艦物語 ― 君も知らない物語 ―   作:きさらぎむつみ

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やはり投稿スパンは短めにした方が、一話の分量が多少短めでも結果的に皆さんのお目に留まるんでしょうね。
今回の話は短めにして続けて投稿していきたいです。

…有明のお祭り、行けなかったしね…(泣




第七話 おおよどルーム(弐)

      002

 

「さて、本日の建造です。低木さん」

 

「提督だ」

 

「失礼。噛みました」

 

 艦娘建造工廠の前まで、ツインテイルの小柄な艦娘、即ち漣をお供に連れて本日の日課(デイリー)を消化しようとしたところで、漣はいつも通りに、僕の呼び方を言い間違えた。

 まだ僕の敬称に言い間違える余地が残っていたことに若干の感動を覚えつつも、僕は律儀に訂正を入れる。

 

「……っていうか、人の敬称を刈り揃える植木のように言うんじゃない……」

 

「では、ゴミでも握って木に変えますか」

 

「すげえ“才”の少ない奴みたいだ」

 

「んー。まあ、存外、間違ってはいないかと」

 

 さらりと酷いことを言う駆逐艦娘だった。

 

「おや、どうかなさいましたか? 提督さん、そんな情熱的な目で私の身体を見つめるだなんて、いやらしいです」

 

「……だから情熱的な目って、どんな目だよ」

 

 しかもいやらしいのか。嫌な情熱だ。

 

「そんな目で見つめられると……うっかりします」

 

「なにをだ」

 

「うっかり爆雷を落としたくなります」

 

「まだ僕は開発した覚えがないんだけどな、九十四式爆雷投射器」

 

 勝手に資材を使って作ったのなら……末頼もしくも恐ろしい奴だった。

 

「褒められると溶けます」

 

「資材をか。提督の許しもなく勝手に溶かすな。最悪、開発報告を忘れるな」

 

「はいはい。ところであなた、誰でしたっけ?」

 

「忘れられた!」

 

 なかなか鋭い切り返しだった。

 センスあるよな、こいつ。

 

「……いや、とはいえ、さすがに冗談だと分かっていても、人から忘れられるっていうのは、結構凹むぞ、漣……」

 

「頭が悪いことはすべて忘れられますから」

 

「漣に言われるほど僕は頭悪くはないよ! 頭が悪いじゃない、都合が悪いだ!」

 

「都合が悪いことはすべて忘れられますから」

 

「そうそう、それで正し……くない! 全然正しくない! 提督の存在の事を都合が悪いとか言ってんじゃねえ!

 

「自分で言ったんじゃないですか」

 

「黙れ。揚げ足を取ろうとするな」

 

 揚げていいのは竜田揚げだけだ。

 

「ご主人様は我儘ですね。わかりました、じゃあ、気を使わせていただいて、こういう言い方にしましょう」

 

「どういう言い方にするんだ……」

 

「不都合でいい」

 

「………………」

 

 楽しい会話だった。

 こうして漣と話すのは楽しいが、それはそれとして、同じところでじっとしたまま立ち話と洒落込んでいると、ともするとこの後の予定に支障を来たすかもしれなかったので、まあそんなに時間に余裕がないわけでもないのだけれど、工廠へと向かっていたはずの歩みを再開して、漣との会話を続けることにしたのだ。

 立ち話よりも歩き話。

 

「提督さん、本日はどのようなレシピで挑戦するおつもりで?」

 

「ん。いつもの」

 

「いつもの? すると全資材30レシピですか」

 

「まあ、そんな感じ――ほら、まだウチの司令部には備蓄してある資材が少ないから運任せになっちゃうんだよ」

 

「運任せ、つまりは低徳さんの真価が問われることになるのですね」

 

「そんな大袈裟なものじゃないだろ……問われるのは、戦果を挙げられるかどうかって、そっちの方だろ」

 

「そうですか。提督さんによる戦火拡大の責任が問われるのですね」

 

「………………」

 

 問われるのは戦果であってほしい。日本語って本当に難しい。

 

「提督さん、頭の不都合がいい方ですからね」

 

「もういっそ、普通に頭が悪いって言ってくれた方がいくらか気楽だよ」

 

