恋姫、タツミー、オリジナルと考えている中、さらには先日みた映画の影響でコナン二次までorz
「儂の部下が大変済まぬことをした、旅の方。この厳顔、こやつの身柄を預かる将として深くお詫び申し上げる」
「そ、そんな! 桔梗様がそのような事をなさらずとも――」
「うるさい! お前は黙っておれ!!」
――……なんだかなぁ……
どうしてこうなった。
恭介の頭に浮かぶ言葉はその一語に尽きた。
森の中から真っ直ぐこちらに向けて走る音が聞こえたために、獣か賊と判断して剣を抜けるように構えていざ――と思ったら飛びだしてきたのは女の子。驚いているうちにいきなり賊扱いされ、気がついたら殴り倒されるわ縛られるわ。
後から来た兵士達が彼女をなだめようとしてくれたが当の本人は聞く耳持たず、いきなり連行されたかと思えば、今度は目の前で将軍と名乗る女性が旅人に自分に頭を下げている。
「どうか頭を上げてください厳顔将軍。確かに有無を言わさず連行された事には少々言いたいこともありましたが、賊を追っていたとなれば近辺にいた素姓の確かならざる者を疑うのは当然のこと。しかし、将軍は今こうして私の無実を信じてくださいました。しがない旅人である自分には十分すぎる措置であります」
心から恭介はそう思う。
荊州を旅していた頃は、賄賂を断ったために罪人扱いされかかった事もあった。幸い、その場に居合わせたお偉い様のおかげで事なきを得たが、一歩間違えれば今頃自分は最悪この世にいなかっただろう。
それに比べれば、連行程度で済んだのは僥倖とも言えた。
「む、そう言ってもらえると助かる。こやつは常識をどこかに置いてきた猪故な――」
口にこそしなかったが、おそらくほとほと困っているとでも言いたかったのだと推測した恭介は内心、目の前にいる将軍にお疲れ様ですという言葉と共に手を合わせる。
「しかし桔梗様。あれだけ荊州と益州をまたぐ道が危険だと知られていながら、この道を一人で歩いていた者です。怪しむには十分――」
「怪しんだ事を叱っているのではなく、問答無用と言わんばかりにその獲物で殴り飛ばした事は叱っておるのがまだ分からんのか!!」
「う……」
(……確かにあれは痛かった……)
咄嗟に力の流れる方向に跳躍してダメージを軽減できたからよかったものを、もしあのまま馬鹿正直に受けていたら、あばら骨の一本二本は確実にへし折られていただろう。
おそらく青あざが出来ているだろう未だ痛む脇腹をそっと手で押さえながら、恭介は半分涙目になりながら叱られている金棒女(仮名)に視線をやった。
――どうやったらこの状況収まるのかな……。
口にこそ出さないが、恭介はそんな事を考えていた。
* * * * * *
運の良い事に、最寄りの街である永安までは何事もなく辿りつく事が出来た。
今現在、厳顔将軍率いる部隊は出没する賊の対処に当たるために永安を拠点としているらしく、そこへの帰還に同行する形となったのだ。今は予備の馬を一頭貸していただき、揺られながらのんびりと馬を歩かせている。歩きで十分と何度も行ったのだが、怪我人を歩かせるなど~という言葉に折れて、こうして好意に甘える事になった。
整備されているとはいえ足場の悪い山道を歩くのはちょうど億劫だったので、正直助かる。馬に乗るのは久しぶりだったが、歩かせるだけならば問題ない。自分に馬術を教えてくれた涼州の友に改めて感謝しよう。
そして道中、やはりというかその間に色々聞かれはしたが疑ってかかってのものといった様子はなく、あくまで確認の様なものにすぎなかった。
「なるほど、荊州ほどではないとはいえ中々に栄えている街ですね」
数日かけてようやく到着した街――永安は、荊州の様な商人の町という感じではなく、農民による街といった雰囲気の強い所だった。
そのため立ち寄ってきた荊州や北の町々に比べると小規模ではあるが、それでもそれなりの商人が街を構えている所を見ると、この街の領主――厳顔将軍がどれだけ努力したかが透けて見えると言うものだ。
「もっとも、この街も近々紫苑……すまぬ、黄忠将軍に譲る形になるがのう」
厳顔がそういって目線で示す先には、薄紫の髪をたなびかせるエロい――もとい、妖艶な美女がくすりと笑って見せた。
