僕とキリトとSAO   作:MUUK

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前回、変なシーンがありましたが、あれは、ムラムラして書いた。後悔はしていない。


第二十六話「胎動」

禍々しい光沢を放つ鎧が、暗黒の瘴気に溶けて消えた。その現象に少しの違和感を覚えたが、今はそんなことを意識していられない。

僕は見極めなきゃならない。本当に、あの鎧の中身がプレイヤーだったのかを。

そして、視界に現れた情報は、僕の心を深く抉った。

中から現れた人物を僕は知っていた。たった二日前、三層が開通したその日に知り合った彼の名は……

 

「……ファルコン…………」

 

我知らず、そう呟いていた。

ファルコンは、そんな僕の声など気にもとめず、仰向けに倒れたまま、右手を天へと伸ばした。そして……

 

「…………イ………………」

 

ほとんど声にならない声でそう呟き、少年の頬をポリゴンの水滴が伝った。それが、洞窟の冷えた岩地を濡らした。

同時に、ファルコンの身体が蒼く輝き、硝子の砕けるような音と共に、その生命が断たれた。

 

「ひっ……いや……いやああぁぁあああっ!」

 

優子の絶叫が、岩屋を駆ける。僕らは、それに何の言葉もかけてあげることが出来なかった。

優子はその場にうずくまり、すすり泣いている。

かくいう僕らも、優子を慰める言葉が見つからないのではなく、慰められないのだ。僕らがしたことは、プレイヤーキル……いや、殺人だ。

そんな事をして、直ぐに他人を慰められる程、僕らの精神は、出来上がっちゃいない。

だが、優子の感じている衝撃は、僕らの比ではないだろう。止めを刺した。その一点で、彼女は自分を極限まで追い詰めてしまっている。

そんな彼女に、僕らは何もしてあげられない。そんなのは、仲間として失格だと思う。けれども、どうしようもないのだ……。

今の彼女と話そうとすればするほどでそれはきっと、彼女を傷付けてしまう事になる。

そのとき、急激な予感と共に、僕の背筋が凍りついた。

まだ、アレがいる。装備者がその命を散らしてもなお、アレはまだ存在している。第六感の部分で、僕の本能がそう告げている。

いや、そんな筈はない。鎧が耐久を失い、ポリゴン片となる瞬間を僕らは目撃している。それなのに、どうしてあの鎧が再び現れるというんだ。

そう。現実的に考えて、鎧はもうこのサーバから消え去った。なのに、悪寒は去らない。嫌な予感がぐるぐると頭の中で回る。

果たしてその予感は、見事なまでに的中してしまった。

ただてさえ濃密な洞窟の闇を、暗黒が上書きしていく。その発生源は────優子だった。

優子の鬱屈とした感情が浸み出すように、流れ出て、優子の身体を包んでいく。黒煙のようだったそれは、少しづつ、少しづつ質感を増し、光沢をつけていった。

僕とアレックスは、その変遷をただ呆然と見守るしかなかった。通常のゲームではあり得ない、別プレイヤーへの、装備状態の強制的移行。それが、どういう原理なのかは、全くもって解らないが、現実、起きてしまっている。

ガチャリ、と不快な金属音を立てて、優子が、いや、鎧が立ち上がった。そして鎧は、予想だにしない行動に出た。

逃げたのだ。僕らから。全力で。

今、優子が僕達から逃げるいわれは無い。だからやはり、あの鎧が装備者を操っているのだ。

あまりにも突飛な仮説では有るが、もう僕にはそれしか考えられない。そうでないと、ファルコンが僕らを襲ったという事項を説明出来ない。

理解できない現象に対応出来ずに、僕はアレックスに向き合った。その僕の視線から何を読み取ったのかは分からないが、アレックスは、小さく、だけども力強く頷き、言った。

 

「何ウジウジしてんですかっ!早く優子さんを追いかけて下さいっ!早く優子さんを……助けてあげて下さいっ!」

 

叱咤に近い言葉を投げるアレックスから視線を切りながら、僕は叫んだ。

 

「当たり前だ!あんな鎧、ぶっ壊してやる!」

 

アレックスに言い返し、僕は仮想の両脚に、思いっきり力を込めた。

まず、戦力分析。俊敏は、僕よりほんの少し遅い程度。このまま走り続ければいつかは追い付く。だが、いつもの優子はバランス型だ。なのに、今は俊敏極振りの僕とスピードが然程変わらない。

