僕とキリトとSAO   作:MUUK

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SAOの映画見たんですけど、見るとあの2人の話描きたくなりますねー。けどこの小説の時系列だともう……。
ともかく映画面白かったってことで!
本編どうぞ!


第七十七話「スターダスト・イミテーション─Ⅵ」

『弱いな……直情的過ぎる』

 

竜の罵倒が、真っ白になった頭の中をガンガンと揺らす。それで頭が冴えた。そうだ。僕は爆発に巻き込まれた。それで? 優子はどうなった?

ホワイトアウトした視界が徐々に彩度を取り戻していく。そこには今にも泣き出しそうな優子がいた。見たところ部位欠損は見られない。助けられたんだ。安心したせいか。ポロリと言葉が漏れた。

 

「よかった……」

「何がよかった、よ! さっさと回復結晶使いなさい!」

 

鬼気迫る優子に気圧される。そっか。僕自身は避けきれなかったのか。じょあまずは立ち上がって、ボスから距離を取らないと。

起き上がろうとしたものの、なぜか身体が動く気配がない。おかしいな。スタンでも食らってるのか。ステータスバーで状態異常を確認すると、真っ赤な体力が目を奪った。HP残量は1割を切っていた。

こりゃ優子が心配するわけだ。けど、ステータスを隅々まで見ても状態異常は見受けられない。だったらなぜ立ち上がれないんだろう。

悠長にしている僕に痺れを切らしたのか、優子が僕を抱き上げだ。

あれ? 地面に足がつかない。優子より僕の方が身長は高いはずなのに。

そこでやっと気づいた。足がつかないのではなく、つく足が無いのだ。僕の腰から下がごっそりと抜け落ちている。

 

「うわあぁぁあぁ!? 足が無い!!?」

「今更なに言ってんのよ!」

 

優子の言い分ももっともだ。鈍感過ぎるだろ僕……。優子の言葉に従って、まずは回復を────

 

『瞬時回復の秘術か。させるわけがなかろうよ』

 

無慈悲な声。鉄槌が如く尾先が振り下ろされる。

僕では迎撃できようはずもない。かと言って優子も僕を抱えてるせいで咄嗟には動けない。

優子の体力ゲージを見やると、その残量はちょうど5割と言った具合だ。この攻撃をモロに食らったら耐えられるかは微妙なところ。ならば僕はどうか。この命は風前の灯火だ。恐らくは掠っただけでも死に至る。

だからと言って優子は僕を放り投げる、なんてことはしないだろう。その落下ダメージだけでも僕は死ぬ。マンボウか僕は。

クソ。こんな何でもない一撃で死ぬのか? あの竜にとっては僕は羽虫ということか。悔しさが滲む。優子を助けたかったのに、結局助けられて負担をかけている自分が情けない。

このまま僕が死んだら、優子はきっと自分を責める。それがどうしても許せなかった。

 

「なに諦めた顔してんの!」

 

甲高い金属音。それはメイスが響かせた福音だ。

即死の一撃を受け止めたのはマスタースミス、リーゼリットその人だった。

優子が真剣な眼差しは崩さずに言った。

 

「ありがと、リズ!」

「いいよ。このくらい手伝わさせて!」

 

ゾディアック・ドラゴンは、自分の尾を受け止めた少女を見て酷薄さの増した声音で言い下した。

 

『なんだその力は? 脆すぎるな。よくもそれで(わし)に立ち向かおうと思い上がったものよ。先の2人も脆弱ではあったが、お前はそれ以下だ』

「そんなもん分かってるわよ! それでもね、ちょっとくらいカッコつけなきゃあたしが居る意味無いっての!」

 

嘯くリズの表情には、明らかな焦りが見て取れた。たぶんもう支えるだけでギリギリなんだ。それでも歯を食いしばって、僕らが逃げるまでの時間を稼いでくれている。

それを優子も感じ取ったのか、僕を運ぶ歩調を一層早めた。そんな女の子2人に救われる情けない僕はというと、腰のポーチから回復結晶を取り出そうとして、それが脚と一緒に消し飛んでいることに気づいた。わりと高いんだぞ、結晶アイテム……。

損した感が凄いが、落ち込んでいられる状況でもない。まずはストレージから回復結晶を出して……

 

「くっ…………」

 

