僕とキリトとSAO   作:MUUK

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すみません!!!!!!
色々あって放ったらかし過ぎましたが、取り敢えず本編どうぞ!


第七十六話「スターダスト・イミテーション─Ⅴ」

「なんでユウがここにいるんだよ!?」

「そりゃこっちのセリフだバカ野郎。お前、最前線から引いてたんじゃねえのか?」

「え? ここ最前線なの?」

「お前……まさか本当に頭が……」

「やめて! 本気の憐憫の目を向けないで!」

 

確かにユウからしてみれば、僕は自分の居場所も分からないヤバい奴でしかないだろう。けど、これで大体状況は理解できた。僕らのワープさせられた場所は68層の迷宮区。そしてそれは運良く──もしくは運悪く──最前線だったわけだ。

 

「つーかお前、腕千切れてるじゃねえか。ちょっと退がって回復しとけ」

「あ、うん。ありがとう」

 

痛覚を感じないのもこの世界の弊害か。現実なら大怪我でもSAOだと違和感程度だ。故にこそリミッターが外れる。無理してしまうのだ。

だがここはユウの言葉を素直に受け入れよう。僕はケルベロスから距離を取りつつ、ポーションを一息に呷った。

リズに視線を向けると、彼女も同様に回復していた。良かった。一旦は安心して良さそうだ。

ケルベロスの動向を注意しつつ、僕はリズへと近づいた。

 

「リズ、大丈夫?」

「ライトこそ。あんたの方が重症じゃない」

「あーうん。紙耐久だからね。しょうがないっちゃああぁぁあぁッッ!?」

 

僕の頭めがけて飛来した得物。それを海老反りになって必死に避けた。

それが飛んできた方向にいるのはただ1人。

 

「ムッツリーニ!? なんで僕を攻撃するのさ!」

「ブツブツブツブツブツブツブツブツ」

「せめて日本語プリース!」

 

僕が見知らぬ美少女話してたのがそんなに気に食わなかったか!

どんなに危険な状況でも異端者は漏れなく抹殺。FFF団らしい判断だ。

 

「バカやってないでさっさと加勢しろ、ムッツリーニ。なめてかかっていい相手じゃねえ」

「……了解」

 

ムッツリーニはくるりと振り返り、ケルベロスと相対した。

 

「ライトよ……お主はよくよくトラブルメーカーじゃのう」

 

それは部屋の入り口から現れた、第三者の言葉だった。

 

「秀吉! 久しぶり!」

「うむ。お主も元気そうで何よりじゃ。能天気さに一段と磨きがかかっておる」

 

あれ? もしかして僕、呆れられてる?

ともかく、強力に過ぎる助っ人が3人も来た。それから決着まではものの数分。

あれほど苦労したケルベロスは、攻略組3人の手で呆気なく四散した。

 

「うーん……やっぱりアタッカーの存在って偉大だな……」

「なにボヤいてやがる。それよりライト。お前、腕落ちてないか? 前なら捌けてた攻撃受けまくってるじゃねえか」

「うぐ……今回ばかりは正論だね、ユウ」

「いつでも俺は正論だバカヤロウ」

 

ここ数ヶ月、下層のモンスターの相手ばかりしていたせいだろう。僕も相当に平和ボケしているらしい。これは、最前線に戻るまえにリハビリ期間が必要かな……。

軽口を言い合いながらも、ユウはウィンドウを操作してドロップアイテムを確認していた。その作業を終えると、改めて僕に向き直って切り出した。

 

「で、説明しやがれ。お前がなんでこんなとこにいたんだ?」

 

ええー。説明するの? めんどくさいなあ。

あ、いや、もしかしてコイツなら、このクエストの真相が分かるんじゃないか?

