では、第十一話お楽しみ下さい!
キリトによると、SAOのシステム、カーディナルに規定されている武器強化失敗ペナルティは、何も起こらない『素材ロスト』、設定と違うプロパティが強化されてしまう『プロパティチェンジ』、そして、プロパティが減ってしまう『プロパティ減少』の三つ、のはずなのだが、僕らの目の前で起こった現象は、システムにないはずの『武器消滅』だった。
それに関して、ネズハは、
「あの……、正式サービスで、四つ目のペナルティが追加された……のかもしれません。ウチも、前に一度だけ……同じことがあったんです。だから、確立は、すごく低いんでしょうけど……」と言っていた。
確かに、今のところ、それ以外の選択肢を探そうと思うと「システムにない現象が起きた」しか無いのだ。それよりは、ネズハの説明の方がよっぽどしっくり来る。
☆
「アスナ、あそこのベンチに座ろ?」
僕の提案に、細剣使いだった彼女は、小さく小さく、こくりと頷いた。
その沈痛な面持ちからは、普段の彼女の凛々しさは全くと言っていいほど感じられない。
「ええと……今度も手伝うからさ……頑張ってウインドフルーレより強い装備、作ろうよ」
僕の励ましに、キリトが情報を付け足してくれる。
「ああ……マロメの次の町には、あれよりほんの少し強いのが店売りしてるしな」
それでもアスナは俯いた顔を上げず、蚊の羽音ほどの音量でぽつりと言った。
「…………でも」
そのアスナの声色に、僕は思わず顔を伏せてしまった。
「でも、あの剣は……わたし、あの剣だけは…………」
そ発せられたその声は、明らかに濡れていて僕ははっと顔を上げた。
アスナの顔を直視すると、一粒、二粒と曇りのない水晶が彼女の頬を伝い、落ちた。
アスナがそこまで『ウインドフルーレ』に愛着がある理由は、僕には分からない。だけど、涙を流す彼女を、僕はほおっておく訳にいかない。
だけど、かける言葉が見つからないのも確かだ。
そんなとき、このデスゲームで、最もアスナと多くの時間を共にしたであろう、黒づくめの剣士が口を開いた。
「…………残念だったな」
そんな同情には、いつもなら食ってかかるであろうアスナのプライドが、今は涙に霞んでいた。
「でも……さ。冷たい言い方になっちゃうけど……もしアスナが、このデスゲームをクリアするために最前線で戦い続けるつもりなら、どうあれ武装は次々に更新していかなきゃならないんだ。仮にさっきの強化が成功していたとしても、ウインドフルーレは三層終盤までは使えない。俺のアニールブレードだって、四層最初の町で次の剣に変えなきゃならない。MMO……いや、RPGってそういうゲームなんだよ」
それは、激励よりも叱咤に近かった。しかし、理論的なアスナにはその方がいいだろう、僕もそう思ったのだが、このとき僕は、アスナが武器消滅でここまで落ち込んでいるという意味を理解していなかった。
「わたし……そんなの、嫌」
嗚咽混じりの弱々しい声。子供が駄々をこねるような口調で言った。
そして、アスナの独白が紡がれる。
「ずっと、剣なんてただの道具……いえ、ただのポリゴンデータだと思ってた。自分の技術と覚悟だけが、この世界の強さの全てだと思ってた。でも……一層で、キリト君が選んでくれたウインドフルーレを初めて使った時……悔しいけど、感動したの。羽根みたいに軽くて、狙ったところに吸い込まれるみたいに当たって……。まるで、剣が自分の意思で、わたしを助けてくれてるみたいだった……」
思い出を懐古するかの様に、元レイピア使いは口元を崩した。
「この子がいてくれれば大丈夫、わたし、そう思った。ずっとこの子と一緒に戦おうって。たとえ強化が失敗しても、絶対捨てたりしないって約束したんだ。最初の頃、使い捨てにしちゃった剣たちの分も、ずっとずっと大事にするって……約束、したのに……」
僕は、使い捨てにしたというエピソードを知らなかったが、それは、古くても一ヶ月前のことだろう。つまり彼女は、いや、プレイヤー達はこの短い期間の中で、否応なしに変化していっているのだ。良くも、悪くも。
「キリト君のいうとおりに、剣を次々変えていかなきゃならないのなら……わたし、上に行きたくない。だって、可哀想じゃない。一緒に頑張って……戦って、生き延びて……それなのに、すぐに捨てられるなんて……」
僕は、そんな風に考えたことすらなかった。使い捨てにしないのは、もったいないという意識であり、ましてや、今なんて使ってすらいないのだ。
「……いっそ、剣をアイテムストレージに入れっぱなしにして、ライト君みたいに素手で戦ってもいいかもしれないわね」
アスナは自嘲気味にそう言ったが、その音はどうにも乾いていた。
そんな、見ていて痛々しいほどのアスナを、キリトの次の言葉が救ってくれた。
「剣とお別れするときがきても、魂を一緒に連れていく方法はあるよ」
「…………え……?」
顔を上げたアスナの瞳が、一筋の光明を見て、清く輝いた。
「しかも、二つある。一つは、さっきアスナも言った通り、ストレージに保存し続けること。もう一つは、スペックが足りなくなった剣をインゴットに戻して、それを材料に新しい剣を作ること」