呻き声にさっと振り返る。尻尾を受け止めていたリズが遂に膝をついてしまっていた。まずい。このままじゃ押し負けて潰される。その未来を感じた優子は悲痛を練り混ぜた声で呼びかける。

 

「リズ!」

「優子。僕はここに置いてリズを助けにいってあげて」

「そしたら今度はライトが狙われるじゃない!」

 

当然だ。動けない僕1人が放置されれば、あの竜だって僕を狙う。回復結晶を使う時間なぞ、与えてくれようはずがない。

普通のボスならば優子やリズがヘイト管理をすることで僕から攻撃を逸らさられるだろう。だが、ゾディアック・ドラゴンは明らかにヘイトに左右されていない。攻撃すれば自分が最も有利になる対象を的確に攻撃しているのだ。まさか、敵に高度な知能があることがこんなにも厳しい戦いを招くなんて。

既に万策尽きている。もはや誰かが犠牲にならねば解決しない段階となった。

だったら僕が生贄になるべきだ。だってどうしても思ってしまう。僕は優子に死んで欲しくないんだって。

優子の横顔には絶望を感じ取りながらも、可能性を模索する覚悟があった。彼女はこの状況下でも目を背けていないんだ。立ち向かおうとしている。冷静なところではもうどうにもならないと分かっているのに、それでも。

彼女は必要な人間だ。このゲームをクリアするのに、優子の頭脳は、行動力は、そして心は必ずや希望を照らす光となる。

けれど、僕が彼女のために命を投げ出しても良いと思ってるのは、そんな無機質な理由じゃない。

僕は優子が好きなんだ。

僕はバカで鈍感だけど、ここまで来たら気付かないわけがない。さっきだって何も考えず優子のために命を賭けた。今は考えた末に命を賭けてもいいと思ってる。

それがなんでかって言われたら、自己犠牲なんかじゃない。好きだから。それだけで良いと思えるんだ。

いつの間に僕はここまで優子に惚れていたんだろう。恥ずかしながら自分でも良く分からない。

きっと、きっかけは幾つもあったのだろう。いやむしろ、かっかけなんて要らなかったのかもしれない。ただ彼女と一緒に時を重ねた。こんなにも魅力的な女の子と。それだけで、好きになる要素なんて星の数ほど散りばめられる。

僕を運ぶために優子の両手が塞がったままだと、迎撃もアイテム使用もできやしない。それだけで危険性はグッと上がる。だったらリズを助けて、自由な身体で逃げるべきだ。3人共倒れより2人助かる方が良いに決まってる。

うん。だったら僕は────

 

「優子。僕を置いてリズを助けて」

 

優子の真剣な眼差しが、明確にイラつきへと変わった。直後、一気呵成に捲したてる。

 

「このバカ! そんなことできるわけないでしょ!? リズも助けてアンタも助けるわよ!」

「どうやって?」

 

僕の問いに優子はおし黙る。聡明な優子にも分かってるはずだ。僕が回復するよりも早く、それこそ赤子の手を捻るより簡単に悪竜は僕を殺せるということが。もう少し力を加えられれば、リズは堪らず押しつぶされるだろう。ならば、僕も回復してリズを助けに行ったら? それこそ無理だ。アイテムストレージを探る動作を見せれば最後、あの竜は必ず僕に照準を合わせる。そうなれば優子すらも巻き込んでしまう。最悪のシナリオだ。

 

「だから、僕を────」

「絶対に嫌! アンタを見殺しにしたら、アタシはこれからどんな────」

 

優子の言葉が途切れた。

何もかもを忘れて、頭上を征く巨影に僕と優子の目は奪われた。

ゾディアック・ドラゴンだ。リズを押し潰さんとする悪竜と、天を駆る飛竜は寸分違わず同じモノ。

ならばそれらは分身か? 否。

ならば奴は敵の増援か? 否。

そのどちらでもない事は、飛翔する竜の背に乗る少年が証明している。

 

「遅くなってごめん! ライト兄ちゃん! リズ姉ちゃん! 優子姉ちゃん!」

「グルアアァァアァ────ッッ!!!」

 

その姿はまさしく竜騎士(ドラゴンナイト)。この浮遊城にも存在しない、伝説の英雄そのものだった。

 

「カストル! ポルクス!」

 

