僕とキリトとSAO   作:MUUK

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良かった……投稿出来た………。
遅れてすいません!
学年末何とかって名前の正体不明なヤツの所為で、なかなか時間を捻出できませんでした………。
テストは一週間後からなので、次の投稿もまたまた遅れてしまいそうです……。


第六十五話「バカ」

「さて、闘いを、続けるか」

 

エストック使いが気炎を吐いた。

僕はそれに言葉ではなく態度で応じた。

両腕を上げ、ファイティングポーズをとる。ザザの口元が、揺れる水面のように歪んだ。

 

「シャァッ!」

 

仕掛けたのはザザだった。突風の如き突進。

だがそれでも、僕の方が確実に速い。

攻撃を最小限の動作で躱す。

そのまま剣士の顔面に裏拳を叩き込む。

だがその拳は敢え無く阻まれた。

僕の手は信じられないほど軽やかに、ザザの掌に包まれていた。

その行動は、白刃取りの意趣返しとも取れた。

とるなると今度は、僕が一方的にやられる番だ。

その近未来を感じ取り、慌てて拳を引いた。だが、そこに待っていたのは、

 

「あっ!?」

 

鋭利を極めた刺殺の凶器だった。

エストックは、僕の心臓を穿たんと奔る。

咄嗟に神耀を発動し、ザザの後ろに回り込む。

だが、この流れこそがミスリードだったのだ。

 

「なっ!?」

 

僕がテレポートし終えた時、ザザは既に僕に向かって攻撃を開始していた。

エストックが赤いライトエフェクトを迸らせる。

しめた! この色は、さっきのスキルと同じ色だ。

恐らくザザは、僕が神耀による技後硬直に陥っていると高を括っているのだろう。

だが残念。神耀に硬直時間は無い。それに、どんな体制からであろうと、白刃取りは発動できる。

内心でほくそ笑みながら、僕は白刃取りのモーションを発動させる。

そして、ザザのエストックは先ほどと全く同じく鳩尾を突く────筈だった。

眼前で巻き起こる不可解な光景に惑乱する。

剣は以前のソードスキルと、絶遠なる動きを見せたのだ。

そんなことはあり得ない。ソードスキルはシステムに規定された動きなのだ。それを捻じ曲げるなど、どんなプレイヤーにも出来やしない。

剣筋は愚直に胸に向かうだけだった。なのに、剣先が見据えたのは顔だった。

僕は無様に胸前で柏手を打った。

その直後、脊髄反射の領域で体術スキル頭突き『天衝』を発動させる。

現実ならば相対速度があがり、頭へのダメージが増すだけの愚行だが、そこはゲーム内。スキルはスキルである程度の相殺が可能なのだ。

僕の頭と、ザザの剣が激突する。

黄金と緋の彗星が尾を引いた。

物理エンジンが作用していないのか、弾頭が如き衝突は、反発を見せずに拮抗する。

そして、ガソリンの尽きた車のように体術と剣術はエネルギーを打ち消しあった。

一撃必殺は免れたものの、僕の体力はレッドゾーンへと突入している。

閃打で牽制しながら、全力のバックステップをした。

しかし何故、ソードスキルの軌道が変化したのか。

冷静に考えれば、すぐに答えは見つかった。

それはただ、違うソードスキルだっただけ。

剣から出た光が赤かったのは単なる偶然なのだろうか。いや、そんな筈は無い。

ザザは狙って赤いライトエフェクトが出るソードスキルを発動したのだ。それで、僕の白刃取りを誘った。

その策略を、あの一瞬間で組み立てたというのだろうか。

なんて、玄妙。

賛嘆と同時に、僕は己が暗愚を恥じ入った。

僕と奴の間には、画然の差が存在する。それを理解した上で、僕の長所───即ち、純然たる疾さを活かさなければ、この相手に打ち勝つことなど不可能だ。

 

「どうした、ライト。もう、へばった、か?」

 

掠れた声が、僕の耳朶を打った。

ザザの言葉に、僕はすぐさまかぶりを振った。

 

