僕とキリトとSAO   作:MUUK

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修学旅行が終わったと思えば、もう今週末には文化祭です。
マジで行事詰め込み過ぎだろ、ウチの学校。


第四十六話「真夜中の逢引」

草木も眠る丑三つ時。

靴紐をしっかりと蝶々結びする。ふう、と温い吐息を冷めた夜風に混じらせて、膝をパンと叩き、勢いをつけて立ち上がった。

瞬間。

 

「……何してんのよ、アンタ。こんな時間に」

 

背中越しに声を掛けられ、僕は肩をビクリと震わせた。表情筋を凝固させながら、恐々と首を回す。

そこに居たのは、ピンク地に白の水玉のパジャマを着た優子だった。

余剰した袖を掴みながら、懐疑的な視線を、今まさにギルドホームを出ようとした僕に投げかける。

 

「……え、えっと、目が覚めちゃって、ちょっと散歩にでも行こうかなって……」

 

会心とも思える急造の言い訳は、次なる優子の一言にいとも容易く打ち砕かれた。

 

「そう。じゃあアタシも行くわ」

 

ツンと澄ました表情で、優子は事もなげにそう言った。

予想だにしなかった同調に、堪らず驚声をあげる。

 

「ええっ!?いや、ほんとにつまらないよ?ただ、歩くだけなんだし!」

「別にいいじゃない。アタシも散歩したい気分なのよ」

 

反論を許さぬ語調の優子は、そそくさと自分の部屋に歩を進めた。恐らく、散歩の為にパジャマから外着に着替えるつもりなのだろう。

しかし、まさか優子に見つかるとは思わなかった。

いつもなら、皆の中で一番最後に起きるのに、何故今日に限ってこんな時間に目を覚ましたのだろうか。

 

「……うーん。どうやって優子を説得しようかな……」

 

目的無く発した独り言。しかしそれは、独り言の定義を果たしはしなかった。

 

「何で説得しなきゃなんないのよ?」

「うぇぇっ!?着替えに行ったんじゃなかったの!?」

 

見ると、優子の姿はいまだ寝巻きのままだった。

むっとした表情は、思わず頬を綻ばせてしまいそうな程に愛らしいが、その矛先が自分となれば話は別だ。

纏った殺気は、ただそれだけで飛ぶ鳥も窒息しそうな迫力を醸す。

 

「アンタが何隠し事てんのか知らないけど、早く言った方が身の為よ?アタシ、そんなに気が長くないから」

「はい、それは存じ上げております……」

 

完全なる無表情で、首と指を同時に鳴らす優子。完全にヤンキーのそれだ。

そのバックでは、アレスと阿修羅とシヴァが仁王立ちしている。

 

「で、言うの?言わないの?」

 

二択。

天国と地獄の二択だ。

 

「い、言わせていただきます!」

 

異常な迫力に気圧され、僕は高らかに宣言してしまった。

仏頂面を決め込んでいた優子が、表情を少しだけ緩めた。

また容貌が険しくなる前に、手短に説明する。

 

「ちょっと、レベル上げをしてて……」

「こんな夜中に?」

「うん……だって、ほら。僕のメインアームって、全然アタッカー向きじゃないでしょ?だから、皆より少しでもレベルを上げとかないと、迷惑がかかると思って……」

 

訥々とした語りが、伽藍堂の闇に反響する。

それを聞いた優子は、漫然と首を傾けた。

 

「え、何?それだけ?」

 

ちょっと恥ずかしい告白を、優子はたった一言で切り伏せた。

だから言いたくなかったんだ、畜生!

しかし、鼻で笑うと思われた優子の顔は、穏やかな微笑みに変わっていた。

 

「そっか、良かったぁ……」

 

何が良かったというのだろう。

少なくとも、僕にとっては何もよろしくないのだが。

とりあえず納得してくれたらしい優子へと、簡素に行ってきますを伝える。

 

「えっと、それじゃ、僕は行くから」

「ああ、うん。ちょっと待ってて」

 

そう言うと、檜色の髪を振りながら、廊下の奥へと消えて行った。

待て、とは一体どういうことなのだろうか。

そんな疑問を熟考すること無く、ぼおっとした視線で深窓の扉を見つめる。

数十秒後、その扉から物音一つ立てずに優子は出てきた。

その身体は、薄手のプレートアーマーが網羅し、腰には、闇夜に映える直剣が下げられている。

バリバリの『勝負服』だ。

 

「……何してるの?」

「え?だって、これから狩りに行くんでしょ?」

 

疑問がある事が疑問であるかのように、優子は当然の帰結を口にする。

だが、それは僕にとって目から鱗という比喩すら緩い凶事だった。

 

「えええっ!?優子も行くの!?」

「しっ!静かに!皆が起きたらどうするの!?」

「優子の方が声大きいよ!?」

 

そんな僕の糾弾は完全に受け流された。優子は腕を振り上げ、声高に言ってみせる。

 

