僕とキリトとSAO   作:MUUK

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今日は、うちの高校の入試です。
さあ、中学生たちよ、頑張りたまえ。僕はその間、休みを満喫してやろう。

そんな訳で時間が出来ましたので、投稿です。


第六十三話「慢心」

いたるところで刃と刃が(しのぎ)を削る。

洞窟は、もはや大乱闘の様相を呈しだした。

だが、ごった返した岩窟は、中心だけが、ドーナツのようにぽっかりと穴を開けていた。

そこだけは誰も近づかない。

否、近づけない。

高過ぎる剣圧は、一種の結界となっていた。

相克するは二人の剣士。

彼らは現在、鍔迫り合いを演じていた。

見た目には地味な攻防。だが、ただの力比べと侮るなかれ。

刃に籠る形勢は、刻々と流転し続ける。

完全な静止に見えるキリトとPoHの間には、一進一退の激闘が繰り広げられているのだ。

刃の角度。腰の動き。呼吸のリズム。重心の位置。足の捌き。筋肉の収縮。

凡ゆる観点から停滞の打破を試みようとするものの、それら須くが、敵の先見に御されていく。

故に、勝負の決め手は精神力。

ほんの一瞬の漫然で、たった一度の専心で、この闘いは終結する。

それは同時に、勝負がついてもおかしくないという可能性を孕んでいる。

だからこそ、僕ら外野は絶対に手を出してはならない。

そんなつまらない事で、こんなにも高貴なる決闘を、無為に帰すなんて出来やしない。

掌を汗が伝う。

アインクラッドでは存在しない筈の生体機能。

だからコレは錯覚だ、なんて、簡単に割り切れるものじゃない。

僕が在ると感じている。ならば、この手中の汗は、きっと本物なのだ。

そんな奇妙な感覚。

拳を握り締め、殺人鬼達に立ち向かう。

あらゆる邪魔者を排除する。

それだけが、僕に出来るキリトへの最大の配慮なのだから。

だがしかし、そんな鼓舞を自分に掛けても、劣勢は揺るがない。

此方の人員は五人。対して、ラフコフのメンバーは軽く三十を超えている。

多勢に無勢とはこのことか。

今や、僕を除くサーヴァンツの全員の体力が、半分を切ろうとしていた。

その中でも、取分け消耗の激しいのが、

 

「おい、ボルト。もう、終わり、か?」

「…………チッ!」

 

たった一人、XaXaと対峙するボルトだった。

 

「オマエ、程度の、ヤツに、殺されたのは、ジョニーも、浮かばれないな」

「浮かばれないだあ? バカ言え。浄化も成仏も無えよ。生きてるか死んだか。ゼロかイチかだ。殺し合いってのはそういうモンだろ?」

「ハッ! まさか、ペーペーの、オマエに、殺しの、理念を、教えられる、とはな」

 

フーデットローブの男が、渇いた声音で嗤う。

男が駆るはエストック。

鎧を徹すことだけを目的とされ洗練された刺突の極み。

故に、刀身は細く、長く。そして、軽く。

それは、ボルトの持つハルバードとは対極に位置する存在だった。

斧槍は鈍重にして長大。

さらに、手繰るに要する技術は、凡ゆる武器の中でもトップクラスの難解さだ。

斬る。突く。叩く。引っ掛ける。払う。裂く。

ハルバードとという武器は、たった一つでこれだけの操作が可能となる。

それが強みでもあり弱みでもある。

これだけの運動を戦闘中に適宜判断しながら使い分けなければならない。だからこそ、卓越した使い手であれば、ハルバードは怪物のあぎとにも匹敵しよう。

だがしかし、何につけてもこの武器は重いのだ。

総重量4キロ。エストックの、実に3倍の重さである。

なればこそ、ボルトとXaXa、二人の動きに差異が生じるのは明白。

事実、ボルトの体力は既にイエローゾーンに突入しているが、XaXaは未だ無傷である。

殺人鬼の勝ち誇った表情にも、頷けようというものだ。

一瞬、助太刀しようかとも考えたが、

 

「ウォラァッ!」

 

名も知らぬラフコフメンバーが切りかかってきて、敢え無くその思考は遮られた。

左にフェイントを入れてから右にスライドする。

敵のカタナを左手で抑えながら、右脚を大きく振り上げる。

拳術スキル大上段蹴り『天元』。

生命の源流を意味する一撃は、吸い込まれるように剣士の顎を打った。

頭部への打撃系攻撃はスタン効果が付与される。

体術スキル、及び拳術スキルは貫手以外の全てが打撃に分類されるため、クリーンヒットすれば確実にピヨる。

これでボルトを助けに行ける。

そう思ったのも束の間。

カタナ使いの男は、ふらつく素振りも見せず、即座に反撃してみせた。

 

「────なっ!?」

 

