とまあ、投稿が遅れた言い訳をしつつ、第七十二話、始まるヨ!
「おーい、ライト兄ちゃん」
元気良く僕を呼ぶ声に、僕をは座りながら項垂れていた頭を上げた。
「ん……なんだ、カストルか……。どうしたんだい?」
「な、なんでそんな、死んだ魚みたいな目をしてるんだ……?」
「いろいろぶっ壊れちゃったからだよ……」
分からないのは当然だろう。カストルは明らさまに首を捻っているが、やがてどうでもいいと思ったのか用件を切り出した。
「なんか、優子姉ちゃんが帰ってこねえんだよ。何すればいいのか分かんないし、代わりにライト兄ちゃんが修行つけてくんねえ?」
ああ、なるほど、そういうことか。
そりゃ完全に僕の責任だ。優子は僕と顔を合わせるのが気まずくなって出て行ったんだろう。
だったら、この願いを無碍に断るわけにもいかない。
「うん。いいよ」
「おっしゃ! ありがとう、ライト兄ちゃん!」
花火のような笑顔を残して、カストルは早速外へと駆けて行った。僕も椅子から思い腰を上げ、少年剣士の後を追う。
家先には、身も凍るような寒風が流れていた。
くるり、と軽やかに身体を回して、カストルは僕へと向き直る。
「それじゃ、オレはなにすればいい?」
「そうだね……」
修行をつけるとは言ったものの、正直、何も考えていなかった。さて、どうしたものか。
せっかく優子ではなく僕が相手になるのだ。できれば優子にできないことをしたい。なら、僕の特技と言えば……。
「じゃあ、僕に攻撃を当ててみて。一発でも当てられたら、それで練習は終わりでいいよ」
「へ? それだけ?」
「うん。それだけ」
カストルは拍子抜けしたような顔を見せたあと、出し抜けに憮然となった。
「それだけじゃ、すぐ終わっちゃうじゃんか」
「どうかな? それはやってみないと分かんないよ。それに、すぐ終わったら終わったで、別のメニューを考えてあげるからさ」
それを聞いて、カストルは表情をパッと明るくさせた。良かった。これで納得してくれたみたいだ。
「おし! それじゃ、よろしくお願いします!」
この数日で、えらく礼儀正しい子になったなあ。優子の教育(笑)の賜物だろうか。
「うん。よろしくね」
僕の言葉を皮切りに、カストルは剣を鋭く構えた。
剣士は集中を研ぎ澄ませる。その眼光が貫くのは、僕の首に他ならない。
瞬間────
「せぃやァッ!」
痺れるような気勢と共に、カストルは一歩踏み出した。
煌めく頭身が唸りをあげる。片手剣単発技『ホリゾンタル』。それは間断無く首級を上げんと咆哮する。
だが、あまりに遅過ぎる。
「なっ………!? 消え……」
「後ろだよ」
「────っ!? いつのまに?」
ばっと振り返るカストル。そして、本当に背後に居た僕に、唖然とした表情を向ける。
うーん……これは色々と問題だなあ……。優子ってば、本当に攻撃技術しか鍛えてなかったみたいだ。
「あのね、カストル。君は自分に集中し過ぎだ。たしかに今の剣筋は素晴らしかったけど、相手に当たらなければ何の意味も無い。君が真に気を配るべきは、自分の剣じゃなく、相手の動きなんだよ」
「でも、今のはそもそも見えなかったぞ! 見えなきゃ気を配るも何も無いじゃんか!」
どもりながらも、必死に反駁するカストル。
彼を説得するために、僕はなるべく優しく説明しようと試みた。
「ううん。今のは見えなきゃいけないんだ。まず当たり前のことだけど、相手に近づけば近づくほど、相手の姿は見えなくなるよね。間近にまで来たらもう顔しか見えない。そうなればもう、僕としては逃げるのは簡単だ。だって、ちょっとしゃがむだけで相手の死角に入れるんだから」
「じゃあどうすりゃいいんだ?」
「一歩引けばいいんだよ」
「でも、そしたら剣が当たんなくなっちゃうじゃん」
カストルは妙に意地を張る。今の一撃を簡単に避けられたのが、そんなに悔しかったのだろうか。
「ううん。そこまで下がらなくても良い。自分の剣が当たるギリギリの距離に立ち続けさえすれば良いんだ。そうすれば同時に、相手の攻撃にも対処し易くなる。そしてまた、相手の全体像を視界に収められる。そこから、相手がどう動くのかを徹底的に見極める。攻撃するだけが勝負じゃないんだ。防ぐ、躱す、いなす、追い込む。全部揃って決闘なんだよ。じゃ、それを実践してみようか」
「う、うん」
いそいそと剣を構え直すカストル。まだ僕の言ったことが頭に染み込んではいないようだ。だが、恐らくカストルは直感型だ。口で言うより身体を動かした方が絶対に早い。
先ほどよりもカストルの身体の強張りは減り、幾分かリラックスしているようだった。
そこで少し、悪戯心が芽生えてしまう。予想外の行動を取れば、カストルはどう対応するのか。
思い立つとすぐに、僕はカストルへと接近した。自分から間合いを詰めるのではなく、相手から近づかれる可能性を、カストルはどれほど考慮しているのか。
ゼロ距離まで迫った僕。カストルの顔に焦りが見える。だが対応は早かった。取った行動は切払い。詰められた間合いを引き離そうという算段だろう。
だが、甘い────!