「冗談キツイ。それどころか、お前とはトコトン決着をつけないと気がすまないくらいだ」

「奇遇、だな。俺もだ」

 

双方が口元に笑みを浮かべる。

そこに陰湿さは無く、ただ、互いが互いを賞賛する心地よさだけが在った。

ザザは、強い。文句無く強い。

そりゃ、キリトやPoHに比べれば見劣りはするものの、それでもSAO全プレイヤーの中で、上位1%には入る実力者だ。

SAOにログインして、久しく感じていなかった思いが沸き起こる。

強者との戦闘。

デスゲームで叶うべくもないと思っていた幸福だ。対人ゲームにおける最大の楽しみとはこれに他ならない。

そんな歓びを僕は、そしてきっとザザも、ひしと感じている。

だからこそ、僕ら二人は笑いあう。この一時の幸運を噛み締めながら。

無感情なんて不可能だ。こんなに楽しい闘いならば、どうあれヒートアップしてしまう。

…………今だけは、自身の罪過も忘れられる。

瞬間。ザザが動いた。

 

「ハッ!」

 

空間を切り裂くような暴風の突き。

驚嘆すべきは、剣が光っていないこと。つまり、この攻撃にソードスキルは使用されていないのだ。

それでいてこの威力。ザザの努力が窺える。

だが、ソードスキルを使った方が攻撃力が上がるのもまた事実。

ならばザザは手を抜いているのか?

それは違う。ソードスキルを使わない選択こそがザザの全力なのだ。

スキルを使用すれば、剣の軌道が確定してしまう。そうすれば、僕に白羽取りをされる可能性が飛躍的に高まる。

ならば己が技量で千変万化に攻撃した方が、リスクは低くなるだろう。

だから、これがザザの全力。

故に、僕も全力で臨まねばなるまい。

 

「セェェヤァッ!」

 

閃打で鎬を弾く。

銃弾の如き剣速との摩擦で、体力がガリガリと削られる。

些細な事には傾注せず、洗練された剣技を受け流す。

そのまま封炎を顔面に向けて発動した。

マグナムを思わせる拳が、殺人鬼へと襲いかかる。

そんな約束された未来は、いとも容易く逆転された。

僕の腹部に、ザザの腕が突き刺さる。

体術スキル『閃打』。

容赦無い刺突は、僕の体力を一割ほど削った。

ザザの頬が嗜虐に歪む。

本能的なバックステップ。

当然ながら、後ずさる僕にザザは追撃を仕掛けてきた。

仕切り直さなければ押し切られる。

その直感の赴くまま、更に後ろに飛んだ。

飛び退いている最中、黒い何かとすれ違った。

だが、それが何かなど確認していられない。眼前の剣から逃げることが先決だ。

その時背後から、この世の物とは思えないほどの殺気の塊が、まるで具現しているかの如く感じられた。

それは、直前まで感じていたエストックへの怯懦を覆うほどだった。

脊髄反射で躰を反転させ、そして────

 

───魔剣の使い手とかち合った。

 

「な……っ!」

 

四人が、異口同音の驚愕を洩らした。

そりゃ驚きもする。

だって、いきなり闘うべき相手がすり替わったのだから。

僕はPoHと、そしてXaXaはキリトと。

だが僕らは、驚きこそすれ、止まることはしなかった。

それは誰もが、命ではなく勝利を渇望していたから。

きっとこの瞬間が、僕にとって、この世界における最初で最後のゲームだった。

たとえ仲間の、そして己の命がかかっていても、この時間が永遠であればいいと、そう思わずにはいられなかった。

そしてそのまま、乱闘へと縺れ込んだ。

剣戟が響く。三人の剣士と一人の拳士。

最早、二対二となった闘い。

思えば初めて、僕はキリトと背中を合わせて闘っている。

その事実が、堪らなく嬉しかった。

僕の瞳に映るキリトの姿は、いつでも勇猛果敢だった。

たった一人でも最前線に突っ込んで、誰よりも華々しく、激しく、この世界を『生きて』いた。

たぶん僕にとっては、身近なコイツが、神聖剣なんかよりもずっとずっと、最強のプレイヤーだったのだ。

 

