僕とキリトとSAO   作:MUUK

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すいません! めっちゃ遅れました!
重ねてごめんなさい! 前回のあとがきで、次回でラフコフ編終わるって言ったのに、調子乗って書いてたら想像以上のボリュームになってしまいました!


第六十六話「実験」

痛いほどの金切声に、洞窟に居る全員が音源へと顔を向けた。

そこで見た光景を、僕は咄嗟に認識できなかった。

眠り姫の首元に、凶刃が添えられている。

ティアはバックチョークされ、苦しそうに眉を寄せていた。

そんな凶行に及んだ人物は、ラフィンコフィン、ではなく、

 

「クラ……ディール……?」

 

紅白の鎧を身に纏う、誇り高き騎士団の一員だった。

騎士の表情は岩屋の闇に紛れ、詳らかに悟ることは難しかった。それでも、奴が狂喜に震えているであろうことを想像するのは容易だった。

静寂が支配する洞窟。先ほどまでの激烈な戦闘が嘘みたいだ。

だが、そんな空気の中にあっても、観照し難い事態だった。

 

────裏切られた。

 

その想いによる憤慨と、自らの至らなさによる自責で、もはや未来に慄然とする他なかった。

なぜ僕は、あんなにも簡単に他人にティアを任せてしまったんだ!

血盟騎士団にラフコフが紛れ込んでいる可能性に思い至らなかったっていうのか?

それこそ言い訳だ。

僕の歯がガリリと音を立てた。 嵐のような感情に苛まれて、脳みそは碌に機能してくれやしない。

 

「チッ………このタイミングか……」

 

そんな言葉を吐き捨てたのは、意外なことにPoHだった。

幕下に控えるザザも、どうやら内情はリーダーと同じであるようだ。

その言葉が耳朶を打ったのか、クラディールを見ていたキリトが、PoHへと振り返った。

 

「なんだよ。あんたらの計画通りじゃなかったのか?」

「ああ、残念ながらな。いやまあ、真に企図が功を奏していたならば、お前らはこの時点で殺し終わってる筈だったんだが……」

「俺たちが、予想以上に強かったってことか?」

「いいや、お前達は弱いよ」

 

釈然とした断言だった。まるでそのことが決定事項であるかと思わせるような。

 

「どういうことだ?」

 

キリトの語調が、空を貫く凄みを帯びた。

だが、どれほど睨みを利かせても、そんなものが殺人鬼に通用しよう筈もない。

PoHはただ、枯淡に主観を述べた。

 

「女一人救えない奴らが、どのツラ下げて自分が強いなんて言いやがる?」

「…………だから、今から救おうって言うんじゃないか」

 

口をついて反駁が出た。それほどまでに、僕にとってもPoHの発言は度し難かった。

いや、違う。図星だったのだ。だからこそ許せなかった。僕がPoHに食ってかかるのは、子供っぽい反骨心でしかなかった。

PoHは、平然と瞋恚の篭った雑言を並べ立てる。

 

「いいや、詰みだ。もうこの状況はひっくり返せねぇ。

そもそも、だ。分からねぇか? 現状がどうやってメイキングされたのか」

「それは…………ボルトのおかげだ」

 

キリトの言葉には、どこか迷いが篭っていた。

だが、紛れもなくその通りだと僕は思う。

今は逆転されてしまっているが、ここまでラフコフを追い詰めたのは、ボルトの功績に他ならない。

そんな僕の心中をバカにするように、PoHは肩を竦めてみせた。

 

「なら、問おう。俺たちは本当に、ボルトを信頼していたと思うか?」

「…………」

 

僕らは揃って沈黙した。

こんな質問をするということは、そうでは無かったと言うことなのだろう。

だが、答えてはいけない気がした。否。答えることが憚られた。

僕らはきっと、本能的に直感しているのだ。答えてしまえばその瞬間、勝敗が明瞭になるということが。

だがしかし、無言自体が満足いく答えであるかのように、PoHは口元を綻ばせた。

 

「なら、正解を教えてやろう。ボルトはな、敢えて仲間として加入させたんだ」

「それだと辻褄が合わないだろ。ボルトを仲間にしなければ、ここまでお前らは窮地に陥らなかった筈だ」

 

キリトの至極まっとうな反論。

だがそれは、PoHの次なる一言で木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

「俺たちがいつ、窮地に陥ったって言うんだ?」

「な、なにを………」

 

そんな、どもる僕よりも素早くキリトは詰問した。

 

「負け惜しみもいい加減にしろ! ラフコフの半分は壊滅。一時は人質も奪い返される。これが危機でない筈ないだろう!?」

「うるせぇ。ギャーギャー騒ぐな。ボルトの作戦に、俺が気付いてないとでも思ったか?

