僕とキリトとSAO   作:MUUK

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もう話数が二十に!でも、儚き剣のロンドの話数も十二に!
どんだけ儚き剣のロンドやってんだ!

初めての長編、儚き剣のロンド閉幕です!


第二十話「儚き剣のロンドーXIII」

「コングラチュレーション」

 

第一層のときと同じように、浅黒い肌の偉丈夫エギルが、僕らをネイティブイングリッシュで労った。

そして、エギルはキリトに向き直ると、おもむろにまた視線の方向を変えて言った。

 

「相変わらず見事な剣技とコンビネーションだった。だが……今回の勝利は、あんたじゃなくて彼のものだな」

「ああ。あいつが来てくれなきゃ、少なくとも十人は死んでたかもな……」

 

そう言ったキリトの方を向き、僕は大きく首肯した。

ネズハを見やると、彼は本隊のどんちゃん騒ぎの真ん中にいた。それを見ると、何故か嬉しくなってしまう。

これで、第二層攻略も終了だ。一層のときは、丸一ヶ月かかったが、今回は、三分の一の十日しかかからなかった。

だが、焦りは禁物だ。今回の教訓として、ボスの情報が得られそうなクエストは、終わらしてから迷宮区に入ることが求められるだろう。

僕がそう考えていたとき、ネズハが僕らに近づき、言った。

 

「お疲れ様でした。キリトさん、ライトさん、アスナさん。最後の空中ソードスキルと回し蹴り、凄かったです」

「ううん、ほんとに凄かったのはあなたよ。手に入れたばかりの武器をああも完璧に使いこなすなんて……練習大変だったでしょう?」

「いえ、大変だなんて思いませんでした。だって、僕はやっと、なりたかったものになれたんですから。本当に……ありがとうございました。これで、もう……」

そう言って頭を下げたネズハの視線の先にあったのは、リンド、キバオウと固い握手を交わすオルランドの姿だった。

 

「……ネズハ君もあそこにいていいんじゃないのか?」

 

キリトが言うと、今回のMVPたるネズハは、そっとかぶりを振った。

 

「いえ、いいんです。僕にはもうひとつ……やらなきゃならないことがありますから」

「え?何を……?」

 

そう言った僕と、キリト、そして、もうネズハの言ったことの内容を理解しているのか、沈痛な面持ちをするアスナにネズハは軽く会釈して、悠然と振り返り、歩き出した。

ネズハの歩く先に居たのは、三人のプレイヤーだった。しかし、三人とも祝福する様子ではなく、その表情は険しかった。

三人の中で最も背の高い男が、感情を押し殺したような低い声で言った。

 

「あんた……何日か前まで、ウルバスで営業してた鍛冶屋だよな」

「……はい」

「なんでいきなり戦闘職に転向したんだ?しかも、そんなレアな武器まで手に入れて……それ、ドロップオンリーだろ?鍛冶屋でそんなに儲かったのか?」

 

やっと解った。彼らは、ネズハに……レジェンドブレイブスに武器を騙し取られたプレイヤー達だ。

一瞬、まずい、と思ったが、すぐに考えを改める。これはネズハが望み、臨んだ選択なのだ。ネズハは彼らの糾弾を受け、贖罪を受ける義務を自らに課したのだ。その決断を否定する権利は僕には無い。

ネズハは、チャクラムを床に置くと、両手両膝を床につけ、頭を下げた。

 

「……僕が、御三方の剣を、強化直前にエンド品にすり替えて、騙し取りました」

 

広場を、痛々しいほど重苦しい静寂が包む。

ネズハの言葉を聞いて、背の高い男は、眉間に皺を寄せただけだったが、後ろ、キバオウ隊とリンド隊の二人の男は、もう顔を真っ赤に染めていた。

見事に感情を抑制し続ける男が、口から漏れ出したかのように言葉を発した。

 

「……騙し取った武器は、まだ持っているのか」

「いえ……もう、お金に変えてしまいました……」

「そうか、なら、金での弁償はできるか?」

 

すると、ネズハは黙り込んだ。

ボス部屋のある五人に、異質な緊張が走った。オルランド達、レジェンドブレイブスのメンバーだ。

そう。五人全員が装備を売り払えば、お金での弁償は可能なのだ。しかしそれは、レジェンドブレイブスが、攻略集団から離脱することを意味する

いまこの場で、五人が申し出るか、ネズハが五人が仲間だと言えば、この場は収まるだろう。しかし、その選択は取られなかった。

 

「いえ……弁償も、もうできません。お金は全部、高級レストランの飲み食いとか、高級宿屋とかで残らず使ってしまいました」

 

ここでやっと、ネズハの意図を理解した。彼はレジェンドブレイブスの五人を庇う気でいるのだ。

強化されきった剣を売れば、チャクラムなんかいくらでも買える。だからこそ、ネズハは、本当は、レジェンドブレイブスのメンバーの強化用資金にしていたのに、こんな嘘をつくしか無かったのだ。