「なっ!?」
カストルは驚嘆を漏らす。
自分の剣が、徒手の敵に掴まれたのだ。そりゃ驚きもするだろう。
拳術スキル特殊技『白刃取り』。
このスキルの効果は、発動している間のスタン付与。ハイリスクハイリターン。僕の大好きな技だ。
だが、発動中はこちらも手が使えない。
だがしかし、脚は自由に動かせる。体術スキル単発技『弦月』。いわゆるサマーソルトキックだ。
カストルの剣を起点に弧を描く。このまま何も対処しなければ、僕の脚は少年剣士の脳天を突く。
さあ、どうする?
「───っ!」
カストルは、柄から手を離した。
そう。これこそが白刃取りの対応策だ。剣を手放せばスタンは解除される。
しかし剣無しでどうするつもりなのか。たとえ間合いを取ったとしても、剣を握っているのは僕の手だ。その時点で勝ちは絶望的だろう。
まさか、勝利を諦めたか?
そう思った瞬間、今度の驚愕は僕の番だった。
カストルの腕が、紅の発光を見せる。型は抜手。それは、体術スキル単発技『閃打』に他ならない。
体術スキルも使えるのか!? 取得条件がクエストクリアのエクストラスキルだぞ!
いや、驚くのは後だ。今はこの攻撃への対抗策を……。あ、そうか。これを使えばいいんだ。
手の平で挟んでいる澄んだ刃。それを、閃打の軌道上に置く。こうしてしまえば、怪我するのはカストルの方だ。
これでひとまず難は逃れた。──────筈だった。
「うっそ……」
カストルの腕は、全く速度を緩めない。いや、むしろ加速させている。
なぜだ。傷を負うのはカストルの手だ。たとえ腕が僕に届いたとしても、そんなに大きな傷ではない。
だったら……ああ! そうか! カストルの勝利条件は、僕に一撃でも当てること。自分の手が怪我をしてでも、勝利さえすれば良いということか!
カストルの不敵な笑みが視界に入る。
どうこの場を切り抜ける? 僕の身体は完全に中に浮いており、脚はスキル発動中で満足に動かせない。
無理だ。この攻撃は避けられない。
しょうがない。ちょっとだけズルしよう。
「────!?」
余裕の笑顔を、混乱に変えるカストル。そりゃそうだ。空中で身動きが取れないはずの僕が、急に30センチ奥の地面に立っているんだから。
拳術スキル特殊技『神耀』。何者をも寄せ付けない、完璧な瞬間移動。
「な、なんだよ今の! それも何かトリックがあんのか!?」
「いやあ、ごめんカストル! 今のはズル。僕、魔法で瞬間移動できるんだ。だから、今のは僕の負けでいいよ」
「はあ?」
怪訝そうに眉をひそめるカストル。そりゃそうだ。いきなり魔法だなんだと言われて、信じろという方が無理がある。
いや、カストルの反応は困惑じゃない。それ以上に強い感情が、カストルの表情を占めていた。すなわち、怒りだ。
「納得いかねー!」
「そうだよね。だから、ズルしてごめん」
「そうじゃなくて、こんなんで勝ったことになんのが納得いかねーんだよ! もう一戦だ、ライト兄ちゃん! 今度は瞬間移動込みで攻撃当ててやる!」
うわあ、負けず嫌いだなあ、この子。そういうの嫌いじゃない。
「うん、おいでカストル。今度は僕も全力で相手してあげるよ」
僕が手招きをしてみせると、カストルは獰猛に牙を剥いた。
☆
「ライトに何て言おうかしら……。『アンタ、アタシのこと好きなんでしょ? 』。うぅーん……これじゃちょ高飛車過ぎるかしら。じゃあ、『アタシに嫉妬してたって…………ホント?』。いやダメね。しおらし過ぎるわ。アタシのキャラじゃない」
大量の鉱物系素材を手に、アタシは帰路に着いていた。その間、こんな独り言を延々ブツブツ呟いているのだが、なかなか答えは出そうに無い。
そうこうしているうちに、双子の家が見えてきた。どうしよう。まともにライトの顔見れるかな。
大きく深呼吸する。ついでに、喋っているとき緊張して噛まないように、早口言葉も言っておく。
「生米なみゃっ!」
…………さて、問題はライトに何と切り出すかだ。
いやもう考えたって詮無いか? その場の雰囲気で話した方がいいのかも。いやでもそれでおかしなコトを口走って、ライトに変な子だと思われたら嫌だし……。
ええいままよ! もうなる様になるわよ!