反射的に、神耀で二メートル後ろに下がる。

これで瞬間移動は二百秒の間、使用不能になった。

カタナの間合いを抜けるには必要であったものの、二メートルは飛び過ぎたと後悔する。

もう少し思考時間があれば、敵の後ろに回りこんだりできただろうに。

過ぎた事を悔やんでも仕方ない。一先ず、眼前の敵に傾注する。

無骨なカタナ使いは、右方を向きながら得物を振っていた。更には顎も引けている。

つまり、気絶しなかったのはそういうワケだ。

蹴りに合わせて顔を動かして相対速度を下げ、衝撃を抑えた。尚且つ、顎を引いた事で顔全体が固定され、脳を揺らすのに必要な、テコの動きが作用しなかったのだ。

これではスタン耐久数値を割れないのも無理はない。

連中の厄介なところがこれだ。

人殺しを生業とするが故に、対人戦の経験値がべらぼうに高い。

PvPの技術だけを問えば、ラフコフメンバーの誰もが僕よりも達者な筈だ。

さて、もう一度距離を詰めて殴ろうか。

単純な思考で計画を立て、それを実行に移そうとした、その瞬間。

風切り音が僕の耳朶を掠めた。

瞬発的にしゃがむ。

間一髪、僕のつむじを削りながら、金属製の何かが頭上を通過した。

カタナ使いではない、第三者からの不意打ちだった。

背後より突如現れた敵に反撃を喰らわせるべく身体を捻る。

だが、前からカタナ使いがチャージして来る姿が目にとまった。

地面すれすれを滑空するカタナは、生き物のように滑らかに這い寄る。

このままでは足切りにあう。

そう判断して、カタナを回避出来るギリギリの高度にジャンプする。当然、素早く地面に着いて反撃に転じる為だ。

だが、跳ぶという行為そのものが間違いだった。

────ゴキリ。

脇腹から嫌な音が響いた。

衝撃。

それは、更に現れた第三の敵からの追撃だった。

空中で身動きの取れない僕の身体は、無欠のタイミングで揮われたメイスによって、ホームランボールよろしくぶっ飛んだ。

受け身を取る暇も与えられず、十数メートル離れた壁に、隕石もかくやという速度で叩きつけられる。

一気に体力が持っていかれる。

ぐんぐんと緑のゲージは減少を続け、ついには黄色に変色した。

いくら軽装と言ったって、まさか一発で半分を切るとは。

ああ、今ようやく思い出した。

これ、多対一なんだっけ。

空中に跳躍した後、神耀さえ使用出来ればここまでのダメージは免れたのだろうが、生憎、待機時間が百九十秒ほど残っているのが現状だ。

いや、ダメだ。神耀を恃みにしてちゃ。

瞬間移動なんて使えないのが普通なんだ。

なら、それ抜きでも闘えないと。もっと、強くならないと……。

腰のポーチから回復ポーションを取り出す。

だがその隙すらも与えないとでも言うように、僕の落下地点近くに居たシミター使いが攻撃を仕掛けてきた。

 

「………クッ!」

 

喉を閉め、歯を食いしばり拳を突き出す。

僕の拳がサーベルの側面を撫でるように弾いた。

咄嗟の反撃に驚いたのか、頬のこけた曲刀使いは体勢を崩しかけた。

だがそこはラフィンコフィン。

そんな驚愕からも、崩れた体位からも一瞬で立て直し、僕の拳が届かない距離まで後ずさった。

その隙にポーションを呷る。

視界の左上に位置するゲージが、じわじわと上昇を始めた。

それを確認してから、辺りを見渡す。

それは勿論、ボルトの現状を視認するためだ。

洞窟の深層まで目を伸ばすと、XaXaと渡り合うボルトの姿があった。

いや、違う。渡り合ってなどいない。

あれは一方的に痛めつけられているだけだ。

その時、ボルトは膝を屈した。

伏せられた瞳には、羞恥に近い悲痛さが籠っていた。

きっとボルトは、自責しているのだろう。他のメンバーが多人数の戦闘を演じている中、たった一人とすら満足に闘えない己の力量を。

だが、それは見当違いというものだろう。

ラフコフのリーダー、PoHは、あのキリトと対等な勝負をしている。

幹部クラスであるザザは、PoHに勝るとも劣らない実力を保持している筈だ。

そんな輩とここまで戦い続けられているのだから、ボルトだって並み大抵の実力ではない。

そんなことはボルトにだって分かっているだろう。それでもやはり、こうにも完膚なきまでに叩き潰されるというのは堪えるに違いない。

ボルトの思考を慮りつつ、状況を見定めていく。

二人の会話は、岩窟内の激しい戦闘に掻き消されそうになりながらも僕に届いた。

 

