そんなこんなで第三話。どうぞ!
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
このゲームのクリア条件は、ラスボスを倒すこと。
あまりにもありふれていて、平凡で、だからこそ僕は憤った。
僕らにとってこの世界が恐るべき意味を内包していようとも、茅場晶彦にとってこの世界は観察対象でしかない。
無機質な視線が、今も僕らに降り注がれているようだった。
しかし、周りのプレイヤー達に僕ら四人のような危機感はなかった。
そりゃそうだろう。楽しむ為に買った唯の『ゲーム』で、死の危険があるなんて、ユウの真剣さがなければ、僕も信じられなかったに違いない。
もはや、これはゲームではなくなった。
いや、違う。SAOはあくまでゲームだ。だけど、そこに娯楽性は無い。
この瞬間に、あらゆるエンターテインメントは命の取り合いと化したのだ。
その時、僕の脳裏にとある記憶が雷鳴の如く煌めいた。
『これは、ゲームであっても遊びではない』
愛読するゲーム雑誌の表紙を飾った、天才プログラマーと銘打たれた男のセリフ。
それに韜晦された真意は、余りにも明確に現状を示唆していたのだ。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
荘厳に告げながら、天空の人形が腕を振るった。
それが合図だったのだろう。アイテム取得の効果音が、蚊の泣く声で耳に響いた。
僕は、そして広場にいる全員は、メインメニューを操作し、アイテム欄のタブを叩いた。
そこには、ありふれた、だかこの世界では見慣れないアイテムが存在を主張していた。
それは、手鏡だった。
しかし、それは手鏡としての機能を果たすべく、僕が三十分かけて作り上げた美男のアバターを映し続けていた。
皆と顔を合わせ首を傾げる。
その時だった。いきなり、僕達を純白の閃光が包み込み、僕の視界が真っ白に染まった。
そう。それは、ちょうど、このSAOにアバターとしての僕が誕生した時のような光景だった。
先ほどまでは誕生の祝福にも思えた光は、今や地獄の業火だった。
そして、瞼を開けた時目の前にあったものは何の変哲もない、いつもの雄二、秀吉、ムッツリーニの顔だった。
「…………え?」
喉奥から驚愕が湧いた。
一瞬、自然過ぎて気がつかなかった。
そう。僕の目が捉えたのは、普段の三人。アバターではなく、生身の彼らの顔だったのだ。
刹那、淡い期待が胸中に飛来した。だが、僕自身が真っ先にそれを否定した。
目の前にメインメニューがあるので、ここがSAOの中ということは確かだ。
つまり、この手鏡の意味は……
────三十分かけた最高のイケメンが、現実のパッとしない僕(微イケメン)に変わっていた。
「なるほど。この世界に現実感を与えるには、確かに効果的だな……」
虚飾で塗りたくられた冷静さでユウが呟く。
その分析に反応したのは、垂れ目の童顔へと戻ったムッツリーニだった。
「…………だが、ナーヴギアは頭しか覆っていないはず。それで測定出来るのは顔だけ。身長や体格まで、どうやって再現したんだ?」
「ナーヴギアを始めて、最初にキャリブレーションをしただろ?そのデータから読み取ったんじゃないか?」
キャリブレーションとは、簡単に言うと、自分の体を触って、体格等々を測るという作業だ。だが今は、そんな真面目な話は置いておくとして、僕と秀吉はというと……
「僕の(ワシの)アバターがぁぁぁーーーーーーッッ!」
絶叫していた。
憂う理由は違えど、僕らは互いに肩を取って泣きあった。
ああ、なんて遥か遠き桃源の夢。あの姿ならば、キャッキャウフフが出来ると思っていたのに……。
そんなこんなでバカな言動をしてるうちに、僕達はだいぶ、いつもの調子を取り戻していた。
恐慌がリセットされた頭で広場を見渡す。
ファンタジックな美男美女達の面影は霧散した。
その代わりと言ってはなんだが、あっ……(察し)と思えるような人種で埋め尽くされていた。
男女比は、元々、七対三ぐらいだったのが、九対一ぐらいに変化していた。おい二割。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。』
すいません。思っていませんでした。
というかアイツ、何の話してたっけ?
