リハビリ作として思いつくままに書いたので、更新は不定期となるでしょうがよろしくお願いします。
眼前に広がるのは、見渡す限りのだだっ広い平地。
上を向けば、かすかに雲がかかった太陽と白い雲、そして蒼い空。
もう一度視線を真っ直ぐ前に戻して右と左を確認するが、やはり乾いた平地が広がるだけで、道も川も見当たらない。
――外は雨降ってなかったっけ?
記憶が確かならば、確か自分は最近始めたネットゲームでひたすら使用キャラのレベルをカチカチ上げながら……多分、寝落ちしたハズ。
少年は、そこまでを思い出してため息交じりに片手で頭を押さえた
(……キーボードをめちゃくちゃに打ってチャットやらが変な事になってなきゃいいんだけど……)
未だ寝ぼけた頭でそんな事を考えながら、めんどくさそうに後ろ頭をワシャワシャと掻き毟る。
土埃がついていたのか、妙にジャリジャリする髪の感触に顔をしかめる。
気が着いた時は大の字で寝ころんでいた事を、そういえばと思いだす。そりゃあ体中埃まみれの砂だらけになっていてもおかしくない。
もう一度ため息を吐き、やはり服についている砂埃をパタパタとはたきながら、少年はこの不可解な状況に対する答えを出した。
「なるほど、夢か」
夢なら変な状況になっているのもしょうがない。
少年は自分の考えに納得したのか何度か頷く様な仕草を見せると、ちょうどその辺に落ちていた程良い長さの木の棒を地面に立て、そして手を離す。
支えを失った棒きれは、当然のごとく重力に従い地面へと倒れ――
「ん、よし。こっちに進むか」
あっけからんとした口調で少年は行き先を決定すると、何気ない足取りで前へと進みだした。
どういう夢なのかよく分からないが、適当に歩き回っていればそのうち目を覚ますだろう。
――そう考えてから五年の月日が経ち……
――少年は、未だ夢から覚めていなかった
「――というかこれ……夢じゃなくね?」
『恋姫習作(仮題)』
(懐かしい夢をみたな……)
自分がこの訳の分からない世界を放浪しだした時の事を夢に見た男は、あの時の同じようにワシャワシャと髪を掻き毟る。
なけなしの金をはたいて久々に泊った宿だ。近くの大きな街への中継点となっている村だけあって寝床はしっかりしており、今日こそはさぞ夢見の良い眠りにつけるだろうと思っていたのだが――
(別に悪い事だけだというつもりはないけど……)
数えが間違っていなければ、この『世界』に紛れ込んで5年も経つのだ。
その切欠――もとい、始まりの光景を夢の中とはいえもう一度体験することになった男は、不機嫌そのものといった顔つきになる。
空腹も手伝ってこんなに腹立たしいのだろうと自分なりに分析した男は、薄汚れた袋の中から干した木の実を取り出して口に放り込む。
……やはり不味い。
(キチンとした料理なんざもうしばらく食ってないな……。やっぱり朝食もつけてもらえばよかった)
なにせ、元の世界に戻る手かがりを探すためにあっちこっちを旅しながら生活しているのだ。
普段食べるものと言えばそこらで捕まえた鳥や獣を焼いて食べるか、自生している木の実や食べられそうなキノコや草をおっかなびっくり口に含む位だ。今にして思えば、特に最初の1年は腹を壊す程度でよく済んでいたと、変な方向に感心してしまう。
獣の毛皮や、途中出会った流れ者の医師に教えてもらった薬草等を行く先々の村や町で売って小金に代えたり、必要な物と交換してもらっているために生活に困ることは幸い無かったが、それもどうにか飢えて死ぬことはないレベルのものだった。
この宿に泊まる時も、しばらく貧相な食事に耐える事を覚悟していい寝床を取るか、ここで日持ちしそうな食料を一気に買いこんでいくかを真剣に悩んでいたのだ。
ついでに言えばこの5年の旅で分かった事が、ここが自分の知る古代中国に酷似している『変な世界』であると言う事のみ。帰る方法はおろか、手掛かりすら見つからなかった。
そんなこんだで悶々としている時に、あんな夢を見たとあれば不機嫌なのも仕方がなかった。
「あれかね、キチンとした寝床だったのが返って悪かったのか……」
愚痴じみた思考であれこれ考えるが、数分程経ってからアホらしいとその考えを打ち切った。
夢見が悪かったとはいえ身体を傷めず、雨も気にせずにグッスリと眠れたことは確かだったのだ。
この5年で野宿慣れはしてきたとはいえ、肩や腰の痛みに頭を悩ませながらにわか雨を気にする生活を思い返すと思わず目頭が熱くなる。
「賊の気配に叩き起されることもないし……」
どうも急激に賊が増えたような気がする。
単純に最初の一年で運よく賊にほとんど出くわさなかったからかもしれないが、それでもここ最近はやたら頻繁に賊に出くわす。
確かに北の方で大飢饉があったという話は聞いていたが、南の方は比較的落ち着いている――はずだ。最近は情報収集を怠っていたから絶対の自信はないが……それがなぜこうなっているのか。
(不安なのかね。ここが――漢という国が)
この世界の人間の文化が、思っていたよりも自分と変わらない事が幸いだった。