理不尽なまでにお前達は失敗したと突き放してきたこのクエスト。僕が掴めなかったそのヒントが。

そう思うと居ても立っても居られず、突き動かされるように事の顛末を語った。

 

この数週間を言葉に纏めると、たったの20分で終わってしまった。その短さが何かを暗示しているような感傷がぼくの胸に去来した。

だがそんなものをユウが慮るはずもなく、いきなり本題に切り込んできた。

 

「理不尽に殺されたからには、自分自身に何か非があった。どこかでクエスト解決の糸口を見落としていた。お前はそう思ったわけだ」

 

ユウの確認に無言で頷く。

するとユウは、明らさまにバカにして鼻を鳴らした。

 

「そんなの簡単じゃねえか。お前は、信じていい情報といけない情報を混ぜこぜにしてるんだよ」

「え? それってどういう……」

「話は最後まで聞きやがれ。あのな────」

 

 

「てめえ……ユウ兄ちゃんとリズ姉ちゃんをどこにやりやがった!」

「地獄に落とした。脆弱な人間ではもはやそれだけにすら耐えられぬ。仮に耐えたとしても、もう少しすれば犬の餌にでもなっているだろうよ」

「んなこと聞いてねえ! どこに転移させたのかを聞いてんだよ!」

「よく噛み付く……人間風情が」

 

巨人の瞳には、何も込められていなかった。それは無関心。路端のアリを見るとも紛う視線でカストルを刺す。

 

「なんだよあんた。さっきのは嘘か? ポルクスの弟であるオレを歓迎するってのは」

 

返答は舌打ちだった。短く乾いたその音は、会話を殺す銃弾みたいだ。

鍛冶神は分かりやすく嘆息した。

 

「ポルクス。彼は確かに半神半人。正しく我らが父の子だ。だが貴様はそうではなかろう? 貴様は純粋なる人。我が父が孕ませた者ではない。本来ならば人間の貴様など歯牙にもかけぬのだがな。貴様を殺すことが同胞の頼みならば止むを得まい」

 

カストルはその先に踏み込んではならないと思った。訊いてはならない。誰が頼んだのかと問えば、自らを同定する何かを失うような、そんな。

 

「誰がンなこと頼みやがった?」

 

即座の質問。

逡巡も迷いも葛藤も、そんなもを抱いてしまう己の弱さが少年は大嫌いだった。故にこそ、何もかもを振り払い置き去りにして、カストルは問うた。

見えたのは、あまりに残酷なヘパイストスの笑顔。愉悦をしたためる外道の貌。

 

「愚かな貴様でも分かっておろう? ポルク……」

「そんなわけ無えだろうが!!」

 

間髪入れずに切りかかるカストル。

聞く耳を持たないその姿は、駄々をこねる子供のよう。

その小さな反逆を、神は片手で払った。

ならば巨神はあやす大人か。それとも。

 

「そうか! 否定したいか! ポルクスが貴様を殺せと頼んだことを!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! そんな筈あるわけない! ポルクスが、オレを………」

「ふふふ……はははははは! 証拠が無いのが残念だ! 見せてやりたいぞ。あのポルクスの表情を! 慰み物と戯れるように貴様を殺せと命じた奴の笑みを!」

「ちょっとは黙れ! クソ野郎!」

 

カストルは飛び上がり、剣を振り上げる。狙うは喉。戯言を掻き切るために。

対するヘパイストスは、束の間に槌をその手に握っていた。

カストルの倍はあろうかという巨大な槌。振りかざされた神撃は、少年剣士を数10メートル吹き飛ばした。

 

「が…………ぁっ!」

 

背中から地面に強打する。たったの一撃でHPは残り3割。

 

「なんだ? その程度か? それでよくも余に剣を向けられたものだな」

 

ヘパイストスは呆れ混じりに呟く。

 

「惑うか? なぜ最愛なる弟が我が身を滅ぼすのかと。その苦悩こそが人の業だ。人と神は分かり合えぬ。その前提が分からぬならば死ね!」

 

巨神は槌を振り下ろす。隕石にも見紛う神の一撃。それを止める術を人は持ち合わせていない。

そう。人は。

 

「グアァァァアアァァッッ!!」

 

轟く咆哮は霹靂が如く。

巨影は天を蹂躙し、神が御前へと顕現する。

その絢爛たるや星々が如く。それはこの世界における最強種、ドラゴンの姿に相違ない。

そして竜は神撃を易々と止めて見せた。

 

「ぐっ……な、なんだ貴様は!」

 