恐らくは鎧によって、相当にステータスが底上げされているのだろう。

筋力は、もし鎧装備状態のファルコンと同程度だとすれば、僕とは比較にならない。

つまり、ステータス的には完敗だ。

だが、僕はあの鎧に勝ちたいわけじゃない。いくらおかしな鎧だからと言っても、鎧は鎧だ。破壊ではなく、優子から外す。それだけに全力を注ぐ。

どれだけ走っただろうか。ついに、僕らの前に、アインクラッド第三層を貫く峡谷が、その全容を現した。

よし、行き止まりだ。さすがのあいつもここで止まるしかないだろう。しかし、そんな予想は僕の思い込みだった。

鎧は、スピードを緩めない。それどころか、加速してるようにも見える。

待て!そのまま行けば優子が谷に……クソッ!届けっ!

僕は、全身全霊をかけた踏み込みで、三メートル間をダイブして、優子の脚にタックルした。

谷の手間一メートルで倒れる優子。よし、助かった!

谷底に落ちる心配が終われば、次は鎧を引っぺがす心配だ。

僕は、優子の腰回りのベルトに手を掛け、下半身を一気に外した。次は小手、と思っていると、鎧が僕を押し飛ばし、無様に十メートル程転げ回ってしまう。それだけで、僕のHPゲージが二割減したが、そんなことに構っていられない。よく見ると、グリーンプレイヤーである僕を攻撃したことで、優子のカーソルがオレンジに染まっている。

すぐに立ち上がり、優子の方へ走り、太腿部から下の鎧を谷間に向かって蹴り飛ばす!

綺麗な水平投射を描きながら、漆黒の鎧が悠久の谷底へと消えていく。

ここではたと、ある危惧が浮かんだ。煙が優子にまとわりついて、その煙が鎧になってそのまま装備されたんだから、谷に落としても意味ないんじゃないのか?

もしかすると、煙の状態で谷底から這い上がり、優子に再装備される、なんて事は無いだろうか?

しかし、それは杞憂だったようで、数秒待っても鎧は戻ってこなかった。どうやら、完全な煙になるのは、所有者が移るときのみらしい。

そこで思考を打ち切って、僕は優子の小手の部分に全神経を注ぐ。視界が狭まり、脳髄を焼き切る程の急激な加速感が僕を覆う。そして、加速感を知覚する感覚さえも遠ざかっていく。

SAOの装備は簡略化されているので、小手は手首の留め具を外せば取れる。

まずは、真っ直ぐ突っ込む!

 

「グルウゥアァァッ!」

 

金属エフェクトのかかった獣のような雄叫び。鎧は、真っ直ぐに飛び込んだ僕に対して、大上段から、クロムライト・ソードを振り下ろす。

だが、そんなことは予想済みだ。軽いステップで右側に避けると、左手で、剣を握っていない左小手の留め具を外し、右手で、肩口から伸びる上腕装備を引き剥がす。

ミリ単位の調節が必要な細かい作業だったが、今の僕は、それをいとも簡単に成し遂げた。

残るは、頭、胸、右腕。問題は右腕だ。あれを外すには、剣を手放させなきゃいけない。

二メートル程バックステップして、剣の間合いから外れる。右腕より先に、胸を解決しよう。

僕はもう一度、全速力で駆け出した。鎧もきちんと学習しているようで、剣を脇腹に構え、横薙ぎの体制を取っている。確かにこれなら、横にステップされても対応出来るだろう。だが甘い!

僕は、体術スキル単発蹴り『舟撃』を地面に繰り出し、その反作用で飛翔する。

走りながらの飛翔であったため、上体を前に倒していたので、緩く回転しながら、鎧の頭上に逆立ちで到達する。そのまま、普段の僕なら考えられないような手捌きで、肩当てと、胴装備のホックを外した。

鎧の真後ろに降り立った瞬間、胴装備を無理矢理引っぺがす。

残るは、右腕と兜のみ。一気に畳み掛ける!

