僕とキリトとSAO   作:MUUK

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いやー、年末忙しいですね。

冬休みと年末イベントでプラマイゼロになって、小説のための時間がいつもとあんまり変わらないです。


第五十八話「存在意義」

喉が詰まる。

呂律が上手く回らない。

漂白剤でも掛けられたかのように頭の中が真っ白だ。

彼女の名前を呼ぼうとするだけなのに、何故か僕の身体が拒んでいる。

その行為に何か不都合があるかのように。

それでも無理やり、咽喉の灼熱に耐えながら、僕は彼女の名を呼んだ。

 

「ア、アレック、ス……」

 

刹那。

フラッシュバックした。

思い出した。思い出してしまった。

忘れる去った記憶。

蓋をした記憶が、まるで暴力のように這い出てきて────

 

『アレックスにとって、僕らは仲間でも何でも無いってことなんだろ!!』

 

何だ。僕は何を云っている?

この記憶は嘘だ。

こんな僕はまやかしだ。

僕がこんなこと────言ったのか?

虚空を泳いでいた僕の目は、アレックスを捉えた。

そのとき、彼女の目元は、赤く、腫れていた。

途端、吐きそうになる。

逃げたい。

今すぐここから逃げ出して、アレックスの目線を逃れたい。

そんな、そんな────そんな卑怯な事、してたまるか!

 

「アレックス! ごめん! 僕は君に、何て酷い事を───」

「ごめんなさい、それ以上言わないで。また思い出しちゃいます」

 

僕を遮って発せられたアレックスの言葉。

責めるわけでも、詰るわけでも無いそれは、僕の胸に、引き裂くような痛みを与えた。

アレックスは謝るなと言った。

謝れば、心の傷が再燃するのだと。

だから、これ以上の謝罪は、きっと自己満足にしかならないのだろう。

だけど僕は謝りたい。

でも、どうすれば……

あ、そうか。そんなの簡単じゃないか。

ごめんなさいという言葉以外で、僕の気持ちを伝えればいいんだ。

謝罪よりも単純で、尚且つ、僕の言を否定する言葉。

それは同時に、とても明瞭な僕自身の気持ちの決着でもあった。

僕は、アレックスにきちんと向き直った。彼女の両肩に手を置き、そして、言った。

 

「ねえ、アレックス。僕はね、アレックスのこと、大好きだよ」

 

そう。僕は、嘘偽りなくアレックスの事が好きなのだ。

それが、どういう『好き』なのか自分でも解らないけれど、それでも、好きという言葉だけは伝えられる。

そしてこれが、『お前は仲間じゃない』なんてバカげた言葉を否定する、最大の文句だと想ったのだ。

アレックスは目をパチクリとさせてから、言葉の意味を咀嚼するように俯いた。

そうして、蚊の鳴くような声で呟いた。

 

「………は、反則ですよ、ライトさん。そんなの、許しちゃうじゃないですかっ!」

 

そう言って、アレックスは頬を熟れた林檎のように赤らめた。

モジモジと身体を揺らすアレックス。

その後、アレックスは何かを決心したかのように胸の前で拳を握りしめ────

 

「えいっ!」

 

という掛け声と共に、僕の腰に手を回した。

所謂、抱擁である。

 

「!!?!?!???」

「優子さんに気を遣って、今までこんなことしませんでしたけど、もう我慢の限界ですっ!

大好きっ! ライトさん、大好きですっ!」

「え、えええっ!? ちょ、ちょっとまっ! 何してるのさ、アレックス!?」

「何って、ライトさんをぎゅってしてるんじゃですかっ!」

「いや、それは分かる! それは分かるけれども、何故に抱きつくのかって訊いてるんだよ!」

「そんなの、ライトさんが好きだからに決まってるじゃないですかっ! 恥ずかしい事言わせないで下さいよ〜っ!」

 

本当に幸せそうな笑顔を浮かべながら、アレックスは僕に抱きついている。

けれども僕の心には、罪悪感の芽が再発していた。

彼女の好きという言葉は、僕なんかが持つには贅沢すぎる。

彼女を非難した僕には、アレックスに、大好きなどと言ってもらう資格は無い。

その思いをアレックスに伝えようと、僕は上擦った声を正して言った。

 

「ねえ、アレックス。僕は君にあんなに酷い事を言ったのに、何故君は、僕をこんなにも……」

 