ヘパイストスは分かりやすく狼狽する。

黄金に煌めく鱗。カストルはそれに見覚えがあった。いや、それどころの話ではない。カストルはそれを何年も見続けた。憎むべき敵として目に焼き付けた。

───それは、弟ポルクスを覆う呪いの鱗と瓜二つだったのだ。

 

「お前が……ゾディアック・ドラゴンか?」

 

カストル自身も信じられないくらい低い声だった。だが、今の彼にはその声しか出せない。胸裡で狂う獣を必死に抑え込んだこの声しか。

 

「クルルルルゥ……」

 

まるでカストルに応えるように、ドラゴンは喉を鳴らした。

それを、カストルは宣戦布告と受け取った。

 

「ああぁぁあぁッッ!!」

 

教授された剣筋も忘れ、復讐者はがむしゃらに斬りかかる。

その太刀に籠めるはひとえに恩讐のみ。

だが龍は、報仇の刃を意にも介さない。

その澄んだ瞳が見るのは、巨神の首元だけだった。

 

「余に刃向かうかッ!? この駄龍がッ!!」

「グゥアァァアァッ!!」

 

爪と槌が火花を散らす。

架空の大気が震え、周囲のモンスター達は一目散に離れていった。

カストルにも衝突の威力は見て取れた。自分が眼前の戦いに介入しようもないということも。だが、それ以上に憤怒があった。ヒトとしての理性など一片たりとも残さぬ業火が、胸中に煌々と燃えていた。

あの龍は、自分が倒さねばならない。確かにあの強大な鍛冶神に託しておけば、どうにかなってしまうかもしれない。されど、それは許せない。許容してしまえば自分の須くが否定される。そんな確信があった。

この手で屠る。

もはやカストルの中で、目的と手段は入れ替わっていた。憎悪に衝かれ、ドラゴンを手にかけることだけを考えていた。

 

「うぅぅらぁああっっ!!」

 

鈍色の剣を手に、光輝なる星龍へと飛び掛る。ゾディアック・ドラゴンは、それを爪の1つで止めてみせた。

憤怒のカストルと対照に、したり顔なのはヘパイストスだ。鍛冶神でも龍の相手は荷が勝ち過ぎたのだろう。

 

「では、さらばだ駄龍と下郎! せいぜい互いの首を落としあえ!」

 

高笑いとともに捨て台詞を放つと、巨大なる神は羽織っているマントを翻した。マントが巨体をするりと包むと、ヘパイストスの姿は跡形も無く霧散した。

だがしかし、そんな摩訶不思議な現象に驚く者もいなければ、目にする者すらいなかった。

カストルとゾディアック・ドラゴン。この両者の目には互いの姿しか写っていない。カストルは憎しみを籠めて。対する龍の瞳にある感情は誰にも忖度できはしない。視線が丁々発止と重なり合う。

停滞を破ったのはカストルだった。地面を蹴り、龍の頭上まで飛び上がる。狙うは首。剣には寸分の迷いも無い。放たれた必殺の一撃。それを星龍は小爪で弾いた。カストルの小柄な身体は、たったそれだけで10メートル近く飛ばされた。

落下ダメージで体力が3%ほど削れる。自分の身などに頓着せず、カストルは次なる一撃を放った。

 

そこからは同じことの繰り返しだった。斬っては飛ばされ、斬っては飛ばされ。塵も積もって山となり、既にカストルの体力は残り2割に差し込んでいた。

だがカストルに怯えは無い。むしろ勝負ならないことこそが、余計に少年を苛立たせた。

勝たなくちゃいけないのに。勝ってポルクスの呪いを解かなくちゃいけないのに。父の仇をうたねばならないのに!