僕へと向き直った鎧が、己と同色の剣を高々と振り上げる。さっきと逆の、左側にステップ。さすかに鎧も、同じ手は食わないだろう。だからこそ、誘導をつけた。右手だけ相手の目の前にとどまらせる。

いま、鎧が迫られているのは、必殺の一撃で相手の右手を使用不能にするか、もしかしたら倒せる、くらいの確率にかけて、無理矢理に方向調整して、相手の身体を攻撃するか。そんな二者択一に、奴が出す答えは、確定的に前者だろう。しかし、それこそが誘導だ。

僕の右手が、真紅のライトエフェクトを伴って弾け飛ぶ。そして、僕の右腕を斬り飛ばすために大上段から放たれた片手剣が、慣性的に地面へと吸い込まれていく。

地面に少しだけめり込んだ優子の愛剣を、舟撃で蹴り飛ばす。

そこで鎧は、握力の限界を迎えたのか、無骨な右手から、クロムライト・ソードを手放した。

そこで一気に、右小手の留め具を外し、引っぺがす!

最後に残った兜は、何故か悲痛に歪んでいるように見えた。

ここで距離を置いて、相手に剣を取らせる隙を与えるのは、完全に愚策だ。僕は、露わになった優子の肩を掴み、上体を大きく後ろに反らせた。

僕の顔面を、黄金の閃光が包んでいく。発動したソードスキルは『天衝』。つまりは、頭突きだ。

僕の頭と鎧の兜が、激しく明滅しながら、ライトエフェクトを撒き散らす。

 

「ウゥォオオォォーッ!」

 

僕の咆哮が谷間に谺したとき、鎧から放たれていた瘴気は、急激にその勢いを弱め、僕の頭突きが終わった瞬間、ピキピキと兜にヒビが走り、そしてついに、大音響の炸裂音と共に、暗黒の鎧は砕け散った。

 

地面には幾つもの亀裂が走り、木々は薙ぎ倒されている。その全てが、あの鎧の性能と凄まじさを物語っている。

本当に、勝てたのが奇跡だ。圧倒的な戦力差だった。パワーの差は歴然だったし、僕が極振りしているスピードも僅差だった。気迫など、比べることすらおこがましい。勝因は、戦略や戦闘技術、そういうテクニカルな面でのことだ。

激戦の後の脱力感が、身体中に染み渡る。

 

「…………何でよ……」

 

ポツリと、弱々しい声で優子が呟いた。その言葉には、後悔と自虐、そして、怒りが込められているように感じた。

優子の告白は続く。

 

「何で……助けたのよ!」

 

そう叫んだ優子の翡翠の瞳には、どうしようもない痛みと、水晶のような涙が浮かんでいる。

 

「アタシは……アタシは!人を……殺したのよ!しかも、貴方にまで手をかけようとした!許されない罪を重ねようとした!だからアタシは、あそこから飛び降りようとしたのに!!」

 

あれは、優子自身の意思だったのか。そう思った瞬間、僕の中に何か、よくわからない感情が込み上げてきた。それは、喉を詰まらせ、瞳から流れ出た。

優子は、涙まじりに叫ぶように言った。

 

「自殺を止めたんなら、アンタがアタシを守ってくれるの?アンタがアタシをこの世界から救ってくれるの?そんな出来もしない事を、ヒーロー気取りに嘯くつもりなの?ねえ?何とか言ってみなさいよ!」

 

優子の心の裡から轟々と溢れる奔流は、彼女の心情にあったダムを決壊させ、外界へと流れ出る。

その理由は問うまでも無く、彼女自身が言うように、人を殺し、さらに僕に手を掛けようとしたことに対する罪悪感……いや、それだけじゃない。きっと彼女の心は、この世界に囚われた時から、茅場晶彦の宣告により、無限とも思えるような現実との乖離に、身を投げ出されたあの始まりの日から、もう、とうに限界を迎えていたのだろう。

それを押し殺していたのは、間違い無く彼女の……優子自身の心の強さだ。だが彼女は、強いからこそ、誰にも弱さを露呈出来なかった。誰にも弱音を吐けなかった。弱い自分を見せたくなかった。

硬いものほど割れやすい。彼女はもう、些細なきっかけで感情を爆発させてしまうほど、自らの心を追い込んでいたのだ。

そんな彼女が、自責で心の壁を壊し、痛めきった心を吐露してしまった。

なら、そんな彼女に、僕がしてあげられることは……

僕は、肩で息をする優子の、その肩を掴み、強引に引き寄せ、抱きしめた。

優子は、それに少し身体を強張らせたくらいで、さしたる抵抗もしなかった。

君を守りたい。口をついて出そうになったその言葉を無理矢理呑み下す。

今、僕に出来ない事を豪語して、彼女を安心させたって、何の意味も持た無い。むしろ、彼女を傷つけてしまう可能性だってある。そんなこと、いくらバカな僕だって理解している。