「そろそろ三途の川でも見えてきた頃合いか?」

 

出し抜けに、背中向かいの黒の剣士から声をかけられた。

だが、咄嗟に呼応できなかった。喉が痺れて言うことを聞いてくれない。熱いナニカがこみ上げてきていた。

それでも何とか嚥下して、やっとこさ軽口を叩けた。

 

「冗談。僕が行くのは天国さ」

 

声は微かに震えていた。

本当にほんの少しだけ。だからきっと、こんなに近くのキリトも気づいちゃいないだろう。

それでも妙に気恥ずかしくなって、赤熱する頬を悟られぬよう拳を揮った。

鏡面に映る虚像のように、キリトもまた剣を揮った。

 

「そりゃそうだ。地獄に堕ちるのは、コイツらだもんな!」

 

キリトが浮かべるのは、いつものようなシリアスな笑みではなく、子供のような笑顔だった。

それは、剣を交えるこの一瞬が、楽しくて仕方がないというように。

だが、ザザの発した一言が、僕の動きを凍らせた。

 

「それこそ、冗談、だな。ライト。お前は、もう人を、殺している。そんな奴が、天に、召される、ワケが無い」

「…………」

 

黙る他なかった。

そうだ。僕はもう人殺しで……。

いや、それどころの話じゃない。この手で、二十を超える命を奪った。

それが例え、自分の意思であろうと無かろうと、僕自身が許されざる事をしたという事実は動かない。

そう思うのなら、何故僕は戦っているんだ?

殺人を慚愧し忌避するのなら、戦いそのものを辞めるべきだ。

なら、いっそ……。

 

「あーあー、そうですか。それがどうした」

 

そんな、心の塞いだ憂慮は、キリトの虚心坦懐とした声音に上書きされた。わざと響かせたような、強い語調だった。

 

「仲間の命が最優先。仇なす敵には武器を取る。それで良いじゃないか。

殺人鬼の命をも護る聖人君子に、お前はいつの間になったんだよ、ライト」

 

訴えかける視線だった。

それこそ、暗愚を突き殺すが如き目をしていた。

 

「いいか。この闘いは殺す事が目的じゃない。護る事が目的なんだ。

最初から、目的はそうだったろ?

今、お前がこの場で闘いから離脱すれば、そのせいでティアが死ぬかもしれない。

それは、誰の罪だと思う?」

「そりゃ、僕の……」

「違う。断じて違うぞ。それはな、ティアを殺した奴の罪なんだ」

 

ああ、確かにそうだ。至極当たり前の事だろう。

 

「けど、それがどうしたの?」

 

口をついて出た僕の声には、拒絶すら籠っているように思えた。

 

「ここで問題なのは、ライト自身は自責しているという事。そして、俺はライトに罪は無いと思っている事だ」

「だから、それがどうしたのさ!」

 

思いの外、強い語調になっていた。

どうやら僕の目は、キリトを睨んでいるらしい。

当のキリトは、それが些末事であるかのように超然と振舞う。

 

「だからさ、お前が人を殺した罪がお前自身にあるのかなんて、誰が断じれるんだって事だよ」

「そんなの、詭弁じゃないか……」

 

悄然と呟く。我慢が効かずに、地団駄を踏んだ。キリトの親身な言葉は、心に入ってこなかった。

こんな問題を責任転嫁したって、解決の糸口すら見つからない。

せめてもの救いは、僕の意識で殺したんじゃなかった事か。いや、そのせいで吹っ切れない自分がいるのもまた事実だ。

刹那、雷鳴が轟いた。

 

「この、バカ────ッッ!!!」

 

突如、鼓膜を引き裂かんとするかのような罵倒が、僕に向かって放たれた。

実際のところ、その言葉は洞窟いっぱいに放たれていて、僕への説教なのかは判然としない。けれどなぜか、自分の為の言霊なのだと直感した。

よろめきそうになりながら、声の元へと目を向ける。

そこに居たのは、月下の桜を彷彿とさせる、勝気で茶髪な女剣士だった。

優子だ。

優子が、洞窟の入り口に立って、僕をバカと呼んだのだ。

 