自らの非力を呪い、龍の態度に怒った。なぜ攻撃してこないのか。自分を敵とすら思っていないのか。考えるほどに憎悪がこみあげる。敵意を力に。今一度剣を振り上げようとした、その時。

 

「愚直過ぎるのよ。もっと頭使いなさいっての」

 

厳しい言葉と共に、カストルの頭は後ろからはたかれた。突然のことに戸惑い、あれほど感情を支配していた憎しみすらも霞んでしまった。

恐る恐る後ろを向く。そこに立っていたのは案の定

 

「うげえ! 優子姉ちゃん!!」

「うげえって何よ、うげえって。ちょっとぐらい喜びなさいよ」

 

そんな台詞を吐く優子の顔は、満面の笑みとしか言えぬものだった。いや、違う。これは笑っていない。限界なんてとうの昔に突き抜けた怒りだ。

 

「ごめんなさい!!」

 

反射的に謝るカストル。

鉄面皮とはこのことか。優子は微塵も笑顔を崩さない。

 

「謝るなら、なんで謝らなきゃいけないか説明してみて?」

「う……それは……っていうか、ドラゴン! ほら! モンスターの前なんだから悠長にしてちゃいけないだろ?」

「いいわよ別に。攻撃してこないじゃない」

「そうだけど……」

 

カストルは龍をジト目で見上げる。ちょっとくらい反撃しろよと思ってしまう。この龍が行動も起こさず、自分達をじっと見てる意味が分からない。

 

「ほら、早く理由をきかせなさい?」

「えぇーっと……優子姉ちゃんに黙って龍を倒しにいったから?」

「違う」

「1人で倒そうと思ったから?」

「違う」

「うぅーんっと……」

 

いくら頭を捻ろうと、それ以上の理由は浮かびそうになかった。

見かねた優子は上を指差した。意味も分からぬまま、カストルを視線を上げる。するとカストルの目に飛び込んできたのは、真っ赤に染まった自分の体力ゲージだった。

 

「うわっ! いつのまに!?」

 

素っ頓狂なカストルに、優子は遂に笑顔を崩して心底呆れて言った。

 

「本気で気づいてなかったのね……このおバカ!!」

 

優子はいきり立ちながらカストルの頬をぐにーっと伸ばした。

 

「ご、ごめんなひゃい……」

「なんで謝らなきゃいけないか、もうわかった?」

「……心配かけてごめんなひゃい」

「うむ。よろしい」

 

優子はパッと手を離すと、歯を見せてカストルに笑いかけた。つられてカストルにも笑みが零れる。

優子の怒りがひと段落したところで、カストルにはふと疑問が湧いた。

 

「そういや、優子姉ちゃんはなんでここに来たんだ?」

「なによ。来ちゃ悪い?」

 

悪戯っぽく聞き返す優子。優子の流し目とはにかみに、カストルは淡く紅潮した。その反応に満足したのか、優子はさらりと答えた。

 

「ライトとリズから連絡が来たのよ。あんたのところに行ってくれって」

 

これで納得した。つまり優子は援軍なのだ。そう思うと途端に心強くなる。なにしろカストルの人生で見知った優子より強い剣士など、それこそ亡き父のみなのだから。だがそこで、そもそも剣士を2人しか見たことがないという事実に思い至らないカストルだった。

 

「そっか。じゃあ2人で倒しちまおうぜ、このドラゴン!」

 

やる気満々のカストル。しかし対する優子はニヤニヤと笑うだけだった。

自分は何か恥ずかしい事でも言ったろうか、と不安になるカストルをよそに、優子はゾディアック・ドラゴンへと顔を向けた。

 

「倒しちまおうぜ、なんて酷いわよねー。ね、()()()()?」

 

 

僕とリズが、ユウから聞いた推理はこうだ。

 

まず僕らは、カストルの言葉を信じてはいけなかった。

カストルが裏切っているのではない。むしろ逆。カストルが裏切られているのだ。

カストルから聞いたポルクスの状況。それは言うなれば伝聞の伝聞。情報元はポルクスだ。だが、ここで一つ疑問が浮かぶ。なぜカストルは喋れないはずのポルクスから情報を聞き出せたのか。僕らはまずそこを疑問に思わなければならなかった。

そこを突き詰めれば答えにたどり着けたのだろうが、今はもう遅い。ともかく結論だけ言えば、その話を信用してはならなかったという事だ。

ポルクスは龍の呪いに侵されて言葉を喋れない? いいや違う。人語を話せないのは当たり前だ。だって今の彼は……

 

「優子にメッセージ送ったよ。たぶんもう向かってくれてるはず。あたし達も行くでしょ?」

「当然」

 