『なぜ私は──SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』
この時点で、もう僕は茅場晶彦の硬いしゃべりにうんざりしていた。
いつまでグダグダ喋ってるんだろう。早く目的を言えばいいのに。
「簡潔に目的をいいやがれ!」
ユウが僕の気持ちを代弁してくれた。
沈黙を破る声音。観衆の誰もが、野性味溢れる赤髪の青年へと振り向いた。
あーあ。これ、絶対ユウは顔覚えられただろうな。
再度天に目をやると、ローブの空洞の奥に茅場の苦い顔が見えたような気がしたが、気のせいだと思いたい。
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
僕はその茅場の言葉に、不謹慎にも少しだけ共感してしまった。こんなファンタジーな剣の世界を夢見たことが一度や二度じゃすまないからだ。
でも、そんな夢はどこかに置いてきてしまった。
誰もが夢見るおとぎ話。そんな絵空事に取り憑かれた科学者は、それを実現できる天才だった。
ああ、なんて皮肉。
そう感じてしまった時、途端に世界は悲しげな顔をした。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』
その言葉を持って、茅場晶彦の独演会は締めくくられた。
そして、同時に巨人のローブも第二層の底に、跡形も無く消え去っていった。
☆
「さあ、どうする?」
広場から少し抜けた路地で、ユウが唐突にそう言った。
街の中心からは、悲鳴と怒号のコンチェルトが絶えず僕の耳朶を打った。
「どうするって、何を?」
「決まってるだろ。これからの方針だよ」
リーダーの真剣な眼差しが僕を貫く。
なるほど。確かにそれは早急に結論を下さねばなるまい。
MMORPGはリソースの奪い合いだ。より早く、いかに効率良く経験値を稼げるか。
理知と度胸を併せ持ったプレイヤー達は、もう既に街を後にしているだろう。
そうすれば、周辺のモンスターが狩り尽くされるのも時間の問題だ。
僕らがこのゲームで上流プレイヤーとして生き残る術は、今この瞬間にも身支度を整えることなのだ。
だが不安もある。
このゲームは生死を賭けるものだ。
何の情報を持たぬまま、いたずらにフィールドに出ることがどれほど危険かは、数々のネットゲームをプレイした僕が一番よく知っている。
だからこそ、ユウは僕らに問うているのだ。どうするのか、と。
「つまり、街から出るか、街に残るかを決めるのなら今、ってことだね?」
確認の為に問い返した。
そんな僕へと、ユウは驚嘆を孕ませた声音で呟いた。
「おお。明……、ライトにしては、珍しく理解が早えじゃねえか」
「僕はいつだって理解は早……」
「……それは嘘」
「嘘じゃな」
「死ね」
「いい終わらない内に突っ込まれたよ! というか、ユウに至っては唯の暴言じゃないか!」
「ふざけるのも大概にしろ、ライト。今どういう状況か分かってるのか?」
「お前から始めたんだろ! このバカ!」
「何故か、お前にバカと言われても全くムカつかないな」
クソっ。こいつ、いつかPKしてやる。いや、僕の手は汚したく無いな。MPKにしよう。
「まぁ、ライトはほっておいて、今俺らがとれる行動は主に二つだ。始まりの街に留まり続けるのと……」
続く言葉には既に予想がついている。
そんな僕の思考すらお見通しかのように、ユウは柔和にした口元を開いた。
「次の街に進み、ボス攻略に参加することだ」
死への恐怖があった。
危機感があった。
忌避感があった。
首肯が生み出すリスクはあまりに重い。
この決断は、僕らの運命を反転させる。
いや、そんなのは今更だ。ついさっき、現実と非現実は反転した。
一歩踏み出せば、そこには臓物を穿たんと、魑魅魍魎が跋扈している。その中で、ベータテスターのように情報を持たない僕らは丸腰同然だ。
けれど、それでも……
「「「出発で!」」」
もっと大きな好奇心が、僕らの心に火を灯していた。
☆
僕達は、いい加減うるさいと思えるほどの慟哭を響かせ続ける中央広場を後にし、まずは武具屋へ向かった。
ここで、ユウは両手剣、ムッツリーニは短刀、秀吉は曲刀に武器を持ち変えた。
僕だけが一人、初期装備の片手剣『スモールソード』を装備したままだった。僕は、RPGはまずお金を貯める派だからね。
でもさすがに防具は変えた。
僕はスピード重視のチェーンメイル
ユウは防御重視の甲冑系
秀吉とムッツリーニはスタンダードなレザーだった。
そして、僕達は最初の安全地帯を後にした。
☆
それは、次の村の直前だった。
それまで順調だった旅路に、暗雲が立ち込めた。
もう少しで『ウムルナ森』を抜けるというところで、僕達はトレントの集団に囲まれてしまったのだ。
「お前らァッ! 絶対死ぬんじゃねえぞ!」
ユウが吼える。
「「「うおぉぉッッ!」」」
僕らはそれに、返答とも、咆哮ともつかぬ返事をする。
刃は抵抗無く老木の化物を両断する。
僕らが手繰る剣戟は、粗さは目立てど確かな威力を発揮していた。
けれど、数の暴力は震えるほどに冷徹だ。
偶発的に削られる体力は、遂には橙に差し掛かった。
腰のポーチに手を伸ばし、回復ポーションを手探りで取り出そうとする。
その時、新たなトレントが十匹単位でポップした。
「……っ」
歯噛みする。
状況は絶望的だ。幾ら刺しても、幾ら斬っても、コイツらは一向に数を減らさない。
このままではジリ貧にしかなり得ない。
ならば一斉に逃げるか?
