりも人懐っこく明るい妹。

 それを微笑ましく眺め……ふと、開け放し窓から見える紅葉の色彩に目を向けた。

 自らが司る秋の訪れながらも、やはりそれは見ていて心地いい。

 

――やっぱりきれいね……。

 

 その燃えるような赤や黄色の葉々は、緑色の木々の生命が少しずつ抜けていったもの。

 けれど、枯れゆくその色は色鮮やかに山を彩り、そこにある命の輝きを示す。

 終焉を意味しながら、その時に一番美しい姿を見せる。

 

 最後の一燃え。

 散り際の美しさ。

 

 そして――

 

「落ちた葉は土を肥ゆらせ、先の命のための礎となる」

 

 巡り回って元通り。

 周り巡って先のため。

 

 それが秋の豊潤と終焉。

 二面性を持つ繋がりの輪。

 

「命は燃えて、塵の内から再誕す・・・ってね」

 

 そう呟いたのは、いつのまにか近くまで来ていた男。

 その隣では穣子がなんだか据わってしまった瞳で立っている。

 

「お姉ちゃん……またそんな暗い顔して何か考えてる」

 せっかくなんだからもっと楽しくいかないと。

 

 そういって、こちらに抱きつくように縋りつき顔を寄せる――その息が、酒臭い。そして、手にはいつの間にか酒杯が……。

 

「さあさあ、お姉ちゃんも一杯」

「あなた、どこからお酒なんて……」

 

 はっとして男の方を見ると、小さな酒瓶と器。

 

「いや、お土産にって渡したら……今呑むって開けてしまって」

 ばつの悪そうな顔をして笑う。

 

 開けられた布袋が散乱していることからして、本当に持ち帰りように置いてあったものだろう。嘘ではなさそうだ。

 

「さあさあさあ」

 

 押し付けられる杯。

 確かに、この肴たちには酒が合うだろうと考えてはいたが……こんな昼間から。

 

「まあ、ちゃんと奉納用の上物なんで悪酔いはしないと思いますけど……」

 美味しさは保障します。

 

 その言葉に、決心がぐらついて――

 

「うん。かなりの上物よ、これ」

 今までで一番かも。

 

 穣子の言葉に、ぱたんと倒れた、

 

 神に奉納された酒類は神聖なものである。

 よって、だらしないことなど何もない。

 

 そういう、ものである。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

「あらあら、お姉ちゃんもだらしないわね」

 

 まるで紅葉のように顔を赤くして寝息を立てる姉。

 それに男は渡してくれたかけ布を被せた。

 

「私よりも先に潰れちゃうなんて」

 くすくすと笑いながらその頭を撫でる。

 

 いつも世話をされている方としてはちょっとした優越感だ。軽い仕返しといった感じでその額に手をやって髪を梳いてやる。

 少し身じろぎしたが……しばらく目覚めそうにない。

 悪戯し放題だ。

 

「――そりゃ、呑んだ振りして誤魔化してたらそうもなりますよ」

 酷いことを……。

 

 そんなことをいいながら、奥へと器を運んでいた男が帰ってきた。

 その手に持たれているのは熱いお茶。酔い覚ましには丁度いい。

 

「知ってたの?」

 

 それを受け取りながら、首を傾げると、男がこくりと頷きながら向かいに腰を下ろした。

 そして、私たちが飲んでいた酒瓶を指差す。

 

「二人で飲んだにしちゃああんまり減ってない」

 注いだ振りでもしてたんでしょう。

 

 そういって、にこりと笑った。

 こちらも悪戯っぽい笑みで返す。

 

「まあ、こうでもしないとお姉ちゃんは羽目を外さないから」

 里での収穫祭も自分には関係ないからって顔出さないし。

 

 生真面目な顔で遠慮する姉の顔を思い浮かべる。

 いくら自分が司るものが秋の物悲しさであるとはいえ、わざわざ日常ずっとそうしている必要はないだろう。たまには昼間から酔っ払って楽しくやればいい。

 私と同じくらいお酒は好きなのだから。

 

「――といってもまあ、私も収穫後の里にいったって意味はないんだけどね」

 

 ちゃんと作物の収穫前に行かなければ秋の実りは与えられない。祝福を与えるのはそれが実る前、始まりを見守らなければならない。

 あくまで、あれは里の人々の感謝の気持ち。

 

 だから、姉のことをごり押すわけにもいかなかったのだが。

 

「――知らない男になら迷惑をかけてもいいと?」

 そんなにいい人面してるわけじゃないと思いますけど。

 

 冗談っぽくそういって目を細める男。

 確かに、いくら私たちの季節だからといって、いきなり目の前でお酒を呑み始めるほどにいつもは軽い調子ではない。

 

 けれど、私は少し知っていたのだ。

 

「この前の宴会が会ったでしょ。あの時、遠くからだけど見てたのよ」

 

 たまたま通りがかった場所で遠くに見えた姿。

 

 楽しそうに笑う人々に、世話を焼き、自分も楽しみながら周りを盛り上げていた男。

 

 緩く構えて微笑んで――けれど、その表情は、どこか年老いた翁のようにも見える。

 

 俯瞰し、鳥瞰し、けれど、隣で共に佇む。

 長い歳を経て成った大木のような老成。

 

 何か、感じるもの。

 私たちに近い何かを持っている気がした。

 

