ゾンビ日和   作:からすにこふ2世

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この物語の主人公は女性です。
女の子が血まみれになりながらゾンビを狩る…はて何処かで見たような。というのは無しですよ。


第一話 肉食系女子

ゾンビ

 

燦々と降り注ぐ太陽の光が、地上に積もった雪を溶かして水にする。その水が夜になると凍って、次の日の朝にその上を歩く人を転ばせる。

いや、転ばせるのはなにも人だけではない。

 

「ゔぁ〜」

 

やる気の失せる声で、腐れた肉が呻く。今日も元気にゾンビを狩ろうとシャベルを担いでいざログインしたら、まさかいきなり転んで足を折ったゾンビと遭遇するなんて、と彼女は心の中でつぶやく。そして転ばせる手間が省けていいやと、頭にシャベルを振り下ろす。シャベルの腹とアスファルトの地面にサンドイッチにされたゾンビの頭は、まるで押し花のように潰れて、それを潰した感触に身震いする。

 

気持ち悪さに、ではなく。気持ち良さにだ。

 

グシャリという音と、肉を骨ごと叩き潰す感覚。人の形をした人でないものを破壊するこの非日常感。バーチャルの世界とわかっていても、とても心地よく、日々ストレスと戦う社会人にはこの刺激が本当に堪らないのだ。

 

日常とかけ離れた世界で、他ならぬ自分自身が主人公になって遊ぶことができる。それが、VRゲームの流行った最大の理由でもある。

 

「ふんふーんふふーん」

 

最初から綺麗に壊せたことに上機嫌になり、鼻歌を歌いながら大きな道をまっすぐ進む。乗り捨てられた車で道路の上をまっすぐ歩くのは難しいが、舗装されてない所に車はないのでそこを歩く。車の影にゾンビが隠れている場合もあるので、もちろんちゃんと警戒しながら進む。

 

「うがぁ!」

 

その警戒がフラグだったのか、一匹のゾンビが飛び出てきた。距離は一メートルとない。しかし、新鮮なゾンビじゃないのと冬の寒さで若干凍ってるのか、動きは鈍い。こんなところまで再現しなくてもいいのにと思うけど、それも運営のこだわりなのだろう。

 

「あよいしょー」

 

いつも通りシャベルのフルスイングではたき落とし、地面に転がす。

 

「どっこいしょー」

 

そして頭に振り下ろす。前に倒したゾンビと同じ要領で。

 

「最近これにも飽きてきたなー」

 

このゲームに、ではなくこの武器に。このゲームを始めてもう一年以上だが、最初からシャベルばかりを使っていて、他の武器を使ってない。そしていつも同じやり方でゾンビを倒している。つまり変化がないのだ。

 

「でもコレが一番慣れてるしなー」

 

シャベルだけでなく近接系統全ての武器には熟練度、という隠しパラメータが設定されている。同じ武器をずっと使い続ければ自然に上昇し、その武器を使った際に消費される体力と、武器の耐久力の減少が抑えられる。一定以上になると攻撃力も少しだけ増える。そして彼女のシャベルの熟練度はずっと前からカンストしている。慣れているとはそういう意味だ。

 

「ふんふーん、ふふーん」

 

ザクザクと音を立てて歩き続ける。楽しげに鼻歌を歌いながら歩き続ける。

そしてゾンビは音に引き寄せられてやってくる。寄ってくるのは音だけではないが、遠くにいる場合はまず音に反応する。

それなのに不必要に音を立てて歩いていれば、当然音を聞いたゾンビが群れをなしてやってくる。

 

「ふーんふーん……ん? 団体様かぁ」

 

彼女を取り囲むのは、9匹のゾンビ。一般的なソロプレイヤーが、バットなどの近接武器で対処できるゾンビの数はおよそ3であることから、どれほど彼女が窮地に置かれているかがよくわかる。

そしておまけに、フレッシュゾンビという死にたてのゾンビが一匹混ざっていて、しかもそれが後ろから接近しているため危険度はさらに増している。

 

