一日中だらだらし続ける、僕の輝かしい夏休みはいずこへ?
けどやってやんよ! アインクラッドは絶対終わらせてやんよ! 男に二言は無いのカナー? 無いといいなあ……。
「僕の名はライトです」
威圧感に圧倒された喉から、なんとか声を絞り出した。
リズとカストルは放心していたようだったが、僕の声にはっとして口を開いた。
「あ、あたしはリズです!」
「オレはカストルだ」
カストルが名乗りを上げたその時、ヘパイストスは眼光鋭く彼を射抜いた。
「カストルだと…………?」
「あ、ああ! そうだ! カストルだ!」
カストルは叫ぶように再度名乗った。それは超常の存在に押し潰されぬよう自分を奮い立たせているのか、それともただ張り合っているだけなのか。
どちらにせよ負けず嫌いだなぁと思いつつ、僕はヘパイストスの言葉をじっと待った。
「よもやとは思うが、君の母上はレダという名ではないかね?」
威圧感が嘘のように霧散した紳士的な声音。
カストルは間髪入れずに返答する。
「そうだ。そしてオレの父はテュンダレイオスだ」
「いや、そちらはどうでもいい」
「………っ!」
杜撰な言葉に顔を赤熱させるカストル。それでも踏みとどまっているあたり、カストルも成長したのだろうか。
小人の挙動など一顧だにせず、ヘパイストスは開口した。
「ならば、君と余は義兄弟というわけだ」
「…………は?」
まるで浴びせられた言葉が自らの知る言語ではないかのように、カストルは首を傾げた。
ギリシャ神話において、レダは白鳥へと身をやつしたゼウスに孕まされ、ポルクスを産み落とした。カストルとポルクスは同時に産み落とされた、人間の父親による異種兄弟なのだ。
その前知識をリズから聞かされていたため、僕はあまり驚きはしなかった。だが、急にそんな事を言われた当の本人としてはたまったものではないだろう。
「おっさん何言ってんだ?」
と、言葉使いなど気にも留めずに言い放った。
ひやっとしたものが背筋を駆ける。今の言葉、ヘパイストスの地雷を踏んでやしないだろうか。
だが、返答は呵々大笑だった。
「確かにな。この齢の差では叔父と言ったほうが嵌りが良い」
いや、論点はそこじゃないよおっさん。
「まあこれも、我が父の悪癖が齎した顛末だ。愚息ながら、余から君には謝ろう。さて、君には話したいことがある。どうだ。この老いぼれとひとつ食事でも」
第一印象からは考えられないほど、優しさに満ちた声音だった。それこそ、気の良い叔父さんのようだ。
当然至極に戸惑いながらも、カストルはしっかり答えた。
「あ、ああ。よく分かんねえけど、飯食うくらいならいいぜ」
「うむ。それは良かった」
ヘパイストスは立派な顎髭を撫でながら繰り返し頷いていた。そしてカストルを手招きした。
それにカストルが応じ、ヘパイストスに近づいたその瞬間────
視界から一切合切かき消えた。
「ってこれ、落ちてるううぅぅうぅーーーッッ!!?」
「きゃああぁぁあぁあぁぁーーー!!? ちょっとライト! あんた何とかしなさいよ!」
「何とかって何を………いや、できるか」
「え? できるの?」
「リズ! もう一回叫んで! できるだけ高い声で!」
「はあ!? 何言って……」
「いいから! 早く!」
「ああ! もう! きゃああぁぁあぁあぁぁーーーッッ!!!」
「ok! 5秒後に瞬間移動するから! 僕に掴まって!」
「え? それってどういう……」
暴力じみた加速度が下方向にかかる中、僕らは斜め上に吹き飛んだ。
それを何度か繰り返し、段階的に落下の勢いを殺していく。最後には落下ダメージすら受けない程のスピードで、僕らは地面に着地した。
リズはいかにも信じられないといった顔で、説明を求めるように僕を見た。さすがに無視はできないので、一生懸命解説を頭で組み立てる。
「えーっと……まず、僕は瞬間移動できるんだ」
「待って。いきなり意味分からない」
「いやもう、そこは納得して?」
さすがに全部説明するのは面倒だ。