そこまでバカなら、俺たちみたいな逸れ者は、とっくに淘汰されてるだろうよ」

「じゃあなんで…………」

 

図らずも、僕の口から洩れたのは懐疑だった。

そんな僕の反応が心底面倒だとでも言いたげに、PoHは深く嘆息した。

 

「もういい。お前らがバカなのはよく分かった。俺手ずから説明してやっから、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。

そうだな……まずどこから話そうか。ティアを誘拐した理由からでいいか。

それはな、ユウの精神撹乱のためだ。

ユウを司令塔としたサーヴァンツの各々が、俺たちのアジトを嗅ぎ回っていることは調べがついていた。

だからこそ、頭を潰す必要が出た訳だ。

ユウが万全の体制で俺たちを討伐しにかかれば、流石にただじゃ済まない。だから、ティアを使って揺さぶった」

「ティアは偶然勘付いて、ボルトの作戦に同行した筈だ。だったら、ティアを攫えたのも偶然ということにならないか?」

 

キリトは粗探しを口にする。

だがそれはきっと、既にキリトの中でも答えが出ている問いなのだろう。

だって、僕でさえ次のPoHの台詞が予想できてしまっているのだから。

 

「それが、本当に偶然だったと思うか? そんなに都合良く事が運ぶ筈ねぇだろ。

ティアにリークしたんだよ。攻略組に忍ばせた、俺たちの仲間を使ってな」

 

その言葉に引っかかりを感じ、僕は考え無しに質問した。

 

「ちょ、ちょっと待て。攻略組のラフコフって、クラディール以外にもいるの?」

「おう、いるぞ。総勢三十二名が、八ギルドに潜伏してる」

 

余りにざっくばらんとしたその呼応は、僕を惑乱の渦中に叩きこむのに充分な威力を持っていた。

三十二名だと?

じゃあなんだ。僕らは、フィールドマッピングの時も、迷宮区踏破の時も、ボス攻略の時も、見知った殺人鬼に無防備な背中を晒していたということなのか?

急に、体を悪寒が貫いた。

僕らが今まで立っていた土台が、どれほど脆いものだったのか。そんな現実が叩きつけられて、身震いを禁じ得なかった。

 

「話を戻すぞ。じゃあ、何故俺たちは、ティアだけを誘拐して、ボルトを仲間にしたのか」

 

その時、キリトが翳りのある笑みを見せた。

黒の剣士は、タバコを消すような動作で、地面をジリジリと踏みつけると、PoHへと向き直った。

 

「それは、この状況を創り上げるためだろ?

敢えてボルトだけを仲間にすること、ボルトの身をある程度自由にすることで、ユウへの連絡手段を残した。

ティアの命を握られているボルトには、もはやそれ以外に取るべき方策が無い。

そして、何故ボルトに連絡させ、わざと自分達を窮地に追い込んだのか。

それは────攻略組を、この場で仕留めるためなんだろう?」

 

キリトの答え。

それに聞き惚れたかのように、PoHは甲高い口笛を吹いた。

 

「百点満点だ。見事な推理だぜ、黒の剣士」

 

僕のキャパシティーでは、絶対に理解できない解答だった。

意味が分からない。それそのままの疑問を、僕はぶつけるみたいに放言した。

 

「お………おかしいじゃないか! なんだよ、攻略組を仕留めるって! お前は、ココから出たくないのかよ! 攻略組は、この城から皆を救うために毎日毎日、危険に晒されてるんだぞ! それをお前は、快楽を満たすためだけに、蔑ろにするって言うのかよ!」

 

爆発しそうなくらい、頭に血が上っている。現実世界の僕の心臓は、早鐘を打っているに違いない。

だがPoHは悪びれもせず、やにさがりながら僕の憤激を鑑賞するだけだった。

 

「一つ訂正させてもらえば、快楽を満たすため『だけ』ってのは間違いだな。まあ、それもあるにはあるんだが」

 

冷静な言葉に怒りが湧く。

人を殺すことに、如何なる理由も免罪符になりはしない。それなのにコイツは、理由の話をしようとしてる。その精神性に、腸が煮えくり返る。

 

「………じゃあ、他には何があるって言うんだ」

 

僕と同じ気持ちなのか、激情を噛み殺した声音でキリトが尋ねた。

その回答に、僕は耳を疑った。

 

「実験だよ」

「実………験……?」

「ああ、実験だ」

 

実験。実験だと?