花火のような笑顔の優子。カストルはそんな優子に親指を立てて見せた。

ポルクスの竜鱗に、陽光が差し込み煌めきを残す。息を飲むほどに美しい飛竜は、自分の現し身たる悪竜へと敵意を向ける。

 

『来たか……。良いぞ。貴様らには仇を打つ権利がある。恐れずしてかかって来るがいい! 父の後を追わせてやる!』

 

笑みを絶やさずに言い切ると、リズを無視してゾディアック・ドラゴンは飛び立った。

一対の竜が対峙する。

神話の再演にも見える光景に、僕は思わず声を張り上げた。

 

「勝てよ! カストル! ポルクス!」

 

そんな僕に視線も向けず声もかけず、1人と1匹は口角を上げて見せた。今更ながらあの2人は双子なんだな、などと感慨を覚える。

晴れ渡る青空に、2つの偉容が火花を散らす。仕掛けたのはカストルとポルクスだ。突進の速度は音にも迫る。巻き立てる風は辺りを揺らし、草花は絢爛に舞う。

激突。

衝撃の余波で体力が少し削れた。あれ? 僕まだ回復してないじゃないか! あぶなっ! ストレージから回復結晶を取り出そう……として回復ポーションを取り出した。ケチってしまった。本当、ポーチごと結晶アイテムなくなったのは財布に痛いなあ……。

って、こんなどうでも良い思考は置いといて!

ポーションを呷ってからすぐに視線を上空へ向ける。飛竜達の攻防は苛烈を極めた。雷鳴と見紛う速度と姿でぶつかり合う。その激闘の中で異色を放つ存在が1つ。カストルはポルクスの背から飛び出しては、果敢に敵へと斬りかかる。大抵が避けられて落ちていくのだが、それを見越したかのようにポルクスはカストルを拾い上げる。調和の取れたコンビネーションは見ていて気持ちが良いくらいだ。

対するゾディアック・ドラゴンは、なぜか口元に笑みを絶やさない。復讐者たる双子と戦うことがそんなに楽しいのか。それとも何か他に理由があるのか。どうも忖度しかねるが、少なくともそれで手を緩めるということは一切無い。大空を闊歩する似た者同士は、臆することなく殺し合いを演じている。

巨軀の擦過で雷鳴の如き火花が散る。

唐突に二頭のドラゴンの動きが止まる。全く同じ動作で竜たちは首をしならせ、口を天に向ける。数秒の溜めからほぼ同時に顔を落とし、放たれたのは絶大なる火力。竜の吐息(ドラゴンブレス)に相違ない。

中空で激突する炎と炎。陽炎が揺らめき、辺りは灼熱に包まれる。轟音は空にまで響いただろう。その闘いには人が入る余地など無い。そんな愚行を犯せば、意味も無く消し炭と果てるのみ。そのはずだった。

 

「うおりゃあぁぁ──ッ!」

 

ボルクスの背中を滑走路にして飛び出したのはうら若き竜騎士、カストルだ。そのまま炎が鬩ぎ合う地点も飛び越えて、一直線に仇敵の頭へと突っ込んで行く。

カストルの特攻に反応したゾディアック・ドラゴンは、ブレスを一旦切り上げて退避する。すぐにボルクスの火炎放射が竜の身体にまで達し、幾ばくかのダメージを与えた。だがその量は微々たるものだ。ドラゴンもカストルの剣を受けるよりそちらの方が傷が少ないと判断しての撤退だろう。空振りしたカストルをボルクスが優しく受け止める。

双子がそのコンビネーションで着実に優勢を保っている。だが、それで終わるほど簡単な相手ではない。退避したドラゴンは、カストルを拾いにいったポルクスのちょうど真上に位置していた。天空竜が繰り出したのは急転直下の体当たり。横からの体当たりとなるとボルクスも応戦して返したのだが、上からとなると話は別だ。なぜならカストルに直撃する。苦虫を噛み潰したような顔で、ポルクスは体当たりを回避した。反撃とばかりに竜と化した弟の口からブレスが放たれる。それより一瞬早く、黄道の竜はあの黄色い粉末を放出していた。まるでポルクスの行動は全て見通していたかのような悪辣な罠だ。ポルクスの出した火炎は口先から間もなく誤爆し、双子たちが爆炎に焦がされる。

 

「カストル! ポルクス!」

 