「さあ、張り切って行くわよ、真夜中のレベリング!」

 

やる気満々だった。

何が優子をそうさせるのか、僕にはてんで理解出来ない。

優子は、鼻歌交じりに僕の背中を押す。上機嫌なのは結構なのだが、あまりにも理由が不透明なので、いっそ不気味ささえ感じる。

ギルドホームの扉を開け放ってすぐ、単純な問いがかけられた。

 

「ねえ、いつもは何層でレベリングしてるの?二十六層(ここ)?それとも一つ下?」

 

その問いに素直に答えた。それが地雷だとも知らずに。

 

「ううん。一人の時は十五層くらいだよ」

「………………はあ?」

 

優しげな笑みが、急速冷凍されていく。

威圧感が半端無い。

 

「ん?アンタ、バカなの?なんだってそんな効率悪い事してるのよ?」

「いやあ、それ以上の階層ですと、Mob一匹倒すのに、めちゃくちゃ時間かかっちゃうと言いますか……」

「ええ、そりゃそうでしょうね。なんてったってアンタはAGI全振りなんだもの」

 

頭を押さえ、嘆息する優子。

その悩ましげな表情に男として感じるモノはあるのだが、その憂いの原因が僕というのが困り処だ。

一際大きく深呼吸すると、唐突に、優子は僕へと何か光るモノを投げてきた。

慌ててキャッチしたそれは、よく見るが、一度も見た事のないものだった。

 

「ええっと……これって、どこの鍵?」

 

鍵。そう、鍵である。

閉じられた特定のドアを開く為の道具。

 

「アタシの部屋よ」

 

と優子は答える。

アタシの部屋?

アタシノヘヤ?

暗号か何かだろうか?

 

「ローマ字にするとatasinoheyaか……いや、このアプローチは違うかな……」

「何でIQテストみたいな事してんのよ?」

「え?だって、ちょっとしたクイズなのかなって。暗号を解けば宝箱の場所が分かる、みたいな」

 

優子は僕へと、マジかコイツ、と視線で訴えてくる。

何か間違っていたのだろうか。

 

「そのまんまの意味よ。アタシの部屋はアタシの部屋。お分かり?」

「え……てことは、ええええっ!?

何で?どして!?」

「そりゃ、アンタのビルドだと、ソロよりコンビの方が、圧倒的に効率良いでしょ?だから、アタシがコンビ組んであげるわ。で、その鍵使って、アンタはアタシを起こしにきなさい」

 

ああ、ヤバイ。

混乱した頭は、今にもはち切れそうだ。

つまり、優子はこれから毎日、夜には僕とコンビを組んでくれるって事なのか?

いや、それは嬉しいんだけど、何故僕が起こしに行かなくちゃならないんだろう。アラーム機能はメインメニューに備え付けられてるのに。

 

「えっと……普通に目覚ましセットして起きればいいんじゃないかな?」

 

その問いへの答えは、あまりに優等生らしからぬ発言だった。

 

「だめよ。二度寝しちゃうじゃない」

「そんな理由!?じゃ、じゃあ学校行ってた時はどうしてたのさ?」

「秀吉に起こさせてたのよ。だってアイツ、毎日毎日バカみたいに五時に起きて、発声練習とかしてるのよ?」

 

木下家での秀吉の扱いに涙が零れた。

うんうん。君も姉には苦労してたんだね、秀吉……。

 

「何で感慨深そうな顔してるのよ?」

 

探るような目つきで、優子は僕に問いかける。

僕の危機感知能力は、今度は迅速かつ敏感に反応してくれた。刹那の推敲を経て、力技で話を逸らす決定を下す。

 

「い、いや、そんな事無いよ!さ、行こう!夜明けまであと三時間しか無いんだから!」

 

全力の三割ほどの脚力を込め、僕は真っ直ぐに駆け出した。

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

僕を追う優子の跫音は、まるで鳥の羽音にも聴こえた。

 

 

……よし。よし。よし!

自然な流れで部屋の合鍵を渡せた!

しかも、毎日起こしに来てくれる特典付き!

ああ、顔熱くなってきた……落ち着け、クールアンドドライだ。

舞い上がるな。嬉しそうな顔は見せるな。恋愛は駆け引きらしいし、きっとそういう弱味は出来るだけ晒さない方が良いのだろう。

しかし、この男は何なのか。女の子が自室の鍵渡したんだから、もうちょっとテンション上がるそぶりを見せてくれても良いんじゃなかろうかっ!

それとも、普通の反応はこんなもんなのかな?アタシが自意識過剰なだけだったりして。

それとも、こういう事には慣れてるとか?