「やはり、拍子抜け、だな」

「ついでに腰も抜かしてくれりゃ万々歳なんだけどな」

「まだ、口だけは、余裕が、あるらしいな。喉元を、突けば、少しは、マシになるか?」

「残念。生憎、俺は口から生まれたって性分でね。息の根止まっちまったって喋くり続けるさ。だから喉への攻撃は辞めることをオススメするぜ?」

「ふん。腰抜けめ。口八丁で、生きてて、楽しいか?」

「ああ、楽しいね! 最近やっと、人生が楽しいと思えてきたとこなんだ。まだこの感覚は噛み締めてたいくらいさ」

「そうか。なら、ここで、悔いながら、死ね」

 

エストックが唸る。

ハルバードの側面は、項垂れるように刺突を防いだ。

だがそれでもクリティカルガードとはならず、ボルトの体力はガリガリと削られる。

ハルバードを使ったガード。ただそれだけの動作で、ボルトは肩を上下させた。

それはきっと、肉体的な疲労ではなく、一歩間違えば死に至るという精神的な恐れからくるものなのだろう。

 

「存外に、しぶといな。蜚蠊みたいな、生命力だ」

「ゴキブリか。そりゃ俺の性に合う。いや、どっちかっつーとどぶネズミってのが自己分析なんだが、いかがなもんかな?」

「軽口も、大概に、しておけ。口を、開くほど、寿命は、縮むぞ」

「短命になるなんて言われてもね。小悪党にはそのくらいが丁度良い」

「もういい。地獄で、ジョニーに、殺されてこい」

 

瞬間。

エストックの刀身が、朱色の光彩を帯びだした。

────ソードスキル!

アインクラッドにエストック使いは少ない。

ボルトが苦戦を強いられている原因の一つとして、エストックに対する経験値の低さが挙げられるだろう。

つまり、見慣れないソードスキルに、ボルトは対応しきれていないのだ。

そんなものを、ここまでボルトの体力が逼迫した状況で使われれば…………。

最悪の結末に思考が至った瞬間、僕の身体は撥ねるように飛び出した。

刺突剣が必殺の威力を持って、胸を穿つべく虚空を奔る。

エストックの先端がボルトに至るまで、およそ0.1秒。

僕がボルトへと辿り着くまでは約1秒。

これではどうあっても間に合わない。

しょうがない。神耀を使おう。

多少遠いが、待機時間によるリスクなど、ボルトの命に比べれば軽いものだ。

意識を集中させ、到着地点を脳内に描く。

そして、神耀を発動────できない!?

え、あ、何やってんだ僕は!

さっき二メートル飛んで、二百秒は使えないって自分で確認したばっかりじゃないか!

くそ! アホか僕は!

なんで神耀に頼ってるんだよ! だからこんなことに……畜生!

最初からボルトのとこへ走ってたらこんなことにはならなかったのに。

神耀があるって、心の何処かで自分に余裕を作ってたのか?

なんて、間抜け。

どうする、どうする、どうする。

どうすれば、ボルトを………。

そうこうしている間にも、刻一刻と終焉は近づく。

エストックの刃先は連撃を刻み、斧槍(ハルバード)の護りを縫うように進む。

そして、ボルトの顔面へと……。

僕は腕を伸ばす。

絶対に届かない距離。

五メートル。

それでも、腕を伸ばす。

意味が無い。

そんな事は分かってる。

それでも…………。

 

──────刹那。

 

洞窟の闇を切り裂くが如き流星が駆けた。

それは、僕の願いを聞き届けたかのような流れ星(シューティングスター)

星は、意思を持っているかのように、エストックへと落ち、そして、弾いた。

一瞬間の後にボルトを絶命せしめる筈だった刺突剣は、突如現れた流星によって、その動きを封殺されたのだ。

いや、よく見ればそれは、流星ではない。それは、チャクラムだ。

インドに伝わる円形の投擲武器。それが、エストックの刺突を防いだ物の正体だった。

チャクラムは、これで役目を終えたとばかりに洞窟の入り口へと帰っていく。

自然に、視線がそちらへ向かった。

そこに佇む人物は────

 

「お助けに参りました、キリトさん、ライトさん。サーヴァンツの皆さん」

 

ドワーフのような顔立ちの青年、ネズハ、いやナタクだった。

その後ろには、レジェンドブレイブスのメンバーも控えている。

いや、それだけではない。

風林火山に月夜の黒猫団まで、おおよそサーヴァンツが密接に関わった全てのギルドが一同に会していた。

その中から、凛としたカタナ使いが、どこまでも澄んだ声音で、闘争に塗れたこの場を清めるように言った。

 

「剣客秀吉、ここに参上仕る」

 

訂正しよう。

澄んだ声音は、むしろ闘争の起爆剤だった。

中性的な美少年は、意味ありげな微笑を湛える。

それはまるで、戦場そのものを俯瞰する碁打ちのようでもあった。

そしてこの時、サーヴァンツとラフィンコフィン、両陣営の人数は拮抗した。




そんなこんなで、増援到着です。
トッププレイヤー達はまだですが、馴染みの深い中堅プレイヤー達が駆けつけてくれました。

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