「いやー、モテる女は辛いわー」

 

と言いつつ、真後ろから走り寄ってくるフレッシュゾンビの頭を、まるで見えているかのように横一閃。使い込まれたシャベルは刃物と鈍器の中間のような状態であり、簡単に頭を破壊してフレッシュゾンビを倒した。そして包囲に空いた穴から飛び出し、少しの距離を駆け足で移動する。すると、鮮度システムのおかげで移動速度にバラツキが出るため、足の速い順にゾンビが列をなして追ってくる。あとは手前から順に倒して行けば一匹ずつ相手をできる。トレインという技術の応用だ。

 

「よしよし」

 

彼女はゾンビがある程度離れたのを振り返って確認すると、その場で反転し野球のバッターのようにシャベルを構える。そして、一番手前のゾンビの足に向かってフルスイングした。高速で振られたシャベルのスプーンの部分が見事にゾンビの片足を捉え、足の骨を折り転倒させる。それを一旦そのままにして十歩ほど下がり、また次のゾンビの足を折る。それをあと七回繰り返し、見事全てのゾンビを這いずり状態にした。その後は一匹ずつ首に刃を当てて、踏み込んで首を落としてゾンビを全滅させることに成功する。

 

普通のプレイヤーならばここで安堵して気を緩めるが、彼女は違った。

 

「あと一匹、どこかな〜?」

 

安堵するどころか、元から一重だった目をさらに細め、肩まで届く黒い髪に隠れていた耳を出して、ゾンビを探し始めた。あと一匹どこかに『居る』と確信していたからだ。

 

プレイヤーがゾンビに襲われて死亡した場合、死亡後一時間で『エリートゾンビ』となり復活。エリートゾンビは見た目こそ普通のゾンビだが、状態は常にフレッシュでさらに十匹までゾンビを自由に使役でき、動きもAIのそれと違いよく動く。そして部下のゾンビと共に生きているプレイヤー、NPC達を襲う。そのため、通常のゾンビよりも倒した時のポイントが高く設定されている。なので、功績を求めるベテランからはよく狙われる。

 

「居た」

 

そうこうしている内に見つけたらしく、視線の先には車の影を小鳥を狙う猫のように低い姿勢で歩くゾンビが居た。普通のゾンビとは一線を画する異様な、知能を感じさせる行動。それこそがエリートゾンビ、別名『肉入り』の証明である。

 

そしてそれを見つけたベテランである彼女は当然嬉々として襲いかかる。止まっている車に足をかけて飛び上がり、

 

「チェエストーー!」

 

奇声を上げながら大上段に振りかぶったシャベルを、落下の勢いも加えて振り下ろしす。

奇声に驚いたのか動きの止まったゾンビはそれを避けられず、頭にモロに受けてしまい、そのままドサリと地面に崩れ落ちた。

 

「撃墜数じゅー」

 

そこに確実にトドメを刺すために、首にスプーンを押し当てて、踏み込む。

 

「いち!」

 

首がポロリと転がり落ちると、死体がその場で消失する。そう、エリートゾンビは死ぬと別の所にリスボンするのだ。それがどこかは完全にランダム。生存者の群れのど真ん中に出ることは無いらしいが。

 

「ふーんふーんふふーん」

 

それも意にせずまた道端に移動し、一度座り込んでペットボトルに入った水でシャベルについた血肉を流す。それからリュックサックの中に入った雑巾で軽く拭く。これがシャベルの『整備』だ。ゾンビや人間を倒した後に整備しておかないと武器の耐久力がどんどん下がってしまう。これをするかしないかで、生死が分かれる。

 

「ふーん?」

 

そこで彼女の持つ携帯電話が振動し、メッセージの着信を告げた。それをポケットからグイと引っ張り出して開くと、メールが一件。

 

「ふんふん」

 

中身を見ると、シャベラーの集いという『クラン』への勧誘メッセージだった。しかし彼女はソロプレイヤーなのでクランなどに入るつもりはなく、返信することもなくゴミ箱へと放り込んだ。


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