「私は、荊州からこちらに流れてきた者だから領地をもらうなんてまだまだと思っていたけど……」
「荊州――では、ひょっとして劉表様の所で?」
「正確には長沙太守の韓玄様にお仕えしていて……もう三年になるかしら。子供が産まれたのを機に将軍の座を辞して益州に移ってきたのだけれど……色々あって、また弓を手に」
そう言って彼女が軽く触れる弓。恭介は一目見て、それが自分には引くことも叶わないだろう強弓である事を察する。
だが同時に、何よりも恭介がショックを受けたのは――
(……子持ちの人妻……マジでか)
今までにも目を奪われるような美少女や美女はこちらに来てから何度か目にしたが、ここまで妖艶な女性は初めてだった。
恭介も男だ。美人を眺めることは大好きだし、桃色一色の妄想をしたりすることもあるが、それがすでに人の物となると……なんとなく悔しい気分になる。
「おい貴様! 紫苑様に色目を使うんじゃない!!」
少しどんよりとした気分を更に盛り下げてくれるのは、この数日でもはや聞き慣れたこの罵声。
恭介はうんざりといった様子で声の主に顔を向ける。
「……魏延将軍。自分の何が貴殿を御不快にさせているのか分かりませんが、そろそろ機嫌を直していただけないでしょうか」
「ふーっ!」
「せめて人の言葉で会話してくださいよ」
なんというか、よっぽどこの人とは相性が悪いようだ。
恭介がやれやれと肩を軽く竦めると、黄忠将軍はもう慣れたでしょうと笑う。
「慣れたといっても、長く人から敵意を浴びるのはごめんこうむりたいのですが……」
「あらあら。長く幸せに生きるコツは図太く、そして強かになることよ? だから……ね? 私の下に来ないかしら? 読み書きが出来るのならば下働きとしては十分よ。色々と鍛えられるし、鍛えてあげるわよ?」
おそらく、魏延という少女がやたら自分を敵視しているのはこれが原因なのだろうなと、恭介は推測していた。
先ほどから隙あらば――というわけでもないが、なぜか厳顔将軍や黄忠将軍から文官達の下働きとして来ないかという誘いを受けていた。
正直に言って訳が分からない。
以前にもいわゆる『お偉い様』と関わった事は幾度かあった。だが、知己として引き止められることはあれど勢力――組織の一員として誘われた事などほとんどなかった。
唯一あるとすれば、人手不足のためか人材の獲得に躍起になっていた陳留太守――その部下という女性に文官の誘いを受けたくらいだ。
その時は陳留太守の厳格さと能力を知る者たちが多く集まった事を理由に部下の女性からの推薦を辞退した。代わりになぜか彼女と知己を得て、この世界における信頼の証と最上級と言える真名を預かる事になった。
今にして思えば状況に抗おうとして結局流されかかっていただけだったのかもしれないが――まぁ、悪くない思い出である。
「自分にはもったいないお言葉ですが、やはり辞退させていただきます。自分の能力が将軍たちのご期待に添える能力に達しているとは到底思えません。なにより……自分は未だ、――旅の途中ですから」
――いつ終わるか分からない……けど。
言葉にはせず、恭介は口の中でだけそう呟いた。
口にすれば、本当に帰れるかどうかという不安までもが出てきそうだったからだ。
(数えが正しければほぼ五年……か)
あれから随分と経ったものだと思う。
あのだだっ広い荒野から当てずっぽうに歩き回りながら、出会った人や運に助けられてきた。
そして元の世界に帰る手掛かりを探してずっと旅を続けてきたが、未だそれらしき物は見つからないまま。
一度だけもしやという手がかりもあったが、結局それも外れ。
(本当に……旅が終わるのはいつになるのやら……)
黄忠将軍が未だ自分の方を見ているのは分かるが余り気にならず、恭介は思わず身体を逸らして空を仰いだ。
「いつ終わるかのか、あるいは――終わらせられるのか……面倒だな、本当に……」
* * * * * *
(特に目立った動きも見せず、仕官話を振っても大して興味ない様子。間者ではなさそうだけど……おまけに字がないとは……変な男ね)
黄忠と厳顔が、恭介と名乗る旅人を不審に思ったのは他でもない魏延の行動のせいだった。