優子が痛いほどの叫びを上げる。その目尻には光る物が浮かんでいた。リズは伏せ目になりながら、口元を結んでいる。

だったら、僕は────

 

「がんばれ、2人とも!」

 

優子とリズがハッと顔を上げて僕を見る。

応援くらいしか、僕にできることは無いと思った。少しでもカストルとポルクスのためになるならと声をあげた。その気持ちが伝わったのかは分からないけど、リズが続けて声を張り上げた。

 

「こんなところで負けるんじゃないわよ! さっさとそんなやつぶちのめしちゃいなさい!」

 

リズらしい、背中に張り手をかますような応援だ。

優子はというと、目元に浮かんだ涙を袖で拭って浮かばせたのは最高の笑顔だった。仰け反りながらすっと息を吸い込む。そして、今まで聞いたことも無いような声量で優子は叫んだ。

 

「生きて!」

 

たったそれだけの短い言葉。応援でものんでもない。けれどその一言に万感が込められていることは誰であろうと分かること。あとはこの闘いの趨勢を見守るだけだと、僕ら3人は双子の兄弟を見据えた。

立ち込めていた白煙が緩やかに晴れていくと、中から現れたのは痛々しい1人と1匹の姿だった。部位は欠損し、服は破れ、鱗はこそげ、翼は引き裂かれ、むしろ飛べているのが不思議なくらいだ。

なのに諦めていない。兄弟の双眸に宿るのは純粋な闘志。口元には不敵な笑み。復讐は既に過去の物となった。竜騎士の双子を突き動かすのは父を超えるという戦士としての欲望だ。

 

「うっし! こっから反撃だ! いくぜポルクス!」

「グルゥッ!」

 

ボロボロの身体で怨敵の元へと急行する。牙と牙が、牙と剣がしのぎを削る。交わり、距離を取り、また刃を交わしながら竜たちは舞うように上空へと飛翔する。

何度目ともつかぬ打ち合いの中、カストルのふるう剣筋が青い極光を放ち出した。片手剣は水平に加速する。一撃目は竜の額に命中する。堪らずドラゴンが身を引くと、続く2撃目は鋭利な顎に吸い込まれるように叩き込まれた。更に踏み込んだ3撃目は喉に、渾身の4撃目は胸を深々と穿つ。

 

「あっ……」

 

カストルの剣技を見届けた優子は声を漏らし、嗚咽を隠すように口を覆った。

それは片手剣水平4連撃技「ホリゾンタル・スクエア』。優子が初めてカストルに教えたソードスキルだ。自分の教えを覚えていて、それを大一番で使ってくれた。優子の心がどれほど打たれているのかは計り知れない。

再び視線を真上に戻すと、毎度のようにポルクスがカストルの着地点をつくるために移動していた。

いける! このままならきっと押し切れ─────

 

────がぶり。

 

「やめて……お願いやめて!」

 

優子が声を荒げる。

僕は呆然として声を失った。きっとリズもそうなのだろう。

鬼の角のような荒々しい牙が、カストルの横腹に食い込んでいる。カストルが苦悶に顔を歪ませた。

 

「グゥルルッッ!!」

 

兄が危機に陥ったと気づいたポルクスが、離れた場所から威嚇する。近づけばカストルが咬みちぎられるであろうことは誰の目からも明らかだ。兄を思うあまりにポルクスは兄を救えない。もどかしそうにポルクスはゾディアック・ドラゴンを睥睨する。

戦場がはるか頭上であるために、僕たちにも手出しできる方法は無い。一体どうすれば……。

こちらの気も知らず、当のカストルはニヤリと笑った。

 

「ポルクス! こいつに攻撃しろ!」

 

空気が凍る。ボルクスに至っては何を言っているのか分からない、という顔だ。

他の誰でも無いカストル自身から命令されたのだ。俺を殺せ、と。自分の命が惜しく無いとも取れる言葉に、ゾディアック・ドラゴンさえも困惑を見せた。

 

『何を言っている! もう一度口を開けば咬み殺すぞ!』

「はん! じゃあ何度だって言ってやるよ! 今なら止めを刺せる! ボルクス! ゾディアック・ドラゴンを殺せ!」

 