「いえいえ、本当の事でも言っていいことと言うまでもないことがありますから」

 

「言っちゃいけないことはないのかよ!」

 

 言葉の攻撃は尽きることの無い連撃仕様だった。しかも時々カットイン。

 

「……いや、でも、結構リアルな話でさ。このまま戦果がしょぼいと結構マジでやばいっぽいんだ」

 

「雷撃処分ですか」

 

「提督相手にはそれはないよ? 普通に降格だよ」

 

 そうだと信じたい。

 

「ていうか世の中に実在するのか? そんなリアルに首が飛ぶようなブラックな鎮守府」

 

「あまりの自分の指揮のひどさ、変数の偏り、建造やドロップ運の悪さに自主退官をなさる提督なら耳にしておりますが……」

 

「そうなのか……避けられるものなら、やっぱりそれは避けたいよな」

 

 いや、避けなければならないのだけれども。

 

「ふむ。では提督さん、今日はもうデイリー任務をこなして出撃に向かわなくてはいけないのではありませんか?」

 

「意外と真面目なこと言うじゃん。漣」

 

「提督さん、真面目なことは余計です」

 

「意外と言うじゃんだけでいいのか!?」

 

 どんなエンターテイナーだ。しかもそれほど意外なことは言ってないし。

 

「だけど心配は御無用だよ、むしろ話はそこに繋がるんだ、漣。言われるまでもないさ。今日これからの建造が今後の艦隊運営に大きく関わるといっても過言じゃない」

 

「ふむ?」

 

 もっともらしく、首を傾げてみせる漣。

 

「すでに我が司令部には、駆逐艦娘だけでも第二艦隊を組める艦数(にんずう)が着任してくれた。ここで今着任して欲しいのは軽巡洋艦娘だ」

 

「そう言われればそうでしたね。まだ水雷戦隊の編成ができないんでしたっけ。すっかり忘れていました」

 

 そう、僕の艦隊司令部もすでに第二艦隊編成が許可され、今は練度の低い子を中心に遠征に向かってもらっている。

 遠征での練度上昇は出撃や演習などの戦闘行為に比べるほどでもないが、遠征先から調達してくれる各資材によって我が貧乏司令部には大いに貢献してくれている。

 だが、今のところ軽巡洋艦の艦娘は一艦も着任してくれていない。おかげで達成できない任務もある。早々にお迎えをしたいところだった。

 しかし、そこは資材備蓄の最大量も備蓄倉庫の関係で低く抑えられている我が司令部、そう簡単には資材を多く消費するレシピの投入は避けたいところ。

 相変わらず全資材最低値レシピでの着任を期待する僕であった。

 

「さあ、漣。今日の建造は君にかかっている! ぜひ我が司令部に軽巡洋艦娘をお迎えするんだ」

 

「その物言いでは、叶わなかった場合は私の責任にされそうですが……では行ってまいります」

 

 そう言って、漣が艦娘建造工廠に入って妖精さんに注文し、公表された本日の建造時間は――

 三十分。

 ………………。

 駆逐艦だった。

 軽巡洋艦は一時間だから、そこは確定だった。

 こればかりは運だから仕方がない。

 

「二隻目建造をお急ぎでしたら、高速建造材の使用もお引止めはしませんが」

 

「いや、切羽詰っているってわけでもないけど」

 

 しかし、確かにそろそろ本格的に軽巡洋艦娘には着任してもらわないと滞る任務もあるにはあるし、高速建造材もそれなりに溜まってはいるし。

 

「でもまあ、たまには建造に注ぎ込んでみるのもアリか。じゃあ漣、高速建造材の使用を――」

 

 と、そんな風に。

 言いさしたところで、工廠から、音が聞こえた。

 音。

 機械音、である。

 細かく刻まれたリズムが小気味よく、『ぐわん、ぐわん、ぐわん、ぐわん、ぐわん』と工廠の、普段は開かない大扉のシャッターが上がっていく音。

 ――そして、次第に聞こえてきたのは違うリズムの、『たっ、たっ、たっ、たっ、たっ』と、走っているというよりは、一歩ずつ跳ねているような、一歩ずつ跳んでいるような――そんな音も。

 僕と漣が工廠の大扉に目を向けると、中から誰かが――もちろん艦娘に決まっているが、その音を響かせながら近付いてきた。

 たっ、たっ、たっ、たっ、たっ。

 彼女は、みるみるうちに近付き――

 たんっ!

