僕とキリトとSAO   作:MUUK

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四十四話ですってよ、四十四話!

縁起が悪いですね!


第四十四話「二番目」

開けた空間に、撃鉄が鳴り響く。

会話する僕らを裂くように振り下ろされるハンマー。

僕らはそれを左右に散開しながら避けた。

次いで、僕の落下地点に揮われたハンマーを、持ち前のスピードで回避する。

アレックスを窺い見ると、紙一重で避け切れず、メイスで槌の軌道を逸らしていた。

接触部分に、火花のような紅蓮のエフェクトが散る。それと共に、黒板を引っ掻いたような金属音が響く。

少し嫌な想像が脳裏に過る。

紫に輝くメイスが、粉々に砕ける妄想。

実は、このエフェクトはただの演出ではなく、歴とした意味がある。

武器耐久値の低下。つまり、アレックスのメイスは、この火花を散らす度、崩壊へのカウントダウンを刻んでいるのだ。

出来るだけ早く終わらせねばならない。そんな焦燥に、必然として駆られてしまう。

途端、巨人が腕を大きく開いた。

この予備動作は、クロスチョップのような横薙ぎだろう。

腕が二本だった時に比べて、攻撃範囲は広くなってはいるが、構え自体は同様だ。

 

「アレックス!一気にバックステップで!」

「イエッサーっ!」

 

アレックスの掛け声と同時に、僕らは全力で飛び凌ぐ。

僕とアレックスで跳躍距離に差はあるものの、どうにか二人ともダメージ範囲を抜けることに成功した。

 

「そのままバック走!」

 

僕の指示に刹那の戸惑いも見せず、メイサーの少女はボスを見据えながらも、それとは逆に走りだす。

技後硬直を刹那で終わらせ、巨人は僕らに追いすがらんと巨体に似合わぬ速度で疾走する。

次なる巨人の一撃を、僕は避けて、アレックスはメイスで受けて凌いだ。

この時点で、門までの距離はあと五十メートル。

全速で駆ければ二秒といらない長さだが、今の僕らにはあまりに長い。

だが、泣き言も言ってられない。

僕らが生き残るには、この方法しかないのだ。

ただしそれでも、僕のポーションが足りるかどうかは分からない。

ふとしたミスで、一発でも攻撃を貰えば、それだけで回復薬は枯渇するだろう。

でも、たとえ僕が無理でも、せめてこのアレックスにだけは生きていて欲しい。

僕を助けるため命を張った、この優しい少女には。

そのために、僕は全身全霊を賭す。

僕の事なんてどうでもいい。

もとより助からない筈の命なのだ。それをアレックスの為だけに使おうと、誰にも咎められる筋合いはない。

双頭の巨人が、眼前のアリを潰すべく、巨大なハンマーを振り下ろす。

黒髪を靡かせる少女は、間一髪で、けれども華麗に槌を避ける。

それはさながら、月下に踊る妖精だった。

自然と活力が湧く。

アレックスと共になら、どんな障壁でも乗り越えられる気がした。

避ける。弾く。走る。

その繰り返しで、僕らはじりじりと後退を続けた。

ふと目線が合い、二人でニヤリと笑い合う。

その時にはすでに、門までの距離は、初めの三分の一となっていた。

いける!

そんな確信が芽生える。

少なくとも今のボスは、単調な動きを繰り返すだけのAIに過ぎない。

防戦に徹するなら、たった二人でも二十メートルを後退するくらい容易い。

 

「ラストスパート!行くよ、アレックス!」

「了解ですっ!」

 

疲労の色を欠片も見せずに、アレックスは明朗に答える。

四手の巨人は、全ての腕を大きく上げた。これは時間差付きの振り下ろしだ。

単純な打突ゆえ威力が高く、攻撃時間も長い厄介な技だ。

だが、盾で受けるならいざ知らず、今の僕らは逃げるだけ。そんな僕らにとって、これほど都合の良い技もない。

ボスが勝手に、時間をかけて攻撃してくれるのだから。

 

「これさえ回避出来れば、ほぼゴールだよ!」

「ええ、頑張りましょうっ!」

 

もうボスの攻撃を気にする必要はない。あとは、全速力で大門まで疾駆するのみだ。

身体を反転させる。

出口を正面に見据え、両脚に力を込めて、一気に駆け出す────!

 

その瞬間。

 

胸に、見慣れぬモノが突き刺さった。

例えるなら、アイスピックだろうか。

うん。ちょうどそんなだ。

アイスピックから柄を無くした感じ、と言えば分かりやすいかもしれない。

兎に角。そんな鉄の針が、僕の胸を深々と穿っていたのだ。

その傷口の周りには、血のライトエフェクトが滴っている。

あれ?

何でこんな物が刺さってるんだ?

いや、それ以前に、僕は何をしてたんだっけ?