魏延が言う様にこの益州と荊州を結び道を通る者は少ない――が、いないわけではない。
なんらかの理由があって先を急ぐ者や、通る者が激減したことから賊も移動したのではないかと考え道に入る者。
特に、出没している賊は優先的に商隊を襲っているために少数の方が安全だと考える者は結構おり、注意を促しても通る者はいる。
この旅人。いくらか言葉を交わしてみたが、どうやら愚者という訳ではないようだ。恐らく以前にいた広陵でもう少し情報を待っていれば、漢中を経由した道は未だに賊がほとんど出ていないという話も耳にしたのではないか。
もっとも、それからまた漢中までの道のりを考えるとやはりこの道を選ぶのかもしれないが……。
要するに、この道を選んだ事自体はそこまでおかしい事ではない。
では何が二人の注意を引いたかというと、それは魏延のあの獲物で殴られており、それから一刻――どころかほんの少しの時間で目を覚まし、今は平然と馬に揺られている事である。
確かに頭を使う事が苦手で、いつも暴れ牛のごとく暴走しがちな彼女だがその力は確かだ。あの一撃を真っ当に受けて……いや、受け止めて且つすぐさま意識を回復させる人間が――いや、そもそも骨を折られずにいる人間がどれほどいるだろうか。
本人はとっさに身体が動いたから助かったと苦笑いしていたが、それはとっさに身体が動くほど修羅場慣れしているという風にも取れる。
実際、彼の動きはまだ少々の無駄があるものの、ただ鍛えただけのそれよりも洗練されている。
ある程度身体を鍛えていた途中で、誰かに身体の動き方を教わったと考えると納得できる。そういう身体運びだ。おそらく今も彼は成長途中なのだろう。
なにより、馬の乗り方に至ってはかなりの腕前だ。益州では地形の関係で歩兵の方が好まれるとはいえ、一応騎兵も育てている。一介の旅人である筈の彼が、曲がりなりにもきちんと訓練を受けた兵士と同じ位――いや、先ほどからちまちまと障害物をすいすいと避けながら進ませている所をみると、それ以上に馬の扱いには慣れているのかもしれない。
――様々な技術を、一流とまではいかなくとも備えている男がただの旅人なのだろうか?
口には出さずとも目線で厳顔が同じことを考えていると理解した黄忠は、会話の中から旅人の事を探ろうとする。
旅の目的。経緯。どうやら生まれ故郷に戻るための旅を続けている様だが、その生まれ故郷の話に関しては、かなり話がボンヤリしている。
会話の途中で彼の生家が、海の近くにある大きな街らしい事は分かったが、それ以上の事が良く分からない。その情報もつい口が滑ったという様子で、それ以上の事はほとんどが誤魔化された。
自分の身分を隠して旅する、奇妙な男。
さらにいえば、現れた時期も悪い。
最近、件の賊にこちらの動きを知られている様子があったので情報に注意し、哨戒・警戒の動きを変えたばかりの時に現れたのだ。
(怪しいし……不審な点は多々ある。けど、何度誘ってもこちらの懐に飛び込もうとはしないし……うーん……)
これほど扱いに困る存在も珍しい。それを言えば、そもそもの賊騒ぎさえなければこんなにも人を疑わなくともよかったのだが。
ちらりと厳顔に目くばせをすると、彼女は周囲に分からないように軽く肩をすくめて見せた。向こうも判断に困っているのだろう。
あえてこちらから見た彼の立ち位置を言葉にするならば、限りなく黒に近い様な気がしなくもない白――いや、やはりよく分からない。
(でもまぁ、監視をつけておいて損はない……といったかしら?)
黄忠は、未だに恭介と名乗る旅人相手に威嚇を続けている少女の横顔を見てクスリとほほ笑んだ。
あぁ、ここにちょうどいい番犬がいた、と。
彼女の様子を見る限り、何を言わずともこの自称旅人に突っかかってくれるだろう。
言葉こそ悪いが彼女が食ってかかるのをなだめていけば、彼もこちらに対する警戒を緩めるかもしれないし――なにより、もし、彼が本当にただの旅人だと言うのならば……
(引きこめるかもしれないわ。私達の懐に……ね)
馬の上で器用に身体を反らし、空を見上げながら何事かつぶやいた男の横顔を見ながら、黄忠は静かに、そして妖艶に微笑むのだった。