続く科白は、どうにも気恥ずかしくて声に出せなかった。

アレックスは、整った顔を憮然とさせ、口を曲げて言った。

 

「それは言わない約束じゃないんですかー」

「うぅ、ごめ──」

「謝るのも無しって言った筈ですよっ!」

 

八方塞がりである。なら、僕はどうすれば良いのか。

アレックスは、困った子供でも見るかのように、穏やかに微笑んだ。

 

「────つまりライトさんは、私がライトさんを好きな理由を知りたい訳ですね?」

 

アレックスの問いかけに無言で首肯する。

するとアレックスは、意外にも目を伏せた。数刻の間が空く。

アレックスは顔を曇らせたまま、ポツリと回答を発した。

 

「それは……まだ言えません」

 

あまりに苦しげな、アレックスの声音。

それは、苦虫を噛み潰したと言ってもまだ生温い、苦渋の決断の顔だった。

じゃあ言わなくても大丈夫だ。そう言いかけた瞬間。

アレックスは出し抜けに顔を上げ、僕の目を射抜く視線で言った。

 

「けどね、ライトさん。私がライトさんを好きだって事だけは、信じてくれませんか?」

 

真っ直ぐな瞳でアレックスは言う。

その目元は、直前まで涙に濡れていたことがありありと分かるほど腫れている。

それは、僕の暴言が招いた罪。

それでもこの娘は、僕を好きだと言ってくれる。

もはや理由など必要無い。

僕は、この純粋な心に応えねばなるまい。

僕に抱きつくアレックスの、頭と肩に手を回しす。

そして、僕は力いっぱい彼女を抱き締めた。

 

「きゃっ!……え、あ……ん、ふふ」

 

可愛らしい悲鳴を上げてから、アレックスは僕の胸に頭を摺り寄せた。

しかし、自分からやっといて何だが、こうもしっかりと抱きつかれると、こちらとしては恥ずかしいモノが……

 

「wow! 熱いね、お二人さん。しかし何だ。そういうコトは公共の場ですべきじゃねえと思うぜ。

ましてや、俺らみたいな紳士の前では尚更な。我がギルドの面々が、いきり立っちまってしょうがねぇ」

 

口元を釣り上げながら、ラフコフのギルマスが楽しげな口調で言った。

いや、あれは苦笑いか。

かく言う僕も、ここが敵の本拠地であることを失念していたという事実に、苦笑を禁じ得なかった。

 

「えーっと……ボク達もいるよー、なんちゃって……」

 

なんとも居心地の悪そうな声が、背後から投げかけられた。

ビクリと肩を震わせてから振り向く。すると、そこに居たのは───

 

「リーベ、それにムッツリーニ!

な、何でここに!?」

「詳しい話は後! それより構えて。もうそろそろ敵さんも待ってくれないみたいだよ!」

 

緊迫した声調で、リーベは殺人鬼を鋭く睨む。

リーベの言い分は解る。痛いほどよく解る。

だがしかし、今の僕にとって真の敵とは、ラフコフなどではなく───

 

「……ライト、オマエ、ブチコロス」

 

嫉妬に狂った元仲間(ムッツリーニ)なのである。

怨念渦巻く言葉を受けて、僕は咄嗟にアレックスから腕を離した。

アレックスは口を尖らせているが、それは後で謝ろう。今は自分の命を優先したい。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ムッツリーニ!」

「……何だ? 言い訳が有るなら言ってみるが良い。あと三秒待ってやる」

 

短過ぎる!?

 

「え、えーっと! む、ムッツリーニ! やっぱり、仲間同士で傷付け合うなんて良くないと思うな、うん! それにほら、今の状況を鑑みてよ。敵の本拠地でケンカだなんて……」

「……三秒経った」

 

この野郎!

元から言い訳を聴く気なんて無かったな!