いや、この想像はやめておこう。ストレスマッハで胃がピンチだ。

コイツのテンションが通常運転なら、アタシも平静を装って、いつも通りの強気な上から目線で会話しよう。

 

「で、結局どこの層でレべリングすりゅ……」

 

噛んでしまった。

ライトは、珍獣でも見るかのような奇異の視線を向けてくる。

何だ、このやろー。やんのかボケェとは、口が裂けても言えないので、もう一度、同じ質問を繰り返す。

 

「だから!どこの層へ行くのかって聞いてんのよ!」

 

質問にしては、随分と口調が強くなってしまった。

だがそれでも威嚇効果は十分ではないらしく、ライトはいつものようなふんわりとした微笑みを湛えている。

 

「うん。優子とコンビが組めるのなら、そうだね……安全マージンを取れば一つか二つ下が適正かな?

でも、ちょっとアグレッシブに、最前線攻略でも良いかもしれない」

「ん。それじゃ、二十五層のレべリングスポット有ったじゃない?あそこに……」

 

いや、ダメだ。あそこに行けば、二人っきりじゃなくなってしまう。

効率の良い穴場は、深夜でもやはり何十ものプレイヤーが列を成しているのだ。

そんなところで朝まで順番待ちして、経験値溜めてを繰り返すなんて、ロマンもへったくれも無い。

 

「よし。じゃあ、あの狩場に行こうか」

「いや、待って!やっぱり最前線のマッピングにしましょ!そっちの方が、アインクラッド全体にとって良い筈よ!」

「なるほど、それもそうだね。じゃあこのまま、迷宮区に向けて出発しようか」

 

よし!

ライトが単純で良かった!

脇腹で小さくガッツポーズする。

アタシがそんな事をしている間にも、ライトは着々と足を動かしていた。小走りで、歩を進めるライトの横に立つ。

やはり身長が高い分、ライトはアタシより歩幅が大きい。それに合わせる為、自然と早歩きになる。

頭一つ違うのだ。ライトの顔を見ようとすると、どうしても見上げる形になってしまう。

ライトからすると、アタシの頭は肘を置くのに度良いくらいの段差なのかもしれない。

……何か嫌な例えだな。頭を撫でるのに丁度良いくらいの、にしておこう。

頭を撫でる、か……。

久しく撫でられてなどいない気がする。

ライトの力加減は如何な物なのだろうか。

うーん。ふんわりとしたナデナデも良いけど、力強くゴシゴシも……って、何考えてんのよ、アタシ!

頭を撫でるって!

恥ずか死するわよ!

いやでも、ちょっとでも良いから撫でてくれないものだろうか。そうだ。お願いしたら……

 

「うがー!」

 

先走った妄想を、自制の猛りで終息させる。

これだけならばファインプレーだろう。このまま放っておけば、遂にはアタシの口は撫でて欲しいと言い出しかねなかった。

だがしかし、アタシは失念していた。

叫び声として口に出したのだから、それは当然ライトに聞かれているという事に。

 

「ええ!?どうしたの、優子?何かあった?」

「だ、大丈夫よ!ちょっと色んな成分が、混ぜるな危険で玉砕しちゃっただけだからっ!」

「いやいや、絶対大丈夫じゃないよ!?言ってる事も支離滅裂だし、顔も真っ赤じゃないか!もしかして、熱でもあるんじゃ……」

「うるさい!こっち見ないで!大丈夫だって言ってるでしょ!大体、ここで風邪ひく訳無いじゃない!だから!アンタはとっとと歩きなさいっ!」

 

半ば殺気を籠めた眼差しで、たじろぐライトを睥睨する。

アタシの視線に気圧されたのか、ライトは、むぅと可愛らしい唸り声を出した。

 

「う、うん……まあ、優子が良いなら別に異論はないんだけど……」

 

釈然としない顔で、ライトは再度足を動かす。

なんとか誤魔化せただろうか。

いやでも、今ので絶対おかしな子だって思われたわよね……。この分の好感度、どっかで取り返さなきゃ。

でも、男の子ってどうすれば喜ぶんだろう……。

アタシの読んでた本では、『男なんて、押し倒せりゃこっちのもんだ!早いとこやっちまおうぜ、ブラザー!』とか言ってたけど、結局あの後、遼とタクミは別れてたし……。

いや、そもそも男同士のカップルじゃ参考にならないのかな。

いやでも、男女カップルの本なんて、読んだことないし。

TSモノだったら、シュチュエーション的には近いわよね?

いや、全然違うか……。

それ以前にアタシ、おかしな妄想しすぎでしょ。

ていうか、さっきから全然会話してないのよね。こっちから話題とか振った方が良いのかしら?

 

「ねえ、ライ……」

 

言いかけたアタシの唇に、ライトは右手の人差し指を当てて

 

「静かに!」

 

と小さく叫んだ。




遼とタクミなんて固有名詞が登場しましたが、某同人誌には『男なんて、押し倒せりゃこっちのもんだ!早いとこやっちまおうぜ、ブラザー!』なんてセリフは、一片たりとも登場しておりませんので、悪しからず。

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