名は体を表すというが、確かにそれはそうなのかもしれない。
人と呼ぶには、あまりにずれていたし、妖怪というほど人から離れてもいなかった。
神や仏と呼ぶには、神々しさの欠片もなくて、賢者や魔法使いとするほど、知識を求めてもいない。悪魔というにも、化け物というにもらしくなく、仙人だとか解脱者としては、俗にまみれている。
人に近い、化け物に近い、神にも仙人にも近い。
なんにでも似ていて、微妙に毛色が違う。
どこまでも、曖昧模糊な存在感。型にはめるに難しい、重なりすぎて違いが目立つ分類不能。
ある意味、幻想といった存在そのものであり、それでも何処か、手に触れそうな現実味を帯びていて、伸ばせば届く気がしてしまう。
地鏡を見つめているような。
蜃気楼に囲まれてしまったような。
方向音痴にされる印象。
遠く近く、身近で見通ず。
わからぬままにわかってしまう。
妙なもの。
自称は人間。
型なく、枠なく、収まる老人。
勝手に気ままに惚けて生きる。
雲のような、
名前を持たず生きる者。
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「――また、独りか」
そう、呟いた。
そこにあるのは、盛られた土と簡単な木組み。
そこに眠っているのは、かつての友人、家族、仲間といった結縁数々。
幾度目かの別離を交わした場所に、また一人と新たな縁を葬って、少しの黙祷を後に立ち上がる。
「――今までありがとう。いい夢見てくれよ」
慰霊の花を供えながら呟くのは、心からの感謝の念。
けれど、すっかり慣れきってしまった言葉。
「それじゃ、また来世にでも会えるなら――」
そういうと、本当に軽く足は動き出す。年月の重みなど僅かも感じさせぬ気軽さで、そこらに散歩にでも行くように、ゆたりゆたりと歩き出す。
何十年もの月日を重ねた場所に別れを告げながら、思い出深く辺りを見回しながら――鼻歌交じりに明日の食事を考えている。
「ああ」
本音の悲哀に心は痛む。
心底の寂寥に胸は悴む。
それでも――
「腹、減ってきたなぁ……」
ぐうと鳴るのは腹の音。
いつも通りに時計は巡る。
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「さてさて――」
どうするか。
はるか先の方まで続いている道を見据えながら呟く。考え事をするのに腕を組むのは、長年の間にすっかり染み付き、無意識となって出るほどとなった癖のもの。
それだけで、考えているような気にもなれる。
「東に行くか、西に行くか」
指針を決めるにも、ここ数十年、決まった範囲以外に出向くことがなかったので、すっかり世情に疎くなってしまっている。
昔ならば、西の方に大きな都が、東からは北方の方に抜けられる道があったはずだが、権力や物流の動きなどはすぐに変わってしまうもの。1人の人間が亡くなるだけで、この島全体の動きが変わることだってあるのだから、もはや、当てにはならないだろう。
――まあ、地形自体は変わってないだろうから、多少動きやすくはあるだろうが……どうだろう?
色々と知識を引っ張り出せど、どちらにいくか、という答えにはまるで関係がないものばかり。何処に何があるのかすらわからぬのだから、何を考えていても一緒というものだ。
海に行くか、山を越えるか、その程度を今の気分で決めるだけ。
「――むう」
それさえ迷ってしまう自分に、少々不安をあおられる。
久しぶりの旅であるというのに、調子も気分もあまりに出ない。
もう少し、楽しまなければ――寄る辺のない流浪をしているという自覚を持たなければ、苦労するのは自身の身体と精神力。鼻歌気分で誤魔化して、ゆるりと流れに身を任せて進まねば、疲れに気がいき歩みも乱れる。幾度も繰り返してきた長くなるだろう旅であるというのに、序盤でそう力を使ってしまっては、後々に響くというものだ。
そういうことの玄人であるからこそ、その自覚には聡いはずであるのに、どうにも心もとなく、調子を崩して惑ってしまう。
――居心地良かったからか、ね。
その指針が錆びてしまっているのは、もしかしたら、久しく独りという状況になっていなかったせいだろうか。単調な拍子に慣れすぎて、己がどう進んでいたのかを忘れてしまっているから、ぶらり気分で大雑把な判断さえ下せない。
鈍行にもほどがある。
――後ろ髪引かれる……というよりも、ただたんに未練がましいだけか。
きっと、彼らがまだ生きていたなら、自分はまだあそこに居続けたのだろう。
そう確信してしまえるほど、居心地が良かった場所だった。変わらぬ自分に変わらずに接し、衰えぬ自分を羨ましいと笑い飛ばしてくれた。
最後の最後まで、同格として扱ってくれる者がいた。
そんな場所が、いくらもあるはずがない。
「無いものねだりは、性に合わないんだがなぁ……」
らしくない、まったくらしくない、そう感じてしまう状況だ。
根無し草に、綿毛のように。風の吹くまま、気の向くまま、留まらず、逆らわず、流れのままに。それが自分の性分だと、決めていた。それを置いておくと決めていた。
人々に愛着を持ちつつも、心は置かず。感謝はすれど、依存はしない。そんな線を持っておく。温いままでいるために、己で己に課した筈。
ずっと、気楽でいるために。
――居過ぎた、かね。
吐き出した息は、少しの後悔と残念さを含むもの。
軽はずみなことをした自分への反省加え――それとともに笑いが浮かぶ。
変わらないもの、移ろわないものはない。永遠の居場所、そんなものがあるとするのは幻想以外のなにものでもない。せめて、変わらないうちに通り過ぎるのが一番だ。最善で、最良の策だ。
そう、年寄り心に判っていたはず。それなのに、またのまたの失敗だ。
自分の愚かさ――まだまだ青臭い性根に笑ってしまう。まだまだ、若いと笑んでしまう。
――どれほど生きても、『子ども』は元気だってことか。
そんなふうに受け止めて、少し安心する己《ひと》もいる。
忘れていないと実感して、思い出している己の形。
「……」
もう一度。
今度は大きく息をついて、胸にうずまいたものを追い払うように大きく吐き出した。
それだけで、少々打たれ弱い内の子どもは眠る。寝かしつけるのは、すっかり慣れたもの。
――遊ばせてれば、そのうち笑う。
そういうことで、置いておく。
未来の自分に、預けておくことにする。
ということで――
「――さてさて、どうするか」
悩みに悩んで、結論出さず。口癖のようにまた呟いて、緩い頭を切り替える。
うずまいたものを追い払ってしまうように胸を上下する。
――こういう時は、歩き出すのが一番だ。
経験上、そういうことになっている。
そんな今決めた人生観を振りかざし、木の棒拾って方向決める。
向かった方は道なき草原。
それでも、「まあ、いいか」と進む足。勝手に自然に運任せ。
そのくらいで、丁度いい。
それくらいが、丁度いい。
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訪れ、始まり、事始。
移転して参りました鳥語と申します。
これからはこちらで宜しくお願い致します。
※一応、この後から大分改訂を加えていくので、一度お目通し頂けた方でも楽しめるかと思います。