先程、オルランドがネズハの名前を呼ぼうとしたのをネズハ自身が遮ったのは、単なる偶然ではなく、自分がレジェンドブレイブスと仲間だということを誰にも悟らせないためだったのだ。

だからこそ、レジェンドブレイブスのメンバーも動けないでいた。今動けば、ネズハの決意を踏みにじることになる。だけども、動かなければ、これからネズハがどうなるかは想像に難くない。

元から感情が爆発寸前だった、リンド隊のメンバーがネズハを怒鳴りつけた。

 

「お前…………お前、お前ェェ!」

 

感情を何処にぶつければいいのかわからないそのプレイヤーが、何度も、ドンドンと地面を打ち鳴らす。

 

「お前、解ってるのか!オレが……オレ達が、大事に育てた剣壊されて、どんだけ苦しい思いしたか!なのに……オレの剣売った金で、美味いもん食っただぁ!?高い部屋に寝泊まりしただぁ!?あげくに、残りの金でレア武器買って、ボス戦に割り込んで、ヒーロー気取りかよ!」

 

それに続き、キバオウ隊のプレイヤーも、裏返った声で激昂した。

 

「オレだって、剣なくなって、もう前線で戦えないって思ったんだぞ!そしたら、仲間がカンパしてくれて、強化素材集めも手伝ってくれて……お前は、オレ達だけじゃない、あいつらも……攻略プレイヤー全員を裏切ったんだ!」

 

その怒りの炎が、何も言わなかった多くのプレイヤー達に、連鎖的に移って行った。

裏切り者!

自分が何したか解ってるのか!

お前のせいで攻略が遅れたんだぞ!

今更謝ったって何にもならねえんだよ!

口々にほとばしる侮蔑の言葉が、ネズハを機関銃のように撃ち抜いていく。

オルランド達は、五人で何かを話し合っているようだが、やっぱり……剣……ネズハ……しよう……と、聞き耳スキルを使っても断片的にしか聞こえ無かった。

そこでようやく、青髪のシミター、リンドが進み出て、口を開いた。

 

「まず、名前を教えてくれるか」

「…………ネズハ、です」

 

リンドは、それを聞くと小さく頷いた。そして、レイドメンバーを再度激昂させないよう、細心の注意を払いながら言葉を選び、言った。

 

「そうか。ネズハ、お前のカーソルはグリーンのままだが……だからこそ、お前の罪は重い。システムに規定された犯罪でオレンジになったのなら、カルマ回復クエストでグリーンに戻ることもできるが、お前の罪はどんなクエストでも雪げない。その上、弁償も出来ないと言うなら……他の方法で、償ってもらうしかない」

 

一瞬、まさかと思ったが、次に続いたリンドの言葉が、僕の憂慮を打ち消した。

 

「お前がシヴァタたちから奪ったのは、剣だけじゃない。彼らがその剣に注ぎ込んだ長い、長い時間もだ。だからお前は……」

 

なるほど、ずっと感情を押し殺していたあのプレイヤーはシヴァタって言うのか、そう思いながら聞いていたリンドの言葉を、一人の男の声が遮った。

 

「違う……そいつが奪ったのは、時間だけじゃない!」

 

何処かで聞いたことのある男の声だった。

そのキバオウ隊のメンバーは、痩身を振り回しながら、甲高い声で叫んだ。

 

「オレ……オレ知ってる!そいつに武器を騙し取られたプレイヤーは、他にもたくさんいるんだ!そんで、その中の一人が、店売りの安物で狩りに出て、今までは倒せていたMobに殺されちまったんだ!」

 

その喋り方で僕は、男が誰かを思い出した。第一層で、リンドと共にキリトを糾弾したあの男だ。

シヴァタの後ろに立つ、リンド隊の男が、カラカラに乾いたように見える唇から、絞り出したかのように呟いた。

 

「……し……死人が出たんなら……こいつもう、詐欺師じゃねぇだろ……ピッ……ピ……」

 

男は、それ以上言葉にしなかった。むしろ、言葉にすること自体が憚られているようにも感じられた。明確な形にした途端、それが現実になってしまいそうで。

それを無神経にも、声高らかに宣言したのは、やはりというかなんと言うか、痩せたキバオウ隊のメンバーだった。

 

「そうだ!こいつは、人殺しだ!PKなんだ!」

 

PK、即ち、プレイヤーキラー。あらゆるネットゲームないし、オンラインゲームで使用される用語。

そして、このSAOでは、もっとも現実と乖離した意味を内包する概念だ。

痩せた緑の男は、尚も非難を続けた。

 

「土下座くれーでPKが許されるわけねぇぜ!どんだけ謝ったって、いくら金積んだって、死んだ奴はもう帰ってこねーんだ!どーすんだよ!お前、どーやって責任取るんだよ!言ってみろよぉ!」

 

その背中を震わせながら、ダガー使いの問責を聴いたネズハは、声に少しの恐れを混ぜて言った。

 

「……皆さんの、どんな裁きにも、従います」

 

広場を静謐が包む。だがこれは、嵐の前の静けさだ。

全員の怒りが一つの収束点へと向かって行く。

そして、どこかの誰かが口火を切った。

 

「なら、責任取れよ」

 

たったそれだけの、短い責めだった。

だが、その小さなマッチの炎は、火薬へと乗り移り、急激にその熱量を増していく。

 

「そうだ、責任取れ!