リズの言葉に短く応じる。

さて、このクエストをクリアしよう。

 

 

 

そうして僕らは合流した。リズ、優子、僕の3人で双子の生家を目指す。カストルは転移門が使えないので、とある手段で遅れて合流する予定だ。

家に着いた。

何週間と居着き、慣れ親しんだ家。些かの寂寥が胸を撫でる。

ああ、そうか。もう終わりなんだ。途端にドアノブが重く感じた。それでも手に熱をこめてノブを回す。

前よりも埃っぽく感じる。無論気のせいだ。匂いなんて機能はアインクラッドに存在しない。

優子とリズと頷きあいながら、僕らはゆっくりとポルクスの寝室へ歩を進めた。もう一度ドアを開ける。禁断の封印を解くような心持ちだった。

目に飛び込んできたのはベッドに横たわるポルクスの姿。鱗に覆われた身体は竜の呪いとも取れるだろう。

 

「ただいま、ポルクス」

 

ポルクスはこくりと頷く。その表情には分かりやすい喜びの色があった。

決意がぶれる。ユウの推論が間違っていたら? 今からすることは本当に正しいのか?

かぶりを振った。迷ってはいけない。覚悟を決めろ。心を無理にでも叱咤する。

膝を折り前傾に。直後、一息に飛び出した。赤熱する右腕。唸るそれは体術スキル『エンブレイザー』の合図だった。

その腕を病床に伏すポルクスの鳩尾へと突き立てる。抵抗も感じぬほど簡単に、腕は胸を貫いた。

 

「さよなら、ゾディアック・ドラゴン」

 

『彼』の耳元で囁く。

瞬間、肩を猛烈な違和感が襲った。

咬まれている!

胸を貫かれたことなど意にも介さず、ポルクスを騙るそれは僕の肩に歯を食い込ませていた。耳朶を打つのは獣の如き、いや竜の如き鳴き声だ。

ポルクスだったそれは急速に巨大化していく。呪いのようだった鱗は体表を覆い、骨格はヒトの物ではなくなっていく。家の屋根など突き抜けて尚もその質量は増大する。

咄嗟に神耀を使って突き刺さった牙から脱出する。そうして見えた全容は、僕の矮小な想像を遥かに超える物だった。

それはまさしくこう形容すべきだろう。

 

「黄金の竜……」

 

隣に立つリズから呟かれた。それは僕と全く同じ感想だ。

日を照り返し煌く体躯は凄烈の一言。その全長は優に三十メートルを超えていよう。

ただし体の線は細い。むしろその洗練された容貌が重圧を増す要因となっていた。

鋭利な牙が並ぶ口が開かれる。

 

「グルゥオオォォオォッッ!!」

 

世界が、ブレた。

その咆哮は災害にも等しい。圧だけで肌が裂かれるような錯覚さえ覚える。

 

「これが……ゾディアック・ドラゴン……」

 

僕の口から感嘆とも諦念ともつかぬ吐息が漏れた。それほどまでに黄道の竜は圧倒的だった。

翼を広げ、羽ばたかせる。それだけの行為が嵐のような風を呼ぶ。ぶち抜かれた屋根から見える竜の全容は、日輪に見紛うほどに燦々と輝いている。

そのとき、壊れた屋根がメキメキと音を立て始めた。真っ先に反応したのは優子だ。

 

「これ崩落するんじゃない?」

「だね。出口に走ろう!」

 

僕の掛け声と同時に3人で駈け出す。一歩進むごとに軋みは大きく不快になっていく。

その時だった。天井が僕らへ向けて明らかに迫ってきたのだ。落ちている! そう判断した瞬間僕はリズと優子を抱き抱えた。

 

「わっ!」

「きゃっ!」

 

2人が思い思いに小さく悲鳴するがそんなのに構っていられない。発動したのは拳術スキル特殊技『神耀』。6間の距離をも消し去る絶技をもって即座に戸外へ跳躍する。

よし! 間に合った!