 

「……さあ、ラフコフに引き渡されるか、俺自ら手を下して欲しいか。今ここで選べ!」

 

目を見開き、ムッツリーニは声を張り上げる。

親の仇でも見つけたような迫真さで、僕にジリジリと切迫する。

これはもう、応戦するしか無いか……。

まずは、神耀で後ろに回り込み、大上段の蹴りを……。

そんな戦術を思案し始めた瞬間。

 

────ムッツリーニの頬に、リーベが唇を当てがっていた。

 

「はい。ムッツリーニ君もライト君もこれでおあいこ、ね?」

 

そう言って、リーベは悪魔的に微笑んだ。

普段がサッパリとしたものだから、急にこういう事をすると本当に始末が悪い。

 

「……く…………っ!」

 

真っ赤に染まった頬を摩りながら、ムッツリーニは歯噛みしている。

どうやら、気が動転して言うべき言葉を失ってしまったようだ。

 

「じゃあ行くよ、皆! 囚われの姫様を助けにね!」

 

打って変わって、リーベは勇者然とした表情を作る。

ボーイッシュな美人は、こんな表情さえハマるのだから参ってしまう。

 

「オレ達を倒すってのか? たった四人で? 『鎧』の力も無しに? ハッ! 笑わせる」

 

心底おかしそうに、PoHはくぐもった笑いを発した。

まるで、既に自らの勝利を確信しているように。

 

────ところで、『鎧』って何だ?

 

それが、どうしても訊きたくなった。

止めろ。

何の事は無い。ただの興味だ。相手の言葉に不明な箇所があったから、それを指摘するだけ。

訊くな。

特に重要性が在る訳でもない。普通の会話だ。

口を開くな。

だから僕は、ごく自然に、少々の敵意を持ってPoHに声をかけた。

 

「おい、ちょっと待て、PoH」

 

ヤメろ。

訊くな聞くな聴くなキクナ。

それ以上踏み込むな。

立ち入るな。

興味なんて捨てろ。

好奇心なんて放り出せ。

お前は自分を捨てる気か?

戻れなくなる。

だから、それ以上は────

 

「『鎧』って、何だ?」

 

PoHの顔が、嗜虐に歪んだ。

そうして僕/俺は理解した。やはりこの質問は、すべきではなかったのだと。

身体の底から湧出する、嘔吐感と高揚感。

一万の憎悪。

それを手中に収める興奮。

嫌な汗が背中を伝う。

それは轟々と流れる滝のよう。

だけれど、それが与えたのは不快感では無かった。

いやむしろ、僕/俺から全ての不純を、意識を、根刮ぎ奪っていったのだ。

 

「教えてやろうか?」

 

知りたい。

その先を識りたい。

答えをシリタイ。

憎むべき殺人鬼の声も、今だけは非道く甘美な蜜だった。

 

「なら言ってやろう、お前はな───」

「聞いちゃダメです、ライトさんっ!」

「お前はとある『鎧』を着たんだ。その鎧にはな、お前の精神を助長するクスリが籠められていた」

「違いますっ! 『鎧』に籠められていたのは、貴方の精神を侵す毒ですっ!」

「その結果、お前は自らの意思で、どんな行動を採ったと想う?」

「いいえ、決してそれは貴方の意思ではありませんっ!」

 

相克する二つの声は、僕/俺の中で津波が如く止揚した。

ああ、答えが、聴キタイ。

 

「お前自身の腕で、爪で、脚で、オレの仲間達をバカバカ倒していきやがったのさ。

そのときのお前はそりゃ見ものだったぜ? 何しろ、人を殺めるのが至上の悦びみてぇに、ニヤニヤ笑ってたんだからよ。

ホント、お前の笑顔にゃ、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)すら幻視したぜ?」

 

なるほど、そうか。

俺は、人を殺して愉しんでたのか。

そりゃ聴きたくなかった訳だ。

僕にそんな趣味は無い。

俺が殺りたかったから殺っただけ。

だから、僕は聴きたくなかった。

けれど、俺は聴きたかった。

自己矛盾は加速する。

それはまるで、初めて人を甚振る事を憶えた子供のような純真無垢。

そうか。だったら、殺さなきゃ。

今迄通り、今迄以上に、俺が俺らしくあるために────

 

「────ふざけんなっ!!

僕が進んで、そんな事するかってんだ畜生め! ああいいよ。だったらお望み通り、全部『お前』に押し付けてやる! 責任転嫁は僕の十八番だ!

ラフコフを殺したのは『お前』の所為!

それを愉しんだのは『お前』が勝手に思った事!

悔しかったら、ちっとは反論してみやがれ、この野郎!」

 

振り払うような逃げるような怒号が、岩窟全域を震わした。

僕の口から飛び出したその言葉は、哀叫にも等しき必死さが伴っていた。

それはきっと、否定したかったから。

僕がこの手を、血に濡らしたという事実を。

罪を、罰を、誰かになすりつけたかったのだ。

この叫びは、弱っちい僕の感情の披瀝だ。

 

────ならば俺は、都合の良い代替人(オルタナティブ)か?

