006
「俺は正しい」
開口一番。天龍はそう言った。
天龍と龍田の二人部屋がある軽巡洋艦寮。彼女たちが普段使う二段ベッドの下の段で、ふてくされた風に胡坐をかいて口を尖らし頬を膨らませ、もういかにも今、身に覚えのない罪で咎めを受けていると言わんばかりの態度だった。
顔がやや紅潮していて、機嫌か気分も悪いようであった。
「
「…………」
「天龍ちゃ~ん……」
と、心配そうに声をかける龍田。
こちらは見た目しゅんとしたものである――まあ、僕に救援要請を出すために大淀さんを経由したことで色々言われたのだろう。これについてはおそらく、後で僕もお小言をもらうのだろうと諦めておく。
ま、それはともかくとして。
「とりあえず、何があったのか話せよ。昼前に別れてから、一体何があったんだ?」
メールの本文には単純明快に「戻ってきてお兄ちゃん」ということ以外内容はなく、妹たちがトラブったのだろうということしかわからなかった。
天龍と龍田、二人の様子を見る限りは
促す僕の言葉に、シカトを決め込む天龍。
あー……腹が立つ。
「もう一度言うぞ、でっかい妹。何があったか話せ!」
「やーだーねーだっ!」
天龍は「んべっ」と舌を出す。右手の人差し指で下まぶたを引っ張ることも忘れない。お前それ女学校を出た艦娘が着任先の提督に取る行動か!?
僕が怒りに震えていると
「天龍さん。それに提督君も」
と。
横合いから――部屋の窓際で、壁にもたれるようにしていた大淀が。
大淀型軽巡洋艦一番艦の艦娘が。
僕らを止めた。
言葉で止めた。
「まずは提督君、所在不明で心配かけたことを二人に説明しなくちゃいけないんじゃないかな」
「…………」
言葉もない。僕は固まってしまった。
「私は、提督君の指揮下の艦娘ではないし、提督君に命令を下す立場にもないのだけれど、そのことに関しては二人には納得できるだけの理由をきちんと説明するべきだと思うんだよね。もちろん、詳細を明らかにするかどうかは提督君次第なんだけれど」
「……それはつまり」
「私に言っても意味ないよ」
そうだな、大淀は全て知ってるんだからな。
そもそも、あのメールの差出人は大淀のはずだ。あの携帯電話のアドレスを妹たちが知っているわけがないのだから。
あの件名なら、あの差出人なら、僕がこうすると分かっていて出したんだろう。
大淀の言葉に促されるまま、僕は天龍と龍田のほうを向いて、
「悪い。心配かけた」
と頭を下げた。
不知火に続いて、僕も大淀から謝罪を強要される形になった……いやもうなんか、この辺の力関係は、あきらかにはっきりしている。
新米であろうとなかろうと、提督である以上、大淀さんには頭が上がらないのだ。
「大淀さん、
「
そんな前置きをしてから、龍田は言った。
「ちょっと今回~、ドラゴンシスターズは大淀さんに協力をしてもらって~――」
「怒らいでか!」
僕は咄嗟に怒鳴っていた。
何考えてんだこいつらは。
大淀巻き込んでんじゃねえよ!
「提督君、あまり大きな声を出さない。他の
「……うぬう」
すげえやりにくい……。
まあ僕が大淀に逆らうことはないのだけど。
妹相手だと、僕が感情的になっちゃうのは仕方ないのかもしれない――なら、やっぱり、まずは。
「大淀」
僕は大淀に声をかけた。
「ちょっと、執務室までいいか?」
「いいよ。行こ」
大淀が壁から背を離し、つかつかと迷いなく部屋を出ていった。
僕は「おい、天龍」と、改まった呼び方で声をかけ、
「確かに、お前は正しいんだろう。それは否定しない――だけどな、それは正しいだけだ。お前は、いつもは強くない」
「…………」
「強くない奴は負けるんだよ。艦娘やってるお前ならそれくらいわかるだろうが」
僕は言う。
天龍だけではなく、龍田のほうも見て。
「艦娘の第一条件は武勲を上げることじゃない。強いことだ。だから必ず勝って帰ってくるんだ。弱ければ負けて大破するし、艦隊は撤退しなきゃならない。艦娘やってるんなら百も承知の話だろ。それがわかってないうちは、お前たちのやっていることは、ただの武勲艦ごっこで」
偽物だ。
そう言って――二人の反応を待たず、僕は廊下に出て、ドアを閉めた。
廊下では大淀が待っている。
手持ち無沙汰な風に。
しかし、どこか楽しげに。
「不謹慎かもしれないけれど――提督君の兄妹交流が見れて、面白い」
「……勘弁してくれよ」
「いい
「いまだにガキで困ってるんだよ」
言いながら、僕と大淀は軽巡洋艦寮を後にする。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
不知火に監禁されていた場所が鎮守府の端の、今や人の近付かないほど寂れた区画の倉庫だったのは幸いだった。というよりも、不知火が鎮守府の外であんなことに使える場所を確保していられるわけもなかった。
そこから駆け付けた僕が寮に到着した頃にはまだ日は暮れ残っていたから、考えれば随分と時間を食ったものだ。
…………。
そういえば、不知火の拉致行為のおかげで昼食を抜いていることを思い出して――無性に、腹が、減った――。
……とはいえ、孤独にグルメするわけにもいかない状況なので、これはもう少し我慢するしかないようだ。
「提督君、間宮さんに連絡を入れて何か持ってきてもらいましょうか」
そうか。
大淀は、僕の昼からの経緯を大方把握しているのか。
やっぱり、何でも知っているな。
「いや、いまはそれより、本題に入ろう、大淀。ことがどれほど重要なのか、僕はまだ全く分かっていないんだ」
「そうだね」
話しながら、僕と大淀は執務室に到着した。
「それで……結局はどういった問題にあいつらは首を突っ込んだんだ?」
「あれ、本当に全く聞いてないんだ? とはいっても、私も天龍さんと龍田さんからの情報でしか動いていないんだけどね」
そう前置きをして、大淀は話し始める。
「私が知る限り、そう言った連絡は赤レンガからは来てないんだけれど――天龍さんと龍田さんが言うには、“艦娘の選抜”とか“引き抜き”に“誰か”がやってきているという噂があるんですって。この横須賀鎮守府に」
「で。天龍が突き止めたその『誰か』に直談判して――
「おそらくはね。私は別行動をとっていて、現場には後から呼ばれたから、その『誰か』に直接会ってないんだけどね……せめて天龍さんが会いに行く前に合流できていれば、力になれたかもしれないんだけど」
「天龍は、その『誰か』はどんな奴だったって言ってたんだ?」
「えっと」
大淀は言った。
「確か、哀木軽舟って名前の――不吉な人らしいよ」