呼びかけられたポルクスに、もう迷いは無かった。光る眼光はただドラゴンの首だけに狙いを定め、突進した。巨体は音を超える速度で突き進む。

対するゾディアック・ドラゴンはさらにカストルへと顎を食い込ませた。早くカストルに止めを刺してポルクスに応戦する算段なのだろう。だが、遅い。

 

「グルアァ────ッ!」

 

ポルクスが咆哮と共に大きく口を開く。狙うは一点、急所のみ。

弟の勇姿を見たカストルは、苦悶の中に笑顔を見せる。それはきっと、ポルクスを安心させるためでもあるのだろう。俺は大丈夫だ。早く決着をつけようぜ。そんな声が聞こえてくる。

兄を食らう魔竜へと近接したポルクスは、その頭を手で弾いた。本来ならばドラゴンも即座にポルクスへと嚙みつき返したのだろう。だが今はその牙がカストルを噛み砕くことに使われている。その一瞬が生死を分けた。

限界まで開かれたポルクスの口が、仇敵の首級へと肉薄する。そして、牙は突き立てられた。

それと同時に、カストルは横腹から身体の中心にかけてを咬みちぎられた。支えるものが無くなったカストルは当然の如く落下する。

しかし、ポルクスはそれに見向きもしなかった。そんな後悔は置いてきた。ポルクスの覚悟は、兄に託された使命は、兄の命すら顧みてはいけないものだと。

優子はすぐにカストルが落下していく場所へと走り出した。

僕は、もう少しだけポルクスの闘いを見届けようと思う。

 

『くっ……この! 離せ! 痴れ者めが!』

 

知性ある竜は痛みと死の恐怖に身体をよじらせる。死に抗うドラゴンの猛りは、それだけで作為的な嵐のようだった。

だがポルクスは離さない。離してなるものかと顎の力を一層強める。

暴れるゾディアック・ドラゴンによってポルクスの身体には刻一刻と傷が増えていく。既に死に体。全身の傷は100を数える満身創痍。むしろあの様子で何故生きているのか疑問なくらいだ。

それでも食らいつくポルクスはどこまでも泥臭く、それ故に英雄だった。

そして────

 

『がっ……は……』

 

ゾディアック・ドラゴンの首は咬みちぎられ、頭と胴体が分断された。

あまりにも膨大な情報が解放されたせいか、竜の身体にノイズが走る。数秒のラグの後、

バリィィイイィィン。

壮大な破砕音を立てながら、ゾディアック・ドラゴンは無数の破片へと砕け散った。

 

「終った……のか」

「終ったね」

 

ぼんやりと口から出た言葉に、リズが答えた。そこから殆ど間を置かず、僕たちはハッとなって走り出した。落ちたカストルはどうなったのか。

 

 

「カストル……!」

 

カストルが落ち始めた瞬間に、アタシは突き動かされるように駆け出していた。

死んで欲しくなかった。一緒に暮らして、剣を教えて、いろんな言い合いをしたり頼ってくれたり。カストルといるのが楽しかった。カストルが強くなっていってくれるのが嬉しかったし、この子はアタシが鍛えたんだそって誇らしくなった。

カストルを、失いたくなかった。

秀吉はアタシを頼ることなんてあんまり無くって、兄弟ではあるけど弟って感覚が少なかったんだ。だから、アタシにとってカストルは年の離れた弟みたいで、それは初めての感覚だった。

もっともっといっぱい教えてあげて、時には守ってあげて。それできっと、いつかはアタシを守ってくれるのかも、なんて。

全力で走っているのに、自分の動きがとても緩慢な気がする。泥の中でもがいている錯覚さえ覚える。懸命に前へ進もうとしてるのに、カストルに追いつける気配が訪れない。

なんで。カストル。なんで。

もう少しなのに。この腕で彼を受け止めてあげられたなら、まだ助かるかもしれないのに。

いや、そんなことはあり得ない。分かってる。カストルは致命傷を受けた。回復なんてしても意味は無い。それでも……。

ああ、落ちていく。小さな身体が地面に近づいていく。アタシじゃ、間に合わないのかな。

あとたった数歩。それだけが無限に遠くって。

落ちるカストルと目が合った。笑ってた。どんな気持ちなんだろう。嬉しいの? から元気? それとも……

 

「ありがとう」

 

小さな口が言の葉を紡ぐ。

地面に着いた刹那、カストルは────

 

「あっ……ああ────」

 

カストル────!