それも不可能だ。この中で最も遅いユウの俊敏は、未だトレント未満なのだから。
ユウを見捨てるなんて出来ない。かと言ってこのままでは皆殺しだ。
再度トレント達が湧いて出る。
くそ! くそ! くそッ!
どうにか。どうにか出来ないのか?
こんなに早くゲームオーバーだなんて、そんな、そんな……
────刹那、僕達の暗雲を一筋の閃光が薙ぎ払った。
そのプレイヤーは二体のトレントを一撃の下に葬った。
そうして開いた化物達の穴から、僕らのところに近づいてきた。
肩口にかかりそうな長髪の、僕らとそう年の変わらない中性的な少年だった。
こちらを一瞥もせずに、懐から木の棒を取り出してメインメニューの何かを操作し、火を着けた。
するとトレント達は、その松明を怖がるかのように、森の奥へと帰って行った。
「ベータテストなら、この対策法は当たり前だっただろ」
ベータテスト? 何故いきなりベータテストの話をするんだろう?
すると、ユウは何かを察したように、苦味を噛んだ口を開いた。
「……いや、俺らにベータテスト経験者はいないんだ」
瞠目、そして睥睨。
少年プレイヤーは目に角を立てて、堪らないと言ったように声を張り上げた。
「なっ……何て無謀なことをしてるんだ!」
怒られた。
だが、この程度の怒気では僕らにとってはそよ風だ。
「確かに、アンタがこなけりゃ俺達は全滅してたかもしれないな。礼を言おう。ありがとう」
おおっ! 怒られているというのに、ユウが素直に礼を言ってる!
この中で一番よく怒られているであろうユウが!
思わず口笛を吹くと、ユウがこちらに振り返ってきた。虫でも見るような眼だった。
なんだよ。言いたいことがあるなら言いやがれコノヤロー。
「まぁ、それはそれとして、だ。アンタ、ベータテスト経験者なんだな? もし良かったら俺達と、一時的にでもいいから、パーティを組んでくれないか? なんなら、フレンドでも構わない」
なるほど。確かにベータテスト経験者に着いて行った方が死ににくくなるな。だから、こいつは柄にもなく下手に出ていたのか。
「あ……ああ。フレンドだったら……」
困惑とも苦笑とも取れぬ笑みを、少年は薄っすらと浮かべた。
そしてステータス画面へと指先を向けようとしたその時。そのプレイヤーは目を上に向けて、ぎゅっと拳を握りしめた。
少年の喉から、絞り出したような掠れ声が生まれた。
「………いや、すまない。また、今度の機会でいいか?」
何の心変わりなのか。鈍感な僕にはその機微はわからなかった。
フレンド申請を固辞され、ユウは内心では苦々しい顔をしながらも、得意のポーカーフェイスで言った。
「ああ。じゃあまたな。そうだ、名前だけでも教えてくれないか?」
「……俺はキリトだ。また、会ったらよろしく……」
それだけ言うと、キリトは幽鬼の如き足取りで森の奥深くへと消えていった。
☆
それから、僕達はレベルを上げたり、装備を強化したりしながら、ゆっくり、でも着実に進んで言った。
それでも、何の情報も持たない僕達が進んで来れたのは、行く先々の村に置いてあった、『アルゴの攻略本』の力が大きかっただろう。そこには、それぞれのモンスターの攻撃パターン、経験値効率、ドロップするアイテム、道中で受けられるミッションなどが事細かに記されていた。
そして、SAOの正式サービス開始から丸二十日。僕達は第一層で唯一、第二層へ向かうことのできる場所である巨大な塔。第一層迷宮区にようやく辿り着いた。
緊急報告、緊急報告、作者が脱感想症状になった模様。至急感想を書かれたし。
いや、マジで…。というか、何故俺は非ログインユーザーを開放して無かったのか…。もうちゃんと開放しましたよ?さあ、お書きなさい!
僕的には、物語の進む速さがこれでいいのか、という意見が欲しいです!