両手で頬をペチッと叩いて気合を入れる。そうしてアタシは、家へと走り出した。
近くまで来ると、ライトの声が聞こえてきた。どうやら家の前にいるようだ。耳を澄ませると、カストルの声も鼓膜を揺らす。
2人の声色を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。何と言っているかまでは分からないものの、その声に剣呑な雰囲気は無い。良かった。2人の仲は悪いワケではないのだ。
そう思いながら、草むらからそっと顔を出す。
「──────!?!!?」
アタシが見た光景を、完結に言い表そう。カストルがライトを抱擁している。
しかもあすなろ抱きだ。つまり、ここから導き出される結論は────ライトが受け!
いや、問題はそんなコトではない。まずこの情景が、アタシが思った通りのモノなのか。それを検分せねばなるまい。
そう思い立ち、アタシはより一層耳を研ぎ澄ませた。
「……もう離さない…………ずっとこのまま……………」
「離さないなら………………嬉しい………」
「…………………して欲しいんだろ?」
途切れ途切れにしか聞こえないが、ほぼ間違いあるまい。
コレはつまり、そういうコトなのだ!
あれ? じゃあなんで、リズはライトがカストルに嫉妬してる、なんて言ったんだろう?
あっ! そうか! ライトの嫉妬の対象は、カストルじゃなくてアタシの方だったんだ!
なるほど。これで道理は通った。
でも、どうしちゃったのよ、ライト! ユウのことはお遊びだったの!? 久保君の気持ちはどうなるのよ!
脳みそがピンクの妄想に征服される。
ああ! 急激に創作意欲が湧いてきた! このインスピレーションが薄れちゃう前に、早く執筆しなきゃ!
そう思い立ち、アタシはサーヴァンツのギルドホームへ急行した。
☆
「捕まえた! もう離さないぞ、ライト兄ちゃん! ずっとこのまま締め上げて、体力削ってやる!」
カストルとの修行が開始して、ちょうど3時間が経とうとしていた。
この戦いでは、カストルが投げた剣を囮に使い、僕はその術中にまんまとはまってしまったのだ。
だが、カストルがそう出るなら、こっちにだって考えがある。
「離さないなら、僕としてはそっちの方が嬉しいんだけどね」
「負け惜しみはよせよ。離して欲しいんだろ?」
不敵に笑うカストル。だが、その笑顔がどこまで保つか見ものだ。
と、内心ほくそ笑んでいると、近くの草むらで、何かがガサガサと動いた。
「ん。なんだ? モンスターか?」
カストルが余所見をした瞬間。
「スキあり!」
発動したのは拳術スキル単発技『戒炎』。発勁で言うところの寸勁にあたる技だ。
モーション無しのゼロ距離攻撃にはさしものカストルも対応できなかった。なす術もなく腕を解き尻餅をつくカストル。何が起こったのか分からないような顔をする。
その直後、悔しさに歪んだ表情で喚いた。
「くっそぉーっ! まだそんな技残してたのかよ!」
「ふふふ………1流は最後まで手の内を見せないものなのさ」
「ちっくしょー! もう一回だ!」
「ああ、望むところだ」
カストルは鋒を僕に向け、僕は拳をカストルに向けた。
そして、もはや何ラウンド目か分からないゴングが響こうとした時。
「おーい、2人ともー」
気の抜けたリズの声が僕らを呼んだ。
一気に場が弛緩する。2人揃って苦笑を零し、音源へと目を向けた。
リズが現れたのは、家ではなく森のほうだ。
「どうしたの、リズ? 何か問題でもあった?」
「何か問題でもあった、じゃないわよ! あたしが今日1日どんだけ歩き回ったと……いや、ライトに愚痴ることじゃないわよね」
「どうしたんだよ、リズ姉ちゃん?」
心配そうにリズを見るカストル。
そんなカストルへと、リズは不機嫌そうなままに向き直った。
「アンタの剣よ! 覚えてないの?」
「あー……ありがとう」
気まずそうにカストルは笑う。その表情からは忘れていたであろうことがありありと見て取れる。
だが、僕には何の話なのかさっぱりだ。
「どういうこと?」
「カストルがあたしに頼んできたの。剣を作って欲しいって。それで色々レシピを探ってたの。カストルに合う、強さと使い勝手のバランスが良いのをね」
「そうなんだ。で、良い剣は見つかった?」
僕の問いかけに、リズは胸を張った。得意顔で鼻を鳴らし、彼女はその剣を語った。
「ええ! もうとびっきりのがね! 目当ての剣の名前は『無銘=雷霆』。目指すはインゴットのドロップ。敵は第28層のモンスター『ヘパイストス』よ!」
☆
「ところで、さっき優子が物凄い勢いで走っていったんだけど、何か心当たりある?」
「「?」」
2話かけたネタのオチがコレである。
自ら言おう。コレはヒドイ。