「――山の方で鬼や天狗に噂も聞いて……まあ、ちょっと見物してみようかしらとね」

 里の者達のも少し話を聞き、その評判も悪くなかったし、話して見れば妙に馬が合った。

 合わせてくれていたのかどうかはわからないが、それを感じさせない自然さや老練さも持っているのだろう。

 多分、見た目どおりの人間ではない。

 それは最初から感じていたことだ。

 

「なるほど……」

 あの酒鬼娘と時々遠くから見てる天狗の連中か。

 

 そう呟いて納得したように男は頷く。

 辺りを気にしているのは、酒を嗅ぎつけてあの鬼娘が来訪しないかという確認だろうか。「今日は山の連中の宴会で鬼も天狗も全員参加してるわよ」と伝えると、安心したように息をついた。

 流石に、あの鬼に出せるだけの酒数は用意していないのだろう。

 

 何処か間の抜けた様子くすりと笑い、お茶を啜った。

 そうして一区切りがついたところで――

 

「――それじゃあ」

 

 今度はこちらからの疑問。

 

「あなたはなんで私たちを歓迎したの?」

 

 今日は様子見のつもりでの来訪であり、男がどんな人物なのかを見るために姉を誘って訪れただけのはずだった……なんだかトントン拍子に酒を呑むところまでいってしまった。

 その切っ掛けは、男が食事でもどうかと私たちを誘ったところにある。

 

 なぜ、男は私たちを歓迎したのか。

 

「――ああ」

 

 それに対して、男は悪戯っぽく笑った。

 

「丁度料理に失敗したところでしてね」

 男は家の隅の方にある竈に目をやって、その焦げついた壁を示す。

 

「朝食が物足りなくなってたんで食材を分けてもらおうかと」

 そちらも調理する手間が省けて楽でしょう。一挙両得です。

 

 そういって、笑う。

 

―――……・。

 

 確かに、あの時私たちは山や森で採ってきた食材を大量に所持していた。後で家で食べようと思っていたものだったが……それならと快く男に渡したのだ。

 まさか、それが狙いだったのだろうか。

 

「――ほんとにそれだけ?」

 

 食べ物狙い。

 なんだか即物的な理由である。

 心情的に受け入れたくはないものだ。

 

 それを読み取ったのか。

 男は口元に手を当てて「ふーむ」と何やら考える。

 そして――

 

「ああ、そういや家の裏に空き地があるんですよ」

 

 いかにも今思いつきましたというように口を開いた。

 

「そこに畑か何かを作ろうかなと思いつき……考えてましてね」

 白々しくいい直しながらつらつらと適当な理由を語る。

 

 秋の神様達が訪れてくれたんなら縁起がいいでしょう。神様に奉納した分、豊作は約束されたもんです。

 なんならご利益を与えていってくれてもいいですよ。

 

 そんな事々を嘘臭く付け加えて――もっともらしく仕立て上げる。

 

 そちらの方が理にかなっている。

 その方が理由として形になる。

 そんな気がするだけの――言い訳。

 

――ふふ。

 

 男の口八丁手八丁に語る様子に、なんだか笑いが込み上げてきた。多分、男は何も考えていなかったのだ。

 

 本当に。ただ、美味しいものを食べたかっただとか。一人の食事よりも誰かと一緒食べた方が美味しいだろうとか。

 たまたま、出会ったご近所さんに挨拶しておこうとか。

 

 そんなことしか考えていなかった、のだと思う。

 だって、そうでなければ――色々と、ばたばたとし過ぎていた。有り合わせの、調理法こそ多岐にわたれど、作ったものは家庭料理に近いもの。

 神に出すには――少々、厳かさが足りなすぎる。

 

「――あざといわね」

 

 これは本当にさっき思いついただけの提案なのだろう。けれど、それに乗ってあげるのが神の度量というものだ。

 堅苦しく形式ばって……中身はほんの軽いものでいい。

 

「人間ですから」

 神様に祈るだけですよ

 

 軽い調子で返された言葉に、互いに目を合わせて笑いあう。

 

――あの鬼がいっていたのはこういうこと。

 

 あの小さな鬼娘の言っていた通り。

 その空気に呑まれ、すっかり巻き込まれてしまっている。

 相手の調子に引き込まれ、嘘か真かわからない言葉で騙されて――どうでもよくなる。

 

――悪くない……気分だけど。

 

 人間にいいようにされる神。

 時折神話にこそあれど、その相手は英雄賢者の傑物ばかり。

 なのに、私たちはこんな胡散臭い男に上手くのせられてしまっている。

 

「まったく、畏れを知らない人間ね」

 

 負けてもいないのに、やられてしまった気分で呟いた。

 なんだか少し納得がいかない。

 

「なあに、年の功ですよ」

 折角面と向かって感謝できるんです。

 ご利益のためにも頑張らないと。

 

 愉しそうにいって、空になった器に茶を注ぐ。

 隣にもう一つ置かれているのは、きっと姉が目を覚ましたとき用の分だろう

 

――本当に、神様(きゃく)の扱いが上手い。

 

 

 もう参ったという気分で受け取って、その心地よい温かさを喉に通した。

 姉が目を覚ますまで、少しのんびりしておこう。

 

 

 立秋を過ぎたある日の事。

 時折一服に立ち寄るためのお茶所を見つけた日の事。

 

 

 

 変な人間と、出会った秋の日のことである。

 

 

 

 

 





 お客様はなんとやら。
 言葉通りでもあり、言葉通りでもあらずと。


 読了ありがとうございました。

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