しかも、ただでさえ遅筆なのに、もう一本、連載を開始してしまいました……。
ごめんなさい!書きたかったんです!
ボク、レムちゃん、ライト君の三人は、ボルト君の手伝いもあり、無事二日間で、カルマ回復クエストをクリアした。
そのボルト君は、カルマ回復クエスト終了後、正式に『The Servents』へと加入することとなった。
加入後、一番最初にボルト君がしたことは、キリト君とアレックスへの謝罪だった。
ボルト君の懺悔を全て聴き終えた二人は、ボルト君に詰め寄った。
何故、自分達にも相談してくれなかったのか、と。
ユウ君と秀吉君は、あり得ないものを見るような目で、ボルト君が頭を下げているのを見ていたが、その表情は、途中から、ニヤニヤとした笑みに変わっていた。
ボク達は、夜が更けるまでと言わず、夜が開けるまで、語り合っていた。時には激しく、時にはしみじみと、まるで一つの曲のように、抑揚のついた宴会だった。
出来ることなら、この夢のような時間が永遠に続いて欲しかった。この仲間達と、ずっとずっとお喋りしていたかった。
だが、その願いは叶わない。必然だ。そんな曖昧な終わり方、ボクが望んでいても、レムちゃんが望んでいない。
明日は、
明日全てが決まる。全てが解る。一体、このクエストは何故存在したのか。エンディングを迎えた時、レムちゃんは、どうなってしまうのか。
ボクは、エンディングなんて見たくない。その所為でレムちゃんを失えば、ボク自身、どう思うのかすら予測出来ない。ただ、これだけは言える。ボクはレムちゃんと離れたくない。
しかし、当のレムちゃんが、おばあちゃんのおうちへと、辿り着くことを望んでいるのだ。おばあちゃんに薬草を届けてあげたいと言うのだ。その心を、ボクが否定する権利なんてあろうはずもない。
そして、東の空が少しだけ色付いてきた頃、宴の幕が閉じられた。
翌朝。ボク達は、クエストクリア条件であるおばあちゃんのおうちを目指す。
当然、キリト君、アレックス、そしてボルト君にも、声を掛けたのだが、何故か三人とも、一歩引いた態度で、このクエストのエンディングを見ることを良しとしなかった。
なので、今一緒に歩いているのは、ボク、ムッツリーニ君、レムちゃんの三人。SAO本サービスで、
なんのけなしにレムちゃんを見つめる。髪には、ボクのあげた、真っ赤な花飾りが添えるように付けられている。
その花飾りよりも、更に紅く光る唇は、幽霊と自覚する前よりも、むしろ生き生きとして見えた。
すると、視線に気づいたレムちゃんが、ボクにニコリと笑いかけた。それに、ボクも精一杯の笑顔を返す。
すると、ムッツリーニ君はレムちゃんの頭をなで、三人で微笑み合う。
道中は、殆ど会話が無かった。しかし、気まずいというわけでもなく、むしろ心地よく、緩やかに時が流れた。
十数分が経ったころ、レムちゃんが唐突に言った。
「ここだよ」
レムちゃんが指差したのは、何処か温かみのある、木製の小屋だった。
その丸太小屋は、注意しなければ、単なる背景オブジェクトに見えてしまう程、何の違和感もなく、苔生して、周囲に溶け込んでいた。
言われなければ、とてもじゃないが、たった一度しか現れ無い限定クエストのゴールポイントだ、などと思いもよらないだろう。
レムちゃんは、無造作にヒノキの扉を引いた。
果たして────中には、誰も居なかった。
主の消えた部屋は、濃密な寂しさを湛えている。三人で目を合わせ、首を傾げた。
これは、どういうことだろう。このクエストのクリア条件は、薬草をレムちゃんのおばあちゃんに届けることだった筈だ。しかし、肝心のおばあちゃんが居ないとなると、どうやってクリアすれば良いのか解らない。
「……とりあえず、探索してみるか」
「うん、まあ……それしか無いよね」
家に踏み込んで直ぐ、ある物が目に飛び込んできた。
ベットの横に備え付けられたテーブルに、映像記録結晶が置かれているのだ。
家中を一通り捜索してみたのだが、他に手がかりとなりそうな物は無かった。
「押すよ?」
映像記録結晶を手に取り、レムちゃんが言った。
そして、ボクとムッツリーニ君が頷くのを見ると、レムちゃんは、八面体の結晶についた、小さなボタンを押した。