リズもそれはわかってくれたようで、不承不承と続きを促した。
「でね。その瞬間移動を使って、下方向を斜め上に変えたんだ。あ、それは何でかと言うと、瞬間移動する前とした後じゃ速さは変わらないんだ。えっと、つまり……」
「つまり、瞬間移動の前後で速さは変わらないから単純に上下に移動しても、そのまま落下するだけ。だから瞬間移動を応用してベクトルの方向だけを変え、重力と相殺したのね? 大体分かった」
「うん。まあ、そうなのかな?」
リズの言っていることはよく分からないが、きっとそうなのだろう。
「それは良いとして、なんであたしに叫ばせたのよ? 必要あった?」
「ああ、それは聞き耳スキルのmodで空間把握っていうのがあって、それを使ったんだ。大きな音が発されるとその空間がどの位の大きさなのか分かるスキルなんだよ。それで地面までの距離と、どっち方向に飛んだから安全かを調べたんだ」
僕がそう言うと、リズはまるで信じられない物を見るかのように僕を見つめた。
何かおかしなことでも言っただろうか。
そう思った途端、リズは満面の笑みでバシンバシンと僕の背中を叩き始めた。
「ちょっ……リズ。痛い痛い。いや、痛くないけど」
「すごいじゃない、ライト! そんな判断力があるなんて見直したわよ!」
「見直したって……じゃあ今まで僕を何だと思ってたのさ」
「え? ゴミ?」
「言うにしたってもっとオブラートに!」
「クズ?」
「それはもはや同義だ!」
「あはは! 冗談だって! ちゃんとバカって思ってるわよ!」
「本来ならフォローが入るべき文脈なのに全力で貶されている!?」
そしてリズはさらっと僕を無視し、辺りをきょろきょろと見回した。
「ここ、どこだろう?」
リズが呟いた言葉は幾度となく洞窟の壁に反射して、先の見えない闇に吸い込まれた。
周りは赤茶けた岩盤。僕らの近くには松明が頼りなく燃えている。見えるのはそこまで。先には通路がありそうだが、目視できるのは漆黒ばかりだ。
「あそこ、落とし穴とかあったのかな?」
リズが質問か独り言か分かりかねる口調で呟いた。
あそこ、とはヘパイストスの『巣』で間違いないだろう。つまりリズは、ヘパイストスは僕らを落下罠にかけたと言っているのだ。
「うーん……それは無いんじゃないかな?」
「なんでよ?」
「だって、もし落とし穴だとしたらだよ。僕らは数百メートルの落下した。けど、それならアインクラッドの階層をブチ抜いてなきゃならない。けど、27層には天井から伸びる細長い筒なんて無かった筈だ」
「あるじゃない」
「え? どこに?」
「迷宮区。……あ、でもそっか。あたし達がいた所の真下にその筒がないといけないもんね。じゃあどういうことなんだろ……」
「いや、きっとそれでビンゴだ」
だがまだ情報が少なすぎる。考えろ。ここが迷宮区だとするならば、僕たちは今どういう状況に置かれていて、これから何をすべきなのか。
「ねえ、ライト! もっとちゃんと説明しなさいよ! ここが迷宮区ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。僕らはヘパイストスが使う魔法か何かによって、迷宮区にワープさせられた。そして、本来なら落下死していた」
「はあ!? 何よそれ! 理不尽にも程があるじゃない!」
「うん。確かにこれはフェアじゃない」
不自然なくらいに。
これまで、SAOに理不尽と言える仕様は一切存在していなかった。だからこそこの罠は不自然だ。僕がエクストラスキル『拳術』を取得していなければ──そもそも拳術は僕1しか取得が確認されておらず、ヒースクリフの神聖剣と並んでユニークスキルと言われている──僕らはほぼ確実に死亡していた。
このゲームでそんなことが起こりうるとは思えない。
だからこの場合、僕らにこそ死すべきほどの非があった、と考える方が自然なのだ。
だがそれが何かと問われれば全く見当がつかない。何をミスった? どこで選択を間違えた?
