僕とキリトとSAO   作:MUUK

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現在、修学旅行で北海道に来ております!
という訳で、四十五話は、道東からお送りします!

えー、今回のお話はですね……。
あの…………何と言いますか……。
もし本文を読んでいて、頭痛や嘔吐感を感じた場合は、作者は一切の責任を負いません。
ご自分で、ブラウザバック等の対策を取りましょう。


第四十五話「乙女の花園」

────ぼんやりと見える。一人の人影が脳裏に浮かび、そして消える。また出る。その繰り返し。

ロゴスとパトスの境界を、形而上と形而下の水面を、行ったり来たりと揺蕩いながらも、逍遥していた影はゆっくりと此方に近づいてくる。

人型である事しか悟らせないその霞は、どうにもこうにも模糊として、遠近感さえ狂わせる。

もやが掛かっていたその人物は、次第に鮮明になっていき、輪郭から徐々にクッキリとした線を描いていく。

浮かんだのは、優しい笑顔。

太陽のように暖かい微笑みが、アタシの心を締め付ける。

地獄の業火も焼け落ちる程の、裡から発露した熱が、極上の笑みと合間って、アタシの心を非道く、甘く、溶かしていく。

触れたい。手を伸ばしたい。でもダメだ。それをしてしまえば、アタシの中の何かがどうしようもなく壊れてしまう。

そんな気がする。

気がするだけ。別に何も壊れたりなんてせずに、アタシの世界は徐な程単調に、滑稽な抑揚を付随させて、何の疑いもなく今日も明日も廻っていくのだろう。

いや、それはアタシの身勝手で思わせぶりな幻想か。こんな不合理で不条理な世界じゃ、アタシの生はいつか途端に終わりを告げること請け合いだ。

そも、『何か』とは何か。そんな事は考えても詮無い。『何か』なんてはぐらかさずとも、アタシは答えをしっている。

アタシは、往生際悪く産声を上げないソレを具体的なカタチに出来る。

でもイヤだ。認めたく無い。

だから『何か』と言ってみる。

だからアタシは、答えの得られた禅問答を無理矢理なまでに思考する。とっくに破綻し、矛盾した理論を交錯させる。

だが、見て見ぬ振りももう限界だ。理解したキモチを自覚しないなんて、バカバカしいにも程が有る。だからこそ、アタシは思考の駒を一つ先へと進めよう。

────まあとどのつまり、アタシは、どうしようもなく彼の事が好きなのだ。少なくとも、二人きりになると心拍数が二十ほど跳ね上がってしまう程度には大好きだ。

だが、アタシには、アタシ自身がわからない。そう。そもそも何故好きなのか。その理由が全くもってわからないのだ。

三層で命を助けられたから。

鎧の呪縛から解放してくれたから。

そんな理由は絶対に嫌だ。

そんなの、アタシは命さえ救って貰えば誰でも良いみたいじゃないか。いやまあ、実際そうなのかもしれないけど。少なくともそうで無いという自負があるのが困りどころだ。

だからこそ、アタシは彼だから好きになった、その確固たる理由が欲しいのだ。

面倒臭い女だなあ、という自覚はある。

原因究明。

過程証明。

既に手元に存する理由を、わざわざ探して何になる?

それは自分でもそう思う。そう思うけれどもそうじゃない。

アタシは、もっと、もっと、もっと、彼を好きになりたいのだ。一寸の迷いも、一厘の戸惑いもなく、心の底からただ単純に。

だからこそ、アタシは理由が欲しい。彼を好きな理由が。彼を好きでいて良い理由が。

そう思い、戸惑いながらも彼の笑顔に手を延ばす。

瞬間。アタシの意識は深海から急速に浮上した。

 

────ゴトリ、という低く鈍い音がした。蚊の鳴くような、と言えば言い過ぎかもしれないが、小さな小さな物音だった。何かと何かがお互い身を寄せ合うような、そんな響き。