カチリ、という無機質な音が反響する。
そして────
『レムちゃん。あなたと離れ離れになって、丁度一年、そして、大地切断からも丁度一年が経つわね。恐らく私は……あなたのおばあちゃんには、もうすぐに、神様のお迎えが来て下さいます。
もしあなたが私の為に薬草を持ってきてくれたなら、それを無駄にしてしまったわね。だからこそ、せめてものお礼として、あなたにこの映像を届けます。
優しいあなたは、病気になった私に、遠くの沼地まで、薬草を取りに行ってくれたわね。あの時、とっても嬉しかったわ。本当よ?でもね、同時にあなたを引き止めたくも思ったの。
こんなに小さい子を一人で行かせていいものか。本当なら、あなたのお父さんとお母さんに取って来て貰う方が良かったんでしょうけど、あの子達は、あなたが物心つく前にトールバーナにまで、出稼ぎに行ってしまったものね。そして、悪い予感もしたの。それが見事に当たってしまった。あなたと私は、いえ、もっと沢山の人々や妖精、モンスター達も、この天空に浮かぶ城に閉じ込められてしまった。
風の噂で聞いたのだけれど、あなたの目指した沼地は、この城の第十層みたいね。エルフ族ならば、瞬間移動で階層を移動出来るのだけれど、私達人間には起こり得ない奇跡ね。
でもきっと、レムちゃんが立派な大人になって、素敵な友達が出来て……その時にはきっと、このおうちに戻ってくるのでしょう。
私は、あなたを待つことは出来無いけれど、せめて、あなたに伝えるわ。人生の先輩として。あなたの保護者として。
私は、あなたに死んで欲しくは無いし、あなただってそうでしょう。でもね、生き物には、いつか死が訪れる。それは、五十年後の未来かもしれないし、あなたがこの映像を見ている一分後かもしれない。もしかすると、この映像を見る事すら叶わないのかもしれない。
でもね、これだけは言わせて。私はあなたを愛している。もう顔も思い出せないかもしれないけれど、あなたのお父さんとお母さんも、あなたを深く愛していた。
そして、あなたがこれから出会う人達も、きっとあなたを愛してくれる。時には、あなたに恋する人もいるでしょう。もし、この映像を、ボーイフレンドと見ていたなら……なんて、どうにも期待しちゃうわね。
レムちゃん。頑張って生きなさい。人の役に立つこと、なんて言わない。あなたが頑張れたと思えたなら、それで良い。そうすれば、あなたの足跡を、覚えててくれる人が居る。あなたと出逢えた事を、誇りに思ってくれる人が居る。人が持ち得る幸せは、そんな些細で、それでいて大それた事で良い。
あなたが幸せを充分に噛み締めたと思うのなら、もう一度おばあちゃんと会いましょう。その時は、いっぱいいっぱい聴かせてね。あなた自身の物語を。
あなたのおばあちゃんより』
優しそうなおばあちゃんの微笑みが、ゆらりゆらりと虚空に融けていく。
レムちゃんは、泣いていた。嗚咽を咬み殺し、とめど無い涙が木目を伝う。
「ごめんね……ごめんねおばあちゃん。ずっと、待たせちゃったね」
ようやく出したその声は、空気に押し潰され、今にも掻き消えそうだった。
しかし、その時ボクの思考の大半を支配していたのは、件の映像にて語られた、とある単語だった。
大地切断────太古の昔に生起した、アインクラッド創生の物語。主要な百の地域が、突如として天に召し上げられ、積み上げられて創られた伝説の城、という『設定』。
だからこそ、レムちゃんが大地切断と共に、おばあちゃんと離れ離れになり、何百年もの間、幽霊として第十層を彷徨った、というのも『設定』。
だがもしも、設定じゃなかったとしたら。突拍子もない話だが、千倍に加速された世界の中で、本物の心がシュミレートされた結果だとしたら。
レムちゃんが、普通の人間には、永遠と大差ないような時を、自分が死んでいるとも気付かずに、只々、おばあちゃんのためと一心に思い、天空城という牢獄に閉じ込められていたのだとしたら。
あり得ない。意識だけを千倍に加速させるなど、馬鹿馬鹿しいにも程が有る。そんな事は解っている。弁えている。でも、だけど、だって!