「死んだ奴に、ちゃんと謝ってこい!」

「PKならPKらしく終われ」

 

言葉は、徐々に露骨になっていった。

 

「命で償えよ、詐欺師!」

「死んでケジメをつけろよPK野郎!」

「殺せ!クソ鍛冶屋を殺せ!」

 

それらの怒りは、ネズハ個人にではなく、この浮遊城全体に響き、拡散したように思えた。

 

「いや……まさか……そんな!」

 

キリトが急に叫んだ。

そんなキリトに、僕は厳かに尋ねた。

 

「……どうしたの、キリト?」

「……ライト……お前は、雨合羽の男が、悪意をばら撒いてるみたいだ……って言ったよな?」

 

一瞬、キリトが何のことを言ってるのか解らなかったが、すぐに、三日前のネズハとの対話のときの僕のセリフだったと思い至る。

 

「……うん、言ったよ」

「つまりな、もしその黒ポンチョの男が、この瞬間を予期していたとすれば、プレイヤー全員の総意に基づいて、一人のプレイヤーを公の場で殺すという状況を、その男が故意にプロデュースしたとすれば……」

 

僕は、キリトの言葉をじっと待つ。

キリトは、口籠っていたが、やがて意を決したように言った。

 

「その男がしたかったのは、プレイヤー全員の、PKへの心理的ハードルを下げたかったんじゃないか……?そして、自分と同じ道に、他のプレイヤーを誘い込もうとしてるんじゃないのか……?」

 

そう言ったキリトの顔は、これ以上ないというほど青ざめていた。かく言う僕も、似たり寄ったりだろう。

だって、これが本当なら、その男はつまり、このアインクラッドでPK集団を作ろうとしているということで……。

そのとき、罵倒の嵐の中、沈黙を守っていたレジェンドブレイブスの五人がついに動き出した。

彼らは、土下座を続けるネズハにどんどんと近づいていく。

彼らの雰囲気に圧倒され、ネズハを囲んでいたリンドと、シヴァタ達が彼らに場を譲った。

ネズハの前で立ち止まったオルランドは、自らの右手を左腰に携えた剣の柄へと移した。

シャランという金属音を立てて片手剣が抜き出される。

そして、オルランドは、ネズハの背中の真上で、剣を振りかぶった。

 

「……オルランド……」

 

そう呟いたキリトは、いまにも走りだそうと、前傾姿勢をとっていた。

同じように、アスナも、一歩前に踏み出している。

そんなキリトとアスナを、僕は右手で制した。

 

「二人とも、動かないで。僕の俊敏ステータスなら、剣がモーションをかけた後にオルランドを止められる」

「ライト、解ってるのか?ここで割り込んだらもう攻略集団にはいられないぞ。最悪、犯罪者として追われることになる」

「じゃあ何で、キリトも走り出そうとしてるのさ?」

 

キリトは僕に、にシニカルな笑みを向け言った。

 

「じゃあこうしよう、ライト。死ぬときは一緒だ」

 

そんなキリトに、僕も笑みを返す。

主のいない大部屋を満たしていた糾弾は、緊張感へと変移していた。

全てのプレイヤーが固唾を飲んで、ことの成り行きを見守っている。

そしてついに、そのときが来た。

オルランドは剣を突き降ろし、僕とキリトは、脚に思いっきり力を込めた。

そして、オルランドの手から放たれた剣は…………

 

 

…………床に置かれたネズハのチャクラムの横に突き立てられた。

 

「……ごめんな。……ほんとにごめんな、ネズオ」

 

そう呟いたオルランドの目から、涙が滴っていた。

ネズハの右隣に移動した聖騎士は、バシネットを外して床に置き、ネズハと同じように、両手両膝を地面に着き、頭を下げた。

ベオウルフ、クフーリン、ギルガメッシュ、エンキドゥの四人も、それに倣い土下座する。

誰もが、その光景に唖然とした。

そして、毅然とした、だけども、涙まじりの声が大部屋いっぱいに響いた。

 

「ネズオ……ネズハは、オレ達の仲間です。ネズハに強化詐欺をやらせていたのは、オレ達です」

 

 


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