僕とキリトとSAO   作:MUUK

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今回の文章で、少々冒険をしてみました。
文章に気持ち悪さを覚えた方は、アドバイスをご教示いただければ幸いです。


第四十二話「巨人の王」

 

びゅう、と。

凪いだ空間に、急な気流の変化が生じた。

隣に立つ優子の髪が大きく揺れる。

風は、驚くほど冷ややかに僕らを叩く。ともすれば、二十五層の気候区分は、春でなく冬だと錯覚してしまうだろう。

眼前には、豪奢に彩られた大門が屹立する。その両脇には二つの結び灯台が、闇の中で風に吹かれて消え入りそうに揺らいでいる。

 

「それじゃ早速、第二十五層ボス攻略戦を開始する!」

 

良く通る快活な声が、広場全体に谺する。その声の持ち主は、我らがリーダー、ユウだった。

僕らの居る大部屋は、総勢九十二人ものプレイヤーを内包している。

そこにいるのは、僕達サーヴァンツは勿論、リンド聖竜連合に、キバオウ率いるアインクラッド解放軍、クラインの風林火山も名を連ねていた。

第一層時、四十八人しかいなかった攻略組は、層を経る毎に着実に数を伸ばし、いまや二レイドをほぼフルレイドで組めることと相成った。

それを見て、少しだけはにかんでしまう。

 

「どうしたのよ。気持ち悪い顔して」

 

微笑を湛える僕を見て、優子は訝しげに尋ねてきた。

質問に添えられた言葉に、小さく気を落としながら、周りを見晴らすように答る。

 

「何て言うかさ……この光景が嬉しくってね」

「ん?……ああ、そういうこと」

 

数刻の後、得心いったらしく、優子は目から疑問の色を消した。

だが瞬く間に、優子の顔には懐疑が再燃していた。

 

「確かに、攻略組が増えたのは喜ばしいことかもしれないわね。でもそれって、プレイヤー全体の危機意識が低下している、とも取れるんじゃないかしら?」

 

なるほど。この状況を、そう捉えることも出来るのか。

優子の弁に従えば、プレイヤー達は、裡に少しの慢心を孕んでいるのだ。

だからこそ、危機感は薄れ、故に、彼らは嬉々として最前線に立っている。

この仮説は、反論の余地なく的確だ。

 

「あ、いや、そこまで真剣に考えなくてもいいのよ。水を差しちゃったかしら。ごめんなさい」

 

僕が余程深刻な顔をしていたのか、優子は焦燥を持って謝罪した。

 

「ううん、大丈夫だよ。いやむしろ、優子の方が僕より正しいと思うし」

「……そう」

 

力無く答えた後、優子は俯き、何も言わなくなった。

それを確認してから、僕は前方へと目線を向けた。

それから、信号が変わるくらいの時間ぎ経ったころ、服の裾が嫋やかに引かれた。

それに反応して右を向くと、優子は絞り出すように言を発した。

 

「……うん……ちょっと思ったことがあるから、この場を借りて言っておくけど……」

 

言いかけて、優子は口ごもった。

きっと言いにくい事なんだろう。

そう思い、僕は急かすことをしなかった。

続く言葉を待って、優子の顔を見つめていると、何故か優子の顔が湯だつタコが如く紅潮していくように見えた。

 

「どうしたの、優子。顔、真っ赤だけど」

「う、うるさい!こっち見ないでよ、このバカ!」

 

顔を眺めただけでバカ呼ばわりされる僕。酷い話である。

言われた通り目を外すと、優子はすーはーと、数度深呼吸をすると、思い切ったような声で言った。

 

「あのね、ライト。アタシが女の子だからって、別に気を遣わなくたっていいの、よ?」

 

優子は、微妙な疑問形で自らの言葉や締めくくった。

しかしそれは、ちょっと無理があると思う。

女の子に気を遣うなってだけでも厳しいのに、加えて優子はアインクラッドでも五本の指に入る美人だ。そんな相手と気兼ね無く話せれば、僕の女性遍歴は、ここまで苦労していない。

そんな思索を巡らせていると、優子は

 

「もう、いいわよ!勝手にしなさい!」

 