もちろん、いつでも死が隣り合わせという前提があるが、それでもかんがえていたよりもずっとましだった。
だが、この世界――いや、時代には自分達が持っていた伝達手段のほとんどが存在しない。結果、情報の広がりは遅い上に広がるにつれて変化してゆき、結果真贋を見極めるのに労力を必要とする。
詳しい話は聞いていないが、ひょっとしたら飢饉関係の話が違う形で広がっているのではないだろうか。
(益州入ってから商人か誰かが襲われた跡をよく見かけるし)
死体こそ見かけなかったが、打ち捨てられた積み荷跡や逃走の際に着いたと思われる深い蹄跡などを頻繁に見かける。
(さっさと成都まで行きたいけど慎重にルートを選んだほうがいいかなぁ……)
* * * * * *
益州を目指すもっとも大きな理由は、その地に多くの蓄積があるという南蛮に関する知識だ。
以前立ち寄った広陵という城下町にて耳に入った情報が、益州を治める主君劉焉の噂話と、彼が苦戦しているという南蛮勢力に関する話しだった。
単純にこの国の敵というだけならば別に放っておいていい話だったが、この国にはない知識の――話を聞く限りはほとんどが元の情報を留めていないガセネタのような気がしたが――話というのは、元の世界に帰る手掛かりを追い求める彼にとっては一度触れておきたいものだった。
「にしても、この道はキツすぎだろマジで……」
なだらかだった荊州と違い、益州は文字通りの山道がほとんどだった。
一応それなりに道は整備されているが、さすがにこの勾配だけはこの時代の技術だけではどうしようもないのだろう。今歩いている道も、木々に日光がある程度は遮られているとはいえ、十分に熱い。
男は疲れた体を休めるために、適当に腰をかけれそうな場所を探し、やや大きめの岩を見つけた。大きさも程良く、上の部分はなめらかになっている。休憩にはちょうどいいだろうとそこに腰をかけ、懐から竹筒を取り出して中に入っている水を一口だけ口に含んだ。
……温くて返って気力を奪われた様な気がするが、そこは割愛。
(それにしても……やっぱり人通りが少ないな……)
この道は高低差が激しく、歩いているだけで非常に疲れるとはいえキチンと整備された道である。普通ならば商隊や個人商人の一人や二人すれちがってもおかしくはないのだが……。やはり、噂になっていた盗賊の被害がかなりのものになっているのだろう。
益州に向かうと話した時、やや仲良くさせていただいた商人からは漢中を経由したほうがいいと警告されていた。
その警告を無視したのは、一刻も早く成都に到着したいという気持ちがあったのと、なによりほとんどの商人が漢中経由で入っているのならば、賊たちもそちらに狙いを変える――まではいかなくても、旨みの少なくなったこの地から移動しているのではないかと考えた結果である。
実際、益州にはいってからもう随分経つが今の所賊に襲われた事はない。あながち自分の考えも間違っていなかったのだろうと思うが、しゃべるどころか挨拶を交わす相手もいないと言うのは少々寂しいものがある。
(賊に襲いかかられるよりはマシだけどさ…………ん?)
そこまで考えた時に、ふと辺りの気配が変わった――様な気がした。
こめかみのあたりがザワザワとして、軽い吐き気にも似た緊張感が身体の奥底からこみあげてくる。
なぜ気配が変わった様な気がしたのか。その答えはすぐに分かった。
血の匂いだ。
この世界に来てから何度も嗅ぐ事になったこの異臭。
これの匂いがした時点で良い事など起こる筈がない。
(これがいわゆるフラグが立ったってやつか)
男は、そっと腰に手を回す。
この世界に来てから狩猟でも、護身でも役に立ってくれた獲物。やや長めで反りのある片刃の剣――刀だ。以前お世話になったとある河賊から旅に出るならあったほうがいいと半ば押し付けられたそれの鞘に手を当てて、いつでも抜けるようにしておく。
(さすがに一回もコイツを抜かずに成都までとはいかなかったか)
出来るだけ流血沙汰は避けたかったが、かといってオロオロしているだけでは余計な犠牲が出るだけだと言う事をこの5年で男は理解した。理解せざるを得なかった。
ただ一点に集中するのではなく、周囲全体をうっすらと感じ取る様『適当』に集中する。
敵意を持つ者を何度も相手にするうちに覚えた、口では説明しづらい独特の集中法を使い、異変が起こればすぐに対応できるように構える。
やや遠いが、耳に入ってくる足音が複数聞こえてくる。
整備された道ではなく、やや離れた森の方からだ。真っ直ぐこちらへと向かってきている。
徐々に木々がこすれるガサガサという音が大きくなる。もはや集中しなくても聞こえるほどに近い。
男は鞘にかけていた手を滑らせるように鞘の根元へと走らせ、握り締める。
(まずは一人……)
先手必勝が戦術においてはそれなりに有効な手だというのは今も昔も――いや昔も現代も変わらない。それが賊相手なら尚更だ。
わずかに鞘から刃を覗かせる様に抜く。狙いは音がする方向。先頭を走っているだろう存在。囲まれている可能性も考え、逃げ道の確認と周囲への気配りも忘れない。
(機先を制して勢いを削ぐ……!)