安全を確認して両脇に抱えた2人を下す。女性陣はそれぞれの含みを持った不満顔で僕を睥睨する。緊急時とはいえ、僕に抱き上げられるのが嫌だったろうか………? まあそれにはあんまり触れないでおこう。僕の精神衛生上よろしくない。

そんなことよりもと、僕は黄金竜へと視線を戻す。煌びやかな翼は空を打ち、その巨体を持ち上げている。

そんな姿を見ていると、ふつふつと感情が煮え立ってきた。相手は竜だ。言葉を理解するとは思えない。それでも僕は言わなければ気が済まなかった。僕はめいいっぱい大きな声で叫んだ。

 

「お前が……お前がポルクスを竜に変えてカストルを騙してたのか!」

『何を言うかと思えば……答えに辿り着いたのだ。それなりに賢しい人間かと思えば、よもやここまで阿呆とはな』

 

しゃ、喋った!?

いや違う。竜の口は動いていない。これは心に直接語っているのか?

 

『テュンダレオースと言ったか? (わし)が下郎の身に奴したのも、全てあの男の招いたものよ』

 

テュンダレオース。それは確か、カストルとポルクスの父の名だ。

 

「どういうことだ?」

『急かすな。出来の悪いうぬの頭でも分かるよう、今から説明してやると言うのだ。屈強な男だった。その膂力は私にも迫る……いやともすれば超えていた。だがな、奴の失敗は子を連れていたことよ。子を守る以上、奴は受け身にならざるを得なかった』

「それでポルクスを狙ったのか! おまえに竜としての誇りは無いのか!」

『誇りだと! 私とて命がかかっておる! 誇り高く生きるのならばよかろう。だが死ぬための誇りなぞ糞の役にも立たん! そんなものドブにでも捨てた方がよっぽどマシだ! どこまでも愚鈍だなうぬは。その五月蝿い口ごと焼き払おうか!』

「……っ!」

 

その言葉に僕は何も言い返せなかった。カストルやポルクスが生きているように、この竜だって確かに生きているのだ。そこにどんな違いがあるだろう。例えそれがNPCとしての生であろうとも。

いや、最近は本当にNPCなのかとさえ思える。とてもそうは思えないほどこの世界に生きる人々は感情豊かだ。それはまるで、魂が宿っているとも言えるような。

黙りこくった僕に満足したのだろうか。黄金竜は話を進めた。

 

『それでだ。奴は私に重傷を与えはしたが、私も奴に致命傷を与えた。そこで運命を分けたのは、私はまだ動けたが奴に動く余力など残っていなかったということだ。そして私にとって小爪の先さえ動けば奴の子を刈るのに十全であった。だからこそ、奴は呪いを残した。そうしなければ子を、ポルクスを守ることはできなかった』

「ちょっと待って。テュンダレオースは人間にはじゃないの? なんで呪いなんて使えるのさ!」

 

そんな僕の借問に心底うんざりとして竜は答えた。

 

『口を挟むな鬱陶しい! 名前を見れば分かろう。奴は《大地切断》の以前スパルタの血を継いでいるのだろうよ。それならば呪術を使うことも頷けよう』

 

大地切断? なんだそれ。質問をしたら疑問が倍になった。けどもう尋ねることはできないだろう。今度発問すればこの竜は間違いなく僕を噛み殺す。

釈然としないながらも、この疑問は持ち帰ることにした。

 

『奴の呪術は私と小僧を置換した。急造の術としてはそれが一番手っ取り早かったのだろうな。その結果が今だ。そして私の身体は完治した。もはや人間風情に身をやつすことも無くなった。そこで貴様らが来た。干渉してこなければ貴様らにどうこうしようとは思わなんだが、私を殺そうとしたのだ。ならば殺されても文句は言うまい?』

「な……そんなもん、文句大アリに決まってるだろ!」

『ま、そうであろうな。ならば私も全霊を賭して、貴様らの肢体を裂くまでよ!』

 

嘯く飛龍の口角から、黄金色の炎がもれる。奴も臨戦態勢ということだろう。さて、僕も気合を入れて────

 

「クルァァアァァァアアァァ────ッッ!!」

 

正真正銘竜の口から放たれたその咆哮は、天を突くが如き衝撃をもって万象を揺るがせた。

同時に竜の横にHPバーが展開されていく。その本数はみるみるうちに増えていき……

 

「8本!? そんなバカな!」

 