「で、これからどうするのよ?」
「うーん……まあ、進むしか無いんじゃない?」
「それもそっか」
僕らは万全の警戒を持って歩き出した。当然ながら喋る余裕などない。それどころか、僕らは目を合わせさえしなかった。
岩窟に響く跫音が、僕らの沈黙を引き立てる。
それでも手元の松明だけを頼りに歩き続けた。
アインクラッドでは身体に疲労は溜まらない。しかし精神は別だ。先の見えない闇をひたすらに歩くというのは、相当キツい。
道中、三叉路が現れた。進むべき道を議するため、リズへと視線を送った。リズは少しだけ俯きながら言葉を返した。
「とりあえず、右の道に行きましょ。行き止まりとかだったら引き返せばいいし」
「うん。じゃあそうしよう」
僕らはまた無言で、右手の道へと歩を進めた。
その数分後、僕らはその分かれ道へと逆戻りしていた。
それも全力ダッシュで。
「何よあのバケモノーーーッッ!!?」
「ケルベロスだよ! 地獄の番犬!」
「そんなの見たら分かるわよ! ていうかそれ、あの先が地獄ってことじゃない!」
「いや、逆かもよ。僕らが地獄に落とされたのかも」
「そんなのどっちだっていいっての!」
確かにそれは、ケルベロスの存在に比すれば些事だ。ケルベロスを示すカーソルは真っ赤っか。つまり僕らよりよっぽど強い。ともすれば、リズには黒に見えているかもしれない。
そんな相手とまともに戦えるワケがない。ともかくさっさと逃げるが吉だ!
三叉路に戻り、選択しなかった左の道を進む。
当然だがリズは僕よりも大分遅い。僕の速度も彼女に合わせることになる。だがその速さは、ケルベロスと付かず離れずという一番危険なモノだ。
進行を躊躇えば瞬殺される。この先が行き止まりでないことを祈るばかりだ。
通路の先にあるものは、果たして────
「宝……箱…………!?」
それは、古今東西のRPGでお馴染みの宝箱が1つだけ設置された部屋。その先に道は無い。
いつもならガッツポーズするその光景。そこに今は死の危険しか漂っていない。
進路も退路も無い。ならば、取るべき指針はただ1つ。
「リズ! 戦闘態勢!」
「オーケー!」
リズはメイスを。僕は拳を。
三首の狂犬は唾液を滴らせ、獰猛に牙を剥く。
「まともに戦っても勝ち目は薄い! まずはこいつから逃げることを考えよう!」
「了解!」
ケルベロスが僕らに飛びかかる。それに合わせて僕らはそれぞれ左右に飛んだ。
僕は避けきれたが、リズには爪先が掠った。
リズの体力を確認する。そして愕然とした。その削り具合は実に五分。擦り傷でこの威力。これは50層のフィールドボス並みだ。
このモンスターに対するは、かたや敏捷極振り。かたや本職鍛冶屋。
なんだこれ。なんだこれ!
ヤバいなんてもんじゃない! もうどうしようって感じだ。
いや、さっき自分で言ったことを思い出せ。逃げることだけ考えるんだ!
僕だけなら簡単に逃げ切れる。けどリズは?
彼女はケルベロスと同程度の速さ。どこかで隙を見計らって、せめて5メートルは距離を取ってから逃げ始めたい。
しかしこの状況でそんなことが可能なのか?