それがアタシの、ついさっきまで閉じられていた瞼を押し上げた。

何と無く時計を見る。深夜二時。丑三つ時ど真ん中だ。

アタシの生活サイクルを鑑みれば、こんな時間にあんな小さな物音で目を覚ますなんて、万が一にしか有り得ない。まあ、その万が一が今なのだろうけど。

パーセンテージにしたら、れーてんれいいち。こんなもの、有って無いようなものだろう。

だがまあ、偶然なんてのは、想像以上に良くある事だ。たとえ万分の一だって、引いてしまえばそれが全てになってしまう。むしろ、この世の全てが偶然と言っても過言ではないとアタシは思う。

因果応報なんて言葉があるけれど、それは所詮結果論だ。因果の繋がりは、終点から見たときに起こる、自意識過剰な牽強付会に他ならない。

まあ結局、ままならないという事だ。

ふと、外を見た。窓から覗く月の光は、薄い雲に覆われて今にも掻き消えてしまいそうだ。輪郭だけ見れば三日月だろうか。

ああ────月が綺麗だ。

何の捻りもなく、只々、そう思った。日本人らしい風流心を、まさかアインクラッドに来てまで発揮してしまうとは。

十五夜でも無ければ、晴天でも無い。そんなごく普通の三日月が、今のアタシにはあまりに貴く思えた。

月は、たとえ雲に覆われていたってこんなにも綺麗なのに、アタシの心は靄がそのままくすみになっている。

何故か……何故かなあ。

ぼんやりとした月を眺めていると、ぼんやりとした思考が少しづつ彩度を増してきた。少なくとも、考え事を出来るくらいには。

重い瞼と鈍い頭で、兎も角こんな時間に起きてしまった理由を考察してみることにした。

偶然だとは言ったが、偶然だって必然だ。全ては起こるべくして起きた事。

何故ならば、この世界ではそれが事象の全てなのだ。

そもそもアタシは、偶然と必然が対義語だなんて思っていない。

人間が規定する偶然と必然の差異なんて、珍しいか珍しくないかの差でしかない。だって、神はサイコロ遊びなんてしないのだから。

まあ、取り敢えずは原因究明に尽力してみる事にしよう。

過剰睡眠?

緊張感?

それらはどうにも普遍的で、一般的で、抽象的で、万が一の理由たり得ない。

だからこそ、それらはアタシの早起きの原因ではないと断ぜられる。

今のアタシに必要なのは、万人に一人しか持ち得ない特異な理由なのだから。

それ以前に、アタシの睡眠時間はむしろ不足気味だし、緊張なんてさらさら無い。むしろ何に緊張したらいいのか分からない。

なら、演繹法は諦めて帰納法で思考しよう。アタシだけの理由を探せばいい。何か、アタシだけに当てはまるような条件を。それならば十分、アタシ固有の理由になる。

そうなると、まずは思考を遡らなければなるまい。

アタシは、小さな物音で目が覚めた。その前は……そういえば、夢を見ていたような気がする。

どんな夢だったのだろう。

なんと言うか、リアルな夢だった。いや、現実味は皆無だったが、明晰夢と言うか、胡蝶の夢と言うか、アタシの語彙では表現が難しい夢だった。

ああ、思い出した。そうか。

要は、先程までの見ていた(考え事)が、そもそもの原因だったのだ。

睡眠と思考は正逆に位置する。それらを同時に行っていたのだ。それなら、眠りも浅くなるのが道理だろう。

それが道理なら、思考内容を思い出すのも道理だ。

想起すふほど頬が火照る。

そして再び自覚する。

ああ、アタシは夢に見るまで彼に恋い焦がれているのだ、と。

うん。好きなんだな。アタシは彼が大好きだ。

なんだかこの気持ちは、妙にむず痒くて、心地よい。というか、楽しい。

いやでも、当然のように受け入れていたが、そもそも好きって何なんだ。愛って?恋って何なんだ?