気付けば、ボクはレムちゃんを抱き締めていた。
柔らかい。暖かい。小さい。────脆い。
直ぐにも崩れ出しそうなソレは、人の形を保っているのが不思議に思えた。
離したくない。一緒に居たい。引き止めたい。もっと思い出を作ってあげたい。でも、おばあちゃんに会わせてあげたい。
相反するボクの迷いを断ち切ったのは、ボクの首に回されたレムちゃんの小さな腕だった。
ぎゅっと、抱き寄せられる。そして、レムちゃんは髪へと手を伸ばし、ボクの頭を嫋やかに撫でた。
「わたしはね、ずっと十層を彷徨っていたのが悲しいんじゃないんだよ」
「じゃあ、何が悲しいの?」
レムちゃんは、答えずに続けた。
「それにね、彷徨ってた時の記憶なんて、殆ど残ってないんだもん。お姉ちゃんとお兄ちゃんに会った時、急にスイッチが入った感じ。きっと、ボルト達の時もそうだったんだろうけど、そこまで細かくは思い出せないや」
茶化したセリフの後、レムちゃんは、はにかんだ。
それにどんな反応をすればいいのか解らず、ボクはレムちゃんを見つめることしか出来なかった。
「もう、一緒にいれないの?」
気が動転して、どうしようもない事を口にする。
言ってから気付く。この言葉は、レムちゃんの心に突き立てる刃に他ならないのだと。
だが、レムちゃんは顔色一つ変えず言い切った。
「うん。無理だね。わたしの身体は、もう消えかかっている。それはきっと、おばあちゃんが言ったように、皆がわたしを愛してくれたから。わたしが幸せだと思ったから。だから、おばあちゃんの所へ行ってあげなくちゃ」
そして、レムちゃんはボクの腕をするりとすり抜けて、満面の笑みで言った。
「お姉ちゃん。お兄ちゃん。大好きだよ。ごめんね。ありがとう…………バイバイ」
レムちゃんの身体が、少しづつ透過性を増していく。少しづつ遠くなっていく。
「……じゃあな、レム」
ムッツリーニ君の素っ気ないセリフも、少しだけ震えているように思えた。
それが、起爆剤だったのか。ボクの口からも、堰を切ったように激情が溢れ出た。
「レムちゃん!レムちゃん!レムちゃん!いかないで!お願いだから!」
もう、無駄だと解ってる。解ってるけど、判らない!もう、自分の気持ちを抑えられない!嫌だ!もっと一緒に居たい!触れていたい!話したい!離したくない!
我儘で、自分勝手で、独善的で、どうしようもないボクの本心に、レムちゃんは、悲しそうに微笑んだ。
そして、音も無く消えた。
今回で、思い出の結晶は終わらせようと思ってたのですが、文字数を見ると、まさかの八千時オーバー。
というわけで、もう一話増えちゃいました!てへぺろっ!←
真の最終話は、加筆訂正後、明日の投稿になると思われますので、暫しお待ちを!