なんて大声を出して、そっぽを向いてしまった。

さて、どうしたものか。

取り繕おうにも、優子が何を考えて憤慨したのかも分からず、掛ける言葉が見つからなかった。

まあ、女の子とはそんなモノだ、と偏見の入った結論を付け、僕は前へと向き直る。

前方ではユウが、各ギルドのリーダー達と話し合いを続けていた。

現在、ボス攻略のレイドリーダーは、当番制で受け持たれている。

そして今回は、我らがリーダー、ユウがリーダーとしての命を承ったのだ。

ちなみに、ユウの基本的な戦略は、小を切り捨て大を得る、だ。だがらこそ、ユウが指揮をすれば、負傷者は多いものの、死亡者は一度たりとも出ていない。

だが、弊害も存在する。

何かと言うと、常に最前線に立ち続けるタンクやアタッカーからの評価がすごぶる悪いのだ。

それも当然だろう。ボロ雑巾のようにこき使われ、ローテ毎に死の淵に立たされるのだ。そんなの、使われる側としてはたまったもんじゃない。

だが逆に、ユウの立てる作戦は、同じように作戦を立てるリーダーには概ね好評なのだ。

その様は、僕らをよく思っていないあのキバオウでさえ、ユウの策略には口出しをしない、と言えば分かりやすいだろうか。

すると、当のキバオウが、攻略組全体に聞こえるように声を上げた。

 

「なあ、ユウはん。直前になるけど、もっかい今回のボスの情報、おさらいしといた方がええんとちゃうか?」

 

それを受けたユウは、予定調和のような二つ返事を発した。

 

「おう、そうだな。じゃあ、今回のボスについて分かってることを、もう一度復習するぞ!」

 

ユウはすっと息を吸い、地の底から響くような大声を出した。

 

「まず、ボスの名前は『Multus・rex』。その名の通り、巨人型のモンスターだ。

弱点は額。だが、地上五メートルに位置するので、無理に狙わないように。ノックバック時などに、着実に狙え。

ボスの得物はバカでかいハンマーだ。これと言って特殊能力は無いから、基本に忠実に立ち回れ。

リーチは短め。最大射程の攻撃でも、予備動作の場所から、三メートルしか範囲が無い。

珍しく、ボスの取り巻きは存在しない。だからこそ手抜かりなく、全員がボスに集中するように。

今回のボスは、今迄よりも一段高くステが設定されている。俺の予想なんだが、それはきっと、この層がアインクラッド全体のクォーターポイントに位置するからなのだと思う。

四分の一。俺達は、ここまで来た。

九ヶ月で四分の一という数字を、早いと思うか遅いと思うかは、個人個人のさじ加減だろう。

だがな。数字は嘘をつかない。

四分の一という結果は、今ここに歴然として存在している。

これは、俺達攻略組が研鑽した努力の大成だ!

今、この場に立つ事を許された者は、攻略組を置いて他に無い!

だからこそ、俺は思う。

真実、このゲームを『遊んで』いるのは、俺達だけなんだと!

だからこそ、このボス戦、思いっきり楽しんでやろうじゃねえか!行くぞ、皆!」

 

そして、ユウは瀟洒な大扉を開け放った。

そこにどんなアルゴリズムの悪戯があったのか。広場からボス部屋へと流れ込む追い風が、勇む僕らの背中を押した。

ユウの演説で、広場のボルテージは、天井知らずの様相を呈する。

それらのプレイヤーが一気にボス部屋へと流れ行く光景は、津波もかくやの有様だ。

彼らは各々に咆哮を上げ、鬨の声を掲げ、ボス部屋を血眼で見据えている。

その差中。集団の最先端を闊歩するのが、アインクラッド全プレイヤー中最速の、この僕となるのは自明の理だろう。

僕は、ただ走り抜ける。

門から玉座まで、およそ百メートル。実際時間にして三秒足らずで踏破可能なその距離がもどかしく、コンベアを逆流している錯覚にさえ陥る。

乗り出す脚には拍車が掛かり、瞳の奥には陽炎が灯る。

────瞬間。

ライトというアバターは、ただ走行するだけの機関となった。

光が如き疾駆の末、僕は王へと肉薄する。

だが、王は異端を忌み嫌う。

巨人の王は、己が領地に踏み込む痴れ者に、誅伐を下さんと覚醒する。

だが、その動きは愚鈍に過ぎた。

巨人の王が重い瞼を開くより疾く、両者の間は零となる。

撃鉄。そして跳躍。

王の眼前へと凡夫はその身を躍らせる。

我に意義は内包されず。

在するは攻撃。

ただ、その意識のみ────!!

腰の捻転と共に、右腕は炎熱に染まる。体術スキル『エンブレイザー』は、冷酷無比に王の額を撃ち抜いた。

弱点補正に初撃ボーナスが加わり、ムルトゥス・レックスは、僕程度の攻撃力で仰け反った。

刹那。

世界が、凍った。

 

「グルオオォォオオッ!」

 

王は猛る。

冥界(タナトス)を幻視させる咆哮は、理性でなく本能に、鬼気迫り訴えかける。

 

逃げろ逃げろニげロニゲロニゲロ────!