 

 

 

 

 

アインクラッド第4層。

数日ぶりに僕と優子はこの街に戻ってきた。水の都。水路の迷宮。

優子の機嫌を直そうとしてデートに連れ出した。デートの途中でアルゴから依頼を受けて街に戻った。

そこで、僕らは初めてカストルと出会ったんだ。

真冬の風は吐く息すら凍らせるようなのに、なぜか今はそれが気持ちよかった。

船着場に停めていた小型船に優子と2人で乗り組む。会話は無かった。他には誰もいない水上で、静けさの中思案にふける。

思い出すのは数時間前のこと。ゾディアック・ドラゴン、そしてカストルが消えてから、ポルクスはボロボロの翼に鞭打って浮遊城の外へと飛んで行ってしまった。彼がどこへ行くのかは分からない。僕らに彼を止める権利も無い。

無機質な効果音が響いて、ポップアップウィンドウが表示された。祝福の文言とクエスト達成報酬が記されていた。

多額のコルとレアアイテム、そしてMVPと判定された優子には追加アイテムが与えられた。

インゴットアイテム『鏡合わせの星屑』。深い藍色に宝石のような輝きを散りばめた、美しいインゴットだった。

呆然とした優子の手を引いて、全壊した双子の生家を後にした。僕らはリズの家兼仕事場へと招かれた。

 

『優子のインゴット、あたしに鍛えさせて! 絶対、絶対に最高の剣にしてみせるから!』

 

決意のこめたリズの言葉にも優子はさして反応を見せず、ただこくりと頷くだけだった。

優子から素材受け取ると、リズは真剣な面持ちで槌を構えた。そして、振り下ろした。

カン、カン、カン。

小気味良いテンポで甲高い音が響く。打ち鳴らされる度に、音が心にのしかかるようだった。

何度目かとも分からない槌音がしたとき、『鏡合わせの星屑』の形状が変化した。片手剣だ。刀身は細くレイピアと見紛うほど。色は元々のインゴットと同じ深い藍色。一見すれば寒々しい印象のあるのに、眺めているとどこか暖かみがあるような不思議な剣だった。

 

『名は……』

 

リズがハッと息を呑んだ。

 

『どうしたの? 名前は?』

 

問いかけると、リズは何か決心したように顔を上げて言った。

 

『スター・キャスター、ううん。違うね。スター・カストル。それがこの剣の名前だよ』

 

その名を聞くと、幽鬼のようだった優子がリズに駆け寄った。リズから剣を手渡されると、取り憑かれたようにウィンドウを開く。

開かれた窓を見ると、英語の綴りが示されていた。

『Star・Castor』

無味乾燥だった優子の目に光るものが溢れ出した。それはとめどなく流れ出て、刀身へと落ちて弾ける。

剣を抱きながらその場にへたり込むと、優子は声を上げて泣き出した。

 

 

 

優子が落ち着いてからデートに誘い、そして今に至る。送り出すときのリズは寂寥と心配をごった煮した表情で手を振っていた。

思考を回想から戻すと目的地が見えた。第4層の最端にある離れ小島。このクエストが始まる前に僕と優子が再訪を約束した場所だ。

 

「着いたよ、優子」

「うん」

 

素っ気ない返事だ。

構わずに僕は優子を両手で抱き上げた。いわゆるお姫様だっこだ。そのまま神耀を発動して小島に飛び移る。

 

「ちょっと寝転ぼ?」

「うん」

 

2人で並んで夜空を見上げる。

僕らの正面にはくっきりと星座が浮かんでいた。双子座だ。

ギリシャ神話の双子の英雄、カストルとポルクスを描いた星の軌跡。

そのとき、夜空を駆ける光があった。

 

「あ……流れ星」

 

優子が呟く。

少しだけ注釈を加える。

 

「うん。今日が1番よく見えるらしいよ」

「よく見えるって何が?」

 

また流星が降った。

 

「あ、また……」

 

優子が言い切らないうちに、3つ目、4つ目の星屑が落ちていく。その数は段々と増えていき、すぐに満天が流星で覆われた。

 

「これって……」

「双子座流星群だよ」

 

いつしか、優子の頬を一筋の涙が伝っていた。

空を満たすのは無数の流星雨。

それは一瞬の生を走り抜ける、命の調べのようで────。


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