ガサリと大きく、目の前の草木が揺れると同時に男は大きく一歩を踏み出す。
そしてそれとまったく同じタイミングで人影が男の前に飛び出る。そして――
「やっと見つけたぞ! この賊めがーーっ!!」
「――――ぇ」
* * * * * *
「……焔耶の奴め、飛びだしていきおって……大丈夫かの」
「そこまで心配ならば貴方自身が追っていけばよかったじゃない。……と、いうより追っていきたいのでしょう?」
「ふん、アイツにもそろそろ将としての自覚を持たせんとそっちの方が心配じゃ」
「あらあら」
「……なんじゃい、気味の悪い笑いをしおって……」
やや開けた平地におよそ二百程の兵を率いた二人の女性がそれぞれの馬に跨り、眼前に生い茂る森を眺めている。
拗ねたように口を尖らす銀髪の女性に対して、もう一人の女性――薄紫の髪が印象的な美人だ――はただ笑みを浮かべるだけだ。
「一応貴女の部隊の兵士を貸しているのだから大丈夫だと思うけど、万が一っていうことがあるでしょう? 念のために偵察を強化しておいたわ」
「……別にそこまでせんでいいと思うんじゃがのう……」
なにやら複雑そうな大きい金属製の武器を肩に担ぎ直した銀髪の女は、うんざりといった様子でため息を吐く。それにもう一人は不可解そうに眉をひそめて、
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
そう尋ねた。
その問いに、銀髪の女はどこか遠い目を――過去を振り返るかのような目をして呟いた。
「だいたい騒がしい所を探せばおるじゃろ」
「…………」
あんまりと言えばあんまりな言葉に、もう片方がなにか慰めの言葉を口にしようとするが結局思い浮かばず――そのまま困ったような愛想笑いで誤魔化した。
――……ょぅ……ぁ…………っ
「ほれ、早速来よったわ」
そうこうしている内に遠くの方から声が聞こえてきた。若い女が何か叫んでいるようだ。
聞き覚えのあるその女の声に、銀髪の女はそちらに目を向ける。
そして声の主の姿を確かめようと、女はしかめるように目を細めた。
「桔梗様ーー!!」
その先に見えるのは、先ほど自分たちが焔耶と呼んだ活発そうな少女が巨大な棍棒を振り回しながらこちらに向かって馬を走らせている光景だ。
いや、さらに目を凝らせば、どうやら背に誰かを乗せている様だ。
黒髪黒目の、いかにもごくごく普通という言葉を体現したような男だ。その背に負っている荷物からして恐らく旅人なのだろう。しかしなぜか縄でぐるぐる巻きにされて――
「桔梗様―! 賊をひっ捕らえてまいりましたーっ!」
「だから! 自分は賊じゃありません! 疑われるのは百歩譲ってしょうがないとしても有無を言わさず連行というのは酷すぎます!!」
「嘘を付け! こんな所を一人でのこのこ歩く旅人がいてたまるか」
「一人でのこのこ街道を歩く盗賊だっていませんよ!!」
「えぇい、ごちゃごちゃうるさい!!」
「横暴だっ!!?」
「…………」
「…………ねぇ、桔梗」
「頼む。皆まで言うな」
浮かべていた愛想笑いを引き攣らせた女が何か言おうとするのを、桔梗と呼ばれた女は呆れた顔で懇願する。呆れ顔とはいえ、こめかみには僅かに血管が浮き出ており、握り締めた拳はぶるぶると震えている。
当然後ろに控えている兵士たちにもそれは見えている。
最前列で待機している兵士は自分達の指揮官の後ろ姿と、無邪気にこちらへ馬を走らせているその副官の姿を交互に身やり、そして確信する。
『あ、あの人また殴られる』
兵士一同が、非常によくみる光景が再現されるだろう事を想い目をそっと閉じる中、グルグル巻きにされて連行されている男の叫びだけが響いていた。
「――だから自分の名はキョウスケ! 橘恭介! 一介の旅人です!!」
箸でつままれた芋虫がごとく身をよじらせる男の叫び声が、木々の生い茂る益州の山道にむなしく響き渡った。