「ライト! なにウジウジしてんのよ! アンタのしたい事はなに? ティアを助けたいんでしょ。その為にここまで単身で乗り込んできたんでしょ!」

 

言葉のマシンガンで、蜂の巣にされたみたいだった。

辛辣でいて快活な叱咤。それはまだまだ、止まるところを知らなかった。

 

「アタシが………同じコトをした時、アンタ言ったわよね。僕が支えるって。だったら、今度はアタシが支えてあげる。ちょっとでも止まろうものなら、アンタの背中を思いっきり鞭打ってあげるわ! だからアンタは、いつものように猪突猛進で、バカみたいに前だけ向いてなさい! もしティアを助けられなかったなんて宣おうものならギッタギタにしてやるんだから、このバカ! バカ! 大バカーーーッ!!」

 

その罵詈雑言は、温かかった。

冷たく閉ざした心が、言葉という抱擁で溶解していく。

いや、そんな生易しいもんじゃない。

アイスピックでガツガツ掘られて、無理やり立ち直らされたに近い。

───ああ、僕は優子に、何て偉そうな口を利いたんだろうか。もはや優子は、僕なんかよりもよっぽど強く、しなやかだ。

もう完全に吹っ切れた。

彼女の期待に応えたい。今の僕には、その思いが溢れんばかりに湧出していた。

人殺しという罪は、僕には余りに重過ぎるけど、この一瞬だけは、それを乗り越える強さが欲しい。

 

「ありがとう、優子」

 

心からの感謝だった。

僕はまだ、君のおかげで闘えそうだ。

背中を引っ叩かれるような力強い激励。それこそが、僕に必要なものだったんだ。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎は終わったか?」

 

おおきな欠伸を上げながら、PoHは口汚くスラングを吐いた。

 

「お待ちどう様。優しいんだね、案外」

 

僕の精一杯の皮肉に気づいていないのか、わざと流しているのか。PoHは微塵も顔色を変えなかった。

 

「たりめぇーだ。こんな強いのを殺れる機会はそうそう無い。腑抜けちまってたら、勿体無くて喰えやしねぇよ」

「据え膳食わぬはなんとやらって奴だね」

「………ここでその例えが出る辺り、ホント大物だな、オマエ」

 

そう言って、PoHはゲラゲラと笑いだした。傍らのキリトも、ヤレヤレなんてため息をついてる。

僕、何かおかしな事でも言っただろうか?

 

「そろそろ、インターバルは、終了だ。熱が、醒めて、きた」

「お、いーねXaXa。ヤル気だね。んじゃまあ、このガキ共をブチ殺すと致しますか」

「ふん、そんな簡単に、俺らの命をくれてやるかよ」

 

そう言ってから、キリトは僕に拳を向けてきた。

どういう意味なんだろう?

手中にアイテムがある、というわけでも無さそうだし……。

僕が首を傾げていると、キリトは頭を掻きながら、

 

「あー、もう。じれったいな!」

 

と言って、僕の手を乱暴に掴んだ。

 

「はい、グー!」

 

言われた通りに握り拳を作る。するとキリトはコツンと、拳を突き合わせてきた。

 

「ん………まあ、やりたかったのはこれだけだ」

 

照れ臭そうに頬を掻くキリト。

それにつられて僕も上気してしまった。

フィストパンプののちに赤面する男二人という図は、第三者から見れば気持ち悪いことこの上ないだろう。

その実情を気色取ったのか、キリトはわざとらしく咳払いした。

その瞬間。

ダメージ判定があるかと錯覚するほど濃密な死の気配が漂った。

それは勿論、

 

「もう、待てない」

「俺もXaXaに同感だ」

 

二人の死神から放たれたものだった。

だがもはや、その程度で怯むような僕らではなかった。

 

「ごめんな。お預け喰らわせちまって」

 

揶揄するキリト。それに乗じて、皮肉の一つでもと口を開きかけた、その時。

 

「全員、止まれぇぇえぇえ───ッッ!!」

 

洞窟の奥から、聞き覚えのある声が響いた。




次回、ラフィンコフィン決戦編、最終話です。

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