 そして、僕がその姿を、今まで見たことがない艦娘だと視認したと同時に――彼女は、跳んでいた。

 走り幅跳びよろしく、一メートルや二メートルではきかない距離を、まるで万有引力の法則を無視しているかの如く、理想的なフォームと軌道で空中に、空中のままに、僕の右側を、ほとんど顔のすぐ横辺りを、通過して――

 そして着地する。

 その瞬間、乱れた髪が、すぐに落ち着く。

 制服姿。

 しかし、その制服は今まで着任した艦娘とは明らかに違う意匠。色々な部分の布地の少なさから、肩も、おへそも丸出しだった。

 スカーフの色は黒。頭にはウサギの耳のようにピンと立った同じ色のリボン付きカチューシャ。

 ちなみに、そんな制服姿での跳躍だったために、その今風に短く改造されたスカートが思い切りめくれかえっていた。スパッツなどという気の利いたものは履いておらず、むしろハイレグなブーメランかと見紛うようなV字のパンツなら履いていた。

 そのスカートも、少し遅れ、ぱさりと元に戻る。

 不意に、アスファルトの焼ける様な臭い。

 彼女の履いている、大きな舵でハイヒールとなっている靴の裏面が、工廠前のアスファルトと激しい摩擦を起こした結果らしい……流石は艦娘、桁外れの運動能力である。

 その艦娘が、振り向いた。

 やや幼さが残るが、しかし、凛々しい雰囲気を漂わす表情、そしてきりっとした眼で――真っ直ぐに、僕を見る。

 両脇に抱えていた連装砲を置くと、宣誓でもするように、胸に手を置いて。

 そして、にこりと、軽く微笑む。

 

「やあ提督殿。はじめましてだ。島風、ただいま着任したぞ」

 

「その提督殿にいきなり全速力で接舷を試みてくる奴があるか!」

 

 今のは明らかに狙い澄まして駆けてきていただろ。

 辺りを見れば、漣は、見事に姿を消していた。さすがに快速な駆逐艦、あまりにも軽やかなフットワークだった。まあ、あいつでなくっても、見知らぬ艦娘がものすごいスピードで走ってきたりしたら、衝突を恐れ、誰だって普通に逃げるだろうけれど。

 視線を戻すと、島風は、何故かうっとりした風に、深々と感じ入っているように、何度も何度も繰り返し頷いていた。

 

「いや、提督殿の言葉を思い返していたのだ。心に深く銘記するためにな。『その提督殿にいきなり全速力で接舷を試みてくる奴があるか』、か……思いつきそうでなかなか思いつきそうにない、見事に状況に即した一言だったなあ、と。当意即妙、「反応はっやーい」とはこのことだ」

 

「………………」

 

「うん、そうなのだ」

 

「……ところで、建造完了まではまだ三十分近く待たないといけなかったはずなんだけど」

 

「ああ、それなら、自分で高速建造材を浴びた。提督殿を待たせるわけにはいかないと思ってな」

 

「そんなこと出来たのか?!」

 

「いや、私だけだろう。何と言っても島風は“速さ”が売りだからな」

 

 …………そんな理由で出来ちゃうのか。それとも、これは今日の女学生が“彼女”だったからか。

 

「しかし私もとんだ果報者だ。まさか着任先の提督殿がこのように沈着冷静、聡明さを絵に描きそれが顕在化したかの如き人物で、その配下で己の艦船としての役割を務めることになろうとはこの島風、歓喜の叫びを抑えるのにたまらない苦しみすら覚えるほどだ」

 

 そんなことをすらすらと言ってのける、島風型駆逐艦一番艦の島風。

 僕の艦隊に初めて着任した、いわゆる“レア艦”と呼ばれるほどに着任率の低い艦娘の一艦目(ひとりめ)が彼女だった。

 

 


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