よくよく考えてみたら、アタシはそれらを人生において、全く体験していない。

振り返ってみると、幾ら愛を囁かれても、幾ら恋慕を向けられても、アタシはそれらをチープで陳腐な絵空事だと一蹴してきた。

そんな感情は、アタシには縁のない物なのだと。

だけどいざ自分が恋すると、どうにも話が違うらしい。愛が何処までも恋しくて、恋は何処までも愛おしい。

そう。それこそ狂おしいほどに。狂ってしまいたいほどに。まさに動物の如く。

いや、それもおかしな話だ。そんな感傷は人間にしか宿らない。そう思えば、これも一種の人間賛歌だ。

だけどそれでも良いじゃないか。人間が人間を褒め称えて何が悪いっていうんだ。こんな安っぽいヒューマニズムに、誰も罰なんて与えないだろう。

そうだ。往々にして一向に悪くない。むしろ良い。

……………………。

くそぅ。こんなどうでもいい思考まで楽しいんだから嫌になる。何だと言うんだ。いつの間にアタシは、恋する乙女になってしまっていたのだろう。

恋をすると、こんなにも思考がバカっぽくなってしまうものなのだろうか。

 

「こんなキャラじゃないんだけどなあ……アタシ」

 

月明かりしか無い部屋の中で、独り言が哀しげに反響する。

ふと、寝室を見渡してみた。

今、アタシの視覚が捉えるのは、月光に照らされた自室の光景だけ。

ならば、アタシの世界は必然的に、この部屋のみに濃縮される。

パジャマ。ベッド。カーペット。壁。ぬいぐるみ。窓。空。

これが今のアタシの全て。

そう思えば、少しだけ気持ちが楽になった。この部屋に居る限り、アタシはアタシのままなのだと、そう思えた。

ああ、まるで赤子のような感情論だ。

そもそもだ。ホントにアタシの世界はそれだけなのか?そうじゃないだろう。視覚だけが世界の全てと断ずるなんて愚かを通り越して、滑稽極まりない戯言だ。

いやむしろ、人間にとっての優先順位は、目に見える物よりも心の方が上位の筈だ。

そして現在、アタシの思考を最も大きく占領している事項がある。それ抜きに、今のアタシを語れるだなんて、到底思えない。

アタシにとって何が一番大切か。

彼への思いに決まってる。

優しくて、温かくて、脆くて、強くて、儚くて、弱くて、硬くて、辛くて、甘くて、柔くて、苦くて、近くて、遠くて、清くて、明るい、十七年というアタシの短い生の総決算にするには十分過ぎるほどに、複雑怪奇、奇々怪々な感情だ。

ん。でも、ちょっと待てよ。アタシはこれまで恋をしたことが無いのに、この感情が恋かどうかなんてわからないじゃないか。

そうだ!これはきっと恋じゃないのだ!ただ、彼の事が気になるだけで……。

いや、無いな。それは無い。

むしろ、この感情が恋で無ければ、それこそアタシにはお手上げだ。

どうしていいのか判らない。

心に恋という形を与えられるからこそ、アタシは先人の知恵を借りられるのだ。

そう思うと、何故か無性に腹が立った。どういうわけか、負けた気がして仕方が無いのだ。アタシの十七年の全てが、彼という存在にひれ伏すだなんて、まるでアタシ自身が否定されているみたいじゃないか。

もしくは、最大の肯定なのかもしれないけれど。

でも、何に怒りをぶつければいいのか、何に対して負けたのか、それすら判然としない。アタシは何に怒っているのだろう。全く持って意味不明だ。自分自身で解らない事が、図らずもまた増えてしまった。

取り敢えず、物音の原因を突き詰める事にしよう。そうだ。不可解な問題は、一つ一つこなしていけば良い。

そう思い、ベットから重たい身体を起き上がらせる。

再度時計を見てみると、目が覚めてから、まだ秒針が半円分しか変化していなかった。

体内時間なんてモノは、本当に当てにならない。もう数十分は熟考していた気がするのに。

立ち上がった時、床はギシギシと音を立てながらも、しっかりとアタシを支えてくれた。まるで、アタシを励ますみたいに。

手をかけたドアノブは、深夜らしく、ひんやりと冷え切っていた。

 

「はあ……何考えてんだろ、アタシ……」

 

乙女思考と言うか、中二思考と言うか……。

結論。寝起きのテンションは怖い。




果たして、読み終えた方はいらっしゃるのでしょうか……。
まあ、自傷はここらへんにしておいて、今回も謝辞を述べさせていただきます。
通算UAが七万を突破いたしました!
皆様、日頃のご愛読、本当にありがとうございます!
御一読御一読が、僕の筆の糧となっております!
拙い文章ではございますが、これからも閲覧の方、よろしくお願い申し上げます!

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