あ、そうだ。

僕は、ボスと……

 

樽のようなハンマーが振り下ろされた。

右足が吹き飛ぶ。

体力ゲージが、ぐんぐんと減少していく。

 

…………ゃ

 

左足は打撃の余波で、半分以上が抉れている。

衝撃で空中に投げ出される。それはさながら、放り捨てられた人形のようだった。

差中、見えた。

門の側に、亜麻色のローブを着込んだプレイヤーが立っているのを。

フードを目深に被っているせいで、顔をきちんと確認出来ない。

身長は低く、肉付きが悪い。男か女かも判らない。

判然とするのは、邪悪に歪んだ口元だけだった。

その笑顔に、背筋が凍る。

 

……ぃゃ

 

そして、茫洋とした意識は、失われた理性を取り戻した。

だが、もう遅い。

空中で身動きの取れない僕は、ただこの身に王の揮う槌を受けるのみ。

もう出せる手は無い。

潰れた右足の、部位欠損ダメージのせいで、体力ゲージは綺麗な血色だ。

その横には、雷を意匠したマークがある。麻痺のデバフだ。きっと、ピックに麻痺毒が付加されていたのだろう。

時間差を持って迫る二本目の右槌は、誤謬なく僕を打ち据えるに違いない。

ああ、死んだ。

アレックス。

どうか、君だけは────

 

「いやああぁぁああああぁぁぁぁーーーーーッッ!!!」

 

紫電が、奔った。

 

法外な熱量を帯びたスパーク。

それが、堆く聳えるボスの巨体を、神経伝達すら超えた速度で丸焦げにした。

電光石火とはこのことか。

ボスの体力残量、実にその半分を、この一撃は奪い去った。

その発生源は、アレックスの手に握られた、紫色のメイス。

 

────あり得ない。

 

真っ先に浮かんだ思考がそれだった。

普通のMMORPGならば、メイスから電撃を出すのは、変ではあるが起き得ない事じゃない。運営がそう設定したのなら、まあ、納得できる。

だが、ここは『ソードアート・オンライン』なのだ。

剣が支配するこの世界で、魔法は、言うなれば究極の異端だ。

それを、アレックスは悲鳴混じりに使ってみせた。

何故!?

どうやって!?

そんな疑問を脳内で反復していると、浮遊していた僕の身体が、ついに落下を始めた。

考えるのは後だ。まずは着地を……。

アバターが動かない!?

ああ、そうか。ピックで麻痺ってたんだっけ。

そうこうしてる間にも、地面はどんどん迫ってくる。

全身で身構え、落下の衝撃に備える。

この落下ダメージで、体力が全損しなければいいんだけど。

 

「っと!大丈夫ですか、ライトさんっ!」

 

アレックスは、しっかりと僕をキャッチしてくれた。

お姫様抱っこだった。

女の子にしたこともないのに、女の子にされちゃってるよ。なんて場違いな思考を、頭を振って掻き消す。

 

「じゃ、ボスがピヨってる間に、さっさとトンズラこきましょうかっ!」

 

気丈な声音は、少しだけ震えているように思えた。

黒髪の少女を覗き見る。その目尻には、何故か水滴が溜まっている。

その表情は、余りに必死で直向きで、声を掛ける事さえ憚られた。

アレックスに抱かれながら、第二十五層ボス部屋を後にした。

その後味は、あまりに悪かった。

ボス部屋を出てすぐの大部屋で、まずは回復ポーションを嚥下すふ。

何とも言えない、微妙な空気が流れていた。

 

「えっとさ、アレックス……今の、何?」

 

僕は、俯きながらアレックスに尋ねた。

まず、これを聞かなければいけないと思った。

メイスから出た電撃。

あれは一体なんだったのか。

 

「…………っ………………」

 

問いの答えに聞こえてきたのは、嗚咽を噛み殺した声だった。

三角座りで顔を埋め、僕に涙を見せまいとしている。

 

「……アレックス?どうしたの?」

 

この質問にもアレックスは答えなかった。

啜り泣く音が、絶え間無く続く。

流れる水晶は、枯れる兆しを毛ほども見せない。

それがいたたまれなくって、僕は再度、泣き止む様子のない少女に問いかけた。

 

「助かったから、安心して泣いちゃったのかな?」

 

的外れもいいとこだ。

そんな事で泣くほど、か弱い女の子じゃない事を、僕は十分に知っている。

しかしその陳腐な問いへの返答は、意外極まるものだった。

 

「……ええ、そうかも……しれ、ませんね……」

 

ぐずりながらも、アレックスはそう言った。

ハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。

予想が外れたからじゃない。

アレックスが、嘘をついた事が信じられなかったのだ。

このアレックスという少女は、どんな嘘も、絶対に潔しとしない性情の持ち主なのだから。

 

────いや、ちょっと待て。

僕は、何を根拠にそんな事を言ってるんだ?