それは違う。

何故ならば、俺とライトは完全なる別人だ。

両者が両者の別人格(アルターエゴ)ですらない。

ライトに内在する俺は、歴とした一個人だ。

 

────っ!?

駄目だ。少しでも気を抜けば、一瞬で意識を奪われる。

自身の意識の与奪だなんて、こんな間抜けたコトをするハメになるとは思わなかった。

 

「ぁ──っはぁ───っ!」

 

呼吸を乱すな。

正常に保て。

僕は僕だ。

他の何者でもない。

お前なんかに、僕を渡してやるもんか!

 

「大丈夫、ライト君? 朦朧としてると思ったら、急に叫び出したりなんかして」

 

珍しく心配そうなリーベの声。

そんな彼女に右手を向けて、大丈夫だとジェスチャーする。

ようやく架空の肺が落ち着いてきた。

中腰だった身体を伸ばす。

すると、僕に背中を向けたまま、アレックスがいつにも増して冷やかに言った。

 

「ライトさん。貴方は帰って下さい」

「…………」

 

アレックスの言いたい事は解る。

つまり彼女は、僕が暴走する可能性を危惧しているのだ。

それはもっともな心配だ。今だって、危うく意識がトビかけたんだから。

けれど、その命令は飲めなかった。

 

「こんな中途半端に退場(フェードアウト)なんてまっぴら御免だ」

 

はっと息を飲んでから振り返り、アレックスは口を結んだ。

そうして、糾弾するような視線で、僕を見据えて言った。

 

「ダメです。そんなガタガタの精神で、貴方に何が出来るって言うんですか?」

「闘える」

 

僕がそう言うと、アレックスは閉口した。

アレックスから目線を外し、正面に向き直る。

そこに佇むのは、この事件の元凶だ。

憎しみの焦点を見据える。

嘔吐感を堪え、歯を食いしばりながら一歩進む。

左脚で地面を踏み締めた瞬間、紫電に貫かれたかのような激痛が僕を襲った。

 

「ぅ───あっ──」

 

呻き声が洩れる。

ただ歩くだけで、こんなにも堪えるとは思わなかった。まあでも、大丈夫だろう。死にはしない。

こんな思考の時点で末期だな、なんて自嘲しつつ、次の一歩を繰り出す。

けれど僕の右脚は、亡者の腕に絡め取られたように微動だにしない。

駄目だ。

気をしっかり持て。でないと飲み込まれるぞ。

人を殺したショックで前に進めないってのか?

冗談キツイ。

殺したのは僕じゃない。『あいつ』だ。

『あいつ』が僕の身体を乗っ取って、勝手に人を殺したんだ。

そう思わないと。

そう思い込まないと、僕は拳を振るえなくなる。

 

「ライトさん。貴方は、貴方が……いえ、貴方の身体が殺人を犯した事を何とも思っていないのですか?」

 

アレックスは、心許なさげに呟いた。

そんな彼女に、僕は最大限の笑顔を見せた。

けれど、表情筋が上手く動かない。それは、本当に笑顔として、彼女の目に映ったのだろうか?

そんな気掛かりと共に、僕は彼女の問いに応えた。

 

「違うよ、アレックス。何とも思ってないんじゃない。気にしていないだけなんだ」

 

そう。ただ、現実から目を逸らしているだけ。

それを気にしてしまったのなら、僕は今すぐ自殺する。

殺人。

今の僕には、その言葉はあまりにも重過ぎた。

故に、僕は闘わねばなるまい。

それが、この世界における存在意義(レゾンデートル)

凶器たるこの腕で敵を穿つ事のみが、僕の存在意義(アイデンティティ)だろう。

だからこそ、敵と拳を交えなければ、その停滞は死亡と同義だ。

いくら前に進めなくても、是が非でも闘わなければ。

自己に矛盾を孕みながら、僕は自分(おまえ)を否定する!




今回のお話、切りどころが無茶苦茶難しかった……。

キリの良いところまで描こうと思っていると、いつも間にやら七千文字。
取り敢えず五千文字まででカットしてみたものの、キリが悪く、結局六千文字で投稿と相成りました。

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