アスナは人形のように綺麗な指で、目元の露を払い、言った。
「あなたは、どっちか続けるつもりなの……?」
「俺はインゴット派だけど、ちょっと拡大解釈かな……。剣だけじゃなくて、防具やアクセサリもアリにしてるから」
「…………そう」
アスナはニコっと笑った。当然ながら、先ほどより美しい笑みだった。だけど、何処かにまだ少し悲しみの色が潜んでいた。
「……せめて、壊れた剣の破片をインゴットに出来ればよかったのにね……」
これには、キリトは何も言わなかったので、代わりに僕が口を開いた。
「大丈夫だよ。アスナが忘れさえしなければ、それは一緒に居るのと同じだよ。ね?」
すると、レイピア使いは、今迄見たことのない、穏やかな笑みを湛え、呟いた。
「…………ありがと」
「え……?」
キリトは信じられないとでも言うかのように聞き返していたが、僕は一瞬だけ目を見開いた後、微笑み、それ以上は何も言わなかった。
☆
僕は今、左手の人差し指に、羽根を意匠した『ピクシー・リング』なる黄金のリングをつけ、りんご飴状の『ジンジャードロップ』を舐めながら、広場を闊歩している。
リングは、幸運ステータスが1%上昇というけち臭い数字に惹かれたのではなく、単純にデザインが気に入ったのだ。
また、飴もなかなかの曲者で、まずいのか美味しいのかよく分からない。
何故、僕はこんなことをしているのかというと、キリトはやりたいことがあるとか言ってどっか行ったし、アスナは、あの会話の後、すぐに宿屋に帰ってしまったので、つまり、暇なのだ。
そんなこんなで屋台を冷やかしながら練り歩いていると、インスタントメッセージが届いたという通知が僕の眼前に現れた。
ユウが近況報告でもよこしてきたのだろうか。そう思って開封すると、なんと差出人は、さっきまで一緒に行動していたキリトだった。言いたいことがあったなら、さっき言えばよかったのに。そう思って読み始めた文章には、こう書いてあった。
『アスナの部屋に行って、俺の指示通り動いてくれ!今すぐに!』
ここから、アスナの宿屋までは、だいたい五百メートル。つまり、僕の俊敏ステータスでいくと、三十秒かかる計算だ。
そんなことを考えるのももどかしく、僕は全速力で駆け出していた。
風に包まれ、むしろ僕が風になったような錯覚さえ受ける。そんな、刹那の疾走感をすぐに断ち切り、僕はアスナの泊まる宿屋に駆け込み、二○七号室のドアをノックする。
「アスナ、僕だよ!開けるね!」
転がり込むように部屋の中に入ると同時にドアを閉め、顔上げた瞬間、ベッドに横たわる人影と目が合った。
「キャアアア!」
という悲鳴を無視して、僕はアスナににじり寄り、言った。
「緊急事態なんだ!時間がないから、僕の言うことを聞いて!」
僕の真剣さを感じたのか、とりあえずは大人しくなった細剣使いに指示を出す。
「まず、ウインドウを出して、可視モードにして!」
「え……え…………?」
戸惑いながらも、ウインドウを可視モードにしながら、アスナは僕に疑問をぶつけた。
「でも、あの、なんで……わたし、ドアにちゃんと、鍵…………」
「パーティメンバーは、宿屋の初期設定だと鍵を解除できるようになってるんだ。」
まさかここで、ムッツリーニと二人で秀吉の部屋に潜り込んだ経験が役に立つとは。人間万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。
「え?……あ、そ、そうなの?」
そのアスナの言葉に構わず、僕はアスナのメニューウインドウと睨めっこをする。
右手のセルに設定アイテム無し。
「よし!よかった!」
時間は……少なくとも後五分はあるな。いや、油断は禁物だ。
「僕の言う通りに操作してね。まず、ストレージ・タブに移動!」
「え……あ、う、うん……」
アスナは素直に従ってくれた。多分頭が混乱してるだけだけど……。
「次にセッティングボタン、でサーチボタン……そのマニュピレート・ストレージってやつを押して……、出た!《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》!イエス!」
流されるがまま、アスナはイエスボタンを押した。そして、今更我にかえった。
「え?全アイテムオブジェクト化?」
ドサっとか、ガチャンとかフワとかの擬音を立ててアスナの全アイテムがオブジェクト化した。
「な……なっ、なな、な……!?」
アスナはすごい形相をしているが、それを例によって無視。二つの山があるホック付きレースやら、太ももが通るくらいの二つの穴がある逆三角形形レースやらが見えたが全部無視して、僕は一つのものを探し続ける。
「ライト君のこと、キリト君よりは良識があると思ってたんだけど……評価を撤回するわ」
「いや、これもキリトの指示だから!」
嘘は言っていない。
ソレは、アイテムの山の最奥にあった。
使いこまれたことにより風格が漂う、耽美な刀身。
ウインドフルーレ+4、そのものである。
そして、アスナからなんとも形容しがたい声が漏れた。
「………………うそ…………」
最後、何度観ても超展開ですね。
書いてて楽しかったです。
また、明日というか今日も投稿しますので、お楽しみに!