アレは、人智の測など歯牙にも掛けぬバケモノだ!

 

そんな警鐘が、脊髄反射という形で流れ来る。

ああ、そうだろう。確かに眼前の王は、死神に等しき存在だ。

だが、それがどうした。

その程度の恐怖なら、既に万を超えた自負がある。

本能に訴えかける恐怖?

笑わせる。

恐怖に駆られて逃げ惑うなら、僕が今、ここに立っている道理がない!

攻略組である意味が無い!

恐怖を理性で噛み殺し、僕は巨人の王へと食らいついた。

 

 

「うおぉぉおおッ!」

 

ボス部屋全域に同様の歓声が伝播する。

それは、ボス攻略が最終局面へと差し掛かった合図だ。

この瞬間、五本あったボスの体力ゲージが、最後の一本に到達したのである。

攻略は順調に進んでいる。

レイドの半分をタンクにするという、ユウの大胆な作戦が功を奏し、アタッカーの攻撃時間上昇、及び、前衛の高速ローテが可能となったのだ。

結果として、通常の三割り増しでボスの体力は減少を続けた。

 

「最後まで気ィ抜くな!堅実に、着実に、だけども派手にぶっ倒せ!」

 

ユウから諌める怒号が響く。

剣士達の殺気が、一息に鋭さを増した。

統制された動きは、一片の乱れ無く。

繰り出される剣戟は、氷結と灼熱の二律背反を内包する。

義務として。

権利として。

この瞬間、矛盾は矛盾で無くなった。

このデスゲームをクリアしなければならない。それが攻略組としての矜恃だ。

眼前の敵を打ち倒したい。それがゲーマーとしての欲望だ。

いま、刻苦は喜悦と等号を結ぶ。

鳴る剣戟が千合にも達しようというちょうどその時、ボスの身体には、一筋、二筋と亀裂が走る。

それはまるで、良く出来た壺を落としてしまったような感じだった。

巨人の裂傷は際限無く広がりを見せる。

大音響の炸裂音が、耳朶を打った。

瞬間────

 

「うおぉぉおおぉおおおぉぉっ!」

 

劈くばかりの叫び声。

えも言われぬ幸福感が、僕の心を包み込む。

勝ったんだ。ついに四分の一。この道程を後たった三度繰り返すだけで、僕らは現実へと帰還出来るのだろう。

いや、三度どころではない。これから、プレイヤー達は、もっと攻略に慣れてくる筈だ。

それにより攻略スピードは段々と上昇するに違いない。上手く行けば、二年とかけず第百層へと到達出来る……かもしれない。

まだまだ、取らぬ狸の皮算用ではあるが、その妄想はどうしても止まらない。

プレイヤー皆の力を合わせてグランドボスを撃破する。それはきっと、長く苦しい道のりだろう。だけども、得られる喜びは、何物にも代え難い財産となる筈だ。

そして、現実に戻れたなら、色んな人に会いに行こう。

まずは姫路さんや美波だ。いつものメンバーで、あの二人だけがSAOにログインしていない事が、僕の安心材料でもあり、心残りでもあった。

それと、葉月ちゃんにも会いたいな。あの年頃の子は、一年会わないだけで見違えるほど成長したりするし。

久保君にも久々に会ってみたいし、須川君達Fクラスのメンバーとも遊びたいな。

……まさか、留年してたりしないよね?

それに、姉さんや母さんとも……いや、あの二人はいいか。

ん……?

そういえば、リザルトメニューがまだ表示されていない。通常なら、モンスターを倒した十秒以内には、確実に現れるのだが。

訝しく思い、辺りを入念に視察する。だけども見えるのは、僕と同じく、疑問符を浮かべたプレイヤー達だけだった。

熱狂の感は薄れ、どよめきが放射状に広がっていく。その円の原点には、ボスの死体が……

いや待て!

何故、ボスの肉体がまだカタチを保っているんだ!?

その疑問に辿り着いたと同時に、ムルトゥスレックスの身体は、目を奪う閃光に包まれた。

 




僕はいつも、文章をiPhoneのメモ欄に書いているんです。
そして、今回のお話を二千文字くらい書いたところで消してしまうという大失態を犯してしまいました。
くそぅ……あれさえ無ければ、あと三日は早く投稿出来ただろうに……。

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