少しは意味がある答えを期待した。

それを聞けば、許せないまでも、怒りを抑えることに一役かうだろうと思っていた。

だが、実験と奴は言った。

この際、なんの実験かなんてどうでもいい。

そんなものの為に、人の命を平気で奪う、この……この……っ!

 

「クソ野郎が───ッッ!!」

 

瞬間。僕は憤怒に任せて殴りかかった。

今の僕に取れる行動は、どう考えてもそれしかない。

その拳を防ぐために、PoHは短刀で顔を覆おうとする。

流石の反応速度だ。

だが、僕の方が疾い──ッ!

 

「うぉぉらぁ──ッ!」

 

右腕に精一杯の心意を籠めて、殺人鬼の顔面を殴り抜く。

何のスキルも発動していなかったにも関わらず、PoHは虚空にぶっ飛んだ。

そのまま受け身も取れず地面に堕ち、

 

「ぐ………ぁッ……」

 

みすぼらしく呻きを吐いた。

傲岸不遜だった諸悪の根源は、息も絶え絶えに、膝をついて立ち上がった。

 

「効いたぜ…………光の拳士。惜別に、お前は俺の手で殺してやる」

 

地の底から這い上がるような殺人鬼の声。

双眸は爛々と輝き、僕を突き刺す。

途端、PoHはメニューウィンドウを操作し始めた。そしてストレージから取り出したものは、

 

「短刀?」

 

もう一本の短刀だった。

これで殺人鬼の両腕には、それぞれにダガーが握られている。

だが、そんなことをしてしまえば、装備状態の不準拠で短刀スキルが使用不可になる。

では何故、PoHはそんなことを?

そこまで考えが及んだ時、ある一つの可能性が脳裏をよぎった。

 

「まさか………『双剣スキル』か?」

「お、察しが良いじゃねぇか、ライト君」

 

殺人鬼は、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

双剣スキル。

それは、ダガースキルの派生にして完成系。

現状、アインクラッドにおいて最大火力を誇るスキルの一角である。

このスキルのタチが悪いところは、高ランクの短刀を二つ装備すれば、大剣に勝るとも劣らぬ攻撃力がありながら、それを連続的に発揮できることだ。

現状、アインクラッドにおいてたった三人しか取得していない、烈火の如きエクストラスキルである。

それほど強力なスキルを、この男は今の今まで隠し持っていたのだ。

 

「そんな………今までのは、まだ本気を出していなかったってことなのか………?」

 

僕の喉から、搾りかすみたいな声が洩れた。

そんな僕へと、PoHは満足げに嘲笑を返すだけだった。

ただの短刀スキルでさえ、PoHの力は驚異的だった。

なのに、それに輪を掛けて強い双剣スキルが加わっては、もはや鬼に金棒と言う他無い。

 

「ふーん。それがどうした」

 

耳を疑った。

あまりの衝撃に、脊髄が振り返れと命令する。

首を捻った先に合ったキリトの顔は、平生と何一つ変わらぬ表情だった。

 

「言うじゃねぇか、黒の剣士。なら、まずはお前から、このスキルで料理してやろうか?」

「ああ、こいよ。その程度のスキルで、俺に勝てると思ってんならな」

「な………!?」

 

驚愕は、僕とPoHの両者から洩れたものだった。

その程度のスキル?

そんなこと言える筈がない。実際、双剣スキルは神聖剣に次ぐ強さだと目されている。

確かに、ダガーが持つ元々の攻撃力が低いため、ゲームバランスを崩すには至らない。だがそれでも、ダガー使いへのスキルチェンジを目指し、何人ものプレイヤーが攻略組を離脱したほどだ。

そんなスキルを、その程度と、この男は言い切ってみせたのだ。

そんなの、驚かずにはいられない。

 

「…………そこまで言うなら、何か秘策でも用意してあるんだろうなぁ?」

 

自分のシナリオ通りにいかなかったことが如何にも不服であるように、一層不機嫌な様子でPoHが言った。

それにキリトは、寸分の間も置かず即答した。

 

「ああ、あるぜ。お前みたいな奴を倒すのにお似合いな、とっておきがな」

 

その発言は、どこまでも堂に入った自信に満ちていた。




PoHとの会話だけで一話使うって、どう言う了見だよ……。
次回は! 次回こそは終わりますんで!

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