だからこそ、僕は、彼女に言わなくちゃならない。

 

「…………うん、君の言う通りだね。僕じゃ君を守れない。君を守れるほど、僕は強くない」

 

僕の胸の中で、優子が身体をビクリと振るわせたが、僕は気にせずに言の葉を紡いだ。

 

「でもね、僕は、君を支えたいと思うんだ」

 

優子の温もりが、僕の中に染み出してくる。

僕は、この時優子への特別な感情が自分の胸中に目覚めていることに気がついた。だけどそれが、何という感情なのか、僕にはわからなかった。ただ、僕はその感情を知っていた。

それは、ずっとずっと昔、ウサギの死に心を痛め、泣きながら勉強を続けていた、僕なんかとは比較できないほどの頑張り屋の優しいあの子、幼き日の姫路さんに抱いた感情の相似形だった。

そんな暖かい感情を、僕は彼女に伝えたかった。

 

「君が戦いを強いられたとき、隣に立って一緒に戦いたい。君が何かに憤ったとき、僕にその思いの丈をぶつけて欲しい。君が涙を流したとき、それを僕が払ってあげたい。それじゃ、ダメかな…………?」

 

喉元まで熱い何かが込み上げてきたが、どうにか最後まで言い切った。その拙い言葉は、僕自身にも、無理に捻り出したのか、自然と口から出たのか、それすら判然としなかった。ただ、偽りのない本心であることだけは確かだった。

永劫にも感じられるような、一瞬の間が空いた。その間、僕らは何も喋らなかった。ただただ、優子の啜り泣く音が聞こえるだけだった。だけどその時間は、優子の体温を、より深く感じさせてくれた。

谷間を抜ける微風が彼女の短く切りそろえられた髪を撫でた時、優子は嗚咽混じりにポツリと呟いた。

 

「…………ありが……とう……」

 

優子の言葉と涙は僕の中にしたたって、優しく、暖かく、包み込むように僕の心を満たしていった。

もう一度、僕は彼女を強く抱きしめた。

優子も僕を抱きしめ返してくれた。

いつの間にか僕らは、その場に座りこんでいた。青々と地面に生い茂る草がくしゃりと潰れている。

僕は右手で、そっと彼女の薄茶色の髪を撫でた。それと同時に、優子が僕を抱きしめる力も、少し強くなった気がした。

不意に顔を上げると、泣き腫らしたように真っ赤に染まる夕陽が見えた。

紅に彩られる四層の底面を背景に翔ぶ一羽の鷹が、その雄々しい威容を真紅の夕陽へと溶け込ませていった。

 

 

結局僕らには、そして、ベータテスターのキリトとアレックスにも、あの鎧が何だったのか、終ぞ解らなかった。

優子とファルコンの精神を蝕み、その運命を捻じ曲げたあの鎧の正体が。

システムの一時的なバグ。そんな無理矢理なこじつけでその場は納得するしか方法は無かった。

だが、僕らは気づくべきだったのだ。気づかなければいけなかったのだ。この時にはもう、水面下で蠢き、胎動する『何か』は、確実に僕達に警鐘を鳴らしていたのだから。




これにて、ギルド結成クエスト編閉幕です!
如何でしたでしょうか?もうオリ話はたくさんだ?大人しく原作沿いにしとけ?そう思われた方は、どうぞ感想にご記入下さい!

今回の話、二、三話ぐらいで終わらせようと思っていたのに、あれよあれよと倍以上のボリュームに……。全く……訳が分からないよ……。

ちなみに、前回から登場した『鎧』ですが、あれ?コレってアレじゃね?と勘付いた方もいらっしゃると思います。そうです。アレです。設定だけパクったとかではなくてですね、物語の進行上、そして展開上、出さなければいけなくなっちゃった感じです。一応、原作話とオリ話を混ぜこぜにして、ラストまで繋げていく所存であります!
まあ、感想に止めろと仰られる方がいれば、もうオリ話は入れませんが。
それと、勘付か無くても全く問題はありません。むしろその方が驚きは大きくなるのでは?と思います。

それと、近況報告。今日、日本橋ストリートフェスタに行ってきました!いやあ、楽しいですね、あのカオスな感じ!外人さんのマリオにはびっくりしました!

では、また次回!

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