優子が珍しく驚きの声を上げる。それもそのはず。黄金竜の示した体力量はフロアボスもかくやという耐久値だった。加えて竜の頭上にあるカーソルは暗めの紅に染まっている。これはレイドを組んだ場合の適正レベルよりも少し上だということ。たった3人で勝ち目など無い。

それでも、戦うしかあるまい。これはそういう戦いだ。負けることも退くことも許されない。

 

「いくぞ、ゾディアック・ドラゴン! 僕の疾さについてこれるか?」

『抜かすな小僧。疾さなど糞の役にも立たんのだとその骨身に教えてやろう』

 

黄道の竜が言い放つと同時に僕は駆け出した。

まずは一発! 全霊の一撃を叩き込む!

体術スキル単発技『エンブレイザー』の構えを取ったまま地面を蹴る。20メートルほどの飛翔。竜の目線まで到達した瞬間、音速に迫る貫手を繰り出す。

その攻撃に、ドラゴンは即座に反応してみせた。口中に蓄えた炎を吐き出し迎撃する。

空中に浮いた無防備な身体では、そのカウンターは避けきれない。それはあくまで物理法則の範疇だ。ならば物理法則(そんなもの)はねじ伏せればいいだけのこと。

神の御技とも等しい、僕にだけ許された絶技。瞬間移動『神耀』だ。

跳んだのは竜の後頭部。そこに貫手の続きをぶち込んだ。

竜は鈍痛で声を荒げる。

 

『貴様、エルリッドの拳士か!?』

 

また意味不明の単語がでてきたぞ?

だがそんなことに構っていられるほど余裕の戦闘じゃない。振り向いた竜の顎を蹴り飛ばし、地上へと勢いをつけた。

拳術スキル飛び蹴り『獄天』で着地の衝突を相殺する。

挑発スキルがマックスになっていることも相まってか、初撃をとった僕へと竜は一直線に向かって来る。

だが、それでは背後がガラ空きだ。

 

「せいやぁ!!」

 

裂帛の気合と神速の踏み込み。技自体は片手剣基礎単発技『ホリゾンタル』。単純な技であるからこそ、その切り込みの凄烈が浮き彫りになる。

優子の握る片手剣が橙の輝きを放つ。尾に狙いを定め、斬りかかろうというそのときに、竜の尻尾は大ぶりな横薙ぎの動作をした。

対する優子は、それを剣で弾くよう軌道修正するので精一杯。そんな僕の予想を、優子は軽々と飛び越えた。

初撃で棍棒のような尻尾を弾くや否や、次の動作をし始めた。新しくソードスキルを発動させた? いや、それは技後硬直によって不可能だ。ならばこれはなんなのか。簡単だ。最初から『ホリゾンタル』ではなく片手剣4連撃技『ホリゾンタル・スクエア』だっただけのこと。

ドラゴンは4連撃技を許すほどの隙を見せてはいなかった。そんな状況で不用意に攻撃すれば、カウンターを受けること必至だ。ならばなぜ優子はそんな博打に打ってでたのか。尻尾による迎撃を読み切っていたのだ。

カウンターを弾かれた天空竜は、尾に手痛い3連撃を受ける。

 

「ナイス優子!」

 

声をかけた僕に、優子は微笑を浮かべてサムズアップする余裕まで見せる。やっぱ頼り甲斐あるなあ……。もはやヒロインと言うよりヒーローだ。まあそんなことを口走ればぶっ飛ばされること請け合いなので口が裂けても言えないのだが。

ゾディアック・ドラゴンの方はというと、白炎を吐いてご立腹な様子だ。やられっぱなしで黙っているドラゴンでもないだろう。行動パターンはまだ分からないが何かしらの反撃をする可能性が高い。

そう考えた瞬間、ドラゴンは自らの足元に炎を噴射しだした。何してるんだ? あんなことしたらダメージをくらうのは自分だろうに。

だがしかし、黄金色の炎が直撃しているにも関わらず、天空竜のHPバーが緑色を減らす気配は一向に訪れない。なるほど。竜自身に当たり判定は無いというわけか。それを確認してからやっとこの攻撃の真意に気づいた。ブレスが地面を這って放射状に広がっているのだ。

なんて悪辣な攻撃だ。ほぼノーモーション。攻撃範囲はそれほど広くないものの、今のように反撃として打つならほぼ必殺の削り技だ。

行動を様子見から後退に切り替える。全力でバックステップしたものの、さすがに逃げ切れなかった。黄色のブレスが肌に触れ、僕の体力ゲージが────減ってない?