出会ってまだ八ヶ月しか経ってない人の心情を、何故僕は断言している?

いや、違う。

出会って八ヶ月しか経っていない?

そんな筈は無いだろう。

僕はアレックスを、その前から知って────そんな筈は────でも─記オクが──記憶?─なに──出会ったノノノハSAOの中で───幼馴染で──コイビト?───え─何だ────こ──────れ─────

 

パシン

 

僕の頬を音源として、乾いた音が反響した。

 

「……ごめんなさい……でも、まだダメなんです……」

 

頭がクラクラする。

ここが現実なのか、夢なのかも区別がつかない。

そのせいで、アレックスが呟いた言葉は、僕の耳にとどかなかった。

アレックスは何事も無かったかのようにすくりと立ち上がり、僕に背を向けた。

 

「さっ!いつもの元気なアレックスちゃんに戻りましたよっ!一旦帰って、皆と合流しちゃいましょうっ!」

 

その言葉に少しの違和感を感じた。だが、今の僕には、それを摘発する気力も理性も残っていない。

 

「……うん」

 

無精な返事をする。

そんな僕の右手を、アレックスの白雪のような左手が握った。そのまま、親に連れられるように、ボス部屋から立ち去る。

攻略組と合流するまでの間、アレックスは一度も僕に、顔を見せようとはしなかった。

 

 

アインクラッド第二十六層のとある酒場で、その会話は行われていた。

 

「えっと……なにかしら、アレックス?」

 

アレックスの向かいに座りながら、優子が尋ねた。

双頭の巨人を、再建したレイドで撃破した翌日。優子は、アレックスにバーへと呼び出されたのである。

 

「んー。単刀直入に言いますとですね。優子さん。ライトさんのこと好きですよね?」

「ブファッ!?」

 

優子は、口に含めていたアイスココアを、ロケットのように吹き出した。

 

「は、はぁ!?アンタ何言ってんのよ!アタシがなんであんなバカの事を……」

「何か、反応がテンプレ過ぎてツマンナイですねー。もっとこう……本心を韜晦する気とか、無いんですか?」

「だ、だから!違うって言ってるでしょ!」

 

うー、と唸りながら、真っ赤になって否定する優子。

それを見て、アレックスは楽しげに微笑した。

 

「まあ、それは前提として……」

「だから違うってば!」

「はいはい。これから本題なんですから、邪魔しないで下さい」

 

一先ず反論を止めながらも、最大限の憎悪を込めて、アレックスを睨みつける。

 

「そんな可愛い顔しないで下さいよ。で、話って言うのは、他でもなく、ライトさんと貴女の事なんです」

 

優子の肩がびくりと震える。

また声を上げて否定しそうになった自分を、全力で押さえつけた。

繰り返しても埒が明かない。その言葉を頼りに理性を保つ。

ふと思った。

何故アタシはこんなにも、ムキになっているんだろう、と。

いや、彼女自身、もう答えは知っている。知っていて尚、それを受け入れていないのだ。

 

「優子さんなら、自分の気持ちは自覚している筈です。でも、前回のボス戦で、思ったんです。優子さんは、心の何処かでセーブをかけてるんじゃないかって」

「…………」

 

あまりに的確なアレックスの言葉に、優子は暫し呆然とした。

訝るような目で、アレックスをじっと見据える。

対するアレックスは、ニコニコとした笑顔を絶やさない。

何処と無く不気味なその表情の真意は、余人には預かり知れぬ物だった。

 

「で、何が言いたいの?」

 

跳ね除けるような声音で、優子は尋ねた。

何が嬉しいのか。アレックスは一層笑顔を強くする。

 

「まあ、簡単に言いますと、もうちょっと素直になってもいいんじゃないかな、って事です」

 

嘆息する。

やっぱりこの子は、何も分かっちゃいないんだ。

そう。優子は素直になっていないんじゃない。素直になる必要を感じていないだけなのだ。

そして言った。

 

「余計なお世話よ。アタシにだってね、色々考えっモンがあるのよ。……だから、まだその時じゃないってだけ!分かった!?」

 

紅潮しながらも、優子は念を押すように怒鳴りつけた。

その反応に、アレックスは数度、目をパチパチと瞬かせた。

そして、安らいだような、柔和な笑顔を浮かべた。

 

「ええ、それはもう」

 

喧嘩腰の優子を、アレックスの柔らかい笑みが受け止める。

優子は颯爽と振り返り、酒場のドアを開け放つ。

外に飛び出し、ふと思った。

何故黒髪のメイサーは、敵に塩を送るような真似をしたのだろうか、と。




今回で、アレックスの『正体』に関するヒントが、少しだけ登場しましたね。
まあ、たったこれだけのヒントで看破する方は流石にいらっしゃらないでしょうけどね。むしろ当てられたらビビります。

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