可能だ。それを可能とする力が僕にはある。拳術スキル特殊技『神耀』。だがそれを発動するには彼女に触れなければならない。
だがそのリズは今────
「っっ……くぅぅ……!」
ケルベロスの凶器たる爪。その切り払いと必死に拮抗していた。剛腕の振り下ろしをメイスで支えるリズ。
僕は最速でその戦いに割り入った。
「やっ……めろ!」
ケルベロスの腕に体術スキル単発技『閃打』を叩き込む。火花のようなダメージエフェクト。
腕の力が落ちたのか、リズは敵の猛攻から離脱していた。よし。チャンス!
このままリズに駆け寄って……
「……っ! かっ……はっ……!?」
左腕に強烈な違和感。体力が目に見えて削られる。
それを目視しようと眼球を動かす。
黒々とした牙が、僕の腕を貫いていた。これで終わりではないというように、第2第3の首が急所へと狙いを定めてきた。
避けようにも、牙に固定された腕のせいで身動きがとれない。ダメだ。しょうがない。
神耀を発動させ、歯牙の拘束から解放された。
跳んだ距離は1メートル。つまりここから100秒間神耀は使えない。同時にその間、逃げる事は叶わない。
絶望的に長い2分弱。この強敵相手に、僕らは100秒も耐えることができるのか? 僕は逃げ回っていればどうとでもなる。しかしリズはそうはいかない。
つまりこれは、僕がどれだけ自分とリズの安全を両立できるかという戦いだ。
ここでリズを責めるのは筋違いだろう。だって彼女は
そんなことを思っているうちに、ケルベロスがリズ目掛けて突進して行った。
なんでそっち行くんだよ! ダメージ与えたの僕だろ! と内心悪態をつきながら、僕もリズの方へと疾走する。
ある程度ケルベロスに近づいた。三つ首のうち右側だけが僕を凝視していたことに遅まきながら気がついた。なるほど。顔をが増えると視野も広がるんだ。
接近する僕に片腕で対処する魔犬。同時に真ん中の顔でリズを攻撃する。爪による攻撃を跳躍で交わし、リズに噛みつこうとする中央の顔に向かって体術スキル単発蹴り『舟撃』を発動する。
足先が横顔にぶつかる寸前。僕の足に強烈な異物感が生まれた。その原因は左の顔。その鋭利な牙だった。そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐぁ……!」
だめだ。神耀はまだ発動できない。即時離脱は不可能。見れば、リズも腕に噛みつかれて身動きがとれていない。
くそ! どうする? 顔を攻撃して、噛みつきの解除を狙うか? 時間はかかるが、方法はそれしかないだろう。
そうと決まれば僕は握り拳をつくり、拳術スキル単発技『封炎』を発動させた。
だが、その動きを先読みしたような狡猾さで、地獄の番犬は前脚で僕の右腕を抑えた。
あ、これ詰んだ。
「グルルゥゥウァァアァァッ!!」
ケルベロスが勝利の雄叫びを上げる。僕を噛む顎に一層力が入る。もう体力は3割を切り、削りダメージでじわじわと減少を続けている。
ああ、こんなところで終わるのか。何故か冷静にそう思った。
ただ1つ心残りがあるとするなら、リズベッドを巻き込んでしまったことか。
ごめん……君を死なせてしまった。僕の力不足で。
心中でそう呟いて、僕はそっと目を閉じた。
────その時。
地獄の門すら破砕するような轟音が、部屋いっぱいに響いた。
「キャウウゥンッッ!!?」
犬らしい叫びをあげて、ケルベロスが大きくのけ反った。
助かった。その感想よりも、何が起こった、が先走った。
目を開く。そこにいた人物は────
「あ? ライト? お前なんでこんなとこにいるんだ?」
「ユ、ユウ!?」
タイトルが一度、スターダスト・イミテーションじゃなくなってから、また元に戻っています。これはこのクエストの核心に関係があるのかどうかという基準だったりします。
結末を皆さんで予想してくれたら嬉しいなあ、なんて。