どういうことだ? 攻撃じゃないのか? だったらなんでこんな行動を?

疑問が胸中に渦巻く中、空中に揺蕩う謎物質の正体を確かめる。それは粉だった。例えれば風邪薬のような粉末。これに一体どんな効果があるのだろうか。毒かそれともただの目くらましか。

飛来物の意味を勘繰っていた僕の耳朶を、切迫した優子の叫びが打った。

 

「ライト! 逃げてーーッ!!」

 

考えるより先に身体が動く。千切れんばかりに脚を回して竜から距離をとろうとする。

けど、なんで逃げなきゃいけないんだろう?

そう思った時だった。黄道の竜はまたブレスの体勢になる。この黄色いのをまた吐き出すんだろうか。しかしそれによって何が起こるんだ? 優子が逃げてというくらいなのだから、何かしらの効果はある存在すると思うけど……。

そこで気づいた。竜の口内に蓄えられているものが黄色ではなく赤色に変わり、陽炎のように揺らめいていることに。

あれは炎だ。こんな煙幕ではなく、ダメージを与える力を持った攻撃。なら逃げなければならないのは道理だ。なら何故事前に危機感を高めるように黄色の粉を吐く必要があったんだ?

その時、僕の頭の中で知識が噛み合った。

────粉塵爆発。

そうか。浮遊する粉の全てが誘爆する殺戮機構。普通のブレスよりもより広範囲を殲滅できるというわけか。これはまずい。爆心地にいれば軽装の僕は体力をぶっとばされる。

いや僕の体力よりも問題は優子だ。ソードスキルを発動させた直後なのだから、もちろん身体は動かない。だったらどうなる? 焼き殺されるに決まってる。

助けに、行かなきゃ。

 

「優子ーーーッッ!!!」

「バカ! こっち来ないで逃げることに集中しなさいよ!」

 

そんな命令聞けるか!

逃げたいという恐怖は当然ある。僕だって命は惜しい。それでも助けなきゃ。僕は彼女に誓った。僕は君を守れるほど強くない。けれど僕が君を支えると。初めて彼女が人を殺したあの日、僕が君の隣に立ち続けると、そう誓った。

その程度の、女の子1人の約束も守れなくてこの先進めるかってんだ!

 

「うおぉぉおおぉーーーッッ!!」

 

進むたび意識が遠のく。周囲がスローモーになる。逆に思考は加速していく。今にも爆発を起こそうとする竜の動きが緩慢になる。この感覚を一言で表すならば、加速感だろうか。

この身体が、ここで燃え尽きたって構わない。そんなことで、彼女が助かるならそれで良い。

無意識のうちに神耀を発動した。10メートルの跳躍。これで優子まであと3歩、2歩、1───視界が極光に包まれた。




これだけ投稿期間が空いてじったのにはオリ小説書いてたりと色々理由はあるんですが、1番大きい理由は原作との矛盾が生じてしまったことです。
今までこのお話、原作の展開+αな気持ちで書いておりまして、原作設定は逸脱しないようにしてたんですけれども、ちょっとした無茶を通すために恐らく原作でもこうであろうという妄想を差し込んでたのです。それが最近明かされた事実に矛盾だと裏付けられてしまったわけですね。
やっべえ……プロット考え直さなきゃ……ってなったんですがニントモカントモ。そういうわけで色々悩んだ結果ごめんなさい! 原作設定無視します!
そういうのショウジキナイワーという方は本当にすみません……。僕もこのタイプなんでそのお気持ちはよく分かります。じゃあなんでお前二次創作やってんのって感じですけどネ。ここまで読んで下さってありがとう御座いました!
ええでええで。好きなように書けや。という心が太平洋の方はまだまだお付き合い頂けますと幸いです!

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